斯くして、パワハラ敗北幼馴染みは勝利した。   作:ドモヴォーイ

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兵士カサンドラ

王国暦181年 北部戦線

 

「突撃ィ――!!」

 

 砂塵舞い、轟々と怒声と悲鳴と叫びとあらゆる音のパッチワークに彩られた混沌が鼓膜に響く。

 隣には先日まで笑いあっていた戦友の骸が無惨にも打ち捨てられ、目の前には必死の形相を浮かべる男たちが剣を構え、石を握り締める。

 

 殺意と殺意の応酬。生きるために人を殺すネジの外れた狂気の世界。それが王皇戦争の最前線。北部戦線だった。

 

「ウオオオオオォォォォ――ッ!!」

 

 その中でも特に響く声。片手には馬上槍、もう片手には王国旗をはためかせる鈍色の鎧を纏った騎士が叫びながら敵陣に突っ込む。

 

 血飛沫があがり、怒号舞う戦場で一際大きな絶叫はまるで竜の雄叫びの様。血で染まった馬上槍、土煙を払う王国旗を片手に持つそれは敵兵に恐怖を与える戦士。

 

 その勇壮なる戦士の名はアイザック・ドノヴァン。王国の末端貴族の次男であり、ただのお喋り好きのゲテモノ料理家であり、そして戦場の英雄であった……。

 

「いつも思うのですが、そんなに最前線で突撃ばかりしてると死ぬと思うんですが?」

 

 陥落させた皇国軍の陣地。土魔術師によって積み上げられた簡易的な陣地で私は目の前にいるのほほんとした上官に詰め寄る。

 

「んにゃあ、そんなこと言われてもなぁ……」

 

 お兄ちゃん困っちゃう……と気持ち悪い女のふりをした我らが小隊長を叩く。

 生理的にキモかった。仕方なかった。

 

「あなた、小隊長ですよ? しかも旗手ですよ? 死んだら駄目な人でしょ?」

「ふっ、いいかドラちゃん。騎士ってのは、いや――男と言うのは戦うときは誰よりも前で、退くときは誰よりも後ろで……!」

「貴方が退かなきゃ誰も退けませんよ。突っ込むだけ突っ込んで、相手が退くまで粘ってばかりじゃないですか!! 今まで突撃する度に陣地を陥落させてたから良いものの、少しは引き際ってのを見極めてくださいよ!」

 

 私の正論にアイザック・ドノヴァンはバツが悪そうに眼を逸らした。

 

「ハハハッ、アイザック隊長は怒られてばっかだなぁ!」

「レギン、君もだからね。いいかい? 戦場ってのは何があるか分からないんだよ。今日だって生き残れたのはそりゃ実力もそうだけど運さ。そもそもウチの部隊が決死隊として最前線で突撃なんて何度目だい? 五度目だよ、五度目。そりゃあレギンは強くて、かっこよくて、見栄えする容姿さ。今回の突撃だって小隊長のすぐそばで何があってもいいように控えてたのは素晴らしいさ。そう素晴らしい。今回陥落させた陣には通常の騎士だけじゃなく魔術師の姿もあったし、この陣地をみるに土魔術師による防御効果もそれなりにあったはずさ。それを己の身体ひとつで打ち破れるなんてそれは並み大抵のものじゃない。人間の努力だとか、効率さとか。そういったレベルの話じゃない。そう、それはつまり君はただの兵士じゃあないんだ。これはまさに英雄の所業他ならないと言えるんだよ。話を戻すけれど、この隊はいついかなる時も戦争の最前線で相手の中核戦力、或いは敵の要地を奪うために編成させられた決死隊と言えるんだ。この部隊にいる全員が英雄? 確かにそういうことをいう者もいるだろうけれどそんなものはレギン、君と比べれば――」

「……あの女(カサンドラ)お前(レギン)のことになると早口になるの気持ち悪いよな」

「ハハッ、何言ってるかわかんねーや」

 

 まったくしょうがない。本当にしょうがない。

 

 戦場は膠着状態になり、先ほどまでの喧噪とは真逆の穏やかな様子を示している。しかし、そんな状況も足元や周囲を見ればすぐに現実に引き戻される。

 なにせ敵味方の骸があちこちに散乱しているのだ。見ようによっては宝の山ともいえるのは私が貧民窟の出身だからとも言えよう。こいつらの纏っている軽装の鎧やら武具を売ればそれなりの金になるだろう。

