斯くして、パワハラ敗北幼馴染みは勝利した。 作:ドモヴォーイ
王国暦176年 王都貧民窟
しんしんと降り始める雪。
灰色の空から零れ落ちるそれはやがて私の腫れ上がった頬にあたり、融ける。
腹が減っていた。
きらびやかな表街とは対極に位置する貧民窟で、私はぼんやりとそんなことを思っていた。
薄汚れた薄着に泥まみれの身体。幼い非力なこの身に生傷の絶えない環境。
食べるものも、生き延びる環境も自らの手で作り、守り、奪わなければならない世界。それが王都貧民窟であった。
今日、私は死ぬ。
食事は二日抜かした程度では死なないが、この雪だ。行く先は凍死である。仕事の失敗によって随分と痛め付けられた身体は動くことも儘ならず、どこか他人事のように自分の死を客観視している私がいた。
「おい、大丈夫か? お前」
素知らぬ男の声に私はそっと瞳を開く。
「こんなところで寝てたらオメェ、死ぬぞ?」
綺麗な翠だと思った。深く深く吸い込まれるような緑色の瞳に思わずため息を漏らすほどに。
それと同時に腹の虫が鳴くと、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「なんのまね?」
男がそっと差し出してきたのはカビの生えた食いかけの黒パンだった。
「食えよ、腹ぁ減ってんだろ?」
私は困惑した。
なんだ? なんのまねだ? こんなことをしてこの男になんの得がある?
貧民窟は糞の肥溜めだ。殺人、詐欺、暴力、強盗なんでもござれの悪の坩堝で生まれた私にとって、人の善性と言うものは理解の外の話であった。
「おいおい、オメェ知らねぇのかよ」
男は困惑する私をたしなめるかのように呟いた。
「困ってる人がいるんなら、助ける。それが人情ってやつだぜ?」
男は心底それを信じきっているのか、含みもない朗らかな笑みを見せた。
私はそんな彼の様子を振り払うかのように黒パンを強引に奪い、かじる。
ろくな食いもんじゃない。今の方がよほど上等な食い物を食べている。
それでも、あの日食べたカビの生えた黒パンより温かい食事を私は食べたことがない。
王国暦192年 騎士団総団本部
石畳の敷かれた回廊を足早に歩く。
王都一番街。王国兵部省に隣接する騎士団総団本部は王国が誇る実働部隊にして常備軍であり、精鋭中の精鋭が集まった実力主義の部隊である。
フィオナ王国騎士団副総団長旗下大隊長。それが私の今の地位であった。
女性騎士としては五人目であり、平民出身者としては二番目。平民出身且つ女性としてなら史上初にあたるのが私――カサンドラ・ドノヴァンであった。
「失礼します」
ノックを三回。豪奢な扉を開くとそこには初老といっていいモノクルをかけた男がいた。
「お早う、ドノヴァン卿」
「おはようございます。アーバイン副総団長」
王国兵部省では五指に入り、王国実働部隊のナンバー2たる男――ダグラス・レナード・アーバインは人好きそうな笑みを浮かべていた。
悪辣であり狡猾でもあり、なにより有能。王国宮廷貴族アークライト家の庶流であるアーバイン子爵家の三男として生まれ、騎士に任官したダグラス・レナード・アーバインは政戦両略にして王党改革派に属する派閥の大幹部である。
「顔色が良くないな。睡眠はとっているか?」
「昨日は夜勤でしたので」
「それはいかんな。良質な仕事と良質な睡眠は表裏一体だ。厚化粧で誤魔化すのは良くないぞ」
私は鼻で笑う。
「では、副総団長が私の仕事を手伝ってくれるので?」
「それは無理だな。いざというとき、一緒に破滅したくはない」
世間話でもするかのようなトーンであっさりとアーバイン副総団長は仰った。
そもそも、表沙汰には出来ない裏の仕事を放り込んで委任したのが当の本人だ。
仕事は投げる。手伝いはしない。騎士としては上等だが、個人的な私情を含めばあまり好ましい人とは言えない。
