その年のビルボードチャートは特に大きな順位の変動を見せなかった。千雨もAFOとの戦いで壮絶な消耗を経験したものの、上手く身の回りの塵で減少した分をカバーして精力的に活動したことで検挙率3位をキープ。支持率の差でベストジーニストには及ばなかったが、チャート4位に留まることができた。
それと同時に、転弧の中学2年生としての生活も終わりに差し掛かり、そろそろ受験を見据えて計画を立てる時期が来ていたのである。
「というわけで…どこに行きたいんだい、転弧くん?」
「雄英」
「へぇ?大きく出たじゃねえか」
千雨の問いに揺るぎなく答えた転弧。仁が意外そうな反応を示すが、それを受けてか転弧自身が補足する。
「…ヒーローを目指す上では、きっと最良の選択だと思う。届かなくたっていい、挑戦してみたいんだ」
「それに千雨さんと同じ高校ですもんねぇー!」
「……まあ、それも…ある」
被身子が少しばかり揶揄うように話し、それでも転弧も否定はしない。一連のやり取りを見ていた千雨は、今一度転弧に覚悟を問う。
「雄英出身者だからこそ言うけど…本当に大変だよ?入るまでも、入ってからも。毎年のようにプロヒーローのスーパールーキーを輩出するカリキュラムは伊達じゃない。周りも皆本気でトップを獲りにいく。油断してるとあっという間に置いていかれる…それを知っても目指すのかい?」
「うん」
「…合格だよ、転弧くん。どうやら君の精神はもう既に立派なヒーローのようだ」
脅すような千雨の物言いにも怯まず、はっきりと頷いてみせた転弧。千雨は彼を本気で雄英に入学させることを決意した。
「それじゃあまず勉強から何とかしようか。今のままじゃ筆記試験絶望的だからね」
「……うん」
無情な現実も、ヒーローにとっては乗り越えるべき試練だ。
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「え!?志村雄英目指すのか!?」
「うん。折角だから頑張ってみようと思ってさ」
「凄いなぁ…。推薦入学?」
「………いや。内申点が多分……」
「あ、あはは。成程ね…」
学校で進学先の話をしていた時、転弧が話した志望校に友人たちも驚く。通知表を見た千雨が「一般入試一択だね」と即断していたなと思い出しつつ、転弧も皆と意見を交わした。
「そういえば、他のクラスにも雄英行くって言ってる奴が居るって聞いたことあるな」
「ヒーロー志望といえば、ってとこあるしな。目指す奴が多いこと自体は不思議じゃねえと思うぜ」
「そして3年の二学期、現実を思い知るまでがセット」
「もう。志村くんがいる前でそんなこと言っちゃダメだよ」
彼らの多くは雄英のヒーロー科に合格すること自体夢物語であると考えているらしい。それもそのはず、かの部門は年によっては偏差値80にも肉薄する程に難関であり、並の人間が通過することができるほど生易しいものではない。共通認識というものを目の当たりにし、改めて自身の選択が険しい道のりであることを確信させられた転弧であった。
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「遅い」
「くっ!」
「今のは目で追うより聞いた方が早かったよ。足運びも良くない、もっともっと効率的に動けるはずだ!」
勿論勉強のみならず、戦闘訓練も欠かさない。特に実技試験の内容を考えて、千雨は転弧の聴覚や機動力を重点的に強化していた。
「(私の時もそうだったし、実技試験は例のロボット撃破競争だろう。転弧くんの個性ならレスキューポイントよりヴィランポイントを稼ぐ方が効率的だ。……正直始まった瞬間にフィールドごと崩壊させてしまえばいい気もするけど…多分やり直しになるか、最悪失格になってしまうかもしれない。一応街を模したものだし、過度な破壊は減点対象になるんじゃないかな)」
「ふッ!やあッ!」
「(そういえば実技試験の内容って外に漏らしちゃいけないんだっけ?先生達がそんなことを言ってたようなそうでもなかったような…何にせよ教えてしまったら転弧くんのためにもならないしね、黙っておいた方がいいだろう)」
考え事をしながらも転弧をいなし続ける千雨。彼女を捕らえることに躍起になる転弧だったが、もう一人の千雨が彼を羽交い締めにする。
「あっ!?」
「後ろにも注意だよ。目の前の相手に必死になりすぎないこと」
「今急に増やしたじゃないかぁ!」
「そんなことないよ。仁くんに予め増やしておいてもらったのを待機させてただけだからね。常に不測の事態に備えておくことも重要さ」
「くっそ〜!!」
忍び寄る千雨のコピーに気付けなかったことに悔しさを隠せない転弧。しかし、その後も手を替え品を替え訓練が続く中、日に日に彼の対応力は向上していった。