すべては君のために   作:eNueMu

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Plus Ultra

 

 「『澌塵灰滅』」

 

 そう宣言した千雨のもとに、何処からともなく塵が集い始めた。更に彼女は両手を地面に乗せ、周辺を塵化させることで塵の量を急増させていく。

 

 「千雨さん…一体何を?」

 「分からねぇが……とんでもねえことをしようとしてるのは確かだ」

 「もう殆ど見えなくなっちゃった…」

 

 倒れていた心詠も仁の分身によって既に回収されており、仲間たちはひと所に集まったまま固唾を飲んでそれを見守っている。

 

 「流石に生身で今の君と戦うのはリスクが高い。『だから…距離を取らせてもらうよ。こっちは君をすぐにでも殴ってやれるけどね」』

 

 支離滅裂にも思える千雨の台詞。しかし、マスキュラーにはその意味が理解できていた。

 

 「……何だぁそりゃあ…!?随分とでっかくなりやがったじゃねえかァ!!」

 

 顕れたのは、塵の巨人。島を背にしたまま、海岸に立つ隻腕のマスキュラーを遥か高くから見据える。腰から上だけの姿ではあったが、その威容は見る者全てが平伏すといっても過言ではない程のものだった。

 

 「けど良いのかよォ!?知ってるぜ…デカくなったヤローは決まって負けるんだ!!『お約束』って奴だよなァ!?」

 『知らないようだから教えてあげるよ。ヒーローの巨大化は「勝ちフラグ」って言うのさ』

 

 マスキュラーの煽りにそう返して巨腕で眼前を薙ぎ払う千雨。隻腕ながらもマスキュラーはしっかりと「オーバークロック」を併用しつつそれを躱すが、

 

 「(速ぇ!デケぇ癖して全然スピードが落ちてねぇじゃねえか!?そこそこビビったもんで加速率だって悪くねえ筈なのに…ここまで紙一重なのかよ!?)」

 

 内心その脅威に舌を巻く。更に高い加速率により脳に負荷がかかったことで動きが鈍った彼は、続く千雨の攻撃を回避することができなかった。

 

 『弱点はもう分かってるよ。咄嗟の発動の後は「もう一つの個性」は使えないんだろう?』

 「ぐおおおおッ!!」

 

 猛烈な一撃。これだけで勝負が決してもおかしくはなかったが、マスキュラーはなおも立ち上がる。

 

 「はァッ…!はァッ…!ハハハ……避けられなくたって構わねぇ。俺にはまだこの筋肉の鎧がある!!そのぐれぇ大したこたねえんだよオオオオォォッ!!!」

 

 無理を押して「オーバークロック」を発動させ、塵の巨人に突っ込むマスキュラー。何処かに潜む千雨を狙ってのものだったが、直後…

 

 「!!しまっ────」

 

 塵の群れを掻き分け、目の前に掌が現れた。誘われたことに気付いたマスキュラーは、再び咄嗟の「オーバークロック」でこれを何とか躱し、そのまま巨人の外へ飛び出す。しかし、今度は加速中であるにも関わらず、背後から迫る巨人の追撃に追いつかれてしまった。

 

 「がはああッ!!ぐ……く、そォオッ!!!(どうなってやがる……!?追いつける訳ねえだろ!?さっきギリギリだったのは向こうが先に攻撃してたからだ!!後出しでこんなに速えなんざ聞いてねえぞォッ!!)」

 『「不思議だ」って顔に書いてあるよ。どうして攻撃を受けたのか分からないってね…でも、答えは簡単なことさ。私がさっきまでより速く塵の操作ができるようになったんだ』

 「ぐ、ふ…ふざけてやがるぜ。このタイミングで個性が成長したってか?面白ぇ…だったら俺も……そうさせてもらうぜエエェェェッ!!」

 

 絶叫と共に筋繊維で全身を覆うマスキュラー。彼にできる最大限の攻撃を仕掛けるべく、頭痛を無視して限界まで集中力を高めていく。

 

 『違うよ。個性が成長した訳じゃない…ただ私の中の限界を超えただけだ。……私の通っていた高校にはね、こんな校訓があるんだよ。「さらに向こうへ────Plus Ultra」。「この程度、ヒーローにとっちゃ朝飯前なのさ』」

 

 一方の千雨もマスキュラーの言葉を否定しつつ、塵の巨人を解体してその全てを一つの砲弾として練り上げていく。マスキュラーよりもずっと早く必殺の準備を整え、最後通牒を行う。

 

 「降参するつもりは?」

 「無ェよ!!!」

 

 即座に千雨の提案を拒絶したマスキュラー。千雨は溜め息を吐き、静かに呟いた。

 

 「……ありがとう。おかげで何の躊躇いもなく、全力をぶつけてやれそうだ。運が良ければ────生きてるかもね。『塵に還れ(ダスト・マスト・ダイ)』」

 「ウ……オオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 集中を終えたマスキュラー。しかし彼が選んだのは、回避ではなく激突だった。敢えて己の全てで千雨の全霊に挑むことを望んだ彼は……そのまま塵の砲弾を打ち破ることなく、海に沈んだ。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 轟音が辺りに響き、余韻が引いていく。驚く程の静けさは、戦いの終わりを彼らに知らせた。

 

 「……終わった、のか」

 「だと、思います」

 「…えげつねえな。あの人が元ナンバー5だってこと…初めて実感した気がするぜ」

 「………うぅ…?」

 

 3人が各々の思いを述べる中、心詠が目を覚ます。彼女はすぐに、千雨の安否を彼らに尋ねた。

 

 「…!!あの、千雨さんは!!」

 「うおっ!?あ、ああ。大丈夫だぜ。ちゃんと勝ったみたいだ」

 「……あれ?心詠さんってそういう呼び方だったっけ?」

 「あ……いえ、その、つい咄嗟に」

 「ふーん…まあ、いっか」

 

 学生時代の呼び方が口をついて出てしまった心詠に、仁が千雨の勝利を告げる。同時に転弧が名前の呼び方について突っ込んだが、深く追及することはしなかった。

 

 「…千雨さん、遅いです」

 「そういやそうだな…間違いなく勝った筈だが」

 「………少し、見てきます。3人はここで待っていてください」

 「おう、分かった。確か向こうの海岸の方だ」

 「ありがとうございます」

 

 その時、帰りが遅い千雨を心配してか、被身子が口を開く。心詠はそれを受け、一人彼女の元へ向かった。


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