その日、久々に日常を堪能していた千雨の元に、1本の電話が掛かってきた。番号を見てうんざりとした顔をしながら、出ない訳にもいかないと通話を開始する。
「……どうも。お仕事ご苦労様です」
『いえいえ、そっちこそご苦労様。林間合宿から随分忙しかったみたいね。貴女の活躍ぶり、耳に入ってきてるわ』
「…用件は?」
『もちろん、公安に来ないかしらって話よ。ホークスもきっと貴女と一緒に働けるなら喜ぶと思うの』
電話相手は、公安の人物。断り続けて20年近くにもなり、ホークスという優秀な人材を確保したにも関わらず、未だにこうして定期的に勧誘を試みて来るのである。
「……そろそろ諦めませんか?公安のヒーローは啓悟くんが居ればそれで十分だと思いますがね」
『そんなことないわ。貴女の力は必要よ?私たちに、何よりこの社会に』
「今の形でも問題ないと言っているんですよ。そういうのは、私の好みじゃない」
『冷たいのねぇ……一応貴女の活動を保証してるのはウチなんだけれど』
相手の発言を聞いて、千雨はその不用意を咎める。
「────やめておいた方がいいですよ。公安が脅し紛いのことなんてするもんじゃあない……特に電話なんていうのは相応に盗み聞かれるリスクもついて回りますから」
『あら。それもそうね…とはいえ、そろそろ恩返しの1つぐらいはしてくれてもいいんじゃない?』
「何をお望みで?」
そんな彼女の質問に対しての局員の回答は、少々意外な話題についてのことだった。
『実は、今年の仮免試験の補講でね…ちょっとませてて荒っぽい小学生の子たちを更生させようってことになったみたいなんだけど、それに対応する生徒も凄く荒っぽいそうでね。その子1人に更生させるのはちょっと荷が重いってことで、ギャングオルカが人員の融通をお願いしてきたのよ』
「……成程」
そういえば雄英1-Aで仮免許を取得出来なかったのは爆豪だけだったらしいな、と千雨は考えながら、「原作」での補講の内容を思い出す。
「それで良い人選が難しいから私が推薦した人物を、ということですね?」
『まあ、大体そんな所よ。後輩で良さそうな子たち、居ないかしら?最悪仮免許取得済みの子でも構わないわ』
「…雄英から轟焦凍。士傑から夜嵐イナサと現見ケミィ。この3人をギャングオルカに紹介してやって下さい。彼らもすごく素直な子たちですし、後は上手くやる筈です………折角合格したでしょうに、公欠にさせてしまうのは申し訳が立ちませんが」
『…………凄いわね。皆優秀な成績で試験を突破した子たちじゃない……別部署の私でも名前ぐらいは聞いたことあるけれど、よくパッと出てくるわね?それに、士傑の方までマークしてるなんて』
「…まあ、色々あるんですよ」
局員の注文に応えつつ、彼女の疑問を曖昧に誤魔化す千雨。そのまま手早く電話を切り上げたが、少しだけ不安になった千雨は補講当日に念のためその様子を見に行くことにしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
それから少し日をおいて。
結局補講の内容に大きな変化はなく、4人とも見事に小学生たちの心を開いてみせたようだ。爆豪と轟の付き添いで来ていたオールマイト、更に授業参観気分でそこにいるエンデヴァーを合わせ、トップ3のヒーローたちが集結している光景はまさしく圧巻だった。
「焦凍ォォォオ!!実に素晴らしい手並みだった!!お前はきっと良い父になる!!」
「気が早ェ」
「オイ、オールマイト。……あと、粉。面貸せ」
「!……マイク、済まない。少し待っていてくれるかい」
「ラジャ!」
「粉て。せめて塵にしておくれよ」
「やかましィ!!」
轟がエンデヴァーと話している隙に、爆豪はオールマイトと千雨を呼びつける。オールマイトは少々心当たりがあるのか僅かに動揺を示し、千雨も能天気に突っ込みつつも話の内容は何となく予想出来ていた。
「…なあ。アンタら、デクの個性のことで何か知ってんだろ?」
「!!」
露骨に表情を硬くするオールマイト。その反応を見て、爆豪は続ける。
「やっぱりな…今ので確信したぜ。アンタら2人、特にオールマイトが…アイツの個性がいきなり生えてきたことに深く関わってやがるってことをよ」
「ダメじゃないかオールマイト。隠すのが下手だよ」
「最初に疑ったのはテメェからだ粉。体育祭終わってからやたら親しげにデクに話しかけてたろ」
「………」
「ついでにこれで隠し事があるってのも完全に確定したしなァ」
「……………」
爆豪の言葉を受け、恥ずかしさのあまり風に乗って消えてしまいたくなる千雨。もちろん、そういう訳にはいかないのだが。
「…んんっ。まあ、真面目な話をすると私は2人の事情を知ってるってだけで、個性についてはどっちかというと関係ないからさ……その辺りはオールマイト次第だよ」
「…だそうだ、オールマイト」
「……ごめんな、爆豪少年。君には…話しにくいことなんだ」
「……そっか。アンタが言いたくねえならいいわ。ありがとよ」
2人の横を通り、轟たちの方へ戻っていく爆豪。彼の背を見ながら、オールマイトは千雨に問いかける。
「……彼は本来も?」
「そうですね。全ての秘密が露呈したのは、出久くんからでしたが」
「な…では、彼は…!!」
「ええ、出久くんを問い詰めると思いますよ…何らかの方法でね」
「と、止めないと────」
狼狽えるオールマイトに、千雨は彼を宥めつつ話す。
「放っておいてあげてもいいと思いますよ?これはOFAのこと以上に、あの2人の問題でもあります。彼らが過去を乗り越えて前に進むために……少しだけ、好きにさせてやらないと。もしそれでバレるなら、その時はその時です」
「……そう、だろうか」
「どうしても止めたいのであれば、構いませんよ。どちらも貴方の選択ですし、どちらかが致命的な選択ということもないでしょう。ただちょっぴり、爆豪くんと出久くんの関係性が変わるかもしれないというだけですから」
「……」
オールマイトは、少し悩むような素振りを見せていたが…すぐにかぶりを振り、踵を返して皆の元へと戻っていく。千雨も後を追ったが、彼が爆豪に何かを言っているということはなかった。
「(しかし、そうか……爆豪くんの誘拐も神野の事件も無かったせいで、彼が勘づくのが遅れたんだね。雄英が寮制度になっていないし、出久くんに決闘を申し込むようなこともしないだろう。………ただ、そうなると文化祭での出久くんの動きも変わってきそうだ。今気付けて良かったね…どうにかしなきゃいけないなあ)」