※一部心詠視点
千雨さんのサイドキックとして活動し始めてからは、少しずつ彼女のイメージが変わっていった。案外抜けている所もあるし、その気になればすぐにでも終わらせられるような作業に妙に時間を割きたがる。本人曰くそういう地味な所に拘ることにこそ意味があるとのことだったが、どう考えてもサボりの言い訳だった。結局私が事務作業に専念するようになったものの、彼女のそういった一面を知っていく中でお互いに以前よりも打ち解けることができた。下の名前で呼びあうようになって、千雨さんもまだまだ十代らしさの残る普通の少女なのだと…その時はまだそう思っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまー。今日はもう上がるね」
「はい。お疲れ様でした」
いつものように労いの言葉をかけ、彼女を見送る。ふと彼女に「意識」を向けて、
(…くんの「崩壊」発現までもう一年も無さそうだ。できる限り志村家を見てる時間は長く取りたいし、そろそろホークスとか治崎の捜索も始めておきたいね。警察に引き渡す時間も惜しい…痛めつけるだけ痛めつけて拘束したままさっさと次に行くか、どう見ても更生しそうにないのは状況次第なら消してしまっても構わないだろう。要はバレなきゃ問題ないのさ、なんて)
「!!?」
その内容に思わず立ち上がった。理解できない内容も多かったが、明らかに常軌を逸した思考であることは間違いなかった。
「えっ?どうしたの心詠さん」
「…、あ、」
問い詰めようとして、言葉に詰まる。それをすれば、私の秘密が露呈してしまう。なにより今のは彼女にとっての秘密であるに違いない。友の秘密、己の秘密。その両方をここで明かしてしまうことに躊躇い…それでも見逃すことはできなかった。
「…消してしまう、というのは、一体」
「……え、は?な、何々どうしたんだい急に。ちょっと考え事してて、さ。話の流れがよくわからない…」
「惚けないで下さい!貴女の考え事についてです!何をなさっているんですか!?何をご存知なんですか!?答えてください千雨さん!!」
「────個性。まさか…隠していたのかい?ずっと」
「誰にも知られるつもりはなかったんです。今だって本当にうっかり発動してしまっただけなんですよ…。でも見てしまった!貴女の秘密を…!何か、致命的なことを一人で抱えているような気がしたから、だから…。それに…、私だけ秘密を秘密のままにしておくなんて、できなかった…」
今でも当時の彼女の顔は忘れられずにいる。後にも先にも、あれほど動揺した表情は見たことがなかった。
「…何処から?」
「…崩壊、という単語が出た辺りから…」
「そうか…。まず、ごめんね。君を傷つけるつもりなんてなかった。疚しいことをしてる自覚はあったけど…悪意があって隠してた訳じゃないんだよ。…まさか具体的に人の心が読めるとはね。お手上げだ」
「…一体何をご存知なんですか」
「一つだけ断っておくと…何から何まで話すことはできない。私が墓場まで持っていくと決めた情報は少なくないんだ。それでもよければ話すよ」
「お願い、します」
語られたのは、俄には信じ難い話の数々。どうやら彼女は自身が存在しないこの世界の記憶を断片的に持っており、それらから得た知識を頼りに起こりうる悲劇を可能な限り回避すべく動いていたらしい。そこまで考えて、かつて見た彼女の心は間違いなく真実だと、そんなはずはないと分かっていながら思わず尋ねてしまう。
「私に声を掛けてくれたのも…サイドキックとして迎えてくれたのも…全部、ぜんぶその記憶があったからなんですか?記憶がなかったら、千雨さん、は、私のことを…」
視界が滲む。声が震える。それまでの人生で一番だと自覚できる程に顔を歪ませながら、縋る思いで彼女に問うた。
「そんなわけない。心詠さんと出会ったことは記憶頼りだとかそういうのじゃないよ。全くの偶然…運命さ。心詠さんのお陰で私はこの世界をより一層愛することができるようになった。絶対に嘘なんかじゃない…約束する」
「ぐすっ…。う、うぅ…!」
改めて彼女との絆が偽りでなかったことを知り、嗚咽を抑えることができなかった私は、しばらく彼女に抱き止められたまま泣き続けた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「それで、『消してしまう』というのは」
「…大悪党が社会復帰したって何になるのか。いなくなったって誰も咎めやしない。そう思っただけだよ」
「自分の物差しですべての物事を測るのはヴィラン同然の行いです。法を守ることができない人間には誰も守れませんし、誰も守って欲しいとは思わないでしょう」
「分かってるさ。でも本当の本当にどうしようもないって思った奴だけなんだ。まだ…両手があれば数えられる」
「…何てことを…。ヒーロー失格の謗りは免れませんよ。…露呈すればの話ですが」
「心詠さん」
「今日のことは…二人だけの秘密です。自分の分と、相手の分。お互い共犯という形にしておきましょう」
「…うん。ありがとね」
貴女に救われたから、貴女がいてくれたから。何が起きても私はずっと貴女の味方でいてみせる。だから…いつかは全部教えてくださいね。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ダストさん。朝ですよ」
「ん…。ありゃ。事務所でそのまま寝ちゃってたか」
「転弧くんたちも随分と心配していましたよ。顔を見せに行ってあげてください」
「そうするよ。…心詠さん。ありがと」
「どういたしまして、千雨さん」
「…久々に名前で呼んでくれたね。なんだか新鮮だ」
「少し…昔を思い出しまして。まだ二年程前のことですけれど」
「ああ…仮免試験ね。そうだ!そういえばあの時…」
二人の絆は硬く、それでも未だ尚結びつきは強くなり続ける。
一部心詠視点(ほぼ全部)
というわけで心詠の千雨に対する異常な信頼の種明かしでした。心詠はヒーローとしてのダストを尊敬しつつも、あくまで千雨という友人として捉えている感じです。
(追記)心詠のプロフィールも載せておきます。
Name:覚里心詠
Hero Name:ラインセーバー
Birthday:4/7
Height:162cm
好きなもの:音楽