斯くして、パワハラ敗北幼馴染みは勝利した。   作:ドモヴォーイ

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少女カサンドラ

王国暦180年 王都貧民窟

 

「くくっ、馬子にも衣装だな。着飾ればそれなりに見える」

 

 欲に染まった瞳で笑いかける一人の男。

 脂でテカった黒髪に痩けた頬、薄汚れた正装を纏い、私の肩に手をかける。

 鏡に映る私は多少なりともまともな白地の布の服を着せられ、髪もこの数週間で毎日洗われたお陰かさらさらと風で靡くほどに柔らかくなり、食事も此方を肥やすためにまともな食事を出されたお陰で不健康なところは一つもない。

 

「さあ、カサンドラ。ここまで育ててやったんだ。感謝しろ」

 

 腐った世界の腐った育て親。彼こそが『子喰らい鬼』カイゼリックと呼ばれた外道だった。

 

 カイゼリックは貧民窟において子供を養育し売り捌く外道である。

 劣悪な環境下に起き、寝床を用意するのみで暴力による支配と教育によって洗脳された子供は非常に従順かつ自己が稀薄な存在として貧民窟内の人身売買組織や反政府組織などに売り捌くことを生業とする小悪党だった。

 

 私がカイゼリックに教わったのは人を壊す方法と人をいたぶる方法だ。

 カイゼリックは特に人を痛めつけながらも傷痕を残さない程度に治せる暴力の塩梅が上手かった。しかし同時に万が一子供を殺してしまった場合のリカバリーも上手かった。

 

 子供の骸はある一定の層にとっては重要な素材になるらしい。

 外法魔術師の実験材料だったり人の臓腑を使った薬を作ったり。特に子供の臓物は病気や喫煙、飲酒とはあまり馴染みが無いためか新鮮で質がいいと聞いた。

 

「よぉ、カサンドラ。元気ねぇじゃねぇか」

「レギン……」

 

 レギンとはもう五年近い付き合いになる。

 歳も近く、明るい彼は年少の子供たちの人気者で腕っぷしの強さからカイゼリックにも一目置かれている。

 この溝底の世界ではビックリするほど損な性分をしている男だった。

 

「……もしかして、また腹でも減ってるのか? ヨシッ! なんか見つけてくるぜ!!」

「違うから」

 

 そしてちょっと馬鹿だった。

 

 レギンは貧民窟の中においては異質だった。

 まず盗みをしない。スリや置き引き、ゴミ漁りなど貧民窟で浮浪児が生きていくために通る道を彼は通らない。

 彼の仕事は多岐にわたるが基本的には肉体労働の溝浚いや掃除夫をやっていたらしい。一日中働き、僅かばかりの賃金を貰う。普通なら労働の辛さに大人でも耐えきれずに身体を壊すそれをレギンはケロリとした顔でやり切る。

 おまけに底抜けの明るさは周囲から信頼と好意を得るには十分だった。

 

 太陽と言う存在を擬人化したらこの男になるのではないかと幼少の私は常々思っていた。

 

 レギンの名前はある物語の主人公から取ったらしい。誰でも知っているような竜殺しの英雄の物語、皆は名前負けだと笑うが私はそんなことはないと思う。

 彼こそ、私にとっての英雄なのだから。

 

「――じゃあなんで、お前はそんな泣きそうな顔をしてるんだ?」

 

 こいつはこういう男だ。馬鹿の癖に妙な所で鋭い。

 計算を取っ払って直感で答えを導く。そして同時にこっちの心にずかずかと土足で踏み込む。

 

「私ね、売られちゃうんだ……」

 

 私は弱かった。

 どうしようもなく弱かった。

 女だから、正しくあれないから、足を引っ張るから、――そしてこうやって誰かに縋ろうとしている。

 

 自分で自分が嫌になる。一度だけレギンの仕事についていったことがあった。

 その時はレギンの働く時間の半分で倒れ、翌日に生死の境をさまようほどの高熱をだした。

 

「……売られたくないのか?」

「きっと娼館に売られる。カイゼリックは私にずっと本を読ませてたから。それから言葉遣いも強制させられた。いつもぶたれたけど、絶対に傷痕だけは残さない殴り方だった」

 