 

「敵魔術騎士二名。皇国騎士を六名か。十分な成果だな、欲を言えば敵の指揮官を仕留めたかったが……」

「んにゃあ、それは厳しいっすよ。ウチの部隊なんてほとんどが身寄りのない天涯孤独や孤児上がりっすよ。戦争初期みたいに練度や士気も豊富だった頃とは違うんです」

 

 人が死ねば、その分の補填を出来得るだけ遺族に与えねばならない。戦争と言うのは多大な消費行為であり、儲かるのは実際に戦わずに物資を売りつける商人どもである。

 決死隊とは文字通り人員の消耗度外視で戦う壊滅を前提とした部隊である。戦争において真っ先に死地に向かい、死に行進していくのが我々だ。

 

 私のような貧民窟出身の志願兵が容易に兵士になれたのは身寄りが居らず、死んだ場合の遺族の保険金を支払わずに済むからだというのが第一の理由だろう。

 

 王皇戦争の理由は皇国領内で皇国兵士が王国が使う矢で亡くなっていたというのが開戦の理由だった。言ってしまえば難癖であり、皇国の謀略である可能性が高いが大義名分というものは得てしてでっちあげるものであるとアイザックは言っていた。

 最も皇国が王国に戦争を吹っ掛けるのは寒冷地である皇国は肥沃である王国の土地を狙っているということ。五十年近く前に占領していた北部辺境領の再征服活動という過去の栄光に囚われてのことだとも言っている。

 

「だがなぁ、上は信じんぞ。敵魔術騎士二名をそこの兵卒が殺したなどと……」

 

 アイザックの上官。第四騎士団第一一中隊の中隊長バーソロミュー・リンドバーグ卿は訝し気に敵魔術騎士を討ち取ったレギンを見る。

 

「ですが考えて見てくださいよ中隊長。この俺が、敵の魔術師を殺せたと本当に思うんですか? 俺これでも王立学院で133席だった男っすよ」

 

 自信をもっていうことではないかもしれないが、アイザックの言葉はある意味では正鵠を得ている。

 アイザックは決して一級線の人材ではない。王立学院では中の下の成績。騎士としては一級半程度であり、優秀な人材はこの北部で土に還ったか、兵部省で事務作業をしているかどうかというものだ。

 

「だがお前は貴族で多少なりとも水魔術が使える。上が信用するのは貴族であり、貴公だ。正直は美徳であるが、上は下に媚びている卑しい男だとか部下の功績を自分の功績にしないことにメリットがないという理由で貴公を怪しむぞ」

「そいつら性格ひねくれてるんじゃないんですか?」

 

 リンドバーグはため息を吐く。

 

「今の言葉は聞かなかったことにする。上層部は貴公ら『狂奔小隊』の活躍に期待しているのだ。消耗率も低く、何より確実に成果を挙げる卿らをな。自分も戦友として卿らの活躍ぶりには誇りに思っている。……ドノヴァン。卿は情に厚く、部下をよく統率し信頼も厚い。騎士として立派であるが、騎士であるならばこそ、部下とは関わりすぎるな……彼らは我々とは違うのだから」

 

 この時、リンドバーグは何をもって、私たちと自分らは違うと言ったのか。

 生まれか、育ちか、それとも立場か……兵士である私たちが消耗品であるかのように言うその態度が少しだけムカついたのは確かだった。

 

「俺は人間です」

「……」

「彼らも人間です。――羊皮紙に書かれた、ただの数じゃあないんですよ」

「……そうか」

 

 リンドバーグは何も言わなかった。呆れたのか、それとも敢えて何も言わなかったのか。

 その答えは彼の心中にしかないが、アイザックの中隊への報告は終わったと言える。

 

「腹減ったなぁ、飯食うか!」

 

 いつも通りの日々だった。

 いつも通り出撃して、いつも通り人を殺して、いつも通り死んだ戦友を弔って、そして最後にいつも通りに飯を食う。

 心地の良い地獄だった。

 

 人間は慣れるものだ。

 人を殺すことに、殺意をぶつけられることに、激戦区を走り回ることにも不思議と慣れてしまう。

 

 そして人間は慣れてしまう時が一番大きな失敗をするときなのだ。

 