「それに、元はと言えば卿が小遣い稼ぎに始めたことだろう? こう言うのは外野や素人があれこれ口を挟むものではない。違うかね?」
「仰る通りで」
私の肯定にアーバイン副総団長は満足そうに頷き、一枚の羊皮紙を手渡す。
「辞令だ、目を通すといい。今度の職場はいつもとは勝手が違う」
「拝見致します」
肌触りのいい良質な羊皮紙には『汝、ドノヴァン卿カサンドラを西部駐屯騎士団団長に任ずる』と書かれていた。
訳ありとはいえ大隊長から騎士団長への抜擢に見えるがその内情は決して明るくはなかった。
「一応、花形部署だぞ? 少しは喜ばんか?」
「西部領邦反乱以前の話でしょう。しかも我々がボロボロにした部隊で、懲罰部隊に等しい」
手綱を握るのは簡単ではない。
今より一月前。西部領邦で大きな反乱が発生。首謀者は王国貴族ハーグリーブス侯爵を筆頭とする西部領邦の領主貴族たちであった。
王国暦190年。王党派幹部戸部大臣ハイラム・シェイファー子爵より提案された法案が施行された。
シェイファー草案と呼ばれたこの法案には領地貴族の主税である関所からの徴収金を廃すること。並びに、国内商人の移動制限が大きく取り払われるという重商主義政策が全面的に押し出された法案であった。
国内の宮廷貴族や、騎士グループからなる王党派にとっては中央集権を進め、政府の権力を高める法案であったが、王党派と反目する領地貴族や地主階級からなる富農などの権門派にとってはあまり喜ばしい法案でなかったことは確かだった。
しかし、いざ始まってみればモノや金が大きく流通し商業を発達させその利益は王党派、権門派に多大な利益を及ぼした。
ただひとつ、西部領邦を除いて。
フィオナ王国建国以来、西部領邦貴族は勝ち組であった。温暖な気候、肥沃な土地。外敵もおらず争いを不毛として閨閥として血縁関係を結んでいた。
西部貴族の雄ハーグリーブス家は王家に姫を輿入れすること三度。西部公爵家フィッツジェラルド家と結ぶこと数度。
西部伯爵クレイトン家やヴァレンタイン家にも血を入れ、間接的な血縁を含めれば西部貴族はハーグリーブス侯爵家の庶流といっても過言ではないほどだ。
そうして生み出されたのが血縁関係と地縁関係によるブロック経済の展開であったことはある種当然と言えよう。
締められた商業圏は領内の競争能力を著しく失わせ、安寧という名のぬるま湯につかっていた。品質が悪く、コストも決して安くはない。南海を有し巨大な港湾都市を擁する南部商人には歯が立たず、東方諸国との縁がある東部ほど何かしらの珍品という武器もなく、日々北部の皇国からの侵略に備えている北部には技術では圧倒的に劣る。
それが今の西部領邦の姿であった。
領内産業は駆逐、或いは大商社によって吸収され一部を
ハーグリーブス侯爵家当主ウィルフレッドはシェイファー草案の早期破棄を求めるものの、南部緒貴族の反発により断念。
最終的に西部最大にしてもっとも権威をもつフィッツジェラルド公爵アルドヘルム四世を旗頭として、ここに西部領邦反乱が発生した。
王国政府は鎮圧のため西部遠征軍を組織。西部方面軍並びに第二、第五騎士団。西部駐屯騎士団を基幹とする二万の軍勢を派兵するも、諸侯軍の反撃、並びに西部駐屯騎士団の離脱によって敗北を喫した。
西部遠征軍司令官アリスター・キャベンディッシュは更迭。
第五騎士団長デューイ・カニンガムは戦死。
第二騎士団長バーソロミュー・リンドバーグは一階級降級。
西部駐屯騎士団長ジュリウス・アンダーソンは自裁した。
遠征軍直轄部隊の大隊長や第二騎士団首脳部は作戦遂行能力を疑問視され、降級または更迭を余儀なくされた。
南部貴族出身であり権門派とも好の深いキャベンディッシュ騎士爵やリンドバーグ卿を笑う一方。武門貴族出身であり、西部遠征軍では苛烈な戦死を遂げたカニンガム卿に対し「惜しい男を亡くした」とアーバイン卿はその死を悼んだ。
西部駐屯騎士団は西部において治安維持や犯罪の捜査、摘発のための部隊であるが、基本は後方の予備隊である。
