すべては君のために   作:eNueMu

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蹂躙劇

 

 その日、ダスト事務所は休業していた。転弧と被身子を含めた5人全員で、島での訓練を行う予定だったためだ。

 

 「皆集まったね。取り敢えず被身子ちゃんは変身時間の延長と変身時の個性の扱い方、転弧くんは崩壊の伝播の制御。それぞれに私がついて、適宜アドバイスしていくね。それと仁くんは被身子ちゃん、心詠さんは転弧くんと一緒に、それぞれ私が気付いてないことも指摘してあげて」

 「はい!」

 「分かった」

 「なあ、心詠さんと俺は逆の方が良いんじゃねえか?俺が転弧の訓練を見てきた訳だしよ」

 「転弧くんについての課題はもしかすると私の方が見つけやすいかもしれません。それに、たまには気分転換というのも悪くないでしょう」

 「なるほど…まあ、それはそれでいいかもな」

 

 各々が反応を示し、すぐに訓練が始まろうとしていたその時…

 

 「よし、それじゃあ訓練開始────ッ!!」

 

 ()()は訪れた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 真っ先に反応できたのは千雨だった。普段から警戒のために島の全体を覆うようにして塵を薄く広げ操作し続けていたからこそ、途轍もない速度で何かが迫ってきたことに気付けたのだ。直後千雨の感情を感じとった心詠が警戒を高めると同時に、

 

 「悪りぃな。一応仕事ってことになってるんだわ」

 

 誰も反応できないまま、男が口を開き、筋繊維が剥き出しになった剛腕で千雨の頭を殴りつける。すぐに男の動きは普通の速度に戻ったが、その手には千雨が首を掴み上げられたまま捕まっていた。

 

 「な…!?千雨さん!!!」

 

 塵化は決して肉弾戦において無敵の能力というわけではない。今回のように千雨が頭部を塵化させるより前に脳に強い衝撃を与えれば、彼女は容易く気絶してしまう。男は明らかにその弱点を知っているようだった。

 

 「安心しな!コイツは出来るだけ原型を留めとけってお達しだが…テメェらは自由にして良いんだとよォ!!すぐにあの世に送ってやるからお行儀よく並んで待ってなァァッ!!!」

 

 男の名は、今筋強斗。又の名を…「血狂い」マスキュラー。彼は両目をギラギラと輝かせながら、何よりも残酷な宣言を行った。

 

 「させるかよ!!『幸福な行進(グラッドマンズパレード)』!!」

 

 マスキュラーが動き出すより先に、仁が前に飛び出す。そのまま己を無数に増やし、大質量で彼に襲いかかる。

 

 「「「「「「千雨さんを…返せえええッ!!!」」」」」」

 

 しかし、マスキュラーはそれを「加速」することによって難なく回避し、背後から無数の仁に剛腕を振るう。それだけでほぼ全ての仁は泥と化し、残った本物もマスキュラーに踏みつけられてしまった。

 

 「ぐあっ!!」

 「オイオイ…言ったろ?お行儀よくしてろってよ。俺としてもじっくり楽しみてえからよォ、下手に抵抗すんじゃ…ッ!!」

 

 そんな彼のさらに背後から、マスキュラーの心を読んで先回りしていた心詠が奇襲をかける。手にはサポートアイテムである改造スタンバトン…個性によって皮膚が強化された相手でも気絶させることができる程の電圧を誇る優れ物を持ち、彼に接触させようと振るうが、

 

 「あっぶねえ!!こういう時にゃ心底()()()()は便利だぜ。咄嗟に使ってこそ真価を発揮するってのは好みじゃねえし、頭も痛くなるのが辛えとこだが…不意打ちでやられるなんてのは一番つまんねぇからな!あのオッサンには感謝してもしきれねえ…なッ!!」

 「な…きゃああっ!!」

 

 再び凄まじい「加速」を見せたマスキュラーには振り抜く迄もなく思い切り殴り飛ばされる。心詠はそのまま立ち上がることなく意識を失い、自由に動ける大人はその場から居なくなってしまった。

 

 「あ…え…」

 「み、皆…!」

 

 残されたのは、未だ小学生と中学生の子供二人。マスキュラーは其方に目を向け、嫌らしい笑みを浮かべる。

 

 「びっくりしちまったなあガキ共ォ!頼りにしてたヒーロー達がみぃんなやられちまったんだもんなあ!?けどテメェらはお利口さんだぜ?俺の忠告をちゃんと聞いて大人しくしてたから痛い目見ずに済んだのさ。まあ、コイツらを殺ったあとで虐めてやるからあんま変わんねえけどな!ハハハハハッ!!!…あ?」

 

 そこでマスキュラーは、足元に落ちた携帯の画面に目を遣る。

 

 「!!チッ…あの女ァ!救援要請してやがったのか…!随分と手際が良いじゃねえか!さっさと全員ぶっ殺してとんずらさせてもらうとすっかな」

 「ふ…ふざけんな…!てめえなんかに…俺の!俺たちの居場所を奪われてたまるか…がああっ!!」

 「そんじゃあお望み通りテメェからぶっ殺してやるよオオオ!!」

 

 マスキュラーの台詞に怒りを露わにした仁だが、踏みつけられたままの足に力を込められ、思わず叫び声をあげてしまう。

 

 「(誰か…誰か皆を救けてよ!!ヒーローじゃなくても、誰でもいい!お願いだから…)」

 

 絶望的な光景に奇跡を祈らずにはいられない転弧。しかし、彼はすぐに思い至る。

 

 「(────違う。俺しかいない。被身子も、千雨さんも、心詠さんも、仁兄も!皆を救けられるのは……俺しかいないんだ)」

 

 覚醒の時は、今。


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