 その日はいつもより慌ただしかった。時刻は夜明け前の三時頃だった。

 パチパチと篝火にくべられた薪が鳴る真っ暗な夜の帳の中。一際大きな天幕を潜り抜ける。

 

「第一一二小隊隊長アイザック・ドノヴァンです」

 

 ずらりと並ぶのはアイザックが属する第四騎士団第一一中隊所属の面々。

 

「よし、全員揃ったな。火急の用件故に手短に話す」

 

 鋭い目付きをしたバーソロミュー・リンドバーグ中隊長はアイザックとその従卒としてついてきた私を一瞥すると卓上に広げられた地図を指しながら説明する。

 

「本日2時頃、トラキア基地が陥落した」

 

 北部戦線における戦いの主戦場は二つに分けられる。

 北部辺境伯領であるゴーア辺境伯があるダマスクス地方であり、もうひとつは山間地帯を抜け、北部平原の最前線であり、防衛の要衝を兼ねるアルバトロス要塞だ。

 

 ダマスクス地方には北部諸侯連合軍、第七騎士団、第一騎士団、騎士団総団本部があり、アルバトロス要塞周辺には北部方面軍司令部。駐屯騎士団、第四騎士団、第六騎士団が要衝を固める。

 

 平野部での開戦の多いダマスクス地方に比べ、アルバトロス要塞周辺は山間地帯であり、どうしても大軍での会戦より少数精鋭の散兵戦術や要塞戦がメインだ。

 

 アルバトロス要塞には北部方面軍司令ケヴィン・オーガスタス・サリヴァンが詰め。アルバトロス付近を固める前線基地であるトラキアには第四騎士団団長ジェームズ・ウィンストン・レイが最前線のファルカシュ基地には第六騎士団団長アーネスト・カークライトが詰めて遊撃の独立部隊が山間部での小競り合いを繰り返している。

 

「トラキアが陥落したのですか!?」

 

 信じられないといった様子で小太りで若手そうな小隊長――第一一三小隊隊長マイケル・ブラッドジョーが目を見開く。

 

「陥落と言うよりも放棄が正しい。詳細は知らんが確かなのは最前線ファルカシュと本隊が詰めるアルバトロス要塞の中継地であるトラキアが使い物にならなくなったのが問題だ」

 

 トラキア基地は前線基地ということもあったが何より重要なのはアルバトロス要塞とファルカシュ基地を結ぶ中継地であったことだ。情報や補給、援軍などトラキアが陥落したことでファルカシュとアルバトロスとの連絡が断絶した。

 このまま手をこまねいていれば最前線であるファルカシュ基地が陥落しかねない。

 

「レイ騎士団長の消息は不明。我ら第一一中隊は孤立している」

「第一大隊との連絡は?」

「第一大隊のアーバイン大隊長は無事だ。レイ騎士団長との連絡が途絶え、副騎士団長との連絡が付かない現状、我らの最先任指揮官は大隊長だ。彼の命令に従う」

 

 年老いた老小隊長――一一四小隊隊長アベルの指摘にリンドバーグは答える。大隊長との連絡がついているという僅かな希望に小隊長たちの顔はにわかに明るみを帯びた。

 

「基地の奪還は?」

「中隊兵力は現状200名前後。第一大隊との合流がまだな現状、小官は無謀な戦いを強いるほど人でなしではない」

 

 浅黒い肌の小隊長――第一一一小隊隊長トラヴィス・ペラムの好戦的な言い分は却下される。軍を率いる以上、乾坤一擲より安定と確実さこそが第一である。用兵の教科書通りといった保守的なリンドバーグに部下を死地に向かわせるほどの勇敢さはなかった。

 

「アルディージャまで退き、第一大隊との合流を図る」

 

 トラキアとファルカシュの間にあるアルディージャ山。第一一中隊は第四騎士団第一大隊との合流を目指し、行動を始めた。

 

 迅速な行動が功を奏したのか、第一一中隊は落伍者なく、合流地点に辿り着いた。

 空が白み始め、太陽が顔を出す。一昼夜休むことない行軍は部隊にとって多大な疲労であるが、死ぬよりかマシ。その一心だったのだろう。座り込んだまま眠る兵士たちがあちこちに見受けられた。

 

「これからどーなるんだろうなぁ」

 

 どうにも張り詰めた緊張感の中、能天気そうなレギンの発言ほど有り難いことはない。

 