海洋からの防疫や密輸取り締まりを行う南部や東方諸国の防諜部隊を兼ねる東部、常に北部の皇国との緊張を保つ北部とは違い、兵士の錬度も士気も低い。
派手な横抜きや銀蝿、麻薬中毒など醜聞に関してはこと欠かない。
もっとも、そうさせたのは我々ではあるのだが。それを踏まえても西部駐屯騎士団を率いるのは容易ではないのだ。
「不満かね? まあ、そうだろうな。私でもこの部隊を任せられたら不満にも思う」
アーバイン副総団長は苦笑する。
「やれと言うならやりますが、実戦ではなんも役にたちませんよ」
「実戦では使わん。駐屯騎士団にやってもらいたいのは作戦立案や軍事移動の助言、輜重部隊や酒保商人の護衛。砦や要塞の管理運営を任せたい」
「得心しました。であるならば私程度でも構わないでしょうな」
西部諸侯領の地理や要塞の管理となると駐屯部隊の業務に当たる。餅は餅屋にと言うことなのだろう。
「今回の反乱では私は戦争に注力したい。軍政まで手が回らんこともある。その点、卿はそれらの仕事は得意だし実績もある」
「買い被りですよ」
「アレを管理運営できる奴はそうはいない。そして隠し通し、的確に札として切り出せる奴はいない。カサンドラ・ドノヴァン。君は戦士としては二流だが、謀略と政略においては一流だ。――私が言うのだ、間違いない」
底冷えするような冷たい声で、アーバイン副総団長は告げる。
「人が欲しいです。出来るだけ優秀な人材が」
「誰が欲しい」
耐えきれずに、話題を切り替える。無能であるよりかよっぽどいいが、こちらが思う通りに動かせない上官というのも考え物だ。
「トラヴィス・ぺラム、ヨアン・カーライル、アーヴィング・ドーソン、ヴィンセント・ノリス」
「ぺラムとノリスは無理だな。ぺラムは新設した第九騎士団の基幹要員。ノリスは卿の後任の副官で私が幕僚として使う」
「ならばバーソロミュー・リンドバーグを」
「……正気か?」
トラヴィス・ぺラムは優秀な前線指揮官である。年齢は私とそうは変わらない新進気鋭の騎士であり、王党派幹部の一人である。ダグラス・レナード・アーバインの後任の後任と目されている人物でもあった。
ノリスは兎も角ぺラムは動かすことは承知の上だ。故に二の矢を放つ。
「リンドバーグよりも、第二騎士団の基幹要員が欲しいです。第二騎士団は腐っても常備軍であり王国が誇る精鋭部隊です。ノウハウも教育も行き届いている。彼らが安く手に入るのはこの時勢をおいてほかにない。違いませんか?」
アーバイン副総団長は得心いったかのように、微笑む。
「なるほどな、ドノヴァン卿は強欲であらせられるようだ」
「欲がなければこのような地位にいないでしょう。元をたどれば貧民窟の孤児、小隊長あたりの人間ですよ。私は」
そうだ、そうでなければこんな場所にいない。
私は決めたのだ。そして諦めたのだ。
――あの背中に追いつくために。
それ以外のすべてを諦めたのだから。
王国暦188年 王国兵部省輜重兵総監室
「ようこそ、騎士小隊長カサンドラ。卿のことはよく知っている」
そりゃそうだ。気づくやつは気づく。
私の騎士人生のなかで挫折というものがあるというのならまずこの時だろう。
北方の奇跡。戦争を終わらせた男。王国騎士団輜重兵総監ダグラス・レナード・アーバイン騎士爵。
「王国暦166年生。王国暦181年に志願兵として北部戦線に従軍。所属は第四騎士団第一一二小隊直卒部隊。ほぅ、第一大隊旗下ではないか、であればどこぞで会ったこともあるやもしれんな。この隊は覚えておる、戦時中に同小隊が皇国総大将タウンゼントを討ち取ったからな」
つらつらと読み上げられる私の経歴。
その様はどうにも不快で嫌悪感が沸き立つ。
「王国暦183年。王皇戦争和睦後、騎士団残留。南部方面軍南部駐屯騎士団に所属。以後三年間に渡り防疫課、捜査課、防諜課を転々とすると。ほぅ、捜査課に任官中に南部の大きな反社会勢力を撲滅しとるな、以後をもって小隊長位に就く」
