※転弧視点
いつごろからか。生まれ育った家庭の歪みに気付いた僕は、表立ってヒーローへの憧れを示すことをやめた。代わりに湧き出てきたのは、身を灼くような痒み。あるいは父への憎悪ゆえだったのか…今となっては分からない。
全てが変わったのはある夜のことだった。姉に見せて貰ったヒーローだったという祖母の写真は、父の逆鱗そのものだったらしい。今までにない剣幕で詰られ、家族たちは怯えて僕に手を差し伸べてはくれなかった。そうして庭に締め出された僕は…
「やあ。志村転弧くんだね。」
夜闇に溶け出してしまいそうな風貌をした女性と出会った。
彼女は僕の憧れを見抜くように言葉を紡ぎ、少しばかり回りくどい言い回しでヒーローになることを提案しているようだった。何もかも唐突であったがために、その場で積極的な答えを出すことはできなかったが、このままこの家にいることだけはしたくなかった。精一杯振り絞った僕の声に応えるように、彼女は手を差し伸べてきた。
何よりも望んだその光景は、明るい光の中からではなく暗い闇の中から現れたものだったが、同じく黒ずくめの彼女の姿は今でも鮮明に思い出せるほどに眩しく見えた。
彼女曰く、僕の個性は家族みんなを巻き込んでしまうようなものらしい。一瞬ぞっとしたが、ふと空の上から父の姿を見たときには、憎悪と殺意で頭がいっぱいになった。彼女はそんな僕の視線を自分に向けさせると、僕が目指すヒーローとしての在り方を問うてきた。返事こそ未練がましい言葉だったが、頭はとうに冷えていた。
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翌日には早くも慌しい様子で事態は動いていた。幼いながらも作為的なものを感じずにはいられなかったが、日が暮れる頃には上手く収まったらしい。ご機嫌な彼女の顔はニヤけを隠せない様子で、ちょっとだけ気持ち悪かった。
「あれ?ここは?」
「私の家だよ。もうこそこそする必要もないからね。さぁどうぞ」
「お…お邪魔します…?」
「違う違う。た・だ・い・ま、だよ。今日からここがもう一つの君の家になるんだからさ」
挨拶を訂正されながら、帰り道にこれからのことを教えてもらったのを思い出す。どうやら僕が個性をしっかり制御できるようになるまでは、この人と一緒に暮らすことになったらしい。父がいるあの家にはまだ戻りたくなかったのでそれほど悲しくはなかったが、華ちゃんと仲直りはしておきたかったかもしれない。そこまで考えて、まだ彼女の名前を聞いていないことに気付く。
「あの…お姉さんの名前って?」
「ああ!そういえば自己紹介してなかったっけ。うっかりしてたよ…。それじゃ、改めて。ビルボードチャート5位、塵化ヒーロー「ダスト」。本名は塵堂千雨。これからよろしくね、転弧くん」
「よ、よろしくお願いします、千雨さん」
「おぉ?いきなり下の名前とはやるねぇ」
「えっ!?ご、ごめんなさい!」
「気にしてないさ、大丈夫だよ。とりあえずそろそろご飯にしよう。お昼食べてないから腹ペコでしょ?」
何の気なしに「千雨さん」と呼んだが、指摘されてデリカシーが無かったかもしれないと気付く。幸い彼女が気にした様子はなさそうだが…そういえば、僕は彼女に自己紹介した覚えがない。千雨さんはいつ僕の名前を知ったんだろうか…?
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夕食を終えて、お風呂上がり。後に入って上がってきた千雨さんが髪を乾かしながら僕に尋ねる。
「自分が生まれた意味ってわかるかい?」
「…?」
「ふふっ。ちょっと難しすぎたね。それじゃあここからは独り言だ。…人が生まれることに意味なんてないって人もいるし、望まれたからこそ生まれてきたんだという人もいる。けど私は…そういうのは自分で見つけるものだって思うんだ。自分から探そうとしないと、中々見つけられない。すっごい身近にあったって見逃しちゃうんだよ。転弧くんだってそうさ。だから…私が手助けしてあげよう。君が君だけの理由を…生まれた意味を見つけられるように」
彼女の「独り言」は僕にはほとんどよくわからなかったけれど、多分僕のことを大切に思ってくれているんだと…それだけはきっと間違いじゃないとそう思えた。
もう痒みは感じなかった。