斯くして、パワハラ敗北幼馴染みは勝利した。 作:ドモヴォーイ
王国暦193年 旧ハーグリーブス侯爵領ケテル
昨年より始まった西部領邦の反乱は第一次遠征軍の敗北から一転して騎士団総副団長ダグラス・レナード・アーバインの指揮のもとイャンドゥルマ会戦の勝利、オトリュス解放、オリュザス陥落を経て最終的にハーグリーブス侯爵ウィルフレッドの降伏により西部領邦の反乱は鎮圧された。
首謀者である侯爵家当主ウィルフレッド・ハーグリーブスは王都に護送され処刑。その一族も同様に処刑、収監、貴族位の剥奪が成されハーグリーブス一門は没落した。
今回の遠征により多くの西部領邦が取り潰され、空いた穴には宮廷の文武官が代官として配属され統治を行うものとなっている。
西部方面軍副司令官兼ケテル管区長。それが今の私の役職である。
西部領邦は大まかに分けて一〇の管区が敷かれ、文官では部局クラスの官僚貴族。軍では団長クラスの将軍が一つの管区を統治し、その上に全ての管区を監督し、適切な運営を行うよう指導する西部総督が置かれた。
西部総督には元刑部省出身のエドワード・マクレガー・クック伯爵が着任。西部副総督には方面軍司令官を兼ねるエルバート・コーウェン将軍が任じられた。
騎士団内部においても大幅な人事の刷新と政治の世界に深く切り込んだ国策事業。減った分の領地貴族の土地に対して増える官僚たちのポスト。王都の宮廷貴族はまさに我が世の春を謳歌していたといっていいだろう。
「なにっ!! 攻勢をすべきでないというのかッ!!」
白髪が混じった黒髪の初老の将軍は吼えた。
エルバート・コーウェンは確かに優秀な人間だった。
先の内乱の英雄でありイャンドゥルマ会戦において別働隊を指揮。会戦にて正面を担ったアーバイン副総団長や第一〇騎士団団長トラヴィス・ペラムの粘りも一等の功績と言えるが勝利を確信させたのはコーウェン将軍による側面からの奇襲攻撃と言えるだろう。
「放置一択でしょう。西部の不安要素であるのは確かですが、それよりもインフラ整備と経済の立て直しが先決です」
背が低く小太り。申し訳程度の毛髪は赤い少壮の男。それがクック伯爵だった。
「しかし、放置していては厄介なことになりかねんぞ!!」
エルバート・コーウェンは決断力があり果敢な男だ。優柔不断と言う言葉を憎み即断即決を座右の銘とするこの将軍は戦場においては無類の強さを発揮した。
しかし、こと政治の場においては視野が狭く。武断に走りやすいのは欠点となり得る。騎士としての長所は宮廷貴族の短所となり、宮廷貴族の長所は騎士としての短所になり得る。
単純な問題には強いが複雑な問題は弱い。コーウェン将軍は悪い意味でお手本通りの人間とも言える。
同時に確信する。あれほど戦場で頼りになった男が西部総督でなく副総督であり上に文官が当てられたのかを。
「自由騎士同盟を名乗る脱走兵を見逃しては騎士団の統率に関わるのみならず、西部領民からの支持を獲得すれば泥沼の戦いになりかねませんぞ!!」
コーウェン将軍の言い分もわからないでもない。要は勢力が小さいうちに叩いておく。兵は拙速を尊ぶという観点からすれば妥当な判断だろう。
「いいではないか、テロリストと言う訳でもないのなら弾圧する必要は薄かろう。寧ろこちらの目の届かないところを分担させれば復興も速く進む。適材適所と行くべきであろう」
しかし政治としては利用したほうがメリットは大きい。場合によっては事後追認による退役元騎士として利用することも厭わない。また、声望高まる軍の数少ない失点ということを踏まえれば利用しない手はないのだ。
文と武。協力しあっているように見えるが水面下ではお互いの領分を守ろうと必死なのだ。
「──ドノヴァン! 貴様はどう思う!!」
「私はクック総督の言に賛成です」
