下半期ビルボードチャートJPの発表。毎年恒例の一大イベントが今年も始まり、いつものようにトップ10に選ばれたヒーロー達が壇上に上がる。10位から順にヒーローネームが読み上げられていくが、その中には…
「No.4!トップ10に返り咲いたのち、初の順位アップ!!塵化ヒーロー『ダスト』!!」
千雨の姿もあった。上半期は5年ぶりかつ4月からの復帰ということもあり、あまり順位が振るわなかったが、そこから半年でしっかり人気と知名度を取り戻したことでかつての5位をも上回る順位につくことができたようだ。彼女が名前を呼ばれて小さく会釈を行うと、そのまま順位発表は続く。
「No.3!こちらも若手ながら高い支持率を獲得し、更には現在2年連続でベストジーニスト賞受賞中!!ファイバーヒーロー『ベストジーニスト』!!」
「No.2!安定した活躍を見せ、今なお後輩にその座は譲らず!!フレイムヒーロー『エンデヴァー』!!」
「そして!No.1!人々は今日も笑い!!歓喜し!!声を上げる!!何故ならこの男がここにいるからだァァッ!!平和の象徴!!『オールマイト』ォォォォォッ!!!」
順位が上がる程に大歓声が巻き起こり、オールマイトの名が呼ばれると熱狂は最高潮を迎える。インタビューのため司会者が観客を宥めようとするも、しばらく喧騒が止むことは無かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「それではNo.4、ダストさん!この結果を受けて何かご感想は?」
「ありがとう。これからもよろしく」
千雨は微笑みながらも簡潔にまとめ、視線でジーニストへのインタビューを促す。
「…あ、ありがとうございました!それではNo.3、ベストジーニストさん!今回が…」
彼女がこのようにクールな対応をするのは、自身がこの場に相応しくない人物であると思っているから…
ではない。
「(────まただ。またなんて言うべきか頭が真っ白になってしまった。…いや、しょうがないさ。ここに上がるのだって精一杯なんだよ?寧ろ声も震えずにあれだけ話せれば上出来といっていい。流石私、よく頑張った)」
実の所、千雨は今回のように大勢の前に立って何かを話す、というのがかなり苦手だ。最初に名前を呼ばれて会釈に留めたのも、それ以上身体が動かなかっただけである。街中で何人かのファンに話しかけられる程度ならば問題なく対応できるものの、囲まれだすともう危うい。
彼女が自身の資質に少なからず疑問を持っているのは確かだが、これに限っては単に緊張しているだけなのであった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ…ようやく一息つけそうだ」
段取りが一通り終了し、舞台裏の廊下で身体を無造作に塵化させるという独特な解し方を行う千雨。満足したのか伸びと共に再び歩き出した彼女に、背後から一人の男が近付き、肩を叩く。
「失礼」
「うぇっ!?……君は」
「私はサー・ナイトアイ。3年程前からオールマイトのサイドキックを務めさせていただいている者です。ご存知でしたか?」
男は千雨に尋ねられたと考えたのか自らをサー・ナイトアイと名乗り、その素性を明かす。もっとも彼女の台詞は思いもよらぬ人物が接触してきたために飛び出した物であり、別段質問の意図があった訳ではなかった。
「……いや。ごめんね、しばらくこっちにはいなかったからさ。それにしても、あの人がサイドキックか…ちょっと意外かな」
「そう思われるのも無理はありません。私自身、熱心に頼み込んでようやく認めてもらったクチなので」
千雨も女性としてはかなり身長が高い方だが、ナイトアイはそれ以上の長身だ。声をかけられて振り向いた時点から彼女がずっと見上げる姿勢でいるのを見て、ナイトアイも少し背を曲げて対応する。
「成程ね。…それで、そんな君が私に何か用かな?」
「いえ。ただ、肩に糸くずが付いていたので」
「あれ…?本当かい?ありがとう、気付かなかったよ」
彼の目的を知ろうと今度こそ明確に質問を行う千雨だが、ナイトアイは純粋にゴミを払うつもりで肩を叩いたのだと語る。しかし、それによって千雨は彼の本当の目的を理解した。
「(振り向いたとき、目線合わせちゃってたっけ…『条件』は成立してるね。……そういえばオールマイトはまだAFOとの戦いで大怪我を負っていない。人の未来を予知することに抵抗はない頃か…。大方オールマイトがマスキュラーの時に私と接触したから念のためってとこだろう)」
サー・ナイトアイの個性は「予知」。接触した状態で目線を合わせた相手の未来を、1時間自由に視ることができる。この能力のせいで彼自身苦しむことになるのだが、オールマイトの負傷を防ぐつもりの千雨はそれによって連鎖的に彼の心も救うことができるのではないかと考えていた。
「(とはいえ、視られることが分かっていて何もしないってのも何だか恥ずかしいような気がするね。無断で盗み視ようとしてるのは向こうなんだし、ちょっとだけ意地悪してやろう)」
そんな風に考えた千雨は、彼の発言の矛盾を指摘する。
「でも、おかしいね…さっきまで私の肩は塵化してたんだ。糸くずが付く暇なんて無いような気もするけど」
「……そうでしたか。であれば、私の見間違いだったのかもしれません。お騒がせして申し訳ない」
「いや、構わないよ。君の善意は買おう。……それとも、あんまり私が美人だったもんでナンパでもしてみようと思ったとか?なんて」
「……………」
「…じょ、冗談だよ。怖い顔しないでくれないか」
「……ユーモアのセンスはまだまだ伸び代を残されているようだ。では」
遠回しにつまらないと言い残し背を向けてその場を後にするナイトアイ。ショックを受けた千雨は、仕返しとばかりにやや過度な悪戯を試みた。
「(乙女の秘密はあんまり覗いちゃダメだよ?)」
「!?」
頭を飛ばし、ナイトアイの耳元で囁く。すぐさま彼女の方を振り返るナイトアイだったが、既に千雨の姿はなく、彼はしばらくの間うるさくなった心臓の鼓動を治めることができなかった。
ナイトアイ「(絶対ヴィランやんけ!未来視たろ!)」