 15になれば娼婦として働ける。うまくいけば高級娼婦として貴族の情婦になれるかも知れない。そのためにある程度の知識と礼儀を叩きこまれた。睦み合いの為にそういった本を読むように厳命させられた。

 幼い私にとって身の毛がよだつ気分だった。これから娼婦として生きて、不特定多数の男に抱かれて、上手く見初められなければ貧民窟で見るような性病にかかった売春婦としてボロボロになる。

 

 気持ち悪くて仕方がなかった。

 

「……レギンはどんな大人になりたい?」

 

 気づけばそんな質問を投げ掛けていた。

 

「私はね、真っ当な大人になりたかった……」

 

 この貧民窟とは違う。溝底から這い上がって、明るい表の世界で生きたかった。

 

「素晴らしい大人になりたかった、輝かしい人生を歩みたかった。愛されて、誰かを愛して……」

 

 (レギン)のような、強い人になりたかった。

 

 レギンは何も言わずにただ、私の背中を擦ってくれた。

 

 翌日、私は貧民窟の人身売買組織である取り換え児(チェンジリング)に引き渡されることになった。

 

「ふむ、悪くはないな」

「悪くない? 冗談言うなよ、何処見ても上玉じゃねぇか。処女で顔も悪くない。頭の回転だって悪かねぇし、何より命令には従順だ」

 

 組織の仲買人との交渉をするカイゼリックを尻目に私は上質なソファーに身体を沈ませる。

 昨日泣き腫らした目はすっかりと癒え、身体も健康そのもの。カイゼリックも問題なく出荷できると大喜びだった。

 

「髪の色が良くない。昨今の売り手は高級感のある金髪碧眼が上物だからね」

「貴種色なんて扱えるわけねぇよ! んなガキ見つけたら15まで育てられるかッ!! 何処ぞの変態に拐かされて終いだよ!」

「亜麻色も悪くはないんだがねぇ……せめて瞳の色が翠か蒼ならなぁ」

 

 苛立つカイゼリックと渋る仲買人。交渉は煮詰まりを見せる。

 

「……?」

 

 そんな交渉の中、商会の表がにわかに騒がしくなる。

 異変に気づいたのかカイゼリックと仲買人も交渉を中断して近くにいた護衛に何事かと尋ねる。

 

 瞬間、けたたましい音を響かせ見るからに重厚そうな扉が蹴破られる。

 ローブの纏った男が引き摺られ、薄汚れた麻の服に棍棒ひとつを担ぎ上げた私と同じぐらいの男の子。

 

「おっ、居たじゃねぇか!」

 

 ――レギンがそこに居た。

 

「馬鹿な、レスターはなにをやっていた……!」

 

 仲買人は愕然とし、カイゼリックは見るからに警戒の色と怒りを滲ませながらレギンを睨み付ける。

 

「おい、レギナルド。なんのつもりだ? お前は俺の商談をぶち壊す気か?」

 

 しかし、レギンはそんなことなど意に介さず、私にそっと手を差し伸べる。

 

「レギン……どうして……?」

 

 どうしてこんな馬鹿な真似をしたんだと糾弾する私に彼は口を開く。

 

「――だってお前、泣いてただろ?」

 

 レギンはケロッとした顔でなんてこと無いように告げた。

 

「――知ってるか、カサンドラ。女の子が泣いてたら、その涙を拭ってやるのが男の子の役目なんだぜ!」

 

 輝かしい人だと思った。強い人だと思った。

 なにより私はこの男を何よりも美しいと感じた。

 

 ――この糞の肥溜めの世界で、ただ彼だけが輝いて見えた。

 

「……わたし、私ッ……!」

「ふざけるんじゃねぇぞ!! ぶっ殺してやるッ!!」

 

 跳ね上げられ、宙を舞うテーブル。卓上のコップが中身の入ったまま散乱し、巨大な質量を伴ったソレがレギン目掛けて向かって来る。

 

「――助けて、レギン……ッ!」

「――嗚呼、任せろ」

 

