すべては君のために   作:eNueMu

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凶兆

 

 それからもしばらく彼らの日常は続く。被身子は更に個性を伸ばし、血液量に対する変身時間が延長されたことで同時に吸血衝動がさらに弱まった。転弧は変わらず崩壊の伝播を止められずにいたが、より細かい制御が可能となり、咄嗟の発動速度も格段に速くなった。二人とも順調に成長し、ヒーローの素質をみるみる開花させていっている…そんな矢先のことだった。

 

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 「(マスキュラーが現れたけれど…様子がおかしい)」

 

 千雨の頭を悩ませていたのは、最近になってヒーローネットワークに報告が上がるようになったとある一人のヴィラン…マスキュラーについてのことだった。

 

 「(行動範囲が広すぎる。九州に現れて暴れたかと思えば、その日の夜には北日本で報告が上がる。翌日には関西、また別の日には北海道…明らかに何者かが協力している…!活動時間も短すぎて予め出現地点を知っていないと捉えられないレベルだ…一体何が起きているっていうんだい…!?)」

 

 「原作」において、マスキュラーは「筋力増強」という個性しか持っていなかった。強力な個性ではあったが、ここまでの機動力を得られる程のものでもなかったと千雨は考え、何者か…AFOの協力の可能性に目を向ける。

 

 「(ドクターを始末したとき、まだ脳無は一体もいなかった。だから『ジョンちゃん』のワープは使えないはず……黒霧のゲートも違う。アレは彼だから生まれた個性だ。だとすると他にも複数ワープ系の個性を持ってたってことになるけど…)」

 

 そこまで考えて、千雨は『忘れ物』に気付いた。

 

 「(────オーバークロック!!!!ミルコの年齢からして奪われたのは『原作』開始から9〜10年程前!!完全に頭から抜け落ちていたッ!!!どのみち防ぐのは難しかっただろうけど…よりにもよってマスキュラーに譲渡されるとは…!)」

 

 オーバークロック。超速ヒーロー「オクロック」の個性だが、千雨が転弧の教育に力を注いでいる間に彼の個性は何者かに奪われてしまった。真相としては千雨の知る通りAFOによって、ということなのだが…重要なのはその個性の能力。

 思考スピードの加速により、体感時間を延長することで周りが時間を止めたのかと誤認してしまう程の機動力を得ることができる。一方で集中の度合いに比例して加速率が高くなるという不安定要素も抱えている。

 

 「(一見マスキュラーとの相性は最悪に思えるけれど…逆だ。高い加速率は脳にも負担を掛ける。だから連続使用が困難であることが欠点だったのに、マスキュラーならそれを無視できてしまう…!集中とは無縁みたいな奴だ。加速率自体は低くても、2倍もあれば奴には十分すぎる)」

 

 思わず悪態をつきたくなるのを抑え、どうにかマスキュラーを倒してしまいたいと考える千雨。

 

 「(幸いというべきかどうか…ともかく、この辺りにはまだ奴は現れていない。暴力を振るうこと自体が生き甲斐といってもいい男がこそこそするとは考えにくいし、来ればすぐに分かるはずだ。あるいはAFOに何かしら入れ知恵されてるのかも知れないけど、HN(ヒーローネットワーク)の報告からして派手に暴れてるのは間違いないだろう)」

 

 ひとまずそこで思考を打ち切り、向こうから接近してくるのを待つことにした千雨。戦いの時は、すぐそこまで迫っていた。

 

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 「そんじゃまたな、志村!」

 「うん。それじゃ」

 

 あまり積極的な性格ではない転弧だったが、中学に入ってからは同じくヒーローを志す者達とやり取りするうちに、気付けば友人も増えていた。思っていたよりずっと周囲に馴染むことができたと安堵する一方で、好きなヒーロー談義では共感されにくいことを少しばかり不満にも思う。

 

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 「好きなヒーロー?やっぱオールマイトだろ!何てったって1番強えんだぞ?小学生の頃からずっと憧れだよなぁ!」

 「分かるわー。オールマイトならっていう安心感みたいなのあるよな。一度ぐらい会ってみたいぜ」

 「俺はエンデヴァーかな。知ってるか?あの人厳つい顔してる癖してめちゃくちゃ親バカなんだよ。そういう所も人間臭くて好きなんだ」

 「オールマイトも結構ユーモアはあるよ。テレビのインタビューとかだけでもすっごく面白いんだ。志村くんは誰が好きなの?」

 「そりゃー志村はやっぱダストだろ?」

 「…まあね」

 「ああそっか、参観日の時言ってたっけ。でもあの人のこと、よく知らないんだよね…ごめんね」

 「しょうがないよ。俺のために3年ぐらい休んでくれてたんだし」

 「あ!それうちの親父から聞いたことあるぜ!何で活動休止してたのかって話題になった時に、保護した子供の教育に専念したいんじゃないかって噂があったみたいな…っと、悪い。あんま気持ちのいい話じゃなかったか」

 「ううん。もう、大丈夫だから。あの人のおかげさ」

 「へぇ〜。ちょっと怖そうな人だけど、優しいんだなぁ」

 「顔の厳つさで言えばエンデヴァーの方が上じゃん」

 「いや、そうじゃなくてさ。なんか雰囲気が近寄りがたいっていうか…」

 

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 「(皆知らないだけなんだ。あの人は本当はすごく優しくて、カッコよくて。ちょっと変なところもあるけど、そこも面白くて俺はいいと思う)」

 

 いつかは皆にも分かってもらえるさ、と一先ず考え事を終わらせた転弧。その時、鞄に付けていた人形…千雨と出会って1周年のお祝いに貰ったダストのヒーロー人形のストラップが切れて人形が落ちてしまう。

 

 「…?」

 

 転弧はそれをすぐに拾い直したが…何処か、言いようのない不安を感じていた。





ヴィジランテを知らない人向けの簡単な解説
・オクロック
超速ヒーローの名前で活動。原作開始の8、あるいは9〜10年前にAFOによって個性「オーバークロック」を奪われ、その個性は同作の「試験体No.6」に譲渡されている。なお、後に死穢八斎會に所属する乱波及び高校生のミルコと違法の賭博闘技場にて出会ったことがある。

(追記)
オクロックの個性が奪われた時期は明確に描写されていませんでした。とはいえ、目をつけられた時点からそう時間は空いていないと思われますのでこの展開でいきます。

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