そこまで読み上げたところでアーバインは顔をあげる。
「素晴らしい経歴だ。これで若冠22歳だということが末恐ろしい。同年代の貴族階級出身の貴族とて卿と比べれば子供のようなものよ」
「ご冗談を、私程度の人間ならば掃いて捨てるほど居るでしょうに」
「確かに卿に互する捜査官は居るだろう。卿よりも戦場経験な騎士も居るだろう。よもすれば卿と同等の能力をもった騎士も居るかもしれん。だが、その能力をその若さで持つものは私は見たことがない――それに、私は表向きの卿には興味がない」
拳に力が入る。しかし、力を入れたところでどうしようもない。
この手には錠がかけられ、武装の類いは何もない。
「自称カサンドラ。戸籍不肖。出身はおそらく王都貧民窟外縁部の生まれ。同地区出身者はレギナルドなる人物。王国暦180年前後において貧民窟外縁部にカイゼリックグループなる小児売買を生業とするグループが同人身売買組織『
喉が渇く。背中から冷たい汗が滲み出る。
「兵部省正規騎士団事務局によれば、志願兵出身であるにも関わらず親元と連絡が不肖の人物多数あり、現在生存する志願兵出身克つ戸籍不肖の人物で現在も騎士団在籍は二名」
そのうちの一人が君だ。とアーバイン総監はモノクルのずれを修正しながら此方に視線を送る。
「南部方面軍駐屯騎士団に所属し、防疫課に所属。禁制品の取締官として一年。捜査課、防諜課においては尋問官として従事。なおこの時に尋問主任官に昇格しているな。そして捜査課に転任して半年――南部港湾都市リッジウェイにて密貿易組織
アーバイン総監は視線を私に向ける。そしてゆっくりと指先を机に突くように二度ほど叩いた。
「ここに来たわけだ。盛大な土産をもって」
「どこでそれを――」
「自己紹介が遅れた。王国輜重兵総監兼王国諜報部『王の長耳』所属ダグラス・レナード・アーバインだ」
フィオナ王国六代目国王エリオットは別名耳長王と呼ばれていた。
宮廷事情に詳しく、貴族たちの醜聞や犯罪を暴き国内において多大なる安定を治め、東部諸国への行幸、並びに外交的成功を治めた王は常日頃からこう呟いていたと言う。
『余には諸君らが及びもつかない長い耳があるのだよ』
長らく不可解とされてきた王の長い耳。しかしそれは三代後の国王、堅忍王フレデリック二世の時代に王家直轄の特殊部隊として判明する。
しかし、その存在は知られども内部は秘中の秘である。規模や組織がどうなっているか不明。魔術を用いた契約で組織に属した者と言えど誰一人として語ることない王国の暗部である。
「――言ったであろう、卿のことはよく知っている。と」
王国暦186年 南部方面軍港湾都市リッジウェイ基地
ピシャリ、ピシャリと一定の間隔で流れ、石畳を濡らす滴の音。
暖かみを感じさせない魔力光による光が室内を照らす。
「私は思うんだよ。正道を歩むのは決して楽じゃないって」
右手に持つ金槌をくるりと回しながら私はそう呟いた。
「毎日正しく起きて、正しく働いて、正しく生きる。それで貰える給料はそれはまた大したことはないよ。うんざりする、ストレスって言うのかなぁ、溜まっちゃうよねぇ」
「うっ……ッ……」
正しさとは苦しいことだ。法に縛られ、誰かのために自分を勘定に入れずに行動する。
滅私奉公、尽忠報国。言うは易し行うは難しだ。
「犯罪ってのは楽だよねぇ。他人から奪えば楽に手にはいる。物も金も。他人を食い潰して生きるのはそりゃさぞ楽だろうさ。羨ましいねぇ」
だが悪は違う。ただひたすらに楽なのだ。努力しない、産み出さない。他人の成果を奪って生きる寄生虫。
「つまり、私が何を言いたいかと言うととてもイライラしてると言うことなんだ」
なので正義と言う暴力で殴るのに都合のいい存在。それが目の前の犯罪者だ。
「――ヒィッ、ヒィ……も、もうやめ――」
