斯くして、パワハラ敗北幼馴染みは勝利した。 作:ドモヴォーイ
王国暦192年 西部農業都市カルカ
レギナルド・カーチス。年齢26歳、15歳で志願兵として王皇戦争の最前線である北部前線に兵士として戦地に赴く。
戦時中に第一一二小隊隊長の戦死により第一一二小隊小隊長代理として戦時任官。
魔術師12名、皇国騎士大隊長六名、皇国軍総大将エゼルバート・タウンゼント伯爵を討ち取る功績を残し、『
その圧倒的戦果により王皇戦争の和睦後、北部皇国残党軍の残党狩りの為留任し、北部方面軍二二一小隊の小隊長となる。
その後東部方面軍にて小隊長としてカフ族の反乱や、南部海洋艦隊との合同作戦として海賊島の鎮圧など王国の諸問題に対する火消し屋として活躍する。
これらの功績により騎士中隊長位を得て貴族家として陞爵。一代貴族カーチス家の当主となる。その後中央駐屯騎士団にて組織犯罪対策本部に異動。本部長カサンドラ・ドノヴァンの指揮の下、王都貧民窟の強制摘発により王国の反社会組織の徹底排除を行い、国際指名手配犯である『共和制信者』ロデリック・ハート。『殺人義賊』アマディオ・ロージングレイヴ。『千枚舌』のマルコムを捕縛するなど活躍する。
捜査本部解散後、王国大隊長位を得て、西部方面軍第四大隊の大隊長となるが西部領邦と王国政府との和睦論者として疎まれカルカ基地に左遷される。
「ドノヴァン団長とは真逆ですね。後方でなく前線勤務、実働部隊での功績によって昇進しています」
「レギン――レギナルド・カーチスは強い。それは戦術家としての強さでもなく統率者としての強さではない。圧倒的な武での強さだ」
ただの人間。それも魔力を持たない平民が魔術騎士を殺すことは不意打ちの暗殺者を除けば例はない。
たった15の少年が12名の魔術騎士を殺害したのはそれほどまでに異常であり、彼が英雄足る証ともいえる。
「時にセオ君、レヴァインの
「勿論、王国最大にして最強の敵ですからな」
今より70年以上も昔、堅忍王フレデリック二世の時代に現れた皇国最大にして最強と言われた大将軍ビヴァリー・レヴァイン。
王国では尊敬と畏怖を込めて『王国最大にして最強の敵』と呼ばれる大陸屈指の英雄である。
「北部貴族を壊滅させ、史上初めて王都カムロドゥノンを包囲した男はレヴァインしかおらず、その旗下に集った英傑も綺羅星の如く優れた才覚を持つ英雄だった」
後に皇国三大将軍に数えられる『
「優秀な人間は癖が強い。優秀な人間が発言するときは常に自分にとっての最善が部隊、引いては全体にとっての最善と思いがちだ。ショーン・ザヴィアーはレヴァイン死後に南部総督となった後は独断専行を重ねた。カナリア・オルブライトは優秀な女戦士であり過ぎたせいで部下を疲弊させて敗北した。当時レヴァインの副将として活躍したヘンリー・リー・タウンゼントはレヴァインが英傑軍の指揮権を奪われた結果、この癖のある部下を統率出来なくなって敗北した」
結果を見るにレヴァインほど他者との関係に気を配った将軍は居らず、部隊間の摩擦を最小限に収めさせる天才であったと言える。
「騎士団長に求められるのは強さでも鋭利さでもない。コミュニケーション能力が一番大事と言うわけだ、セオフィラス・ジャッジ。君は頭がよくて他人を見下すことが多々ある。副官や幕僚としては良いかも知れないが指揮官は今のままじゃあ勤まらないね」
「……心に留めておきましょう」
副官のジャッジは何処と無く不満げに返す。
貴族出身の士官にはよくある特徴である。
ごく自然に傲慢であり、自然に他人を見下す。反面育ちが良く、素直で礼儀を心得ているが、振り切れるほどの狂暴性や殺意、外道のような非人道的な作戦には疎い。