コーウェン将軍からすれば味方になってほしかったのだろうが、ここは諫言の一手だ。総督であるクック伯爵もしたり顔である。
意見が割れるときは基本的に私はクック案、或いは折衷案を提示するだけで必ずしもコーウェン将軍の意見には無条件では従わない。抗命と取られかねないが管区を束ねる身としては意見具申をせずにイエスマンしかできないほうがもっと危険である。
「ドノヴァンッ!!」
「西部諸侯の残党はまだ隠れ潜んでいます。臣民を根切にして入植させるなら別ですが、こちらに悪感情はあれど王国臣民というアイデンティティを確立している武装勢力を敵に回すのは危険です。確かに旧諸侯残党の兵隊が自由騎士同盟に合流する可能性もあるでしょう。そういう意味では戦力の増強は小官も頷く所存です。ですがそのデメリットを飲んで余りあるメリットがあることも事実です」
「ぐっ――ぬぅッ……!!」
怒りを堪えるかのように青筋をたて、眉に皺を寄せながらコーウェン将軍は不満を飲み込む。
ちゃんとわかっているし、やり込められても罵詈雑言を言わない時点で立派な人だろう。女性に対する蔑視もない。
だが、ここで将軍と意見を合わせるのは百害あって一利ないのは確かだ。
苦しかろう、辛かろう。分かってもらえないというのは本当に辛い。レギンと決別してその想いは私にもよくわかる。
「……感謝するドノヴァン卿。占領地で泥沼のゲリラ戦など考えたくもない」
「いえ、それ程でもありません。コーウェン将軍もいずれ分かってくれる筈でしょう」
コーウェン将軍が部屋を出ていった後、私はクック総督と言葉を交わす。
「で、あるといいのだがな……私は宮廷の盆暗貴族だ。流石に強面の猛将と一人対面して話せるほど肝は太くない……」
本当に盆暗なら総督の地位になどつけようはずもあるまい。しかも派閥を超えて任命されるほどだ。クック伯の自己評価など宛てにならない。
「ならば、少しづつ肝を太くしていくことを願います。少なくともコーウェン将軍は統治者としては不適格ですが将帥としての能力は王国随一です。西部領邦の残党もコーウェン将軍の武名を恐れているからこそ蜂起に至ってないのです。……大過なく副総督として過ごせば次期騎士団総団長も見えてくるものですが……如何せん上昇志向が強く良くも悪くも勤勉です」
頑張りすぎなのだコーウェン将軍は。帯剣貴族の三男と本来なら家督には程遠い身分でありながら王皇戦争やそれ以前の戦役で親兄弟親族の多くを失い没落しかけた。爵位も騎士爵と中流貴族と言えるものの、内実はずっと苦しかったはずだ。死に物狂いで戦って地位を勝ち取ったと自負もあるのだろう。
「心得とこう、武断に走りすぎるのを抑えるのが私の役目と言うわけだな」
そう言ってクック総督は襟元を正した。
ままならないものだと最近は深く感じうる。皆優秀であるはずなのにどうにも噛み合わない。
その結果いつも誰かが割を食う。家計に制限があるように国庫にも制限がある。好きな物を好きなだけ食うには程遠く、難しい。良い思いをしようと好きなおかずを独り占めすれば兄弟からは反感を買うし、皆で分け与えようにも満足できるとは程遠い。
「レギンには戦って勝てる相手じゃない……」
コーウェン将軍の得意分野で攻めようにも当のレギンは一騎当千の強者。上手くいくとは思えない。
だからこそ、私は卑劣な手を使う。
「だから、私は絶対に──レギンとは戦わない」
私は再度心に誓った。
西部領邦随一の経済都市、それがケテルであった。
到底籠城には向かない城に大商会が軒を連ね、活気ある市場から様々な商品が届けられる。
交通流通網の中心であり一日に莫大な金額が動く。
今、私の前にはそのケテルで働く大商会の当主や
不安、恐怖、焦燥、緊張、興奮、自信。様々な感情が混ぜこぜになった応接間で私はゆっくりと口を開く。