 伸身を翻し、タイミングを合わせてレギンはテーブルを蹴り上げる。爆薬が発破したかのような強烈な破裂音を思わせる轟音が響き渡り、テーブルはまるで逆再生の様に高速で私たちとは逆の壁に突き刺さる。

 

「――ッ!!」

「悪いなカイゼリック。アンタはカサンドラを育ててくれたかもしれねぇ。けど子供を食い物にするのは許せねぇ」

「ほざけ、クソガキィ!!」

 

 武道もなにも心得の無いテレフォンパンチ。だが大の大人の全力での暴力は今までの虐待とは違い、人ひとり殺すには十分な威力がある。

 

「殴り合いかカイゼリック? 好いぜ、男の子には意地があるもんなぁ!!」

 

 カイゼリックのはなった拳はそのままレギンの顔に打ち込まれる。まったくのノーガードで普通なら気絶してもおかしくはない。だが、レギンはそれを喜んで受ける。

 同時にレギンからも拳が放たれる。槍の一撃を彷彿させる一閃はカイゼリックの胸を穿ち抜く。

 

「――俺の勝ちだ」

 

 ――たった一撃。ただそれだけでカイゼリックは沈黙した。

 

 

 

 

 

王国暦192年 西部方面軍駐屯騎士団本部

 

 遠征は順調そのものと言っていい。

 西部遠征軍総司令官であるダグラス・レナード・アーバイン騎士団副総団長はイオニア基地とオトリュス基地の中間にあるイャンドゥルマ平原での会戦に勝利。

 ハーグリーブス侯爵家重鎮たるカラム・アトキンス男爵、キンバリー子爵家当主アーノルド・グレアム・キンバリー、バックレー子爵家当主ナサニエル・バックレー、ヴァレンタイン伯爵家当主ジェローム・ヴァレンタイン並びにヴァレンタイン伯爵家家宰ニコラス・ベイカー騎士爵などが戦死し、西部諸侯軍は痛烈な被害を被った。

 斯くして遠征軍はオトリュス基地並びにフィッツジェラルド公爵領の奪還に成功した。

 

 私たち駐屯騎士団は本部をオトリュスに移し、遠征軍はアーバイン騎士爵率いる本隊と遠征軍副司令官かつ西部方面軍司令を兼ねるエルバート・コーウェン騎士爵率いる別動隊に別れ、進軍するならびとなった。

 

 我らが西部駐屯騎士団は公爵領にて軍政を行いつつ、駐屯騎士団を再編。円滑なる兵坦を進めるために遠征軍輜重兵総隊を組織し、指揮権を元駐屯騎士団首席幕僚たるアーヴィング・ドーソンに一任した。

 

「ここは、地獄か?」

 

 痩けた頬に瓶底のような眼鏡を掛けた初老の男――フィリップ・アーサー・ドッドは負傷した足を引き摺りながら呟いた。

 

 フィリップは第一次遠征軍の敗北後もオトリュス基地において反乱軍の足止めを行い、耐え続けた英雄の一人である。戦後において勲章並びに昇進が決まっている男である。

 

 戦場の慌ただしさとは別。官吏たちの戦場が其処にはあった。

 

「フィリップ・アーサー・ドッド! 何をしている! さっさと仕事に取り組め!!」

「し、仕事と言われましても……」

「悪いが立て込んでいる仕事が多い! 基地周辺の治安維持、並びに公爵領との交渉! 西部領邦反乱以前の仕事についてドッド、貴様に任せる! 今までの仕事とは変わらん筈だ! いいな」

「は、はい!」

 

 有無を言わさぬ言葉の散弾にフィリップ・アーサー・ドッドは肯定の意を伝えることしかできなかった。

 

「筆将軍の面目躍如だな」

 

 本部幕僚は窶れた顔をしながら呟いた。

 私の騎士としてのキャリアは異例ともいえる。前線勤務は王皇戦争の北部前線のみ。後は南部駐屯騎士団での捜査官。南部方面軍、並びに中央の輜重兵部隊。輜重兵総監付きとなった後に中央駐屯騎士団組織犯罪対策本部の本部長となり、騎士団総団では副総団長付きの幕僚として勤務。

