職場体験初日、転弧の方は実に落ち着いた1日だった。
「死穢八斎會?」
「そうだ。かつて極道とも呼ばれた…『指定ヴィラン団体』の一つ。表立って犯罪を犯している訳ではないが、社会規範に則り切った活動を行っているという訳でもない。今日はそこを監視がてら訪問する」
「…危なくないんですか?」
「心配はいらない。君の未来を少し視た限りでは…今日を含めて当分危険には晒されないようだ。勿論
「…了解」
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「────本当に何も起きませんね」
「それはそうでしょう。私がこの事務所に来てからサーの予知が外れたことはありません。ただ、ダスト氏によって予知が覆されたことがあるとは仰られていました」
「…へえ。どうしてそれで恩人になるんですかね?」
「さて…サーにも事情がお有りなのだと思いますよ」
死穢八斎會組長とナイトアイ。近況報告と調査を兼ねた二人の対話中、転弧はセンチピーダーと共に部屋の外で待機していた。時折組員が通り過ぎるものの、此方を一瞥する程度で何か行動を起こそうとする様子はない。表立って悪事を働いている訳ではないというのはどうやら事実であるらしいと転弧は理解し、それでも彼らの厳めしい風貌に度々面喰らっていた。
「(……ん?)」
そんな中、彼の目に止まったのは向こうからやってきた二人の若い組員。片方は黒いマスクをつけており、少々神経質そうにも見える。彼らも他の組員同様特に何事もなく通り過ぎるのかと思っていたが…
「……失礼ですが」
「!」
「はい、何でしょうか」
マスクの男が話しかけてきたことについ驚いてしまい、咄嗟に反応できなかった転弧。一方でセンチピーダーは冷静に彼に応対した。
「勘違いでなければ……ダスト、という名が聞こえた気がしまして。盗み聞きするつもりは無かったのですが…もしや、彼女に連絡する術をお持ちではありませんか?」
「(な…!?)」
突如千雨への接触を図ろうとしているかのような言動を見せる男に、転弧の警戒心は一気に強まる。しかし、センチピーダーの返事によって事態は思わぬ方へ転がり出した。
「…残念ながら私は。申し訳ありません」
「………そうですか。…仮に、伝える機会があれば、ですが。彼女にこう伝えてください。────『治崎廻は、貴方に救われた』と」
「!…畏まりました。機会が巡ってきた時に、そのように伝えておきましょう」
「よろしくお願いします。それでは」
終始感情の読みづらい平坦な声ではあったが、男の眼差しに曇りはなかった。そのまま立ち去っていった彼らを見送り、転弧が思わず口を開く。
「……どういうことですかね」
「…正直言って、私にもさっぱり…。あの組員とはこれまでにも何度か出会ったことはありましたが、そういった素振りは無かったもので。……ですが、サーがダスト氏に一目置く理由が、少しだけ分かったような気がします。本当に不思議な人ですね」
「…そうですね。不思議で、…凄い人ですよ」
思いも寄らない展開に、転弧は改めて千雨への評価を上げた。
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「ルイングレイ。今日一日で何を感じ取った?」
「…えっ、と。地味な仕事だなぁ、と」
「そうではない」
職場体験1日目の感想を転弧に求めたナイトアイ。しかしながら転弧の答えはお気に召さなかったらしい。
「八斎會に何を思った?組員たちの様子に何を見た?無意味にあそこを連れ回したつもりはないぞ」
「……なる、ほど」
ほんの少し考え、転弧は口を開く。
「…指定ヴィラン団体、と呼ばれるほど悪どい感じはしませんでした。見た目はその、凶悪な風貌の人もいましたが、特に何かを企んでいるようには見えなかったです」
「だろうな。しかし…君は一つ思い違いをしている」
転弧の答えに今度は納得を示したナイトアイだが、同時にその間違いを指摘する。
「わざわざ悪事をひけらかすのはヴィランの中でも一部でしかない。真に賢しいヴィランは闇に潜む…即ち、やましいことを隠し通すものなのだ。死穢八斎會がそうであると断じることはできないが、決して油断もしてはならない。潔白だと思い込むな。常に何かあると思い込め。最後まで何も無かったその時に初めて、『思い込みすぎていた』と笑い飛ばせばいいだけのこと」
「…!」
ナイトアイの言葉を聞き、転弧は驚くと共に納得する。
「…裏を、先を読み続けろと、いうわけですか。……戦いにおいても」
「そういうことだ。よく汲み取った」
ひとまずは合格点を得られた転弧。しかし職場体験は始まったばかり…更なる成長のため、彼もまだまだ苦難を乗り越えていくことになるだろう。
なお職場体験は以降をカット、これで終わりです。子供の成長は早いので()