基本的に甘く優しく、好意で返せば好意で帰ってくる。部下としては扱いやすく、上司にするには頑固で先例に囚われがちで柔軟性に欠ける。良くも悪くも教科書通りの人間になりがちであり、騎士団内部の中隊長や大隊長の多くはこういった人間か、柔軟過ぎて不正に走るかのどちらかと言えよう。
アーヴィング・ドーソンのように堅物さを貫き通せばそれも一種の武器になるだろうが、ああいう男が量産されればそれはそれで軍としては不適格だろう。
「例外があるのならばそれは余程頭が切れるか、余程の武威を持つかのどちらかしかない。前者はショーン・ザヴィアー。後者は今から会うレギナルド・カーチス他ならない」
皇国の『万人敵』ジョシュア・キース。『シャムロック六聖将』が一人、初代北部辺境伯アドルフ・ゴーア。新月の吸血鬼アンナ。彼らとて真正面からの殺しあいではレギンには勝てない。
彼はそれほどの男なのだから。
カルカは見渡す限りの青々とした小麦畑が広がる農耕都市である。必然的に都市の実力者は農地一帯を治める地主たちになる。
クラーク家、ファーマー家、ガードナー家、ブラウン家。
カルカ一帯の大地主であり、公爵家より無爵位であるもの、当主は末席であるが貴族を兼ねる陪臣であった。
カルカに立て籠るレギンたちの一党との交渉はカルカ基地でなく、カルカの地主の一人であるファーマー家の屋敷で執り行われることであった。
「久しぶりだな、レギン!」
「……あぁ、そうだな」
およそ190は有るかと見える長身に精悍な面構え。黒い短髪に吸い込まれるような翠の瞳。
この世に美という言葉を存在として表すならばそれはレギナルド・カーチスその物であるといっても過言ではない。
「少し、浮かない顔だね。まあ、それも仕方ないか。でも安心してほしい。私の力をもってすれば多少降格するかもしれないが騎士としての復帰だって夢じゃない」
レギンの立場はかなり厳しいものである。
西部方面軍駐屯騎士団カルカ基地司令であったレギンは公爵領に駐屯していたことを踏まえ、公爵家との関わりが深かった。
フィッツジェラルド公襲撃事件の際、紛いなりにもアダム公子が逃げ延びたのはレギンの力あってのことだったのは記憶に新しい。
功罪は確かにある。だが、誤魔化せない範囲ではない。
あのアーバインに借りを作るのは気が進まないが、すでに派閥としてはきっちり組み込まれている身であるのだ。大したデメリットにはならない。
レギンの力はこれからの未来に必要なのだから。
「大丈夫だレギン。私がきっと君を助けて見せる」
かつて君が私を救ってくれたように。彼を助けるのだと。愚かな私はそんな風に勘違いをしていた。
「――悪いが、俺は騎士団に戻るつもりは無い」
「ははッ、騎士として大隊長に先になったのはレギンだけど。この失敗は痛いね。もしかしたら私のほうが正式に騎士団長になりそうだ」
「……カサンドラ、俺は騎士団を抜ける」
「今回の内乱で諸侯領のほとんどが空く分ポストも増える手筈になるだろうね。西部諸侯が補ってきた軍権に統治権も中央政府の大鉈が振るわれる筈だ」
「カサンドラ。話を聞いてくれ」
空耳だ。疲れてるんだ。仕事が溜まってたから、こうしてレギンと会うのも久し振りなぐらいに働いてたから。
だからそんな風に勘違いしたんだろう。そうに違いない。