 

 前線においての経験など兵士時代の頃しかなく、後は事務や治安戦での出世である。

 ついたあだ名が『筆将軍』となるのも妥当であるだろう。

 

 前線部隊ではないとは言えやるべきことは多い。駐屯騎士団としての通常業務としての治安維持活動と臣民の保護、公爵領の復興。これは私の直轄部隊とドッド率いる予備大隊を使う。

 輸送業務にはアーヴィング・ドーソンが付き、急激に治安の悪化した領内の西部諸侯残党の撃破、並びに貴族の捜索には元西部方面軍の大隊長であった第二大隊長アルテミシア・マクアルパイン卿と駐屯騎士団捜査課出身の第三大隊長ヨアン・カーライル卿による捜索活動を行う。

 本隊の遊撃部隊並びに大小さまざまな砦に籠り、西部諸侯軍から孤立した部隊の対処は地方部隊での実戦経験の豊富な対ゲリラ戦のプロである駐屯騎士団副団長ランドール・スティルウェル騎士爵と第一次遠征軍第五騎士団長であったバーソロミュー・リンドバーグ卿に火消しを任した。

 

 捕虜となった西部方面軍の騎士たちの復員や、やむ負えず西部諸侯に味方した西部方面軍離反組の調略も私並びに幕僚集団が手掛けている。

 

 最も、第一次遠征軍組織以前から寝返る旨を出していたストークス男爵家やエッジカム子爵家は兎も角、このギリギリの状況下で寝返った貴族家は取り潰す訳であるが。

 

「ドノヴァン団長、スティルウェル副団長より伝令。ホーデン山にて潜伏していたキンバリー子爵家嫡子ハロルドを発見し、これを撃滅したとのことです」

「承った。これでキンバリーの一族は悉く死んだな」

「第一次遠征軍との戦いにおいても、一門や重臣が悉く撃ち取られました。これでキンバリーの鉱脈は中央政府のものになるでしょうな」

 

 首席副官であるジャッジは線の細い色白の騎士であった。騎士の本分である武においては欠けているものの、こと後方業務に関しての知見は大したものであった。

 アーヴィングの推挙で副官として置いたが中々の人材と思える。

 

「よくやったと伝えてくれ。さて、こうなると残りはカルカか……」

「はい、厄介な場所が残りました」

 

 フィッツジェラルド公爵領第六の都市であるカルカ。人口は3000ほどの長閑な農村型都市であり、別名フィッツジェラルドの食料庫と言われる郊外の都市。

 現在この都市は西部領邦にも王国政府にも従わない独立勢力が支配していた。

 その首魁の名前は元西部駐屯騎士団カルカ基地司令レギナルド・カーチス騎士団大隊長。

 ――私の親友レギンであった。

 

 

 

 

 

王国暦181年 北部辺境伯領辺境都市ダマスクス

 

「――いいか、馬は生で食える」

 

 渾身の決め顔をした騎士は吊し上げられ血抜きされている馬を背に私たちに告げた。

 

「えぇ~生で食べちゃうのか~!!」

「生で食べちゃうのだ~! ナハハハハハッ!!」

 

 レギンのノリのいい返答に気を良くした男は馬の解体を始める。

 

「王国馬料理の歴史は東部から始まるらしい。時代にして凡そ100年前。王国拡大期にまで遡る」

 

 フィオナ王国建国から60年~80年はそれまで内政と防衛に注いでいた国力が初めて外征という外向きに注がれた時代であった。

 不倶戴天の敵である皇国や東部諸国の平定を掲げた大軍拡時代でもあり。東部貴族は主にこの時代に活躍した軍事貴族を祖とする。

 

「軍を起こすとなれば人が動く! 人が動くとなれば飯を調達せねばならん! 昔は今のように荷駄を担いだ酒保商人も少なく、魔物被害による道中の危険も多かった。百人いて無事に東部にたどり着けたのは50を切っていたというのもざらだ!」

 

 男は手際よく馬を解体し、内臓を兜にぶちこみながら小器用にナイフで皮を剥ぎ始める。

 

