「……?…お、おい……あのデカブツ、様子が変だぞ!!!」
一息ついた出久たちの隣で、キュレートスが膨張を始める。出久に与えられた傷が癒えておらず、もう余力が無いことは明白…だからこそ、だった。
「(まさ、か……自爆!!!!)」
全ての脳無に仕込まれた時限装置。その命が燃え尽きる時、彼らは小規模の爆発と共に身体を散らす。それはキュレートスであっても、例外ではない。むしろ、巨体の爆散は流石に無視出来ない被害をもたらす可能性があった。
「任せろ、俺が────」
「その必要は無いよ」
急いで治崎が壊理を降ろしてキュレートスを分解しようとするが…それよりも早く、遅れてやって来たヒーローが巨鯨を一瞬にして塵にした。
至る所で猛威を振るい続けた凶悪な脳無は、あまりにも呆気なくその最期を迎えたのである。
「ごめんね、随分と遅くなってしまった。まさか明け方になるとは……」
「……やれやれ、全くだな…おかげで寝不足だぞダスト」
軽口を叩きながらも、ダストの登場にようやく安堵を覚えた治崎。それは、周りのヒーローたちも同じだった。
「ダストか…!もう安心だな!サー・ナイトアイ!敵連合は任せた!!残りの脳無どもは俺たちが!!」
「…ああ、分かった!ミリオ、死柄木の拘束を!」
「はい!!」
気絶したままの死柄木の動きを有り合わせのもので封じつつ、地下に降りてコンプレスとマグネの捕縛に向かうナイトアイたち。千雨は死柄木に目を向け…すぐに視線を切る。
最善は間違いなくここで死柄木の命を絶ってしまうことだと思いながらも、状況が状況だけに実行には移せなかった。
────あるいはその判断が、過ちだったのか。
「────!!」
周囲に飛ばしていた塵から、超高速で接近する何かを感知した千雨。AFOか、と一気に警戒を高めた千雨の目の前に現れたのは…
「ヮラ」
「!?な……!?」
少し前に出久に吹き飛ばされ、たった今この場に舞い戻った女性型脳無。他と様子の違うその脳無を見て、千雨は冷や汗を流す。
「(何だコイツは!?『ウーマン』じゃない……けど動きからして確実に『ハイエンド』以上だ!!!とにかく始末を…!!)」
考えながら女性型脳無を塵にしようと飛び出すが、相手の動きの方が数手早かった。
「ラァァ!」
「くあッ……か、ぜ…!?これは……!!!」
先ほどまでは見せていなかった暴風を巻き起こす個性を起動した女性型脳無。明らかに千雨の存在を認識しての行動だった。
「まずい!!さっきのが戻って来たぞ!!」
「た、台風か!?こんなものさっきまでは…!!」
風に煽られ、拘束されたままの死柄木が木の葉のように飛んでいく。それを追った女性型脳無の暴風が一瞬止むが…そのごく短い時間では塵の制御を取り戻すことが叶わない。
「………ク、ソ………ッ!!!!」
飛ばされた死柄木を空中でキャッチし、暴風を再起動して逃走を始めてしまった女性型脳無。
千雨ではもう、追いつくことは出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
一連の騒動では、奇跡的にヒーローと一般市民に死者は出なかった。周辺住宅は跡形も無くなってしまったものも少なくないが、多くの人命が守られたことは不幸中の幸いと言ってよかった。
一方で敵連合は死柄木と新顔の女性型脳無には逃げられてしまったものの、コンプレスとマグネは無事逮捕。キュレートスも倒し、戦力を削ることが出来たのは間違いなかった。
「そう、か…逃げられてしまったか」
「ごめん。……私が手を下すべきだった」
「いや…貴女が気に病むことじゃない」
「そうですよ。それに、元はと言えば女脳無を完全に倒しておかなかった僕のせいで……」