「多少後ろ暗い奴でも使わざるを得ない。西部諸侯には詰め腹を切らせる必要があるけど、兵士は別だ。おそらくそのまま駐屯部隊に編入されるだろうね。内乱である程度の騎士たちの階級を上げなければならないし、新人たちを指導するのは大変な困難になる。経験豊富で実績のある大隊長格の人間になればそれは重宝される筈だよ。うん、そうだ。そのときは力を貸してほしい。私はわりと主流派から使える女だと言われてるようでね。信頼できる部下はできるだけ側で支えてほしいんだ! レギン、君のことだよ! あははッ、君をこうやって口説くのってなんだか気恥ずかしいけれど。紛れもない私の本心さ。ポストもそれなりのが提示されるはずさ。むしろ私ぐらいなら上に掛け合えば花形部署の役職をくれるかもしれない。さすがに方面軍司令官職は無理だろうけど……うん、正規騎士団なら任命してくれるはずさ。どの騎士団がいいかな? やっぱりよくも悪くも思い出深い第四騎士団なら――」
「――カサンドラ、俺たちはここでお別れだ」
「……?」
なんで? なんでそんなことを言うのだろう。
脳が理解を拒む。耳が彼の言葉を拒む。視界には苦渋の顔を浮かべる彼の表情があることを拒む。
「俺は、騎士団の正義に納得できない」
「レギン、騎士団は正義だよ。だって勝ってる」
歴史とは常に勝者が作り上げるものだ。
虚飾に彩られていようが、都合のいい文字の羅列であろうが、勝者だけが大義と言うものを押し通すことができる。
「カサンドラ、俺は正しくありたいんだ」
「だったら騎士団にいるといい。それが正しい選択だ」
「カサンドラ、俺は真っ当でありたいんだ」
「騎士は真っ当な仕事だ。国に認められた素晴らしい職務だとも」
「カサンドラ、俺は俺自身に胸を張りたいんだ」
「張ったらいいさ、でもそれは騎士を辞めなきゃできないことなのか?」
「――そうだ、そうしなければ俺は俺を裏切ることになる」
わからない。私はレギンの言っていることが何一つとして理解できなかった。
「俺は、この国が正しいとは思えない」
「危険な考えだ」
共和論者にでもたぶらかされたかの様な言葉をレギンは紡ぐ。
「笑ってくれカサンドラ。俺は、毎日こつこつと自分に胸を張って生きれば。それだけで世界は少しずつ変われると思ってたんだ」
だったらそうしたらいいじゃないか。それがレギンだろう。誰よりも直向きで誰よりも優しくて、誰よりも暖かい。太陽のような君は騎士としてまさに象徴的であるのだから。
「変わってるさ。世界は少しずついい方向に変わっている」
「変わってないさ。少なくとも世界はなにも変わっていない」
君は美しいままで有るべきだ。
君は輝かしいままで有るべきだ。
君は君のままで有るべきだ。
「アイザックの言葉を覚えているか? あの人は俺たちに世界を知れと言った」
「ああ、そうだね。いろんなことを知って、食べて。世界を見るべきだといったね」
「当時の俺たちは何も知らなかった。貧民窟の無知でどこにでもいるような餓鬼でしかない。どうしてこんな戦争が起こったのか、どうしたら止めることが出来るのか、どうしたら終わらせることが出来るのかなんてなにもわからなかった」
私たちは無知であった。世界の広さを知らない。この大きな世界で戦うにはどうすればよいのかすらわからないほどに。
「カサンドラ。俺はな、ずっと不満だった。どうしてみんなバタバタ死んでいくのか。どうしてみんな腹を空かせなきゃならないのか。あの狭く薄暗い世界と表の煌びやかな世界の何が違うのかって。カサンドラ、俺はみんなが腹いっぱいとまでは言わねぇ――ただ、飢えることのない易しい世界が欲しい」
その手はいつも暖かかった。彼の言葉は何時だって希望と慈愛に溢れていた。
そしてそんな世界を君と一緒に見たいと思った。
「――人間が人間として暮らせる世界に。真っ当な人間が真っ当に評価される世界に。そんな理想に向かって俺は走り続けてきた」
「うん、知ってる。私もそんな世界に生きたいって思ったから」
「……じゃあなんで、お前はなにも知らないような振りをし続けているんだ?」
鋭い視線が刺すように私を見つめる。宝石のような翠眼には不信の色があった。