「はい! 問題です! 食料が足りなくなった兵士たちは何処から食料を得ると思いますか!」

「仲間の死体を食う?」

「ナハハハハハッ! それはもっと末期になってからだな! ナハハハハハッ……えっ、初手でその発想でてくるの? こわっ……」

 

 私の答えに男は引いていた。解せぬ。

 

「まっ、略奪だ。足りないものは近隣の村落から奪えばいい。村のほとんどを殺して数人を逃がす。恐怖は伝搬し、異民族が腰をあげて此方に向かう。そうなれば東部の異民族を探す手間が省けて尚且つ戦争での功績を王政府に見せ付け、爵位と領地を得ると言う寸法だ」

「えげつねぇなぁ」

「だが効率的だ。作戦の好悪を除けば問題らしい問題はない」

 

 異民族に恨まれることはあるだろうが、そもそもそんなことを気にする必要性もあるまい。

 昔のことだ。昔は法整備も甘く、非合法の奴隷制なんてのもまかり通っていた時代だ。特に王国拡大期となればそういったアングラな商売は吐いて捨てるほどいただろう。王国が衣食足りて礼節を知るのは逆境王コーネリアス四世の時代、並びに王国の天才貴族アンセルム・ドーソン侯爵の登場まで待たねばならない。

 

「戦争は糞だ! 人を殺して人を騙して人の心を摩耗させる! 喜んで戦争をおっ始める奴はどこかイカれてるんだよ! ナハハハハハッ!!」

 

 馬を粗方解体した男はぶつぶつとなにかを唱えると宙に透き通った水を出す。

 

「それは、魔術ですか?」

「ナハハハハハッ! 俺は水魔術師だからな! 便利だゾ~!」

 

 男は得意気に笑うと生み出した水を使って内臓を洗い出す。

 

「東部異民族は所謂騎馬民族だ。馬を飼うノウハウ、馬を育てるノウハウ、繁殖のノウハウ。なにより騎馬戦に特化した馬は騎馬民族たちのウン百年におよぶ品種改良の成果だ! 東部諸侯は彼らの文化を盛大に破壊したが、同時に利用できるものは利用した! 今でも東部貴族の名産と言えば軍用馬や農耕馬だ!」

「廃馬の再利用として馬食文化が発達したと?」

「そうだッ、正解!」

 

 毎年何百何千と馬を生産すればその中には軍用や農耕に適さない気性の荒い馬や何らかの障害を持つ馬。或いは年老いて働けない馬も入れば何らかの事故で安楽死せざるを得ない馬が出てくる。

 

「馬は貴重な財産だ。それは異民族も東部諸侯も変わらない価値観だ。儀式のひとつとして馬を盛大に見送る祭事や儀式、その中には馬を食し自分等の糧とすることもあったとして不思議ではなかろう!」

「なるほど、東部諸侯は昔は軍事貴族です。戦争で消費した馬を兵士たちの糧食として再利用する程度の工夫は寧ろ自然ですね」

「その通りだ! ナハハハハハッ!!」

「くしゃい……」

 

 男は私に向かってはにかむ。出来のいい生徒を誉めるように大声で笑いながら私の頭を撫でた。

 どうでもいいが今まさに一頭の馬を捌いたためか、男の手は物凄く血生臭かった。

 

「さあ、肉の前にモツだ。内蔵部位は捌いて新鮮なうちにしか食えんからな! 肝臓(レバー)からいってみろ」

「いただきます」

「いただきます」

 

 えっ、躊躇なく食うの? すごくない? と騎士の男は少々面を食らった様子を見せる。

 別に生の肉を食ったことはあるし、溝鼠を生きたまま食ったこともある。その時は腹を壊したが高熱が出て吐き気を催す程度だ。死ぬよりマシだろう。

 

「血の味がして旨いな」

「そうね、でも思ったより生臭くは無いわね」

「お前ら軍人の素質バッチリじゃねぇか。食いづらかったらこいつをかけてやるつもりだったんだがな?」

 

 そう言うと男は懐から小瓶を取り出す。

 