「イーデン商会長、イライジャは来ていないのかな?」
「し、商会長はご病気で……」
「……事は王国の国策事業です。やる気がないのであればイーデン商会は参加しなくとも結構。商会長イライジャ・ハーグリーブス氏にはゆっくりと療養していただこうかしら」
その言葉にイーデン商会の代表の代わりとして派遣された番頭は顔を青くさせる。
「そ、それはあまりにも……」
「余りにも、なんですか? イーデン商会さん。貴方勘違いしているんじゃないんですか?」
足を組み換え、指先でカツッ、カツッと机を叩く。
「ケテルは西部地域における交易中核部になるんです。いずれフィッツジェラルド公爵の遷都の第一候補としてケテルがあるほどにこの都市は西部地域の心臓部になり得ると私は踏んでいます」
旧ハーグリーブス侯爵領ケテルは荒れ果てた西部地域の中で唯一と言っていいほど無傷のまま手中に収めることができた。人的被害に関しては少なく、物損は殆ど無い。
西部地域で最も早く復興が可能な地域であるといってもいい。
「関所の撤廃、街道の敷設……早急にインフラの整備を行うことが不可欠です。家が焼かれ寒さに凍える臣民がいます。腹を空かせて今にも餓えている臣民がいます。金があっても飯が足りない。飯があっても金が無い。西部の至るところで需要と供給のバランスが崩れています」
「わ、わかっています……」
「わかっているなら何故イライジャは顔を出さない!! 騎士団のアポイントにも応じず、手紙一つ寄越すことなく出てきたのは代理の番頭では話にならないと言ってるのですよ!!」
手のひらで強く机を叩く。突然の音で身体を震わせる商会関係者と青い顔を通り越して真っ白になるイーデン商会番頭。
「結構です。やる気がないのなら帰って宜しい。総督府は二度とイーデン商会とは仕事をしません」
「そ、それだけは…!」
私は番頭に対して睨みつける様に視線を送ると番頭は硬直したかのように固まり、唇は震え、思うように声も出ない様になる。
「あなた方の代わりはいます。重々忘れないように……」
数日としないうちにケテルにおいて最大とも言われたイーデン商会は内部から崩壊していった。
「大したものですな……」
でっぷりと腹に脂肪を蓄えた短躯の男。元戸部省の官僚貴族であり管区首席補佐官の地位を預かるブルーノ・トインビーは眠たげな目で称賛する。
「協力的ならば儲からせた。非協力的ならば徹底的に足場を崩す。たたき台として役に立ったよ」
「イーデン商会はハーグリーブスの匂いが濃すぎますからな……元々はハーグリーブス庶流の血統をもつ貴族が祖です。ウィルフレッドもイーデン商会には気を使っていましたからな」
イーデン商会はいうなれば侯爵家のお抱え商人でもあった。南部商人に対抗するために無理をしてケテル内の商会を合併吸収して財閥と呼ばれる大企業へとしたものの、内部では不満も多かった。
「元から歪はあった。これからは開かれた市場になる」
「自由競争のはじまりですな……」
「トインビー卿、例の手形は?」
「抜かりなく。西部の通貨は暴落し、こちらの信用手形は一定の安定性を見せています」
そう言ってトインビーが見せたのは紙幣と呼ばれる王国で新しく作られた信用手形となる実験的な貨幣だった。
「地方の独自通貨や貨幣はこれからどんどん廃れる。政府が発行し信用手形となる紙幣が今後の経済や流通の主役となるでしょう」
「……経済については不勉強だが、政府が貨幣を握ること。それだけで今後の国内統治の強制力は格段に上がる。新しい支配の道具というわけだ……」
今までは中央政府内で少しずつでしか流通していなかった紙幣であるが、西部総督府はこの紙幣の大々的導入を決定していた。
その後押しをしたのがトインビーが席を置く戸部省の官僚グループであった。