「ジョセフ・ヒューム。ジャネット・アドラム。フランクリン・カーライル。パーシヴァル・ゲイツ。覚えているか?」
レギンが述べた名前には聞き覚えがあった。
「駐屯騎士団時代の部下だったかな」
「ヒュームとアドラムはそうだった。あの貧民窟の摘発で殉職した俺たちの同僚だ。カーライルとゲイツはな、『
「彼らがどうかしたのかい?」
「不思議だったんだ。どうして捜査本部はあんな中途半端な時期で解散したのか。たしかに国際指名手配犯や非合法な人身売買組織に麻薬密売組織の摘発は成功したさ。なにより……」
「――あのまま続けていれば『
レギンは首肯する。
「たしかにその可能性は有るかもしれない。だが、今となっては仮定の話じゃないか」
「俺は違うと思う。潰せなかったんじゃない。潰さない理由があったんだと思う。なあ、カサンドラ。お前気付いてるんだろ。『
「……」
「俺が気付けたんだ。お前が気付かねぇ筈がない。いや、むしろ騎士をの中枢にいるお前のほうが知っているはずなんだ。知っていて、見ない振りをしてるんじゃないのか?」
違うよレギン。それは違う。
「俺が西部の駐屯騎士団に飛ばされた後、西部駐屯騎士団は末端部隊から徐々に麻薬漬けにされていった。駐屯騎士団が機能不全に陥るのは時間の問題だった」
レギン。私は気付いてない振りをしていたんじゃない。
「その後に中央政府と西部貴族が険悪になった。最初は諸侯の阿呆がやってるのかと思ったがそうじゃない。薬物の流れは南部商人や中央から派遣される輜重兵部隊から流されていた」
そして、見ない振りをしていた訳じゃない。
「先代の輜重兵総監はダグラス・レナード・アーバイン。お前の上官だ。おそらく『
なにせ――
「間違った方法で国を変えて、そんなことに意味なんてあるのか?」
「――フフッ、レギン落ち着きなよ。ねぇレギン。君は正気じゃない。きっと疲れてるんだ」
だからそんなことを言わないでほしい。
お願いだから。お願いだから……。
「俺はここに、カルカ自由騎士同盟の発足を宣言するつもりだ。混乱する西部に自警組織を誕生させ、この地の麻薬を撲滅する。そのために俺たちは騎士団を除隊する」
──私を置いて行かないで。
愚かな女だ。カサンドラ・ドノヴァン。
策士策に溺れるとはまさにこのことと言えよう。
「終わらせたいんだ、悲劇を。ただ苦しみの中にいる人たちを助けたいんだ」
誰よりも近くにいた筈の彼が、どうしてこれ程までに遠くにいるのだろうか。
王国暦186年 王国南部海洋沖
──サディアス・リッジウェイという男がいた。
彼は王国南部領主貴族リッジウェイ伯爵家の分家であるエイムズ=リッジウェイ家の嫡子として誕生。本家であるリッジウェイ伯爵家の従属貴族として港湾の管理や整備、海商との折衝など外交的役割を持つ家中随一の実力者であり一門衆であった。
家格で言えば一門筆頭に準じ、家政の中枢に食い込む宿老格といえよう。
そも、リッジウェイ伯爵家とはなにか。貴族の家祖は主に領地の地主や豪族、あるいは王家の庶流や中央貴族の赴任などであるが、南部領主貴族──特に港湾地帯に領地を持つ貴族は経路が違う。
リッジウェイ家の家祖アンドレアスは海賊であったとされる。
雄大な海原を突き進む船。前髪が潮風でベタつく少々の不快感を滲ませながら私は本土の先にあるとある島を目指していた。
そこは南部貴族リッジウェイ家の所有する孤島の一つであった。
私領故に国家の介入が制限され一種の治外法権化したその孤島にこそ、私の目的があった。
