冬の山が危険なことはエスペリアの世界*1でも知られている。しかし冬でもないのに突然雪を被った山は別の意味で危険だ。もし身近でそのような山が現れた時には絶対に近づいてはいけない。一歩でも足を踏み入れてしまえば最後、あなたは悪魔に魅入られてしまうだろう──
第一話 フローズン・ミステリー
「一体どうなってんだ」
山頂の方を怪訝そうににらみながら男はぼやいた。山はまるで当たり前のように綺麗な新雪を身にまとっていた。
男の住んでいる村は
以前、正義感の強い男は都で軍に所属していた。しかし、もっと人を近くで守りたいという気持ちが強くなり、軍を辞めてちょうど自警団員の募集を行っていたこの村に引っ越したのだった。幸い軍の中でもなかなかの強さを誇っていた男は歓迎され、好待遇で迎えられることとなった。その後村で過ごしているうちに、男はこの場所に愛着を持つようになっていた。
「ここで結婚して骨を埋めても良いかもしれない」
そんな考えが浮かぶようになった頃だった、村に突然異常が発生したのは。
まさに日の出の時間に、夜警担当が大騒ぎして村中の人をたたき起こした。寝ぼけ眼の村人たちは外に出て夜警担当が指す方を確認し、その結果、誰もが口をあんぐりと開けて動けなくなった。
なんとまだ季節は夏なのにも関わらず、村から見える一番大きな山が一晩で真っ白に染まっていたのだ。誰がどう見ても雪に覆われていて、誰がどう考えても半年近くは早すぎる積雪。長く村に住んでいる物知りの年寄たちでさえも
それでも村長が皆を落ち着かせ、緊急で集会を開きどのように対応するか知恵を出し合った。
「俺が様子を見てこよう」
その中で男は斥候役に名乗りを上げたのだ。すぐさま自警団長が男と共に行く人員を選ぼうとしたのだが、男はそれを止めた。代わりに村の防御を固くすることと、都の軍に自分の名前を出して応援を要請することを頼んだ。誰もが危険だ、せめてもう一人だけでも連れていけと言ったが、足手まといになると男は押し切った。そして今、男は一人、謎の雪山の手前までやってきたのだ。
男は言わなかったが、ここまで大規模な異常を起こせるのは非常に強力な「魔のモノ」に違いない、と直感的に気づいていた。男は幸い軍にいた時にそうした
ただ、自警団長だけは男の緊張に気づいていたようで「絶対に生きて帰ってこい」とこっそり言っていたが。もちろん男も死ぬ気はなかったのでしっかりと頷き「村は頼んだ」と返していた。
近くで山を見ると本当に見事な雪景色だった。見晴らしの良いところから登ろうと高原に続く道を選んだが、一面に広がる雪は日に照らされて美しく輝いていた。心なしかいつも冬に見る雪よりも細かく肌触りが良さそうにも見えた。北の地方では雪の質が全然違うのだと聞いたことがあった男は、もしかしたらこんな雪なのかも、と少し見惚れてしまったほどだった。
「魔のモノ、という推測は間違っているのだろうか」
雪のあまりの美しさに思わずそうつぶやいた男は、はっと正気を取り戻しかぶりを振った。こんな季節感のかけらもない雪を降らせるなど、
ああ、男にもう少し
しかしもう遅い。男は魔の
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「正しく防寒をしておいて良かった」
男はとりあえず山頂を目指そうと足を進める。しかし夏に山を登っているというのに全く暑さを感じず、むしろ冬の厳しい寒さを強く感じていた。どうやら雪が特殊なものというわけではなく、山の季節そのものが冬になってしまったと言った方が正しそうであった。男は夏用の装備と冬用の装備を両方用意しておいて良かったと心底思い、それでも冷えを感じる手足を懸命に動かす。
──それにしても雪が思ったより柔らかい、しかも、深い!
見るだけなら綺麗だった雪は、実際に足を入れると簡単に崩れ、大きな男の膝上でやっと止まるくらい積もっていた。何とか進めないほどではないのだが、ほんの少しの移動であっという間に体力が削られていっていることに男は気づいた。最初は山頂をしっかり視界に入れながら歩いていたのだが、思った以上の過酷さに息が切れ、思わず膝に手を当てて顔を伏せてしまった。
──いけない、少し焦りが出てしまっているようだ
──一度落ち着いてしっかり方向を確認しなければ
そうして伏せていた顔を上げて再び山頂の方を見ようとして――
「なっ!」
そんな馬鹿な、と男は叫びそうになる。
しかも雲は山頂を見事に隠してしまい、そこまでの道のりすら全く分からない!
そして続けざまに男は異変に襲われる。
「っ! ご、ごほっ!?」
曇天と同じく突如吹雪が吹き荒れた。何の予兆もない突風が、口の中に雪を運び喉に張り付かせる。極寒の空気が一瞬で体を芯から冷やしていく。男はむせながら手で目と口を守り、なんとか体勢を整えようと足を踏ん張らせるが、ちょっとでも気を緩めれば飛ばされてしまいそうなくらいとてつもない吹雪だった。
何とか周りを確認しようと見回してもまるで夜になったかのように暗く、狂い踊る雪のせいで何も見えない。さらに鎧に少しずつ雪が積もっていっていることに気づき、男の顔は一気に青ざめた。
──このままでは雪に埋もれてしまう!
「どっちだ!? どっちにいけば……!?」
何とかしてここから離脱しなければと来た方向に戻ろうとするが、既に雪についた足跡は吹雪で綺麗になくなっていた。とにかく足を動かさなければと、焦りのままに男は進み始める。風の方向が次の瞬間には変わってしまうこともあり、方向感覚など全くない。
それでも、動かなければ、とにかく動かなければと、男は必死になって当てを付けた方向に進み始めた。