「順当に考えればファルカシュかアルバトロスまで退くことになるだろうね。距離を踏まえるならファルカシュが妥当だが、安全や補給を考えるならアルバトロスまで行けたら最善だろう」

「行きはよいよい、帰りは怖いって奴だな。ナハハハハハッ!」

 

 耳に響くアイザックの高笑いは、微睡みの中にいた兵士達の意識を覚醒させ、鬱陶しそうに無言で反抗的な視線を送った。

 

「第一大隊の大隊長は切れ者で有名だが、如何せん実戦経験は薄い。功を焦るほど能無しじゃ無いだろうし、勝算の薄い戦いを強いる人間じゃあ無い筈だ」

「大隊長は安全策を取ると?」

「俺みてぇな人間は戦場で功績を積まなきゃ出世出来んような出来損ないだ。出世できる人間ってのは戦争なんて行かなくても出世出来るやつさ。アーバイン大隊長や連絡のとれんベイズ副団長はそういう手合いで俺やリンドバーグ中隊長は命かけなきゃ出世もままならん武辺者よ」

 

 アイザックは自分を揶揄するようにそう言った。

 

「あのクインシー・ベイズを比較に出すなら誰だって出来損ないでしょう。正直、連絡がとれない時点であの人の生死は絶望的です」

「……そうだな。民兵は兎も角、士官たちの士気は正直低い。俺たちが常に情報のアドバンテージを取れてたのは副団長の力あってのことだ」

 

 第四騎士団副団長クインシー・ベイズと言えば、魔術騎士出身の騎士であるが、彼が持つ魔法は希少属性に位置する音魔法だった。

 魔術の世界で尊ばれるのは基礎四属性と言われる火、風、水、土であり、それらに属さない、或いは複合型である属性は希少属性と言われる。

 基礎四属性が有利な理由は単純にその属性を持つものが多いこと。各属性の教育ノウハウや扱い、研究が進んでることがあげられる。

 対して希少属性はそういったノウハウが有ることは希であり、同時に属性が同じであれば代替え可能な四属性と比べオンリーワンであるため自分の属性の研究はあくまで自分自身にしか作用されない。当然、自分が死ねば次に自分と同じ属性を持つものが生まれるかは未定になる。その間に研究成果が失伝することなどざらである。

 

 クインシー・ベイズは音魔法から戦場を変えるほどの大発明とされる風魔法『通信』を発明、汎用化(デチューン)させた天才だった。

 各戦域の情報の取り纏めを必須とする幕僚職の誕生や、散兵戦術や緻密な連携を可能とし、戦術の常識を変えたとまで言われる。

 

 本来であるならば、このような戦場に来るべきではないのだ。騎士団としても後方で魔術研究をしてもらった方がよほど国益に適う存在と言える。

 

「言っちゃあ悪いが、レイ団長やアーバイン大隊長の代わりになれる人間は居るだろうさ。けどベイズ副団長の代わりになれる人材はいない。……これから彼の代わりになれる人材を作れる筈だった」

 

 人間は誰かの代わりになれないと言うこともある。だが、国家にとっては違う。軍、官僚、国王。彼らは代替え可能な存在でなければならない。ただ一人の優秀な人間で、天才で、替えが聞かない存在を容認して。その存在が欠け落ちた瞬間に滅びるような組織はあってはならないのだ。

 

「アンメルツ・ドーソンでしたっけ?」

「アンセルム・ドーソンだよ。『組織論』ってやつさ。学院じゃあ必読されるほどの名著らしいぜ? もっとも俺、そんなに内容覚えてねぇけどな!」

 

 豪快にアイザックは笑う。

 王国の天才アンセルム・ドーソン侯爵の名著『組織論』は王立学院において教科書に準じ、王国改革派の聖書(バイブル)として名高い。

 

「アイザックって勉強しろっていう割りにはあんまりそういうの得意じゃねぇんだな」

「ナハハハハハッ!! いやぁ、だって俺。学院ってのはうめぇ飯食うところだとしか思ってなかったからな!」

 

 アイザックは舌を出しておどける。

 貴族と言うのはもっと傲慢だったり、びっくりするほど優秀だったりと思っていたが。基本的にアイザックにはそう言ったイメージは通用しない。どちらかというと民兵の視点に近いものを感じさせる男だった。

 

