すべては君のために   作:eNueMu

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転弧とダスト

 「良い調子だ被身子ちゃん!こんなに早く成果が出るなんて凄いよ!」

 「本当ですか?ありがとうございます!」

 

 いつもの島で、被身子と転弧は今日も訓練を行っていた。被身子にはこれまでの成果を見せてもらうべく、彼女が「カァイイ」と思う物を次々と見せていくことになり、千雨がフリップを出したり可能なものは自身で再現したりしていくが、被身子の吸血衝動が刺激された様子はない。彼女自身が自発的にそうしたいと思っているときはまた別だが、少なくとも己の欲求に理性を失うことはなくなったと思って良いだろう。

 

 「驚いたよ。最低でも2〜3年はかかるだろうと踏んでたからね…本当に優秀だ。そろそろ並行して個性伸ばしを始めてもいいかもね」

 「えへへ…」

 

 これに焦ったのは転弧だ。感情と個性の分離に時間がかかった彼は、被身子のセンスに衝撃を隠せない。追いつかれまいとより一層自身の訓練に没頭する。

 

 彼が今行っているのは、崩壊の伝播を止めるための訓練だ。手に持った紐を崩壊させ、重石に辿り着くまでに崩壊が止まらなければ、彼の頭上にタライが落下する。古典的すぎる仕掛けだが、現状これ以上の訓練が千雨には思いつかなかった。

 

 「いてっ」

 「ダメかぁ。やっぱり中々難しいね」

 

 タライはまたしても良い音を鳴らして転弧の頭を揺らす。紐を伝って崩壊しつつある地面などに千雨が対処しつつ、再び仕掛けの用意を行う。ちなみに、転弧たちを見ているのはどちらも千雨の個性による上半身だけの彼女だ。仁の個性で増やしてもらっても良かったのだが、一緒に戻った時に全ての記憶を共有できるこちらの方が適していると千雨は判断していた。

 

 「どうして上手くいかないんだろう?俺、ずっと足踏みしてる…」

 「気にすることはないよ…とは言ってもそう簡単にはいかないか。でもまだまだ時間はあるんだし、こういうのは突然コツを掴んだりして何とかなったりするものさ」

 「そうかな…」

 

 気を落とす転弧を励ます千雨。しかし、糸口の見えない状況に彼女自身焦りを感じ始めていた。

 

 「(…多分この訓練を続けていても変化が生まれる可能性はかなり低いだろう。もっと劇的なきっかけが必要なんだ…彼自身に大きな変化をもたらすほどのきっかけが。今度心詠さんも連れてきて一緒に見てもらうかな…)」

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「授業参観?」

 「うん。忙しそうだし難しいと思うけど、一応言っておくね」

 

 後日、帰宅した転弧が授業参観があることとその日程を千雨に告げる。口では期待していないような素振りを見せていたが、彼の本心を千雨は見抜いていた。

 

 「いや、行くよ。君のお母さんの分までしっかり目に焼き付けてあげるから楽しみにしててよね!」

 「…ありがとう」

 

 呆れたような視線を向けながらも、転弧の表情には喜びが浮かんでいた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 参観日当日。珍しくヒーローコスチュームではなく私服で外を歩くダストだが、当然万が一のために常に備えはしてある。とはいえ雰囲気の違いすぎる彼女に気付く通行人はかなり少なかった。

 転弧の通う中学校に到着し、校舎内を歩いていると流石に顔を見られることも多くなったためか頻繁に声を掛けられる。我が子を見に来た保護者たちも意外な有名人には目を奪われずにはいられなかったようだ。上手く応対しながら転弧のクラスに辿り着いたころには、既に授業が始まってしまっていた。

 

 「…!」

 

 チラリと後ろを振り返り、千雨に気付く転弧。彼女も静かに手を振り返して視線に応える。どうやら授業内容は道徳かそれに類する物であるらしく、家族への感謝を言葉にして発表するという授業参観の定番といってもいい内容だった。

 

 「〜。私は、そんなお母さんが…」

 

 「いつもありがとう。これからもよろしくお願いします」

 

 「僕が小さい頃、父は決まって────」

 

 思春期の真っ只中であろう子供たちは恥ずかしげに各々感謝の言葉を述べていく。多分親に授業参観のことを話していない子もいるんだろうな、と千雨は思いながら、転弧が発表するその時を待った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「それでは、次は志村くん。どうぞ」

 「…はい」

 

 遂にやってきた転弧の番。少しばかり俯き、決して大きな声ではなかったが、彼は感謝の言葉を口にし始めた。

 

 「僕が感謝を伝えたいのは…家族、それと、僕を育ててくれた人たちです。母は僕を産んでくれて、祖父母はそんな僕を可愛がってくれました。姉は子供っぽいところもあったけど、僕の夢を笑うことなく応援してくれて、嬉しかったのを覚えています。でも、5歳の時、事情があってみんなと離れ離れにならなくなってしまいました。その時から今日まで、ずっと僕は…ヒーローの『ダスト』さんの所にお世話になってきました」

 

 転弧の言葉に教室はざわつく。5年の空白期間もあって知らない子供たちもいたようだが、多くの保護者やその他の子供たちは驚きを隠せなかった。先生が諌め、転弧に続きを促す。

 

 「…最初は、怖い人かもしれないと思いました。サイドキックの人も目つきが鋭くて、冷たい人なのかもしれないと。でも、二人とも凄く僕に優しくしてくれました。いつかまた家族と一緒に暮らせるようにと、僕のことを第一に考えて育ててくれました。後から入ってきた事務員の人も良い人で、僕にとっては兄のような存在です。皆さんのおかげで、僕はここにいられる。そして、あの時僕を救けてくれたダストさんは、誰が何と言おうと…僕にとっては最高のヒーローです。だから、いつか必ず恩返しがしたいと思っています。ダストさんが困った時に、救けてあげられるように…それが僕があの人に伝える感謝の形です。…ありがとうございました」

 

 着席する転弧。同時に、教室内は拍手に包まれる。心なしか、それまでよりも一回り拍手の音が大きいように千雨には思えた。


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