眼前に現れた千雨を見て、転弧はつい思考を停止させてしまう。これまで何度も訓練で手合わせをしてきたからこそ、彼女の手強さが理解できてしまっていたのだ。
対して、美智榴はそんな転弧に気付いたのか無理矢理彼を引っ張ってすぐさま逃走に移る。しかし10mも遠ざからないうちに拘束され、動けなくなってしまった。
「うぐぐ…!!」
「甘いよヒーロー。その程度で私から逃れようなんて100年早い…なんて、月並みな言葉でも贈っておこうか」
「いいえ…!もう十分………逃れられますよっ!!」
「!」
ゆったりと2人に歩み寄る千雨の言葉に、美智榴はそう返し力技で拘束を解く。さらに今度は高く舞い上がり、直後急降下を試みた。
「ええぇぇい!!」
「……それは悪手かな」
疎密の切り替えを利用した美智榴の渾身の一撃はみるみる速度を落とし、あっさりと千雨に受け止められてしまう。
「!?な、何が…!?」
「距離を置いた近接攻撃は塵をぶつけ続ければ容易く勢いを殺せてしまう。そうでなくとも塵化すれば回避できるんだ……君がすべきは私への直接攻撃じゃあないよ」
「だったらこうかよ千雨さん!!」
その時、思考停止から立ち直った転弧が千雨に触れ、彼女を崩壊させていく。一瞬の隙を突き、彼は美智榴を救出した。
「……少しぐらい躊躇って欲しいよ…まあ、効きやしないけどさ」
「分かってたからな…!あんたなら平気だって!」
眉を顰めた千雨に転弧はそう言い放ち、救けられた美智榴もすぐさま体勢を立て直す。二人に対し、千雨は再び拘束を仕掛けようとするが…
「とりあえずもう一度…おっと」
「させませんっ!」
「崩すぞ那珂!!」
その前に千雨にハンドカフスを掛けようと、全速力で彼女に接近する美智榴。千雨は手首と足首を塵化させてそれを避け、二人の拘束を続行しようとして再び転弧に触れられ阻まれる。
「何度やったって……おや?」
千雨の頭が塵化したごく僅かな時間を利用して、煙のように姿を消した二人。彼女も素早く捜索を始める。
「『
辺り一面を塵に変え、それらを高速で拡散させる千雨。操作する塵の様子を何となく把握できることを利用した探知技だ。自身から離れる程精度は落ちるが、試験会場程度の範囲であれば完璧に読み取れる。
「……随分遠くまで行ったね」
あっという間に二人を見つけ、そのまま拡散させた塵で二人を拘束する。拘束はすぐに解かれたが、その間に千雨は二人に急接近していた。
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「だいぶ離れられたね…!ここからどうする!?」
「どうするも何も逃げるしかねえだろうよ!俺の崩壊が効かねえのは千雨さん本人だけの話じゃない!あの人の技にも効かねえんだ…!」
千雨の扱う技は拘束も攻撃も塵を利用したものばかり。転弧が触れても崩れるのはほんの一瞬のみで、塵の操作に神経を注がれては反撃のチャンスすら与えてもらえそうになかった。
「攻撃手段が肉弾限定の那珂も相性は悪い!ハンドカフスをかけようにも塵化されるし、それをさせない術もない!どうにか出口を見つけて…」
「それは分かってるよ!けどただ逃げたってすぐに…うぐっ!?」
「チッ…!塵が…飛んできてやがったのか…よッ!」
美智榴が転弧に逃走方法を相談しようとした所で、千雨の拘束が再び二人を襲う。美智榴は肉体の密度を増加させ、転弧は掌の崩壊を起動させることで双方即座に対処したものの、少しでも立ち止まらされてしまったことは致命的だった。
「ダメだ…もう来る!こんなのどうすりゃ…!」
「志村くん!地面を崩壊させて!出来るだけ広く粗く!」
「!?おう、分かった!」