「ただ、まあ。通ってた時は面倒としか思ってなかったが、これが卒業するともっと勉強すりゃ良かったなぁって思うときがよくあるんだ」

 

 しみじみとアイザックは憂う様に語り出す。

 

「もっと上手くやれたんじゃないか。もっとどうにか出来たんじゃないかって。部下を失う度に、いつもいつも後悔する。自分の無能さが、浅学非才に腹が立つ」

 

 軍という組織は替えが聞く。末端である兵士ほど替えの聞く存在は無いだろう。

 今まで死んだ兵士の数は数知れず。補充した傍からどんどん死んでいく。私たちが古参の兵士として扱われる時点でその悲惨さは見てとれると言えるだろう。

 

「まあ、最も勉強したところでそれが上手くいく試しがあるかどうかは知らねぇけどな!!」

「おい」

「いやぁ、だって俺、考えちまうより体が勝手にうごいちまう手合いでよぉ……」

 

 台無しだよ、いろんな意味で台無しだよ。

 

「戦争を体験して解った。俺ぁ……騎士にはとんと向かねぇってな」

「いやいや、アイザックはいい隊長だぜ?」

 

 自嘲するアイザックにレギンはフォローをする。

 正直なところを言えば私も同感だった。貧民窟育ちの私たちに対する偏見もなく、部隊の隊員に対する心配りに篤い仁義を備えた武人である彼を騎士に向いていないと誰が言えよう。

 それでも彼は静かに首を横に振る。

 

「俺はせいぜい小隊長か出来ても中隊長ぐらいの人間に過ぎんさ。大隊長となれば暴力よりも頭のキレや長期的な計画能力、何より部下がどれだけ死のうが冷静に作戦を遂行させ、感情と合理性を切り分けなきゃならん。――俺にはそれができん」

「えーっと……」

「要は、偉くなったら騎士は戦場に行くことは稀になるって話だ。部隊運用・教育・作戦立案・治安維持・軍内政治に外局との交渉。そんなもんじゃねぇかな」

 

 兵士の仕事は敵を殺すことだ。だからその上官である騎士の仕事もそう変わらない。

 そんな風に思っていた私にとって当時のアイザックの言葉は難解であり受け入れがたいものであったことは確かだ。

 

「隊長は学院に通っているときに決死隊になることを予測してましたか?」

「無いな。精々駐屯騎士の警邏にでもなるのかと思ってたな」

「ですが隊長は立派に小隊の任を勤めています。なんでもやってみなければわからないのでは?」

 

 驚くほど、すらりと出てきた。無意識のことであったが今思えば生来私と言う人間は人間の機微を察して状況に応じた媚びを売ることが得意だったのだろう。流石は一時期、淫売として売られかけた女だと言える。

 

「いやでも、俺そんなに成績よくねぇしなぁ……」

「俺も馬鹿だからよくわかんねぇけどよぉ。アイザックの口ぶりだと騎士の中の騎士ってのは戦場を知らないまま出世するんだろ? 俺は上官を選ぶならそんな奴よりも俺たちと同じ景色を見てくれるアイザックに上官になってもらいたいぜ?」

 

 困り顔で頭を掻くアイザックにレギンは自分なりの言葉をかける。

 

「アイザックは甘いけど、人間なんだ。甘くたっていいじゃないか。辛く、厳しく、哀しいことだけが全部じゃない」

 

 レギンは強い。けれど決して人間の弱さを否定しない。

 

「辛いだけより、厳しいだけより。優しい世界があったっていいじゃんか」

 

 レギンは心の底から屈託の無い笑顔を見せる。

 

「……なんか、ダセェな俺。部下に、しかも年下に諭されるなんて」

「良いじゃないですか、不恰好。完璧であるよりも親近感がありますから」

「高値の花より、食える雑草だな。俺もそっちが好きだ」

「なるほど、おめぇら例えの天才だよ。ナハハッ!」

 

 私たちはそうやって束の間の談笑を楽しむ

 

「それに私は隊長には出世してほしいです。貴方に寄生して甘い蜜を吸いたいですから」

「いや、ひでーなぁおい!!」

 

 アイザックは腹を抱えて笑う。レギンもそして私もきっと笑ってた。

 

 数日後、第一一中隊。並びに第一一二小隊はアルディージャ撤退戦において半壊。

 第一一二小隊隊長アイザック・ドノヴァンは還らぬ人となった。


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