すべては君のために   作:eNueMu

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顕現せし次なる脅威

 

 千雨がこの世界に生を受けて既に25年。本来ならば2年後にはAFOとオールマイトの戦いが起こり、双方が後遺症を残す程の大ダメージを負うことになるはずであるが、彼女はそれをどうにかして回避したかった。

 

 「(理想はAFOをそこで始末してしまえればいいんだけど、確実に無理だと断言していい。仮に私が二人の戦いに参戦しても奴に負わせる傷が増やせるかは怪しい所だ…向こうも対策してこないはずはないしね。となればオールマイトさえ守れれば一先ずは合格点といったところか。デクくんにOFAを譲渡してくれるかどうかがわからなくなってしまうけれど…あの人の性格なら大丈夫だろう。とにかくその時が近づいてきたらオールマイトの動向はしっかり確認しておかないとね)」

 

 彼女はそのまま、活動休止期間中に表出した幾つかの問題について思いを巡らせる。

 

 「(しかしデトネラット社が表舞台に現れるのがここまで遅いとは思わなかった。リ・デストロは少なくとも30代後半ぐらいかと思っていたけど、案外若かったのかそれとも敢えてしばらく潜伏していたのか…何にせよすぐにでも接触を図るべきかな。それとマスキュラーもそろそろ出てきてもおかしくないはずなのに、不自然なぐらいに見つからない。ヒーローネットワークにもそれらしい報告は上がっていないようだし…こんなにも大人しいものなのか?ちょっと不気味だね)」

 

 そこまで考えた所で、今彼女がいる事務所の応接室の扉がノックされる。

 

 「ダストさん、いらっしゃいました」

 「どうぞ」

 「…こ、こんにちは。あの、先日の件についてとのことで…」

 「ウチの子を其方の事務所にスカウトしたい、というのは本当なんでしょうか」

 

 心詠に連れられ入ってきたのは若い夫婦。別段特徴もない、「普通」の男女だ。

 

 「はい。貴方がたのお子さん…被身子ちゃんは実に優秀な子です。今から彼女の個性を伸ばせば、将来はトップヒーローを目指すことも夢ではないと思います。もちろん、今通っている小学校には引き続き通ってもらって構いませんし、中学、高校への進学も学費等含めて保証しましょう。いかがですか?」

 「…その、ヒーローになるということは、やはり人前に出ることも多くなるんですよね?テレビに映ったり、写真、とかも」

 「ええ、まあ。被身子ちゃんは容姿も申し分ないですし、そういった仕事も増えるとは思います」

 「そう、ですか…。…あなた」

 「ああ…。…すみません。大変有り難い話だとは思いますが、お断りさせていただきます」

 「…理由を伺っても?(…思っていたより渋るね。まあ、我が子を手放すのを躊躇ってるって訳じゃなさそうだが)」

 「いえ、その…。ウチの子は、何というか、ひどく臆病で。個性はともかくとして、ヒーローのような仕事は向いていない性分なんですよ。もっと『普通』に育って、『普通』の仕事に就く方が私達としても安心できるといいますか…」

 「そ、そうなんですよ。それに娘が大きく取り上げられたりしたらと思うと、少し落ち着かなくって。あの子も親元を離れるにはまだ小さいですし」

 

 我が子を想うような両親の言葉。しかしその中に僅かながら「歪み」があることに、傍で聞いていた心詠は気付く。心を読むまでもなく、二人の感情から少なくない違和感を感じたのだ。当然凡その事情を知る千雨も、遠回しにそこを突く。

 

 「臆病、ですか…。不思議なこともあるものですね。私が被身子ちゃんをスカウトしようと思ったのは、彼女が友達と遊んでいるのを見た時なんですがね。親切に怪我をした友達の手当をして、彼女の個性でしょう、そのお友達に「変身」して…二人とも随分と楽しそうでしたよ?臆病ということは無いと思いますし、個性による変身もその時はほんの一瞬だけのものでしたが、伸ばせば光るのは間違いない。何より彼女自身、将来への拘りは特に無いようでしたし。聡い子だ…精神的には十分自立できていた。自分が何を求められているのか…あの歳で理解できる子はそう多くない」

 「と、友達と遊んでいたですって!?そんなこと一言も…」

 「そういう反応をされることが分かっていたんだと思いますよ」

 「な…」

 「…何がそんなに怖いんです?まるで被身子ちゃんが誰かと関わることで問題が起こると思っているかのようだ。もう少し彼女を信頼してあげては?」

 「…」

 

 歯に衣着せぬ千雨の物言いに、父親の方が心の内を明かす。

 

 「…あの子は『普通』じゃないんですよ…!いつか必ず取り返しのつかないことが…」

 「貴方がたの『普通』を彼女にまで押し付けちゃあいけない。彼女には彼女なりの『普通』があるんだ…それも一つの「個性」だと思えばいい。それでも不安だというのなら、やはりこの話を受けることをお勧めしますよ」

 「…それは、一体どういう…」

 「正直に申し上げますと、私としても彼女には危うさを感じています。だからこそ今のうちに、自身の欲求を抑えつけるのではなく、それと向き合っていく術を学ぶべきだと思ったんですよ。…ここは、私に任せてみてはくれませんか?」

 「…少し、考えさせてください」

 「どうぞ。何が最良の選択か、じっくり考えてみることです」

 

 その日はそこで話が終わった。夫婦の答えが決まったのは、更に1週間程経ってからのことだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「おや…被身子ちゃんもご一緒とはね」

 「ええ…。…被身子、挨拶しなさい」

 「こんにちは、なのです。それとも、お久しぶり、ですか?」

 「ふふっ。両方正解だよ、偉いね」

 

 褒められたことで素直に喜ぶ少女…渡我被身子。人によっては思わずショックを受けてしまうかもしれないその笑みに、両親は顔を顰めつつも、千雨の提案に対する答えを出した。

 

 「この子を、よろしくお願いします」

 「…それで良いんだね?」

 「はい。私たちでは、被身子を…導いてやれないんです。どうしてもこの子を、悍ましいと思ってしまう…!親として最低なことを言っているのは分かっていますが…どうか、私たちの代わりに」

 「任せて。私が責任を持って、被身子ちゃんを立派なヒーローにしてみせるよ」

 

 頭を下げ、悔恨に苛まれながらも千雨に我が子を託す二人。被身子はその様子を、何も言わずにただじっと見つめていた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「改めて。私は『ダスト』、本名は塵堂千雨。よろしくね」

 「渡我被身子ですっ。これからよろしくなのです」

 

 ここからは、少女の仮面を壊す時間だ。


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