「つけて食ってみろ。旨すぎて飛ぶゾ~」

「うまい!」

「食べるの早くない?」

「食べたこと無い味ですね。何でしょう……癖があって、香ばしい?」

 

 刻んだ白い何かは香辛料の類い。トロッとしているのは油だろうか。鼻を通り抜ける刺激的な香辛料が強いが煎ったような香ばしさが感じられる。

 

「すりおろしたニンニクと胡麻油だ。刺身を食うならまずこれかけておけば間違いない。ニンニクはモツ類の独特な臭みを取って、胡麻油で香ばしさを付け足した」

 

 男は手元で馬肉をスライスしながらどや顔で説明する。

 

「ニンニクは滋養強壮、胡麻油には美容効果がある」

「レギン舐めとれ!! 私も舐めるぞ!!」

「なんだかよくわからねぇが、ヨシッ!!」

「やめて!! 高かったのよそれ!!」

 

 小瓶ごと吸い取ろうとした私たちの手を払い、男の騎士は息を荒くしながら小瓶を死守した。チッ。

 

「油断も隙もねぇ……てか、食いすぎると腹下すからな。ほら、肉食え肉!」

 

 そう言って男が新たに出してきたのは薄切りにした馬肉であった。

 

「うん、食いごたえあるな」

「噛むほどに甘味がありますね」

「馬は四六時中走らせるからな。脂分が少なく、筋肉質だ。赤身の美味さを感じるなら、生がいい。味付けをするなら塩を振る程度でも十分食える」

 

 そういうと男は焚火の上に盾をかざす。

 

「おいおい、それ装備だろ? 炙ってもいいのか?」

「知らないのかレギンくん。盾は鉄板に使える」

 

 そして男は盾にオリーブオイルをふりかけ、厚めに切った赤身肉を乗せる。

 肉が焼かれ、油の弾ける心地の良い音と香りが鼻孔をくすぐる。

 

「表面が焼けたら後は適当に切り分ければいい。ソースはこれを使え、マスタードソースだ。ピリリと辛い大人の味だ」

「うまいッ!!」

 

 こいついつも食うのはえーなぁ、とレギンを横目に焼き目のついたステーキを切り分ける。

 中はまだレアのそれに少しだけマスタードを付けながら口に運ぶ。

 じゅわっ…と広がる脂の甘さ。しっかりとした肉の弾力と噛み締めるほどに出てくる旨味。そしてピリッと辛いマスタードが余分な脂っぽさをさっぱりと整え、酸味がアクセントとなる。

 

「……すごい、まるで魔法だ」

「ナハハハハハッ、そいつぁ、良かった」

 

 男は飯盒を焚火の中に入れながら笑った。

 

「小隊長は料理上手なんですね。出身は南部ですか?」

 

 香辛料をふんだんに使った料理となればそれは港湾都市を抱え、商業都市を形成する南部の料理に多い印象だ。レギンはポカンとしているが、こればかりは知識の差だろう。

 

「母親が南部の商家出身だ。俺自身は中央のバルフォア出身の無爵位貴族の出身だよ」

「バルフォアって何処っすか?」

「王領南部のバルフォア公領の事だよ。臣籍降下する王族の中でも王弟だったり、第二王子とか王位継承権上位者が臣籍降下なさるときに就く大公の治める土地さ」

 

 フィオナ王国を代表する公爵位は四つ。西部公爵フィッツジェラルド公爵家。東部公爵マクアルパイン公爵家。北部公爵クィンシー公爵家。南部公爵アヴァロン公爵家。東西南北の諸侯たちの取り纏め役であり、王家たるエディンバラ朝の庶流である領地貴族最大の権威を所持する。

 しかし、これらの公爵家に対し非常任に設立される公爵家というのが存在する。それがバルフォア公爵、並びにシャムロック公爵家である。

 

「そうさ、今は王弟ランドルフ殿下がバルフォア公爵位を得て、名目上統治してるけれども。実際に動かしているのは代官や王宮から派遣された官僚貴族、地主たちだ。ウチの親父も木っ端だが官僚として勤めている」

 

 レギンの疑問に捕捉するように小隊長は答える。

 