リッジウェイ伯爵が分家当主サディアス・リッジウェイは反社会組織並びに禁制品の密輸や違法の人身売買を行ってきたことにより投獄。本人は獄中死を遂げ、爵位の剥奪、私領である孤島の召し上げ、そしてリッジウェイ伯爵家本家の監督不届きによる始末として当主の隠居と今後の交易に関して監査役が付くこととなった。
サディアスやその一党に対しては重く、本家であるリッジウェイ伯爵家に対しては比較的軽い処置で此度の判決は下された。
「見えてきたわね……」
海原を越え、孤島が見えてくる。無人の整備された船着き場には存在しないはずの人間の姿があった。
東部異民族を代表するかのような獣の耳の生えた子供や南大陸出身と思われる黒い肌の男など我々の住む国とあまりにも異なる人種のそれはひと目見てわかるほどにこの商売の後ろ暗さを証明するかのようであった。
「お疲れさまです。隊長」
船を港に着け、左手で逆敬礼をする中年の男。草臥れた長袖のシャツは風で靡き右手の部分は肩から下は切断されていた。
「具合はどうかしら? ダリル」
「はっ、順調であります」
北部前線において五体満足で帰れた者は稀だ。特に狂奔部隊とまで言われた旧一一二小隊は特に顕著と言えるだろう。
ダリルは小隊に二年在籍した元囚人の恩赦組である。
王皇戦争の後に兵士としての活躍によって罪を雪ぎ娑婆に出たは良いものの、片腕を無くしたダリルに与えられた仕事は無かった。窃盗を繰り返し、居場所を変え、そうして最後にこの南部に辿り着いた。
「顔色も良くなった。元気そうじゃないか」
「隊長のお陰です。本当になんといっていいか……」
恩がある、情がある。そして何より利がある。
ダリルにはここ以外の居場所はなく、戦時から染み付いた上下関係もある。
私にとっては誰よりも最適な手駒であり、決して裏切ることのできない男であった。
「だが、使い過ぎには注意しろ。過剰に使えば毒になる」
「はい……」
ダリルはやや困ったような表情を浮かべる。夜な夜な幻痛に悩まされるダリルにとって麻薬は酒に変わる代替え手段であった。
裏切らないでほしいだけで壊したくはないのだが、薬を併用した関係というのも困りものというわけである。
船着き場を越え、山中をかき分けるとそこには一定の感覚で植えられた同一の植物があった。
「……素晴らしい」
花は枯れ、一面には緑色の膨らんだ実をつけた植物──芥子が一面に広がる。
「ふ……ふふっ、あははははははっ!」
これこそが私が求めていたもの。緑色に輝く黄金の畑であった。
王国暦192年 旧クレイトン伯爵領オリュザス
西部諸侯の一角クレイトン伯爵家が領する大穀倉地帯オリュザスは主に麦を中核とする大農地が広がる西部の食料庫である。
西部諸侯軍においてここを奪われるということはまさに喉元に剣を突きつけられることと同義であり、西部諸侯の結束は水盆をひっくり返した如く飛散していく一方であった。
──不満である。
そう言わざるを得ない。元々クレイトン伯爵家はハーグリーブス侯爵家から来た夫人とその側近グループからなる女伯派と旧来のクレイトン伯爵家に仕えてきた旧臣派による水面下の争いがあった。
どこの世界でもそうだが、人間は自分の領分に土足で踏み込まれることを嫌う。旧臣たちからすれば諸侯盟主格の家出身の夫人とはいえクレイトン家直系の血を引かぬ彼女を鬱陶しがる気持ちもあったのだろう。
それに加えて今度の反乱となってしまえばハーグリーブス侯爵家に近いクレイトン伯爵家は同様に取り潰されかねない。そういった懸念もあったのだろう。
先代クレイトン伯爵と夫人の息子である幼君を当主に建てることを引き換えに旧臣派は王政府側へ寝返った。
「良くやったドノヴァン。オリュザスを苦労せずに手に入れたことは百の戦果に勝るものだ」
「有難きお言葉です」
