千雨は一人、海に浮かぶマスキュラーを眺めていた。
「……生きていたか。流石OFA100%を耐えただけのことはあるね」
マスキュラーは気絶してはいたが、死んではいなかった。それを確認した彼女は、周囲を一瞥した後に迷いなく彼に手を翳し────
「ゎーたーしーがー!来たッ!!」
近づく声に動きを止める。声の主は一切の遠慮なく爆発が起きたかと見紛う程の水飛沫を上げ、海上に着地した。
「ってうおおっ…思ってたより深いッ」
「…」
いまいち締まらない彼…オールマイトに呆れを含んだ微妙な視線を向けながら、千雨は声を掛けた。
「オールマイト……お疲れ様です。ここにはどういったご用件で?」
「どういったも何も救援要請を出していたじゃないか。もっとももう終わってしまったようだけどね」
「……成程。ラインセーバーが出してくれたんですね」
心詠が救援を呼んでいたことに感謝しつつ、千雨はオールマイトの言葉を待つ。
「そういうわけか。君の反応にも合点がいったよ…。ところで、彼をどうするつもりだい?少しばかり不穏な動きが見えた気がしてね」
「(ほ〜らやっぱり言うと思ったぁ………)」
目敏い彼に心中で辟易しながらも、表面上は冷静な対応をしてみせる。
「少々お仕置きしようと思いまして。彼にはうちの事務員や預かっている子供たちにまで危害を加えられましたし」
「そうか。でもね、ダスト。ヒーローっていうのは誰かを守るためにいるのであって、誰かを罰するための存在ではないんだ。いつも僕が言っているように…」
「(分かってますからせめて違う話をしてくださいナンバー1…!いつも出だしが同じです!随分とおじさん染みてきてますよぉぉぉ…)」
またしてもナンバー1ヒーローから小言をもらってしまう千雨。彼女はオールマイトと出会うたび、毎度同じことを言われてしまう。「お節介はヒーローの本質」を体現した彼のスタンスに千雨は胃もたれするような気分を味わうことも多かった。
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「────さてと。ここからはちょっといつもとは違う話をしようか」
「同じ話してる自覚はあったんですね…」
「はっはっは、済まないね。君には君のやり方があるのは分かっているけれど、ヒーローのあるべき姿ってのも知っていて欲しいからさ」
「……精進します」
思わず声に出してしまう千雨。オールマイトも彼女も、お互いに嫌いあっている訳ではない。ほんの少しばかり反りが合わないというだけで、平和への想いは二人とも変わらず持っていた。
「今回の彼…マスキュラーだが、妙な所は無かったかい?」
「……ええ、ありました。彼は明らかに複数の個性を持っているようでした。でも、片方はどうも使い慣れていない様子で…後天的に、それもつい最近手に入れたかのような印象を受けましたね」
「────そうか」
途端に顔が険しくなるオールマイト。彼はそのまま、千雨に言葉を続ける。
「実は、個人的に追っているヴィランが居てね…あまり詳しいことは言えないんだが、マスキュラーに奴が関わっている可能性を鑑みて急いでここに駆けつけたんだ。彼はどんな個性を?」
「筋繊維が皮膚を突き破るほどに力を増すことを可能とする増強系のものと…不安定な様子ではありましたが急加速を任意に行うことのできる個性でしょうか。恐らく、心理状態によって出力にムラがあるのだと思われます」
「………そう、か。ありがとう。それと、彼を連れて行っても構わないかな?」
そう言ってオールマイトはマスキュラーに視線を向ける。
「……どうぞ。どうやら何かしらの重要参考人であるようですし…貴方が連れて行くなら問題は無さそうだ」
「済まないね。…君の怒りはもっともだが、無闇に手を汚す必要はない。あまり気を張りすぎないようにね。それじゃ!」
千雨の許可を得てマスキュラーを担いだオールマイトは、そう言い残して再び水柱を噴き上げながら跳んでいってしまった。彼の去った空を見つめ、千雨は独りごちる。
「…………濡れても塵にはなれるけどさ。もうちょっと遠慮してくれよ平和の象徴…」
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島に戻った千雨を最初に出迎えたのは、心詠だった。
「心詠さん!無事だった?」
「少し体が痛みますが、この程度なら。お疲れ様でした、ダストさん」
「ありがとう。…私を心配してここまで来てくれたの?」
「…そう、ですね。正確には貴女の怪我と、ヴィランへの対処を心配して、ですが」
心詠はそう言って千雨の頭に目を向ける。塵化によって傷は修復され、既に綺麗さっぱり元通りになっていた。唯一被身子が吸収した血液は失われてしまったが、極少量であり殆ど誤差と言っていい。そのため心詠はどちらかというと千雨がヴィランをどうするかについて強い懸念を抱いていた。
「…まあ、消しちゃうつもりだったんだけどね。見えたでしょ?オールマイトが来て、いつもみたいにお説教ルートだよ。それに向こうの目的のためにアイツも持ってかれちゃったしね…多分タルタロス辺りで尋問でもするんじゃないかな。てなわけで今回は特に変なことはしてないよ」
「……嘘ではないようですね。まあ、だからといってどうという訳でもありませんが。…そろそろ戻りましょうか。転弧くんと分倍河原さんも怪我をしています。早く手当をしてもらいましょう」
「りょーかい」
熾烈な戦いの直後とは思えない柔らかな雰囲気。心詠は千雨が気を張ることなく接することのできる、数少ない相手であった。
VSマスキュラー終了です。次回以降、一時的に時間の進みが早めになります。一話で一年進んだりはしないと…思います。多分。
(追記)オールマイトを「まだまだ若い」と描写していましたが、感想でこの時点でも40代程度であると考えられることを指摘されたので修正しました。もちろん僕が悪いんですが、原作オールマイトも50後半のおじいちゃんには見えないので責任の一端は彼にもあるのではないでしょうか()