今日も転弧はいつものように近接格闘のみでの実戦訓練を行っていたのだが、珍しく相手は心詠。事務作業の少ない日は、時たまではあるが諸々を仁に任せつつこうして転弧の様子を見てやっているのだ。
「踏み込みすぎです」
「ぐえ」
「こうして反撃を受けてしまうので、ある程度退くことも考えながら動くのも大切ですよ」
しばしば転弧は攻めすぎるきらいがあった。実際個性を使えるなら、掌さえ届いてしまえばどうとでもなってしまうのである意味問題ではないのだが、またある意味問題でもあるのだ。
「ヴィランに過度な後遺症を残すようなダメージを与えることはあまり好ましくありません。転弧くんも、可能な限り個性無しで相手を無力化できるようにしておきましょう」
「…千雨さんは例外ってやつ?」
「そういうことです。それなりの勝手が見逃されるぐらいの事情と実績がありますから」
「なるほどね」
少し前から千雨のスタンスをネットなどで把握していた転弧。どうやら世間一般的には敵を作りやすいものであるようだったが、彼にとってはそれで千雨への評価が下がるようなものでは無かった。
「さあ、もう一度。頭を冷やして、フェイントも織り交ぜながらどうぞ。焦りの感情は動きを単調にし易いですよ」
「ふぅー……いきます」
伝わってくる感情に応じた大多数の人間の行動傾向が経験として理解できている心詠のアドバイスは、何よりも的確であるといっても過言ではないと転弧は感じている。冷静さを意識しながら、心詠との訓練をこなし続けるのだった。
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そうして訓練を終え、事務所に戻ってきた二人。既に事務所にいた被身子と仁が、彼らを出迎える。
「心詠さん、お帰りなさい!あと転弧くんも」
「ただいま、被身子ちゃん。今日もお疲れ様」
「ついでみたいな言い方しやがって…仁兄、千雨さんは?」
「さっき終わるっつってたからもう帰ってくると思うぜ」
普段は表情の変化が少ない心詠だが、被身子との会話では頬を緩めることも多かった。二人を尻目に仁に千雨の所在を問うた転弧。丁度彼女も活動を終えた頃のようだ。
「貴方もご苦労様でした。変わったことなどは?」
「いや、問題なかったぞ。被身子の奴が学校から帰ってきてからずっと暇そうにしてたけどな」
「訓練が無いとそれはそれで寂しいのです」
大層心詠に懐いた様子の被身子。親元を離れてからというもの、一緒に暮らす生活を続けるうちにお互いの心理的距離が随分と縮まったらしい。笑顔を見せる回数も以前より遥かに多くなっていた。
「ただいまー」
「お帰り千雨さん。ちょっと話があるんだけど」
「あぁ、体育祭のことかい?」
そこに戻ってきた千雨。転弧は前々から雄英体育祭の対策について、千雨と話を続けてきていたのだ。
「確か…第二種目の話まで行ったんだっけ?」
「うん。一年生は第一種目が個人に分かれての競争形式、第二種目が第一種目の結果に応じたハンデを課してのチーム戦形式。内容は毎年変わるけど、大体そんな感じだって」
「だったね。前にも言った通り、第一種目はヒーロー科の人間ならまず通過できるようになってる。第二種目は多少相性とかの運も絡むけど…まあ、転弧くんなら大丈夫だろう」
大まかな概要を再度転弧に説明する千雨。雄英体育祭は毎年のようにテレビで放送されているため、このぐらいの情報は普通の生徒でも十分収集できるだろうと考えて、彼に少々ヒントも与えている。
「問題は、最終種目だね。ここは必ず1対1の対戦形式なんだけど…ルールは毎年変わる。個性とかを使ってもいいガチンコバトルの時もあれば、個性使用が制限された変わり種になることもある。相手は当然生徒だから、転弧くんにとって有利なのは後者のタイプだ。逆に前者が選ばれたなら……はっきり言って優勝は厳しいだろうね」
「…だね。正面から個性なしで那珂とやり合って勝てるビジョンが浮かばない」
諦めにも近い千雨の言葉に同意する転弧。同時にその台詞は、美智榴が決勝まで勝ち上がってくることを確信しているという証明でもあった。
「一先ず、実戦訓練を繰り返して動体視力でも鍛えておこう。攻撃を受けさえしなければチャンスが巡ってくるかもしれないしさ」
「了解。…最近訓練も変わり映えしなくなってきたなぁ」
「他にやることが思いつかなくてね……個性伸ばしももう必要ないだろうし」
結局、千雨たちが具体的な方針を打ち出すことは叶わなかった。できるのは必要になりそうな能力を鍛えつつ、転弧にとって不利なルール設定で無ければいいなと思うことだけ。一大イベントは、すぐそこまで迫っていた。
事務所組、結構久々の登場かも?