「こんな薄っぺらい紙が価値を持つとはな。時代は変わるものだ……」
「国内通貨、信用貨幣については大ドーソンの構想の一つです。数十年の月日がたってようやく試験導入できる程度になりました」
農地改革、政治改革、軍制改革、そして貨幣改革と。王国の改革はまだ始まったばかりである。
時代の変革期ということも私がこれほどまでに出世できた理由の一つでもあるだろう。
「まったく厄介だ。私のような凡人は改革についていくのに精いっぱいだというのに……」
「……昨今は教育の改革も推し進めている様です。騎士学校では平民階級の入学を認めたとか」
「小隊長に容易になれる平民か……信じがたいな。あれは歴戦の勇者か最前線で生き残った幸運児しかなれないものだったのにな……」
私はそういって一人ごちる。
仲間の骸を踏みつけて手に入れたものが戦場も知らない新米の平民士官にまるでトロフィーのように与えられる。
思うところがないと言えば嘘になる。
「王国安定の為にも総督府──管区の安定と安寧は絶対だ。あまり実験に熱中しすぎるのは止めてもらいたいのが騎士団側の意見です」
「心得ていますとも。次期総督殿」
気の早すぎるおべっかを受けながら私は執務室の椅子の背もたれに身体を預けた。
騎士団の脱走兵集団であるカルカ自由騎士同盟を危険視する勢力は多い。
騎士団総副団長アーバインを始め、第一〇騎士団団長トラヴィス・ペラムや西部副総督コーウェンなど凡そ騎士団主流派の面々の厳しい視線の中にいる。
カルカ自由騎士同盟という組織は反政府組織というわけではない。むしろ西部に密着した警備団体と言えるだろう。
騎士団というのはなにも切った張っただけが仕事ではない。医療、土木、経理、運輸、警護、捜査。加えて儀礼や交渉など多種多様な専業技術を持つ人間の集まりである。
後ろ盾にはフィッツジェラルド公爵家を筆頭とした旧西部諸侯の生き残りが多く、改革の煽りをくらい軍備削減を余儀なくされたこと、また旧反乱軍が雇っていた私兵の匪賊化による治安の悪化に対処すべく西部小領主たちに売り込みをかけていた。
良くも悪くも旧制の領主たちに近く治安の維持や匪賊の討伐などを請け負うため、一定の尊敬と民衆の賛美を受けているのも確かだ。
権力に屈しないヒーロー。
まさに物語の主人公のような存在と言えるだろう。
「けれど、現実は物語のように易しくない」
カルカ自由騎士同盟は成立した時点で既に詰んでいるのだから。
王国暦195年 西部総督府
足がけ二年。長い時をかけてカルカ自由騎士同盟は崩壊した。
「御見逸れしました」
「特別なことは何もしていない。真っ当な統治をしただけのことだよ」
感嘆の意を述べるセオフィラス・ジャッジの言葉を半ば受け流しながら私はふてぶてしく呟いた。
カルカ自由騎士同盟が偏に存続できていたのは西部の不安があったからだ。
治安に対する懸念、統治に対する不信、改革に対する疑問。それらの不安がカルカ自由騎士同盟──西部諸侯領の付け入る隙となっていた。
これをどうにかするには時間をかけて民衆を慰撫するしかない。時間はかかるが最も確実であり、最適であった。
西部総督府は極めて真っ当な統治を心がけた。
不正に対しては断固たる決意で挑み、民衆の不安を取り除き、生活の安寧のために仕事を与えた。
ケテルを中心とする商業網の整備。打ち壊された家屋や施設の普請。総督府の不正や汚職に対する素早い対応。
これらを真面目にやった結果、一年と経たず西部総督の椅子が私に回ってきた。
これは元々総督位は騎士団管轄のポストということもあり、軍政能力を明らかにしたことも相俟った。
西部に繁栄を取り戻し平和を翻す。するとどうなるか。
カルカ自由騎士同盟の仕事は最早存在する意味を失いかけていたと言える。