「ですが、お母様が商人なんですか? ……言ってはなんですが、身分が違うのでは?」

「商人と言っても三代ぐらい遡ればあっちも貴族の生まれさ。家を継げない次男三男が市井に出て商人になって事業を成功させるなんて話は珍しくはないし、親父は爵位の無い貧乏騎士。貴族との縁故を欲しがる母親の実家と財力と言う目に見える力を欲した親父。どこにでもよくある政略結婚さ」

「難しい話は分からねぇ……とりあえず、この肉は旨いことは分かる」

 

 レギンはそういうと無言になり肉を頬張る。その姿はリスや鼠を思わせる様子で可愛かった。

 あざとい…あざとくない? このレギン。

 

「母方の爺は行商人でな。南部からの珍品を公領の資産家や王都の資産家に売る仕事をしていたのさ。南から中央に行って珍品を売りさばいて、中央から東に進んで武具を売り、東から北に傭兵を輸送して……。そんな風に王国中を旅する話を聞いたもんさ」

 

 昔語りをする男の顔はまるで少年のようで瞳は焚火に反射するように輝き、情熱を燃やしていた。

 

「地方の風俗史とかそういうのを聞くのも好きだった。南部貴族は東部貴族の嫁を取れ、東方諸国との商業コネクションが増えるからだ。東部貴族は北部貴族の嫁を取れ、戦争ばかりの北に帰りたくなくて勤勉に働いてくれるからだ。北部貴族は南部貴族の嫁を取るな。嫁が凍死するからだ、ってな」

「西部はないんですか?」

「西部貴族は西部貴族以外を人間と認めていないって話ならあるぞ」

 

 男は苦笑交じりに告げる。

 

「さて、そろそろいいな。最後の料理。血の腸詰だ」

 

 最後に男は飯盒を取り出すと、張った湯の中には黒ずんだ色の腸詰が浮いていた。

 

「馬の血に、小麦、塩、ハーブを混ぜ腸に詰める簡単な料理だ」

「まずそうだな!!」

「コラッ、レギン!! 素直に言うんじゃない!!」

 

 レギンの素直すぎる感想に私は窘めるが当の男本人はナハハハハハッ!! と盛大に笑い声をあげる。

 

「仕方あるまい、これも東部料理ではあるが、ゲテモノの部類なのは確かだからな!!」

「んー、さっきのレバーに似てるな」

 

 すでに一本食い始めているレギンをよそに、私も口に運ぶ。

 確かに味はレバーに近い……というより、血の味である。

 

「あまりおいしいものじゃないですね」

「だろ? だが食えないほどじゃない。戦時糧食ってのは大概味は二の次になる。不味い不味い言いながらも出されたモノをしっかり食えるってことは、そいつは素質だ。いい兵士になれる。――なにが美味かったか、何が不味かったかよく覚えていくといい。そいつはお前らの大事な糧になる」

 

 男は何処か神妙そうに、私たちに視線を送った。その瞳は穏やかで優し気な、貧民窟では見たこともない瞳だった。

 

「――よく食べて、よく知る。お前らは15歳でまだ世界の何もかもを知らない。俺だって全部知っている訳じゃない。これからいろんなことが知れるんだ。……覚えておけよ。食ったモノの味と、蓄えた知識ってのは誰にも奪えやしない。そいつだけの貴重な財産であり。そしてその財産は誰かに与えることが出来ながらも、自分の中から決して消えはしないんだ」

 

 そっと、肩に手を添えられながら男は言った。

 

 地獄と言われた北部前線であっても、私はそこが地獄とは思えなかった。その理由の一つは――この真っ当で尊敬に値する男が自分たちの上官であったからだろう。

 

「――生きて帰ろう。そして、中央の美味い料理屋を教えてやる。お前たちの人生はこれからなんだからな」

 

 これが私とレギンと――第四騎士団第一一二小隊、騎士小隊長アイザック・ドノヴァンとの出会いであった。

 

「ところで、小隊長が食べようとしてるその部位は?」

「これか? これは金タマッ! 一頭につき二個しかとれない希少部位ッ!!」

 

 やっぱり尊敬するのは早計だったかもしれない……。

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