すべては君のために   作:eNueMu

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「個性」にまつわる学説

 激闘から幾らか月日は流れ、すっかり回復した千雨。彼女は今、新たな「改変」の準備に入っていた。

 

 『治崎廻くんですか?はい、確かに当孤児院に在籍しております。』

 「そうですか。彼を引き取ることは可能でしょうか?」

 『勿論です。いくつか手続きが必要となりますので、ご予定の確認の程よろしくお願いします。次回此方に直接お越し下さった際に日程等相談をさせて戴きますね』

 「はい。ありがとうございます」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 『「個性」とは人類が罹った病気の一種であると考えられる。身体的特徴の急激な変容やそれに伴う人格の変化など…』

 「…」

 「『個性論』。随分難しい本を読んでるね」

 「?…あんた…テレビで見たことある」

 「プロヒーローの『ダスト』だよ。といっても今日ここに来たのはただの引き取り手としてさ」

 「…俺を引き取る話があがったって聞いてる。あんたがそうか」

 「ご名答。分厚い学説集を読んでるだけのことはある。けど…さっきからずっとその辺りばかり繰り返してるみたいだね」

 

 とある孤児院にて、少年に話しかける千雨。少年の名は治崎廻…後にオーバーホールと名乗るようになる人物だ。不機嫌そうな様子を隠そうともしない彼は、堂々と自らの考えを述べる。

 

 「この学説は正しい。『個性』なんてのはただの害悪でしかない。あんたらみたいに…中途半端に自分の力が強いせいでヒーローだなんて訳の分からない勘違いをする輩を増やすだけ。そんな奴らを見て次の世代も、その次も…馬鹿げた憧れに囚われる人間が後を絶たなくなる。こんなもの無い方が世の中のためだ」

 「そうか…。ヒーローは嫌いかい?」

 「…話を聞いてなかったのか?ヒーローなんて本当は何処にも存在しない。それがあるべき社会の姿だ」

 「もう一度聞こうか。ヒーローは嫌いかい?」

 「ちっ…。話が通じないらしいな。あんたみたいなのに引き取られるなんてこっちから願い下げだ」

 「さっきのは私の質問に対する答えになってないよ。君が返すべき答えは『はい』か『いいえ』だ。『どちらともいえない』は禁止だよ」

 「五月蝿い。その質問には答えない。必要性を感じないからな」

 

 矢鱈と同じ質問に拘る千雨に不機嫌を通り越し苛立ち始めた治崎。話を切り上げようとする彼に、尚も千雨は食い下がる。

 

 「違うね。本当は好きなんでしょ?ヒーローのこと」

 「黙れ」

 「君が嫌いなのは『個性』そのものだ。もっと言えば…君自身の『個性』。教えてくれないかな?どうしてそこまで『個性』を嫌うのか」

 「黙れって言ってるだろう!!」

 「ようやく喋り方が戻ったね。変に気取るよりそっちの方が君らしいと思うよ」

 「いい加減にしろ!あんたに何が分かるんだ!?知った風な口をきくな!」

 「君のことなんて何も分からないし知らないよ。『君らしい』ってのは私の主観さ。話を戻そう…どうして自分の個性を嫌うんだい?」

 「〜〜ッッ!!!」

 

 ああ言えばこう言う千雨にとうとう堪忍袋の緒が切れた治崎。掌を彼女に突き出し自身の個性でその身体を分解しようと試みる。敢えなく彼の手に触れた千雨は上半身が消し飛び、言葉を発することができなくなってしまった。

 数瞬の後冷静さを取り戻した治崎は手遅れになる前に千雨を再生させようとして…それが不可能であることに気付く。

 

 「え…!?お、おい!くそ!何で!?これじゃまた…」

 「そりゃあ私が自分で消し飛んだからさ。ドッキリ大成功…ってちょっと!そんなに怒らないでよ!」

 

 揶揄うように上半身を再び現した千雨に治崎は今度は個性を使わずにそのまま殴りかかる。当然命中するはずもない攻撃だが、それを理解した彼は再び言葉を紡いだ。

 

 「反吐が出る…!こんな奴がヒーローだなんて世も末だな!ガキを虐めて楽しいか!?」

 「ごめんごめん。やりすぎたよ…。でもお陰で君が個性を嫌う理由は分かったかもしれないよ?」

 「…何だと?」

 「君がこの孤児院にいる理由と無関係じゃないだろう?」

 「…」

 

 初めて怒りに類するもの以外の感情を見せる治崎。表情は曇り、拭えぬ己の過ちが彼を蝕んでいることを如実に示していた。

 

 「個性さえなければ、そう思うのも無理はない。能天気に力をひけらかす人間が憎いと感じたって仕方がないさ。けど…本当は友達と遊びたかったんじゃないのかい?ずっと一人で個性の練習をして…さっきみたいに人に向けても大丈夫だって自分で確信できるぐらいには上手く制御できるようになったんだろう?凄いじゃないか。努力なしにはあり得ないことだ。君はもうちゃんと乗り越えられてる。後は正しい道を選ぶだけだよ」

 「正しい…道」

 「危なくないって分かっていてもその個性は人を傷つけるために使っちゃだめだ。勿論個性のことだけじゃないよ?君は賢いんだから良いことと悪いことの区別ぐらい付くだろう?いつか守るべきものができた時…大切なもののために正しく使うんだ。まあ、君がそうする必要がないように私たちヒーローも頑張るけどね」

 

 憎悪しているはずの個性をしっかり伸ばしている治崎はすでに過去を克服しつつあると指摘する千雨。彼が誤った選択をすることのないように、一から丁寧に言い聞かせる。

 

 「それじゃあ私はそろそろ行くよ。またいつか縁があれば会うこともあるさ」

 「え…?おい、あんた俺を引き取りに来たんじゃなかったのか?」

 「そのつもりだったんだけど…よく考えてみたらうちにはもう育ち盛りの男の子が居たんだった。君を引き取る余裕は無さそうだ」

 「な…。…あんたやっぱりただのヒーロー気取りだよ。ここまで来て俺を突き放すのか」

 「大丈夫だよ…。きっと出会えるから。君のことを大切にしてくれて…君自身もその人を大切にしたいって思える人に」

 「…一体何を根拠にそんなこと」

 「はっきりと説明はできないけど…とにかく絶対会えるさ。本ばっか読んでないでたまにはお外で遊びなよ。じゃ!」

 「あ…おい!」

 

 納得いかないまま逃げるように去っていった千雨に不満を抱く治崎。しかし去り際の彼女の眼は、己の辿る運命を確信しているようにも見えたと彼は振り返る。

 

 「…おかしなヤツ」

 

 治崎が「個性論」を手に取ることは、二度となかった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「寄る辺がねェならウチに来い小僧。名前は?喋れるか?」

 「…治崎。治崎廻」




治崎が本当はヒーローが好きだということや両親を個性の暴発で殺めてしまったということは完全なる創作です。本作の彼は半分オリジナルキャラみたいになってしまっていますが…当分出てこないのでお許しを。

(追記)血雨は食い下がる→千雨は食い下がるに修正。ブラキン先生の血縁みたいな名前になってしまった。

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