「ミーティア、ルイングレイ。2人ともだいぶ効率的に動けるようになってきたね」
時間は、目まぐるしく過ぎていく。
「驚いたな…先を越されたのなんて久しぶりだよ」
かつての雛鳥はいつの間にか、大きな翼を手に入れていた。
「本免許取得おめでとう!これで君たちも立派なヒーローだ!」
もう彼らを…引き留めておくことはできないだろう。
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雄英高校卒業式。それぞれの旅立ちを祝う式典は、滞りなく進んでいく。中には涙を流す生徒もいる一方で、転弧の心は至極落ち着いていた。
「(…終わり、なのか。ここでの生活も、……千雨さんたちとの生活も)」
彼はただただ、事実を噛み締める。
「(………もう少しだけ、皆と一緒に居たかったな)」
時間は、待ってはくれなかった。
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式典はそのまま無事終わり、ヒーロー科の生徒たちは真の意味でプロヒーローとしてのデビューを飾った。各々が校門前などで記念撮影をする中、転弧はある人物の元へ歩みを進めていく。
「…お母さん」
「…転弧。卒業、おめでとう。……ずっと、会いたかった」
あまりにも長い月日、親子が顔を合わせることはなかった。母の記憶に残っていた幼子は、いつの間にか声変わりを終え、彼女よりも大きくなり、雰囲気も随分と変わっていた。
「大きくなった…本当に、大きくなったね…!」
「…うん。お母さんは、あんまり変わらないな」
「ふふっ…そうかしら?でもね、華ちゃんはすごく綺麗になったのよ。きっと転弧もびっくりするわ」
彼らは、転弧の辿ってきた道のりについて話を交わす。幼き日から、個性の制御に心底苦悩したということ。千雨に勉強を教えてもらったこと。事務所に後輩ができたこと。雄英での生活のこと。────そして、千雨自身のこと。
「お母さんは、ひょっとしたら素直にそうは思えないかもしれないけどさ。千雨さんはびっくりするほど優しくて、カッコよくて……あの人は間違いなく、俺の恩人なんだ」
「うん。大丈夫よ、お母さんもダストさんには感謝してるもの。10年はちょっと、長かったけどね」
2人の会話は、まだまだ終わりそうになかった。
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「じゃあ…帰ろっか。久々の我が家に転弧をご招待するわね」
「はは。うん、お願いするよ」
雄英を去ろうとする志村親子。その時、彼らの前に現れたのは…千雨だった。
「…千雨さん」
「卒業おめでとう。……最後に、一つだけ聞かせてくれないか」
転弧の母に会釈をしつつ、そう彼に言葉をかけた千雨。続く質問は、転弧にとって聞かれるまでもないことだった。
「────────私、君のヒーローになれたかな?」
「…当たり前だろ…!千雨さんは!!今も!これからも!!ずっと俺のヒーローだッ!!オールマイトの千倍は!!あんたのことを尊敬してる!!」
涙を堪えられずに叫ぶ転弧。千雨も返事を聞いて大粒の涙を流しながら、転弧に別れを告げる。
「……ありがとね、転弧くん。…それじゃ、また、いつか」
「…うん!!またな!」
幻のように搔き消えた千雨。転弧はしばらく、涙を止めることができなかった。
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「卒業か…もう転弧の奴がここに来ることはねえんだな」
「……そうとも言い切れませんよ。ヒーローが他のヒーローの事務所にお邪魔することは珍しくはありませんし」
事務所でも、転弧の旅立ちを喜ぶと同時に別れの寂しさが感じられていた。
「でも、やっぱり寂しいのです。ずうっと一緒でしたから」
「…ええ。確かに少し…寂しくなりそうですね」
そんな中で、仁が心詠に千雨の動向を尋ねる。
「千雨さんは、まだ帰って来ねえのか?」
「いえ、式が終わってからそのまま自宅に向かったそうです。今日はもう活動を終えることにしたと」
「…なるほどね。まあ、こういう日ぐらいは休ませてやってもいいだろ」
事務所の中は、少しばかりしんみりとした空気に包まれていた。
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千雨は自宅に戻り、彷徨うように家中を歩き回っていた。至る所に転弧のいた痕跡があり、それでも彼の私物は一つもない。全て千雨自身が志村家に送っておいたのだ。
「……思っていたより堪えるね」
一度塵化して再構築された顔は不気味なまでに美しく、それが逆に悲壮感を際立てているようにも見える。
「(…やけに静かじゃないか。……なんて、元々こんなものだった筈なんだけどね)」
自宅は、妙に広くなったように思えた。静寂に耐えられなかった千雨は、携帯を手に取って電話をかける。転弧の連絡先は持っているが、当然彼が相手ではない。
「……もしもし、お母さん?…久しぶり」
電話の相手は、母親。ヒーローになってからというもの、こうして話すことはあまりなかった。
「…うん、そう。その子が卒業してさ。……凄いや。全部お見通しって訳だ」
千雨の母は、転弧のことを千雨から聞いて知っていた。このタイミングで電話をかけてきたのは、間違いなく彼絡みなのだと気付いていたらしい。
「…あはは。そうだね、2人の気持ちがようやく分かったかもしれないよ」
母は千雨に、どんな思いで親が子を送り出すか知ることができただろうと言う。千雨も、その言葉に同意せざるを得なかった。
「………嬉しくて、辛くて…寂しいね」
ナンバー3の背中は、その時ばかりは酷く小さく見えた。