崩壊ヒーロー「ルイングレイ」としてデビューした転弧は、帰ってきた自宅近くに事務所を構えた。しかし、他とは少々毛色が異なるようだ。
「メテオルイン事務所か…」
「なぁに?もしかして納得いってない感じ?」
「いや……不思議な気分でな。他にもこういう所ってあんのかな?」
「分かんない!」
「…まあ、いいか」
彼と共に事務所に所属しているのは、美智榴。だが、彼女は正確には転弧のサイドキックという訳でもなく、同様に転弧も彼女のサイドキックという訳ではない。どちらもが事務所の代表なのだ。事の発端は、少し前に遡る。
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「那珂。俺と一緒に来ねえか?」
「え?うん、勿論!寧ろあたしの方からお願いしようと思ってたの!」
「そうか」
転弧は事務所立ち上げに際して美智榴を誘った。彼女自身も快諾し、幸先の良いスタートが切れそうだと思っていたのも束の間…
「やだ!あたしサイドキックにはならないよっ!」
「…おい。別にサイドキックの方が立場が下とかじゃねえんだぞ?何でダメなんだ」
「だってなんか…主人公っぽくないもん!」
「なんだそれ……」
美智榴が、転弧のサイドキックになるのをやたらと渋ったのだ。
「志村くんがあたしのサイドキックになってよ!」
「それも無理だ。俺は俺の名前を知らしめて、千雨さんに恩を返したい。それなのにサイドキックが事務所名を乗っ取るのはおかしいだろ?」
「うーん…」
転弧は転弧で、自分が看板となることを譲るつもりはなかった。そのことを知って美智榴は少し考え、ある結論を出す。
「そうだ!じゃあ、2人の事務所ってことにしよう!」
「…へぇ?」
それはそれで面白そうだとも思った転弧は、これを承諾。「ミーティア」と「ルイングレイ」の事務所は、こうして誕生したのだった。
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「…ところで、志村くん…お父さんとは仲直りできたの?」
「……どうなんだろうな。まあ、一応決着はついたのかもしれねえ」
ふと、転弧の家庭の事情が気になった美智榴。拠点を移すにあたって大体の経緯を聞いていた彼女は、そのことについて彼に問うた。転弧自身も、特に拒絶を示すことなくそれに答える。志村家の抱える複雑な問題にも、既に変容は起きていた。
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「…ただいま」
「お帰り転弧!!凄い、ほんとに大きくなったんだね!!」
「…華ちゃん、か?」
「そだよ!私も見違えたでしょ?」
「……うん。正直、びっくりだよ」
「ふふ。だから言ったでしょ?華ちゃんも凄いって」
卒業式の日。千雨との別れを済ませた後母と共に故郷に帰った転弧は、長らく電話越しでしか会えなかった家族たちとついに再会を果たした。姉は最後に見た時よりもずっと美しく成長しており、それでも陽気な性分に何ら変わりはなかった。祖父母は以前よりもずっと老けてしまっていたが、こうして健在なうちにまた会えたことは転弧にとっても大変喜ばしいことだった。
「…転弧。……今日はもう、お父さんも帰ってきてるよ」
「…そっか」
「…書斎に居るからね」
姉の言葉を受け、彼は1人悲劇を産む切っ掛けとなる筈だった場所へ向かう。自身の中に眠る、最後の戒めから解き放たれるべく。
家族は、ついて行くことはしなかった。明確にあの日と違うのは、転弧への信頼。彼ならば大丈夫だという思いからのことだった。
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書斎の中には、写真と手紙を手に一人佇む父の姿があった。
「……お父さん」
「────転、弧」
幼き日の恐怖の権化は、今や転弧自身と変わらない背丈の普通の男でしかなかった。鍛え続けてきた現在の転弧には、彼に危険を感じることの方が難しかった。
「…それ、お婆ちゃんの」
「……そうだ。俺の母親だった人の…写真と手紙だ」
父方の祖母は、ヒーローだった。転弧は知る由もないが、オールマイトにも縁があった偉大な人物であった。しかし、彼女の息子…志村弧太朗にとっては、普通の母親だったのだ。
「……ヒーローなんてものが必要だから、母さんは俺の前から姿を消さなければならなかった」
「悪い人間をやっつける為に、お婆ちゃんは父さんを置いていった」
弧太朗が話し、転弧がなぞる。
「何故母さんでなければならなかった。あの人はただの人間だった」
「お婆ちゃんは自分でその道を選んだんだ。人々に笑顔をもたらす英雄であろうとした」
静かな独白と推論が、書斎に木霊する。
「俺は…ヒーローが大嫌いだ」
「俺は、ヒーローが大好きだ」
血の繋がった2人が、正面から目線を合わせた。
「「だから、この話はここで終わりだ」」
諦めたような表情の弧太朗。意を決したような表情の転弧。父は書斎を後にすべく、子は祖母の形見に目を通すべく…それぞれ前へと歩き出す。
すれ違いざま…弧太朗は転弧の肩に手を置いた。息子の厳しい道のりを、それでも祝福するかのように。
どちらも、後ろを振り返ることはしなかった。