いつものように夕方までにノルマを達成し、運営する事務所に連絡を入れる千雨。
「ダストです。今日はもう切り上げるので、後よろしくねー」
「はい。明日も予定は?」
「なしね。いつも言ってるけどもしかしたら急に休むかも」
「了解です」
サイドキックも慣れたもので、初めは戸惑いを見せていたが次第に適当な業務連絡に順応していった。
そしてその夜、運命の瞬間が訪れる。
「(…!!これは…間違いない!)」
書斎に入ったこと、そして志村菜奈の写真を見たこと。それらを咎められ、躾と称して虐待にも近い扱いを受ける志村転弧。
「(ついにこの瞬間が…大丈夫、上手くやれるさ。できなきゃここまでやってきたことの意味がない)」
かつてその境遇に同情し、同時に共感した過去を持つ千雨。悲惨さは比べるべくもないものだが、自らが心の底から救けたいと思うのは、かつての自分を重ねているからか。いずれにせよ、すでに事は動き出している。
「(「崩壊」の覚醒が地上で起こるのはまずい。伝播した崩壊が家族に及んでしまいかねない。タイムリミットは…2〜3分ってとこかな)」
ペットのモンちゃんはすでに誘導を済ませていた。切り離した千雨自身の塵で庭の反対側に作り出した偽転弧くんのところにいる。においでじきにバレてしまうだろうが、今だけ離せていれば十分だ。
下半身は塵化したまま、幽霊のように静かに転弧に近づく。そして…
「やあ。志村転弧くんだね。」
「…!?だ…だれ…?」
「怯えなくていいよ。悪者じゃない。信じてくれないかもしれないけど…君を救けに来たんだ。」
「…どういうこと?」
「このままここにいても…君はヒーローにはなれないよ。」
「!」
転弧の願望を利用することに、千雨は少しばかりの罪悪感を抱いたが…とにかく転弧の説得は最優先事項であった。
「転弧くんはどうしたい?このままお父さんに従う?それとも…外の世界に勇気を出して飛び出してみる?」
「…わからない」
「…」
「でも…お父さんのところには…居たくないよっ…!」
涙ながらに千雨に訴える転弧。モンちゃんが向かって来ているところだったが…千雨は賭けに勝った。
「おいで」
すぐさま転弧の手を引き、抱き抱える千雨。その瞬間、原型を留めていた彼女の上半身までもが崩れ始める。
「!?へ…!?お、お姉さん!!」
「(覚醒…危なかった!本当にギリギリだった!)大丈夫だよ、転弧くん。心配しないで」
崩れゆく上半身と頭を切り離し、再び集めた塵で転弧を持ち上げながら空の彼方へと飛び去る千雨。
「転弧…転弧?あ、あれ?転弧どこ?」
地上では彼の姉…志村華が転弧を探しにきていたようだった。
「あ…」
「お姉ちゃんかな?気まずそうな顔だ…喧嘩でもしたの?」
「華ちゃん…きっと謝りに来てくれたんだ…お姉さん!」
「ダメだよ」
降りてくれと催促するように千雨を呼ぶ転弧だが、彼女はその声を拒絶する。
「ど…どうして!?」
「驚かないで、落ち着いて聞いて。確かに私の身体は自分の意思でこうして粉々にできる。けれど、さっきのはそうじゃない。転弧くん、あれは君の個性なんだ」
「え?…えっ?」
「だからお姉さんがこのまま君を降ろしたら…皆が危ないんだよ。何より君にそんなことをさせたくない」
下では華が泣き叫びながら家族を呼び、総出で転弧を捜している。モンちゃんは千雨の方を向いて吠えているが、夜の闇に紛れた黒い塵の群れに家族が気付く様子はない。
「とりあえず…!」
「…」
そこで千雨はハッとする。転弧が父親に憎しみと殺意を込めた視線を向けているのだ。
「転弧くん」
「!お姉さん…」
塵を操作して視線を遮り、顔を両手で挟んで自分に向き直させる。
「いけないよ。君のなりたいヒーローは…憎しみで人の命を奪うような奴なの?」
「でもっ…」
「とりあえず誰の目も届かない場所に行こう。話はそこで…ね?」
「…わかった」
渋々といった様子で頷く転弧。それを見て千雨は転弧がまだまだ幼い子供であるということを改めて理解する。
「(あっさり家出に同意してくれたかと思ったら表情も心も二転三転…まあお父さんから離してやればしばらくは落ち着くとは思うけど…)」
千雨は転弧と共に以前見つけていた無人島へと向かう。
力の振るい方、そして父…志村弧太郎との向き合い方を教えるために。