体力勝負となれば国がバックについているこちらには決して勝てない。
カルカ自由騎士同盟は人員の削減を余儀なくされるということもある。
それに加え、裏工作を行った。
カルカ自由騎士同盟は旧制諸侯と近かった。それ故に弱みも多かった。
旧ヴァレンタイン伯爵家の遺児や没落しかかっていたイーデン商会との繋がり。しばしば小火騒ぎを起こしていた辺境小領主との繋がりを突付いてやった。
疑念だけで十分。衣を一枚一枚剥がすかのように追い詰められていった自由騎士同盟は西部において徐々に影響力を失っていくこととなる。
この結果騎士団からカルカ自由騎士同盟の強制捜査状を提出。自由騎士同盟内部では穏健派と過激派によって分かれる事態となった。
繁栄を謳歌する総督府旗下の管区と未だに苦しい状況にある辺境小領主。
民衆の支持は総督府にあった。
レギンは戦うことを良しとはしなかった。
当然だと思う。彼は決して血を流すことを認めないからだ。
ここでレギンが立てば西部の平和は失われる。カルカ自由騎士同盟は今度こそ国の敵になる。
レギンにはそれができるはずもなかった。
謀略と政治によって西部領邦はフィオナ王国に今度こそ完全に組み込まれたといえる。
当のレギンの身柄は国の中央政府に引き渡され罪状を調べられることだろう。
手錠によって繋がれていたレギン。会うのは二年ぶりになる。
「少し痩せたな。カサンドラ」
なんてことないように、レギンは私にそういった。
「私の勝ちだ、レギン……」
「おう、大したもんだよ」
してやられたというのにレギンは晴れやかな顔をしていた。
政治的に敗北し、虜囚の身になったにも関わらずレギンは何時もと変わらない様で笑っていた。
「ジャッジ、皆を下がらせて」
「しかし総督……」
「問題ない、レギナルドのことはよく知っている」
不安と焦燥を抱えながら、ジャッジ以下総督府の兵たちは部屋を後にする。
「わかってた筈だよ。こうなることぐらい」
組織としても資金としても取れる手段にしても騎士団と自由騎士同盟とでは雲泥の差があった。
「いやぁ、イケると思ったんだが……どうも駄目だったみてぇだわ」
「庇いきれない。そんなラインはすでに超えた……」
内乱扶助罪、国家反逆罪、殺人未遂、傷害。
その他様々な罪を国家はレギンに課すだろう。
一年と3ヶ月前。西部総督府はコーウェン副総督の指示によりカルカ自由騎士同盟の強制摘発を行った。
高圧的かつ威圧的にカルカ自由騎士同盟の罪を暴きたて、あるいは適当な罪を擦り付けるために。
案の定、カルカ自由騎士同盟と総督府付きの騎士団との間に争いが発生。
管区内で地獄のような市街戦が発生し騎士団、自由騎士同盟、民間人を巻き込んだ泥沼のゲリラ戦が展開された。
結果から言えば騎士団側は痛烈な被害を受け、副総督エルバート・コーウェンは更迭。
総督府の権勢も落ち苦しい状況となった。
圧倒的不利な状態から騎士団と戦い、局地戦においていくつも勝利したカルカ自由騎士同盟の人気は強く容易に手が出せない状況となった。
同様に騎士団と自由騎士同盟の禍根は修復不可能な状態と変化することとなる。
私がレギンを庇おうとすれば騎士団から不満が出る。いや、それならまだマシだろう。むしろここで庇い立てすれば一気に咎人扱いされかねない。
今まで積み上げてきた功績も経歴も全て水の泡になる。
「レギン。君は何時もそうだ……」
嗚呼でも、それでも私の中の怒りはそんなものじゃない。
「君は何時も自分が正しいと思ってる。自分一人で駆け出して、突っ走って。そしてなんてことないように何かを成し遂げる」
それが羨ましかった。
それが妬ましかった。
「大したことじゃねぇだろ」
「──大したことじゃない? そんなわけないだろっ!!」
ドンッ、と大きな音が鳴る。机に当てた両手の平が痺れるようにじんわりと痛みを伝えてくる。