千雨が側まで迫る中、転弧は派手に地面を割り砕く。衝撃で凄まじい規模の粉塵が舞い、二人の姿はその中に隠れてしまった。
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「…悪くない、と言いたいけれど…
弾けるように巻き上がった粉塵のほぼ全ては、千雨の操作許容内の大きさだった。瞬く間に砂埃は晴れ、転弧と美智榴の姿を露にしてしまうかと思われたが…千雨の目に飛び込んできたのは、転弧の姿のみだった。
「!…なるほど。地中か」
「おいおい…いくらなんでも早すぎるぜ」
滅茶苦茶になった現場を一通り流し見ただけで、美智榴の居場所を看破してみせる千雨。うんざりするように声を漏らした転弧に、千雨は種を明かす。
「実は、似たようなことをした経験があってね。二人の個性なら不可能じゃないし…何よりそれぐらいしかないだろう?」
「ハハッ……そうだよな!」
目論見を破られたであろうに、勇猛に笑う転弧。そのまま再度崩壊を発動させ、完全に地面を分解する。地中から露出した横穴は奥が見えず、相当長くなっているようだった。
「……?」
一連の流れに違和感を覚える千雨。バレたからといって横穴の存在を示す必要などなく、転弧の行動は異様と言うほかない。彼女はそう考えて…
「────────ブラフか!!!」
転弧が演技をしていたのだと思い至った。急いで塵の操作範囲を広げ、上空から出口のゲートに向かって落下する美智榴の存在に気がつく。
「砂埃に紛れて……!?今度こそ、悪くなかったよ!あと一歩及ばなかったけ…」
転弧のいた方を見る千雨。しかし、彼はどこにもいない。代わりにその場には、火種が燻っていた。
「(ま、ず────)」
次の瞬間、爆炎が辺りを包む。一瞬の閃光ののち、千雨はそこから姿を見せた。瞬時に全身の塵化を解除し、身の回りからも塵を排除していたため、爆炎に巻き込まれることはなかったものの…
『那珂さんが出口を通過!二人とも、実技試験合格よ!!』
咄嗟に防御に走ったため、美智榴の脱出を阻止することができなかったのだった。
「…横穴は緊急避難経路さ。千雨さんは素直な所があるからね……上手く誘導できてよかった」
そう言いながら、千雨の前にまたしても現れた転弧。一つ一つ、千雨は彼に質問していく。
「火種は何処から?」
「横穴の中で必死こいて熾したんだよ。コンクリートに、配管。火花を散らしてコスチュームの切れ端に火をつけたんだ」
千雨にコスチュームの裾をひらひらと見せる転弧。一部が砕けたようになくなっており、崩壊させた部分から切り離したのだと見て取れる。
「横穴は?」
「砂埃の中にいる間に崩壊の伝播を利用して。どっちも俺一人で考えたんだ。那珂を確実に脱出させるために」
その言葉に、千雨は感嘆しつつも彼を抱き寄せ、小言を言う。
「凄いね、転弧くん。………でも、君が危ない目に遭うのは…ちょっと、怖いよ…。市街地の破壊もヒーローとしては減点。…次からはもっと…慎重にね」
千雨の言葉に、転弧も静かに返事をする。
「……ごめん。でも、多少の危険は冒してこそのヒーローだろ?街を壊しちゃったのはダメだったけどさ。…それに、このやり方で1番危険だったのは、千雨さんだよ。あんたなら大丈夫だって、勝手に自分で決めつけて……本当に、ごめんなさい」
「……ふふっ。心配要らないよ。もっとずっと危険だったことなんて、いくらでもあるんだからさ」
こうして…少しばかり湿っぽくなったものの、転弧たちの期末試験は無事終わりを迎えたのだった。
Q.死ぬでしょ
A.デクやエンデヴァーたちが邸宅丸ごと爆破されても無傷だったのでセーフ