「じゃあ、次は人差し指の第二関節いこうか。そぉれ!」
つんざくように響く悲鳴。大の男がのたうち回ろうにもその身体は拘束され、指の関節には本日六本目の五寸釘が打たれる。
南部駐屯騎士団、港湾都市リッジウェイの捜査課尋問主任官。それが私の仕事であった。
「どうした、私より給料多いんだろぉ? がんばれ♥ がんばれ♥ この程度でへこたれるな。我慢しろ! 男の子でしょ!」
「ごめッなさ……ッ、もう、痛いの……やダッ、やダッ! やめてくだっ――」
「諦めるなぁ! 組織のために頑張ってきたんだろぉ! 私に尋問されるのはご褒美とか言ってただろぉ!! こんなところでへこたれるなぁ! いいかぁい! 君なんてねぇ! 喋る口と書く手と聞く耳があればもう全部身体いらないんだよぉ!! わかるぅ?」
高々爪が剥がされて傷口に塩を塗っただけなのに。
カイゼリック式拷問術と貧民窟式愉快な
「いくよ! もう一本! 3、2、はい!」
「あああああああああああああああッ!!!!」
最近の密貿易グループは根性がないと常々思ったのだった。
北部戦線、並びに王皇戦争の終戦後に私が配属されたのはフィオナ王国南部の港湾都市だった。
戦争の終結において、一部を残し軍は徴兵された兵士を帰農させ、傭兵も多くが仕事を失った。
戦争によって集まった多くの人員の解雇は同時に王国内の急激な治安の悪化に変化した。
部隊を解散させたはいいものの、解散させた部隊の受け皿が存在しない。帰農できたり、何らかの職につけた連中は幸運だろう。だが、肉体の欠損や精神を病んだ連中は悲惨極まりなかった。
北部では皇国の残党と共に夜盗化する傭兵や、郷里に帰った後に居場所がなく犯罪組織に入る連中も少なくない。
「ふむ、今回もめぼしい情報は無しか……」
薄い頭髪に膨れた腹。南部騎士団リッジウェイ基地司令ギデオン・ロッケンフィールド卿は咥えた葉巻に紫煙を散らせながら呟いた。
「ヘマをするのはチンピラです。売人なんてリスクのある仕事をするのは組織の下の下です。幹部に繋がるには最低でもこのチンピラを雇い入れる顔役を収監するのが早いのですがね」
簡単に言えば売人は商会における丁稚、顔役は手代だ。売人の仕事は試金石であり、仕事としては下の下。しょっぴかれてもかすり傷程度なものであり、組織に深手を負わせるものではない。
顔役に至っても同義だ。売人よりかは重要性の高い仕事をしてるだろうがそれでも組織の中では平である。幹部にまで結び付くような仕事をしている顔役となると十人捕まえて一人いるかどうかである。
「やはり、潜入捜査員からの報告を待たねばならんか……」
「戦争と同じですよ。リスクを冒さなければそれにみあったリターンは手に入らない」
司令は難儀そうに紫煙の混じった溜め息をつく。
「部下を反社会組織に潜り込ませる。非道と外道に手を染めさせ、黙認を強いる。いい気分にはならんな」
ギデオン・ロッケンフィールドは決してエリートではない。基地司令という役職は正規騎士団の大隊長位に相当する役職であるが、彼の年齢は50を過ぎ、数年で退役を控える身だ。
「驚きました、悪道を批判する資格が司令にあるとは」
基地物資の横流し。ギデオン・ロッケンフィールドが基地司令に就任してから六年やり続けてきた不正である。
卿とは王国に属する無爵位貴族であり、ギデオン・ロッケンフィールドは貧乏騎士爵家の庶子である。
貴族とは名ばかりの貧乏貴族であり、継ぐ家も残す家名も持たない貴族家の分家も分家。ギデオン自身すでに実家とも縁がない。
こういった貴族は騎士に多い。裕福でなく、身内とも疎遠であり、家庭を持たず、騎士団において出世ルートから外れ、そして中央政府から目の届かない地方の軍に所属している。
そう言った中級の騎士には不正に手を染める者はざらである。
「私は寄生虫だが、宿主を殺す様なことはしないよ」
殺す覚悟も無いともいうがね、と司令は自嘲するかのように呟いた。