雄英高校林間合宿。ヒーロー科の1年生たちは、鳥の囀りがよく聞こえる山間に到着した。彼らをそこで出迎えたのは、ヒーローチーム「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ」。未だ二十代の若手チームながら、雄英に信を置かれる優れたヒーローたちだ。
「それじゃあ皆、宿舎まで頑張ってね!」
ミッドナイトのそんな宣告に、既視感を覚えた美智榴が呟く。
「…宿舎、見えませんよ?」
「何言ってるの、ほら」
プッシーキャッツの1人…「マンダレイ」が崖下の遠方を指さす。その先に、豆粒程の宿泊施設が確認できた。
「……勘弁してくれ」
「せ、先生!バスで行こう!ありゃ無理だ!」
うんざりとした様子で諦めの言葉を吐く転弧。クラスメイトもミッドナイトに慈悲を乞うが…
「ごめんね、もう合宿は始まってるのよ!『ピクシーボブ』、やっちゃって!」
「任せなさい!」
ピクシーボブと呼ばれたヒーローが地に手を触れると、土砂の大波が生徒たちを飲み込む。彼らはそのまま、崖下へと運ばれていった。
「またこんな感じのやつ〜!?」
美智榴の叫びが虚しく山彦を繰り返す。一同はこの後、ピクシーボブの個性によって生み出された土砂の魔獣が蔓延る森を進みつつ、日が傾く頃にようやく宿泊施設にたどり着くのだった。
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「やーみんなお疲れー。結構頑張ってたね」
「し…しんどい…」
「なんすかあれ!?マジで殺意感じましたけど!?」
「私の個性で作ったの。中々迫力あったでしょ?」
生徒たちとプッシーキャッツの問答が続き、ピクシーボブがふと転弧と美智榴に視線を向ける。
「それにしても…そこの二人!貴方達凄いじゃない!あれだけ怯まず突き進める子はそういないわよ!」
「え?本当ですか!やったね志村くんっ」
「…そうだな。千雨さんに比べりゃ何てことなかった」
そう語る転弧に、ピクシーボブも聞き返す。
「チサメさん?だあれそれ?」
「ナンバー4ヒーロー『ダスト』。俺たち2人、期末試験で彼女と戦ったんですよ」
「あら、凄い筈ね…。ミッドナイト、雄英って今そんなことまでしてるのね?」
「この2人は特例よ。そもそも実力が一段飛び抜けてるの」
ひとまず話はそこで切り上げられ、ミッドナイトが生徒たちを宿舎に連れていく。初日はこの程度のものであったが、生徒たちがこの合宿の真の姿を知ることになるのは翌日からのことだった。
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阿鼻叫喚の地獄絵図…合宿2日目はまさしくそういった様相を呈していた。というのも…
「い…いつまで続けんだこれ…」
「聞いてなかったのか?…夜までだとよ」
雄英生たちが延々と個性伸ばしの猛特訓を行っていたためである。
「…流石に、これはキツいな」
「志村でも……そう思うのかよ…」
「…まあ、な。終わりが見えねえのが辛い所だ」
大多数の生徒が個性の出力を上げる方向で訓練を行う中、転弧は崩壊に更なる変容をもたらすよう指示されていた。具体的な例をミッドナイトに聞けば、
「そうね…触れたものの一部だけを、『間接的に』崩壊させられるようになるとかかしら?内側だけとかね」
そう言われて、ただただ土くれ…ピクシーボブによって供給されるそれらを崩壊させ続けている。
「(昔…千雨さんに、聞いたことがある。あの人は間接的に塵化させることもできるから、俺にもできるんじゃないかって。でも…)」
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「…難しいと思うよ」
「どうして?」
「君の崩壊は伝播していくだろう?私も、そんな風に塵化したものから塵化を伝染させられないかって、ずっと試行錯誤してた頃があったんだ。でも、ダメだった」
「…そうなんだ」
「個性はきっと……元からある能力を抑えることよりも、元々はなかった能力を発現させる方がずっと困難なんだ。こればかりは本人のセンス次第としか言いようがないね…」
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「(……あの時はそれで納得したけど、その後やってきた被身子はあっさり新しい能力を発現させた。あいつは確かに天才的だ…それでも、悔しさはあった)」
なればこそ、と転弧は己の可能性を広げることに今は注力したいと考えた。彼は1人、先導者のいない暗がりを進む。
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森の中、1人の大男が歩みを進める。首にかけたラジオから伝えられた指示に従って、己の使命を果たさんとしているのだ。
「見つけなければ……殺さなければ。全ては…主のために」
男の大きな掌の上には、どこから手に入れたのか一枚の写真があった。写されていたのは…那珂美智榴。
悪意は静かに、忍び寄る。