「いつだってそうだ! 君は強くて、何でもできて、周りのことなんて何も考えてない!! 勝手に救って、かってにどこかに行って……」
溢れる言葉が止まらない。胸が張り裂けるように痛い。
「──わたしはそんな君が憎らしかった……」
愛と憎悪は表裏一体。
ずっと悔しかった。ずっと苦しかった。ずっと嫌だった。
どんだけ頑張っても彼に追いつけないこの身が──弱い自分が嫌いだった。
彼の隣に立ちたかった。
彼の側にいたかった。
彼と対等になりたかった。
──彼の特別になりたかった。
「カサンドラ、俺は……」
「わたしはずっと待ってたのに! ずっと、ずっと!! 君が手を引いてくれたから、だからわたしはここまでこれたんだ!!」
困ったことがあったら、レギンは絶対に助けてくれた。
死にそうな私にカビの生えたパンをくれたことを。
娼婦として売られそうな私を助けるために
戦場で何度も死にかけた時、レギンの背中がいつだって絶望を切り裂いてくれたことを。
「わたしは、ずっと待ってたのに! 君が私の手を引いてくれるのを!!」
ずっと期待してた。
レギンがピンチの時、彼が私の手を取ってくれることを。
彼が私を助けてくれたように、私が彼を助けるんだと──そんな風に期待していた。
「わたしはなんだ! 君のなんだ! 相棒か? 友か? 体のいい人形か? わたしは、わたしは──」
言いたくない。こんなこと言いたくない。
きれいな私を見てほしいのに。彼に愛してもらえるような人でありたいのに。
醜い言葉が泥のように湧き出るのが止まらない。
「──わたしを……ずっと見下してたんだね。レギンは……」
力なく告げてしまった。
滲んだ視界には呆然とする彼の姿があった。
頼ってほしかったのに、お前が必要だと。そう言ってほしかったのに。
彼には結局、私は不必要だった。
付いてこいと、その一言さえあれば十分だったのに。それだけで私は今まで積み上げてきたすべてを捨てられたのに。
レギンは最後まで高潔だった。最後まで強くあり続けてしまった。
破滅が身に迫っているその時に私に助けを求めるその一言すら、彼にはなかった。
「──違う、カサンドラ……俺は」
「聞きたくない、もうやめて……もう、これ以上私を見ないで」
もう、いっぱいいっぱいだ。
レギンは私を見てはいない。もとから彼の特別にはなれていない。
レギンの中においてカサンドラという少女は物語で言うところの聴衆の一人でしかない。英雄に助けを求め助けられ、その後は物語に関与しないそんな
自惚れていた。
「カサンドラ、聞け!! 俺は──」
「聞こえない、聞こえない、聞こえない! 聞こえない! 聞こえないッ!!」
頭を振るい、目を閉じ、耳を塞ぐ。
同情しないでほしい。ありきたりな言葉なんていらない。これ以上、適当な慰めなんてやめてほしかった。
「ああああぁぁぁぁああ!!」
その時、ブチッと。ナニカが千切れる音がした。
頬が生暖かく、左手から床にポトリと落ちた肉片。
「もう──聞こえないよ、レギン」
精一杯の強がりで私は彼に微笑んだ。
「総督! いったいなにが!!」
怒声と私の叫びに堪らず扉を強く開け、ジャッジたちが慌てて部屋に入る。
「ッ!! 貴様ぁ!!」
怒りを滲ませ、ジャッジはレギンに飛びかかる。
呆然としていたレギンはジャッジの成すがままに押し倒され、強く顔面を強かに打たれる。
「──ジャッジ、彼を王都まで護送してくれ」
「なっ!? しかし総督ッ!!」
「──頼む」
ジャッジは逡巡し、レギンを立たせ数人の騎士にレギンの身柄を預ける。
「総督、すぐ治療を」
「ああ……」
ジャッジはぐるりと私の右側に回り込み身を案じるかのように告げた。
赤く染まった床と千切れた左耳。その上に透明な雫が零れ落ちた。