すべては君のために   作:eNueMu

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志村転弧:ライジング

 

 マスキュラーの襲撃に、千雨、心詠、仁は倒れた。しかも仁に至っては、今にも殺されようとしている。ここから助かる可能性は、奇跡的に救援が間に合うか、もしくは…転弧と被身子が救けるかしかなかった。

 

 「(でも、このままあいつの足元の地面を崩壊させても仁兄まで一緒に巻き込んでしまう!!どうにかしてアイツを仁兄から引き離すしかない!)」

 

 そう考えた転弧は、マスキュラーを挑発する。

 

 「おい!!こっちに来いよ筋肉野郎!!俺のことが怖いんだろ!?ひょっとしたらやられるかもしれないって、そう思ってるんじゃないのか!?」

 「……あぁ〜ん?テメェ…」

 

 しかし、それは誤った判断だったと言っていいだろう。

 

 「そんなに死にたかったなら言ってくれよォ!!うっかり後回しにする所だったぜェ!!」

 「え!?────がふっ」

 

 いきなり目の前に現れたマスキュラーに鳩尾を蹴り上げられる転弧。激痛に悶え、立つことすらもままならなくなってしまう。

 

 「て、転弧くん!!」

 「なァお嬢ちゃん、テメェは如何だよ?死にてぇか?そうじゃねぇなら…そうだな。『テンコくんからお願いします』っつったら最後にしてやるよォ!!さァ選べェ!!どっちがいいんだ!?言ってみなァァァ!!!」

 「ひ、ひぃっ!!」

 

 そのまま側にいた被身子に悪辣な問いかけを行うマスキュラー。恐怖で動けない彼女を見て、転弧は己のミスを悟る。

 

 「(……やっち、まった。…俺のせいだ。俺のせいで被身子が死ぬ。皆も、死ぬ。俺がもっと考えてれば…俺がもっと、ちゃんと個性を扱えてたら)」

 

 そして、転弧は────最後の賭けに出る。

 

 「(………あいつの足元を崩壊させれば、伝播した崩壊で奴は死ぬ。でも、捕まってる千雨さんも、側にいる被身子も助からないだろう。だったら…足元だけを崩してやる。あいつは死なないだろうが、一瞬ぐらいは時間を稼げる筈だ。その時間があれば被身子を逃がしてやれる。運が良ければ千雨さんも手放してくれるかもしれない。……それに、仁兄も、動けるようになったみたいだ。チャンスは、今、此処しかない)」

 

 転弧は祈る。己自身に。

 

 「(…なぁ…頼むよ。俺の『個性』。皆を救けたいんだ…わかるだろ?…この瞬間しかないんだ。もう俺には、ここを逃したら次なんてない。だから……お願いだ)」

 

 涙を零し…そう願う。

 

 

 

 

 

 

 

 「(────────俺をヒーローにさせてくれ)」

 

 

 

 這いつくばる転弧の手から、地面へと崩壊が放たれる。罅は一直線にマスキュラーへと突き進み、彼の足元を崩し尽くす。

 

 「うおおっ!?な、何だァ!?」

 

 ────彼の体に、崩壊は伝播しなかった。その隙をついて、被身子は逃走を…選ぶことはなく、彼が姿勢を崩したことで急接近した千雨の頭から流れる血を舐めとる。

 

 「ごめんなさい、千雨さん。今だけ約束破りますね」

 

 彼女が変身したのは、千雨。そのまま掌を突き出し、マスキュラーの肩に触れる。

 

 「な………ぐあああああああァァァァッ!!!!?」

 

 殺すつもりで発動させた千雨の個性…「塵」は、制御が上手くいかず肩からマスキュラーの右腕を引きちぎるに留まる。しかし、それで十分だった。

 

 「こんのガキィィ────うおおおおッ!?」

 「…外したか。惜しいね」

 

 腕ごと落下した衝撃でついに、千雨が目を覚ます。碌に集中もせずに使用した「オーバークロック」の世界になら、彼女はついて行くことができる。寸での所で千雨の掌を回避したマスキュラーは、そこから更に大きく飛び退いた。

 

 「ごめんね、皆。すぐに終わらせるから。仁くん、皆を頼むよ」

 「おう、任せてくれ。指一本だって触れさせやしない」

 

 被身子の元に辿り着き、既に変身を解除した彼女を抱き抱える仁。彼に千雨は皆を託すと、転弧に向き直る。

 

 「個性…。ちゃんと、完璧に制御できるようになったんだね」

 「…うん。俺、やったよ、千雨さん」

 「……転弧くん。ありがとう。恩返し、してもらったよ」

 「…うん…!!」

 

 感極まる転弧。長い苦難の果て、己の成りたいものに成るための第一歩を、彼は遂に踏み出したのだ。

 

 死柄木弔は、己の為に力を封じた。

 志村転弧は、誰かの為に力を封じた。

 

 結果は同じでも、そこに至るまでのそれぞれの意思には、明確な差があった。そのことを噛み締めながら、千雨はマスキュラーに左手を飛ばしつつ視線を向ける。

 

 「!!チッ!」

 「ご丁寧に待って貰えて嬉しいよ。それとも何か邪魔しちゃったかな?」

 「クソッ!!集中しねえと速さは上げらんねぇってのによォ!!でもなきゃ不意打ちするしかテメェを殺る術はねぇじゃねえかァァ!!」

 

 怒るような口調でありながらその表情は満面の笑み。その光景こそ、マスキュラーという男を象徴するものだった。

 

 「随分と楽しそうだね。君はもう追い詰められたんだ。逃しもしないよ」

 「はぁ?逃げる訳ねぇだろうが!!楽しいさ!!仕事はしくじっちまったが、裏を返せばこっからはやりたい放題できるってことなんだ!!嬉しくて全身が震えちまうよオオオオッ!!!」

 「………それは良かった。でもね、こっちは腸が煮えくりかえりそうなんだよ。悪いけど…いや。……悪いとも思わない。君のことは…全力で塵にしてやろう」

 

 ヒーローネーム、「ダスト」。由来は、自身を塵化させ、そして────ヴィランを粉微塵にすることから。

 

 「『澌塵灰滅(しじんかいめつ)』」

 

 神々しいまでの怒りが、顕れる。


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