※一部心詠視点
「ただいま」
「おや。お早いお帰りで…!?ダストさん!!」
珍しく随分と早めに事務所に戻ってきた千雨を出迎えた心詠は、明らかに満身創痍の彼女に目を見張る。身体は腹から下が塵化したまま、何処にも残してきた様子はない。塵の総量が著しく少なくなってしまっているのだと理解し、彼女を事務所の休憩室にて横たえる。病院に行った所で千雨の治癒が早まることはないと、心詠はすでに知っていた。
「転弧くんと仁くんは…?」
「島で訓練中です。一体何があったんですか?」
「うーん、結構とんでもないのが出てきてね…。大丈夫だよ、もうやっつけたから」
「…殺したんですね?」
「うん。あれはもうどうしようもなかったよ。似たようなのと戦えばエンデヴァーさんだって同じようにしたさ」
「無闇に命を奪ったりはしないことぐらい分かっていますよ。常態化させないよう釘を刺しているだけです」
「りょーかい…」
心詠が思い出すのは、千雨との出会い。そして自分の個性に関わる秘密を共有することになるまでの記憶。
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「貴女は…仮免の時の!」
「サイドキックを募集されているとのことでしたので」
二人がしっかりと会話を交わしたのは、それが初めてではなかった。それぞれ別の高校のヒーロー科ではあったが、千雨が二年生、心詠が三年生の時の仮免許取得試験にてお互いに面識はあった。一次試験と二次試験、その年は共に協力形式の試験であったために力を合わせたこともあり、双方の性分や個性がよく把握できていたために、今回のことはどちらにとっても好都合だった。
「でも良いのかい?自分の事務所を持つっていう選択だってあると思うよ?」
「私の個性では積極的に活動するのは難しいでしょう。サイドキックとしてなら事務作業がてらダストさんの力になれるかと」
「考えすぎだと思うけど…でもまあ、ありがとう。正直最初の一年は一人で活動するぐらいの覚悟はしてたんだ」
「よろしくお願いします」
同じ高校の同級生のサイドキックになりたいとは思わなかった。というよりも、塵堂千雨のサイドキックにこそなりたいのだと心詠は思っていた。
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個性が目覚めてから、元々少なかった友人は一人もいなくなった。相手は変わらずそのつもりだったのかもしれなかったが、自分を見下すような人間と付き合いを続けたいとは思えなかった。
父も母も、少なからず秘事があるのだと知った。人の心は覗くべきではないと学ぶことができたが、授業料は高くついた。
いつしか私は、ヒーローを志すようになった。汚い心の持ち主でさえ、ヒーローに助けられた時には心の底から感謝していた。自分がそちらに回れば、うっかり人の良くない所を見てしまうことは減るのではないかと、そんな淡い期待からだった。
高校三年、一度仮免試験を途中で辞退した私にはそれが高校生活最後のチャンス。その前の年のような対立形式の試験があれば、意識せずとも負の感情に翻弄され、まともに動くことは出来ないだろうと理解していたから、二次試験まで進んで再び協調性重視の内容が提示された時には心底ホッとした。しかし、その見立ては甘かった。
「設定」は未曾有の大災害に晒された大都市の街中。そこら中から強い恐怖の感情が流れ込んでくる。悲しみや焦りも混じり合い、一瞬にして私はパニックになった。まるで本物の大災害に巻き込まれたような気がして途端に動けなくなり、やはり自分はヒーローにはなれないのだと悟った。
「いやぁすごいねスタントマンの人達。ホントに命懸かってるみたいな迫真の演技だよ。そう思わないかい、覚里さん?」
「えっ…?」
「泣いてる人はどこかな?誰が助けを求めてる?私一人じゃやっぱり大変でね。貴女の力が必要なんだ」
一次試験の時、近くにいたから偶然協力し合っただけの相手。どうせその場だけの関係だと、簡単な自己紹介と個性の説明だけしていたつもりだったが、一度聞いただけの名前も個性もしっかり覚えていたらしい。驚いて思わず「意識」してしまう。
「(あ────)」
(彼女の個性は二次試験の内容にぴったりだ。それはつまり実際の災害現場でも大いに活躍し得る可能性を秘めているということ…ここで終わらせてしまうのは実に惜しい。何より私自身彼女のことが気になってしょうがない。「原作」に登場しない人物にここまでお節介を焼くのは初めてのことだが…あるいはこれも運命かもしれないね)
初めてのことだった。よく分からない内容もあったものの、自分の個性を認められて、好意的な思考ばかりが感じ取れて。この場ではそうだというだけのことが心の何処かで分かっていても、一縷の望みに手を伸ばさずにはいられなかった。
「向こう…駅前エリアから特に沢山の悲しみや恐怖が伝わってきます。次いで倒壊したビル群の下敷きになっている人も多いようです」
「流石だよ。全速力で行くとしよう」
おぶさるよう私に促す彼女。そのまま直前の言葉通り目覚ましい速さで次々と目的地へ到着した。やや時間をかけて救助していたためか思ったほどの評価は得られなかったようだったが、彼女のお陰で私も無事二次試験を通過し、仮免許を取得することができた。
「おつかれ。今度は本免許を持って…お互いプロヒーローとしてまた会おう」
「はい。…塵堂さん、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちさ。君の個性は本当に素晴らしいものだよ。もっと胸を張るといい」
「…はい」
「意識」しても、心の声は聞こえなかった。本心からの言葉だと気付いたときには、涙が溢れてしまいそうだった。
「塵堂さーん!2-Aもう皆集まってるよー!」
「!分かったよ、すぐに行く!それじゃあね」
「?…一つ歳下だったんですね」
「うぇっ?あれ…もしかして三年生?」
「ええ、まあ」
「ご、ごめんなさい!普通にタメ口で話してしまって…!」
「…くすっ。気にしていませんよ、ご心配なく」
先程まで泰然自若という態度だった彼女が慌てる姿は、存外可愛らしいものだと思った。
心詠の個性の「意識」というのは、相手の存在を認識して顔を見る、という程度のものです。そのために事あるごとに人の心を読んでしまうわけで、使い勝手は最悪です。