すべては君のために   作:eNueMu

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職場体験inダスト事務所

 

 「那珂美智榴です!きょ、今日からよろしくお願いします!」

 「よろしくね、美智榴ちゃん」

 

 ダスト事務所でも、職場体験は始まっていた。数多の指名があった美智榴は、その中で最もチャート順位が高かった千雨の指名を受けることにしたらしい。

 

 「さて……ひとまず、体育祭の時はごめんね。ちょっとあの時は色々と冷静じゃなくて…もうああいうことは起こさないようにするからさ」

 「いえ、大丈夫です!それにあたしもプロと手合わせできるかもって期待してたので!」

 「あはは、ありがとう。それじゃ早速行こうか」

 

 以前の自らの粗相を美智榴に謝る千雨。美智榴も気にする素振りは見せず、彼女を庇うような台詞を口にする。穏便な雰囲気のまま、二人はヒーロー活動に向かっていった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「パトロール、ですか?」

 「うん。あくまで職場体験だから、流石に普段通りには活動しないよ。とりあえずこの辺りを一通り見て回ろう。ただし、駆け足でね」

 「分かりました!」

 

 早足よりももう少し早いぐらいの速度で移動し始めた千雨に、個性を駆使しながら美智榴もついて行く。しばらくそうしていると、彼らは何やら騒ぎが起きているらしい場面に遭遇した。

 

 「…あれは…?」

 「行くよ『ミーティア』」

 「あ…はい!」

 

 側から見た美智榴…ヒーロー見習い『ミーティア』が計りかねているうちに、千雨…ダストがそちらに向かうと指示を出した。いち早く行動を始めた彼女に、美智榴は慌てて追随する。

 

 「失礼。皆離れてくれるかな?大丈夫、私に任せて」

 

 現場にいた人々の多くは野次馬であった。千雨は彼らを手際良く遠ざけると、当事者たちに話しかける。

 

 「襲い掛かったのはそっちの方か。で、君が被害者だね」

 「え、あ、はい…。あの、これは…一体」

 「ぐ…う、うぐぐ…!」

 

 呻きながら身動きを止める男性。彼の個性か、棘のように鋭くなった指を目の前の女性に突き刺そうとしている姿勢のまま硬直してしまっている。対して千雨に疑問を呈した女性の方も、やはり身動きが取れないでいるようだ。

 

 「私の個性だよ。ちょっと怪しい動きがあったみたいだったからね、お二人とも拘束させてもらった。…とりあえず何があったのか話してくれないかな?」

 

 千雨は塵を操作することで、加害者と被害者の当事者二人を拘束していたのだ。今の今まで視界にも入っていなかった現場での事件を未然に防いだ彼女に、美智榴が驚きながら質問をする。

 

 「えぇ!?ど、どうやってこんな!?」

 「そのことは後でね。まずはこっちを解決しちゃおう」

 

 千雨が美智榴にそう答えると、女性が口を開く。

 

 「えっと…その、分かりません。急にこの人が私に襲い掛かってきて…」

 「急に、だと…!?俺のことなんて忘れちまったってか!?このクソアマァァ!!」

 「……どうやら君の方が色々と分かっているようだね。話してみてくれないか」

 

 口汚く女性を罵る男性に千雨が冷たい視線を向けながらも、彼の方に説明を促す。

 

 「この女、俺のことを汚えやり方で会社から追い出しやがったんだ…!セクハラだのなんだのと訳のわからねえいちゃもんを長々ネチネチつけてきてなぁ!どうして真面目に働いてただけの俺が仕事に困らなきゃなんねえんだ!?どうしてコイツがのうのうと暮らしてる!?何もかも納得いかね────うぐっ!!」

 「もう十分だよ。後は警察で聞いてもらうといい」

 

 おおよその事情を理解した千雨は拘束した塵で彼を圧迫し黙らせる。呼んでいた警察がじきに到着し、状況と証言から彼は御用となった。また女性の方も、重要参考人として彼らに連れて行かれることとなり、ひとまず騒動は終結した。

 

 「…なんか、ちょっとだけあの男の人が可哀想だって、思います」

 「まあ、彼の境遇をどう思うかは人それぞれさ。ヒーローがヴィランを憐れんではならないなんて法律は無いからね」

 

 後味の悪そうな顔をした美智榴の呟きに、千雨がそう返す。

 

 「でも、あんなやり方で報復しようってのはいただけない。そもそも彼はセクハラがどうのと言っていたけど、そういうのって受け取る側の問題なんだよ。客観的に見た場合にはただの逆恨みってやつになるね。……もっとも、彼としてはそうでは無かったんだろう」

 「…難しいですね」

 「そうでもないさ。その場で困ってる人を救けて、悪いことをしてる奴を捕まえる。まずはそれを心がけていこう」

 「……はい!」

 

 ヒーローの仕事を簡単に言い表したその言葉は、美智榴にとっても分かりやすいものだった。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の職場体験は終了し、美智榴は最後に忘れていた質問を千雨に投げかけた。

 

 「あ、そういえば!昼間のあれは…どうやって?」

 「ああ、そうだったね。あれは見てたんだよ」

 「…え?」

 

 意味不明な回答を返す千雨に、思わずもう一度疑問の言葉を返す。

 

 「もう一つ、頭を増やしてそっちにもパトロールしてもらってたのさ。半径10km圏内なら疑似的に複数人での活動ができるんだ」

 「へぇー…!」

 

 今度は詳しい解説を聞くことができ、感嘆の声を漏らす美智榴。更に千雨は、そのまま彼女の課題を指摘した。

 

 「…今日一通り美智榴ちゃんを見ていて気付いたのは2つ。1つは体育祭の時にも露呈した持久力。駆け足程度の速度でも後半は相当しんどかったようだね」

 「は、はい」

 「そしてもう1つは……まあ、それにも関係あることなんだけど…個性の制御だ。決勝の最後に見せたあの動きに比べて、今日のは少し違和感を感じた。アレがいわゆる火事場の馬鹿力だとして…目標はアレを完全にモノにすること。そうすれば無駄もなくなって、個性による疲労も幾分かマシになるだろう」

 「なるほど…!ありがとうございます!」

 

 今の美智榴の弱点を言語化してくれた千雨に、彼女は感謝の言葉を述べる。

 

 「後者はともかく、前者は個性そのものを使い続けて強化することで改善するしかないだろう。職場体験中もできるだけそのことを意識していくといい」

 「はい!明日からもよろしくお願いします!」


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