「ううん、それも違うよ。あの脳無は俺と治崎さんの2人がかりでも相当梃子摺った…今回は相手が一枚上手だったってことだと思うよ」
そうして完全に朝日が昇った頃。気絶したのち微熱を出した壊理ちゃんが搬送された病院にて、千雨たちはお互いに反省と擁護を繰り返していた。
「4人とも、その辺りで」
「こっちはこっちで本題に入りましょう!」
彼らを諌めたのは、センチピーダーとバブルガール。避難誘導中に合流し、その後帰還した2人は、解決しきっていない問題を俎上に載せる。
「…壊理ちゃんのことか」
「はい。このまま八斎會に壊理ちゃんを預けたままにしておくことは…やはり、非常に厳しいと思います」
「いつまた狙われるかも、分かりませんからね…」
今回のことで、壊理ちゃんをヴィランが接触し易い場所に置き続けるのは非常に危険だと言わざるを得なくなってしまった。最悪の場合、性懲りも無く死柄木が再来するということも考えられる。
彼女の安全を思えば、八斎會という場所はお世辞にも相応しいとは言えないのだ。
「…って訳だけど、どう思うんだい廻くん」
「!」
すると、千雨はその会話を受けてその場に居ない筈の治崎に話しかける。少しして…彼は曲がり角の向こうから姿を見せた。
「治崎さん…」
「……聞いておられましたか」
出久たちが気まずいといった顔を示す中、治崎は口を開く。
「…俺は……構わない。俺1人ではあの子を守りきれなかった。壊理も環境が変われば最初は戸惑うだろうが……すぐに慣れるだろう。あの子は、賢い子だからな」
俯き、自らの力不足を理由に壊理を手放すことを容認する治崎。彼のそんな様子に、千雨は反論を返した。
「どうだろうね………壊理ちゃんの心の支えは、君だ。きっと君自身が思うよりもずっとあの子は廻くんに心を許してる。精神の不均衡は個性の暴走の頻度も高めるだろう。壊理ちゃんにはまだ…君が必要だと思うよ」
「……だが、八斎會に居たままじゃあの子が危ない。もう俺が付いていてやることは…」
「出来るさ」
諦めの言葉を吐き出す治崎に、千雨は1つの提案をする。
「壊理ちゃんと一緒に来るといい。妥当なのは、雄英とかかな」
「雄英……」
「それは、ダメだ」
しかし、治崎はその提案を即座に却下する。
「俺は、壊理が大事だ。だがな、それと同じだけオヤジのことも大事なんだ。拾ってもらった恩を、返せてない……八斎會を去ることは、出来ない」
そう言って黙り込んだ治崎。だが、またしても曲がり角から現れた人物が彼に小さく喝を入れる。
「馬鹿野郎」
「!?……オヤ、ジ…!」
生き残りの組員たちと共に念の為に病院で検査された、死穢八斎會組長。そのまま治崎に近付きながら、彼は言葉を繋ぐ。
「おめェに頼んだのは、あの子を…壊理を見ててやってくれってことだったろうが。組に居座れとは一言も言ってねえ」
「そ、それじゃあダメなんだ!!俺、まだアンタに何も…」
「なァ、治崎。………事務所はめちゃくちゃになっちまったし、組員たちもボロボロ。どのみち八斎會はもうお仕舞いだ。この辺りが、潮時なのさ」
「そんな…!」
治崎は自らの恩人が腹を括ったように話すのを聞いて動揺を抑えられない。組長は、穏やかな眼差しのまま彼に自分の心を伝えた。
「だからよ…壊理と一緒に行ってくれや。そんでもっていつかまた……暇になったら帰って来い。今までありがとうよ、治崎」
「……オヤジ」
膝を突き、呆然と涙を流す治崎。対して組長は、ゆっくりと踵を返してその場を離れて行く。その後ろ姿に、絞り出すように治崎は声をかけた。
「………オヤジ…!!ありがとう、ありがとうな、オヤジ……!!俺を…拾ってくれて…!!!いつか必ず、戻るから……待っててくれ…!!」
「…おう」
決して正道ならざれど、彼らの道は確かに前へと続いていくだろう。