「くくくっ、コーウェンやペラムはこういうのにはとんと向かんからな。もっともその分戦場では頼りになるが其れだけだ……」
贅沢な悩みだと、私は不満を隠しながらひとりごちる。
「……しかし、厄介なことも残っております」
「自由騎士同盟か……我が国きってのスキャンダルだな」
旧西部駐屯騎士団団員約300が脱走し元王国騎士レギナルド・カーチスのもと自警組織カルカ自由騎士同盟と名を改めた。
「由々しき問題だ。兵士もそうだが半ば中央政府から見捨てられかけてたといえ現役の王国騎士──それも大隊長クラスの人材が唆したのが問題だろう……下手をすれば軍の秩序・忠誠心に関わりかねん」
「……」
ここに至って、レギンの騎士復帰は絶望的なものとなった。西部諸侯の反乱があるためそちらに目を向けていられないが、部隊脱走による教唆や共謀罪などがレギンには当てはまる。
駐屯騎士を率いる身として、取り締まらなければならない立場であるのだ。
「いずれ始末をつけねばならん……わかってるな」
「はっ……」
規模としてはやや大きめの独立中隊程度の規模であるが彼の人望か或いは西部駐屯騎士内部でも危機感があったのか比較的まともと言える人物が揃っている。
こちらで確認が取れている者でもレギン以外には元中隊長3名、小隊長が8名ほどカルカ自由騎士同盟に参画している。
敵でなければ味方でもない。
自由騎士同盟内部においても西部諸侯側は泥舟でありこれに与する動きは無くとも王国側であるとも言い難く、なにより新しくフィッツジェラルド公爵となり家督を継いだアダム・フィッツジェラルドによる庇護を受けることとなった。
大義においてフィッツジェラルド公爵家の名前は大きい。西部領邦の纏め役として代々務めてきたフィッツジェラルドの後ろ盾により私達が行う調略工作も随分と楽になったほどである。
しかし、名分があれど内乱による人的被害と治安の悪化に対する対策は急務だ。
ここで登場したのがレギン率いる自由騎士同盟だった。
一言で言うのなら自由騎士同盟は有償で街の治安や犯罪者を取り締まる自警組織と言っていいだろう。
駐屯騎士団出身という治安管理のノウハウや情報収集、捜査。他組織の潜入など半ば探偵紛いのことをしながら雇い主、或いは騎士団に情報を流す。
元々は西部領邦との深い地縁・血縁的な繋がりを持つのが地方の駐屯騎士団である。農民や商人に限らず元貴族や豪商、地主出身の子息など小隊長クラスに多く在籍している。
第一次遠征において西部駐屯騎士団の士気が低いのも当然だ。後方に移すならまだしもキャベンディッシュは前線にこれらを出した。その結果がろくに戦うことなく前線から退くハメになったのだから。前西部駐屯騎士団長が自裁する訳だろう、情けないったらありゃしない。プライドの高い人間ほど恥をかくのを嫌うものでもあるからだ。
「……」
オリュザス城の遠征軍執務室を出て荘厳なる白亜の大理石で出来た回廊を進む。
──どうしてこんなことになってしまったのだろう。
ずっとついていくものとばかり思っていた。追いつきたいと、そばに居たいと願い続けて……。
あの日、私はレギンに救われたのだから。ずっと昔から何度も、何度も。
カビの生えたパンの味を覚えている。涙がこぼれそうなほど暖かかったと。
暗闇の底から手を引かれたことを覚えている。彼の笑顔が眩いほどに煌めいていて何よりも美しいものを見たこと。
血と骸のまみれた戦場を覚えている。絶望を切り裂いて誰よりも先を駆け抜けた英雄の姿を私は何よりも誇らしいと感じていた。
──取り戻したい。
あの日の栄光を取り戻したい。彼の笑顔を取り戻したい。夢を取り戻したい。
私は未だに彼を諦めきれない。
──考えろ、カサンドラ・ドノヴァン。
私の手札には何があるのかを……。