ちなみにショッピングモールで出久が葬と邂逅したりはしていません。向こうに便利なゲート役は居ないので。
ピクシーボブの個性によって崖から押し流されたのち、同じく彼女の個性によって生み出された魔獣の跋扈する森を抜けたA組の生徒たち。一部面々が疲労困憊といった様子の中、比較的余力のある者もちらほらと見受けられる。
「いいよ君ら…満遍なく皆ね!昨今の情勢もあってか躊躇なく動ける子が今年は多いじゃない!まとめてツバつけとこー!!!」
「唾をつける」という意味を履き違えているのか、生徒たちに対して無駄に機敏な動きで唾液を飛ばすピクシーボブ。最早転弧と美智榴の目は生気を失い始めている。
「………ルイングレイ……」
「…言うな。ヒーローは決して全てを救える訳じゃない」
千雨がああはならなくて良かったと思いつつ、転弧は宿舎の方に向き直る。丁度、先にいたヒーローたちが生徒を出迎えている所だった。
「やあ、ようこそ皆。待ってたよ」
「疲れたでしょう?今日ぐらいゆっくり休んで行ってね」
「ウォーターホースだ…!!あの、その子はもしかして…」
「ああ、俺たちの子だよ。ほら、洸汰」
「い、出水洸汰…」
小学生くらいの男の子を連れた夫婦のヒーロー…「ウォーターホース」。彼らも従姉妹であるマンダレイの申し出を受け、今回の合宿に参加する運びとなった。洸汰と名乗った少年は、そのまますぐに両親の後ろに隠れてしまう。少しばかり吊りあがった目つきに似合わず、シャイなようだ。
「そっか。洸汰くん、よろしくね」
「…うん」
しかし、目の前の出久や他の生徒たちに悪感情を抱いているということもないらしい。出久の言葉に素直に応じ、出てきて差し出された手を握る洸汰。そんな彼らの側では、マンダレイがウォーターホースに謝罪している。
「2人ともごめんなさい……洸汰くんまで危なくなるかもしれないのに」
「構わないさ。ヒーローってのはそういう仕事だからな」
「それに、何があっても洸汰だけは守り抜くって決めたから。心配しないで」
「(大丈夫だよ、ウォーターホース。君たちだって死なせやしない。折角救えた命…むざむざ取りこぼしてたまるもんか)」
少し離れた所で、千雨が彼らの会話を聞いていた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
夜には風呂で峰田が暴走したり、洸汰がそれを阻止したりと色々あったが翌日。B組も合流し、始まるのは個性の限界突破訓練。毎年のように生徒たちの悲鳴が上がる行事だが、直接見るのは千雨もこれで2度目だ。
「懐かしいね。私の頃とはちょっと様式が違うけど……大変さは同じみたいだ」
「あたしもホントに辛かったなぁー……しかもあんなこともあったし」
「俺は同じことを延々と繰り返して…別の意味でしんどかったぜ。結果的には良かったけどな」
「そういえば、間接的に崩壊させられるようになったのはこの時だったんだね。正直無理だと思ってたからさ……転弧くん、やっぱり凄いよ」
「……まあな」
しばらく会えていなかったこともあり、転弧と美智榴を交えた3人での談笑は次から次へと話題が出て途切れることがない。
「しかし…プッシーキャッツは流石にベテランだな。これだけの人数を担任と合わせて6人で上手いこと捌いてる」
「ね。4人のチームワークも良いし、見習いたいね」
未だプロデビューして2年の転弧たち。実力自体は決して劣るものではないだろうが、それでも先輩から学べることはまだまだ多いようだ。その後も話を続ける3人だが…その様子をふと、鍛錬中のB組の宍田が流し見る。
「(……?ダスト氏はサイドキックの方と共に先程まで我々と一緒にいた筈でありますが……随分と遠くに行かれましたな。流石はチャート3位、動きも迅速でありますか)」
「そこッ!考え事をしているな?無心で身体を動かせ!頭を休めるんじゃない!!」
「は、はいッ!!」
彼の疑問は彼自身によって解消され、同時に「虎」からの喝が飛んだことでそれどころでは無くなる。
皆一様に死力を尽くす個性伸ばし。その日、太陽が傾き始める頃までそれは続いたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「そうなんだ。ヒーローになりたいんだね」
「うん。でも…怖くて。みんな、どうして辛くても頑張れるのか…わからないんだ」
夕食の時間、出久が話していた相手は洸汰。自分たちで作ったカレーを食べながら、彼は洸汰の「オリジン」を辿る。
「洸汰くんはさ。守りたい人っているかな?」
「……パパと、ママ。俺にとっては最高のヒーローだけど…危ないことも、してほしくない」
「…そっか。…じゃあ洸汰くんは2人のためなら、きっと物凄く頑張れるよ!」
「え?」
彼を励ますように、あるいは諭すように。出久の言葉は1人の少年に届けられる。
「大事なものの為なら、自分が思うよりずっと力が出せるんだよ。洸汰くんのパパとママも、洸汰くんを守る為だからこそ怖いものにも立ち向かえるんだと思う」
「……でも、俺は…もっと一緒にいてほしい」
「それなら、パパたちと一緒にヒーローが出来るようにするっていうのはどうかな?」
「…!」
「まずは、2人の為に。それなら、辛くても頑張れるかもしれない」
「………うん。ちょっとだけ…頑張れる気がしてきた」
「ふふっ、そっか。よかった」
伸び伸びとした少年たちの会話。周囲がはしゃぐ賑やかな中でも、彼らの想いは静かに通じ合っていた。