雪山の恐怖   作:瀧音

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フローズン・テラーⅡ

 どさり、と、タレンの体が雪に落ちる。もはや彼女の体は完全に青い炎に包まれていて、本人の赤い炎さえ見えなくなっていた。その前にカザードが悠然と歩み寄っていく。

 

『ふん、ようやく倒れたか。惨めなものだな。神の尖兵がたった一人のカタストロフの前に倒れるなぞ……ん?』

 

 それでも、タレンはまだ諦めてはいなかった。何とか無事な腕を動かして、その腕で()()()()()()()()()()()()()──それを、カザードが足で踏みつけて止めた。

 

『っ!!』

『知らないとでも思ったか? 貴様には死というものがなく、体が大きく損傷すると炎だまりになる。そして復活するのだろう? 前より強力になって、な』

 

 カザードが足に力を籠めると、タレンの腕から嫌な音が響く。彼女はもう顔を歪めて呻くことしかできなかった。

 

『しかし残念だったな。炎だまりになった貴様をそのまま放置なぞしない。そうなったらそのまま凍らせてやるつもりだったさ。きっと美しいだろうな、赤い炎が氷の中で輝く(さま)は。私は二度と見たくはならないだろうがな!』

 

 そして、最後とばかりにタレンに右手を向けた。

 

『終わりだ、ライジングフェニックス。()()()()()()()()()()()、そのまま永遠に眠るがいい』

 

 そして、カザードの手から邪悪な魔力が放たれる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()が、吹き荒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カザードが驚きを露わにそちらを見る。まさにレスぺを守っていたその場所を。

 

 そこには、吹雪がそよ風だと思えるほどの強風を纏ったレスぺがいた。さらには風の元素が収束し、その体は緑色に輝きを放っていた。

 

 カザードの震えたような声がレスぺに問いかける。

 

『レスぺ、その風は、まさか……』

「そうさ、君が教えてくれた。自然の五大元素の一つ。真の『狂風』だ」

 

 レスぺがエレメンタルガーディアンにふさわしい、堂々とした姿でカザードに向き合う。カザードも、もはやタレンのことなどどうでも良いというようにレスぺの方を向いた。

 

『私が知る限りでは、まだ君はその風を操ることができていなかった……成し遂げたのだな』

「ああ。君がいなくなって、不安で仕方なかったけれども。でも僕は、君に教えられたから」

 

 

 

 ──レスぺ、感情が制御できないことを未熟だと思う必要はない。その感情こそが、君の最後の覚醒に必要なものなのだ──

 ──君が自身の感情を制御下に置きながら、その上で感情を爆発させた時こそ、五大元素である「狂風」の真の力が君を助けてくれるだろう──

 ──そうすれば、君がやりたいことは誰にも邪魔できないさ──

 

 

 

「カザード。確かに君は姿を変えてしまって、カタストロフに堕ちてしまったけれども、僕のことを友と呼んでくれて、本当に嬉しかった」

 

 嘘偽りのない気持ち。今でもレスぺはカザード(カタストロフ)を友だと思っている。

 

 ()()()()()()()()()!」()()()()()()()

 

人を傷つけ、楽しむことを良しとする友の姿を僕は許せない! だから、僕は友として君を止める!!

 

 ――それが今、僕がやるべきことで、一番やりたいことだ!!

 

 

 レスぺの声が、雪山に大きく響き渡る。

 カザードは、しばらく何の言葉も発さなかった。

 まるで、その響き渡る声をいつまでも聴いているかのようだった。

 

 

 

『……そうか。ならば、手合わせといこうか』

 

 そうして、カザードが右手をレスぺに向ける。

 

『真にそれがお前のやりたいことだというなら。

 

 ――その狂風で私を止めて見せろ! レスぺ!!

 

 親友との戦いが、始まった。

 

============================================

 

「いくぞ、カザード!」

 

 レスぺの叫びに応じて、高原を狂風が吹き荒れる。それはもはや数千にも及ぶ見えない風の刃だった。

 

 そのまま受ければ切り刻まれて形すら残らないであろう攻撃を、カザードは氷の壁で受ける。しかし、壁があっという間に削り取られる未来を読みとったカザードは、急いで氷の壁を幾重(いくえ)にも重ねることで耐えた。

 

 だが、それでも狂風は全く止む様子を見せない。張れども張れどもすぐさま壁を食い破る風に、初めてカザードは防戦一方となる。戦況を変えるためにカザードはレスぺの周りに氷の武器を出そうとした。

 

「その手は読めている!!」

 

 だがレスぺは気づいていた。タレンにはまるで領域内の空間ならどこでも氷を出せるかのように話していたが、事実はそうではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 本来ならカザードは、この高原という空間のどこでも氷を出せるように、空中にも常に()()となる雪を配置させるよう操っていた。それこそが彼が出現するたびに突然始まる吹雪の正体だった。カザードは雪を操り、吹雪を作り出して、山を己の得意なフィールドに変えていたのだ。

 

 ところが、実はカザードは雪を操れるだけであって()()()()()()()()()()()()()。吹雪の強い風は雪が動くことで発生している副産物だったのだ。そこに本職の風の精霊が割って入ればどうなるか。

 

 答えは明らかだった。

 

『くっ! 雪が、お前の周りに一つもないだと!?』

「僕だってただ君とフェニックスの戦いを見ていたわけじゃない。戦いの外からなら君がやっていることが分かった。そして僕なら、風の精霊の僕なら、君が攻撃の元にしている雪を散らすことができる!!」

『だが直接攻撃できないだけだ! 十分離れた距離からなら!』

 

 カザードが雪を操作すると、レスぺでは遠すぎて見えない地点から一斉に氷の武器たちが射出される。その攻撃に、レスぺは対処する必要が()()()()()()

 

『風が、強すぎる、か!!』

 

 そう、それだけ遠くから飛ばす武器など、風の影響を受け狙いがそれて当たりはしない。

 どれだけ風を読み切ろうとしても、その気ままな風はレスぺ以外の誰にも読めはしない! 

 

『それでもお前を近づけさせないことはできる!仕方がない、お前にこの炎は、使いたくなかったが!』

 

 カザードの手に青い炎が大きくまとわりつき、氷の壁にも炎が付き始める。たったそれだけの変化なのに、レスぺには急激に壁の強度が上がったように感じた。明らかに先ほどまでより壁を破壊できる時間が遅くなっていた。

 

 それによってできた余裕でカザードがさらに炎を燃え上がらせる。先ほどタレンがやっていたことだ。大量に集め圧縮させた炎で狂風ごと吹き飛ばすつもりだと気づいたレスぺは、風の刃でさらに攻め立てる。しかし離れた位置ではカザードの余裕をなくさせるほどの勢いはつけられず、近づこうとしても大量の氷の武器が邪魔をした。

 

 レスぺの額を汗が流れる。狂風をまだ十全に操れないことから短期決戦を挑んだが、それでもカザードの防御は想定以上に固かった。そしてとうとうカザードの手に青い炎がたまりきってしまう。

 

『悪いなレスぺ、この勝負は私の、!?』

 

 急にカザードがレスぺとは真逆の方向に振り返り、せっかくためた炎を放つ。その炎は()()()()()()とぶつかり、相殺させることに成功していた。タレンが最後の力で打ち出した炎がレスぺの狂風によって強大に変化したものだった。狂風はただ攻撃するだけのものではない。息を合わせられれば、炎の威力を何倍にも引き上げることができた。

 

 

 そして、タレンの炎への対処が、カザードの致命的な隙となった。

 

 

「カザアアアアアドオオオオオオオオ!!!!」

『しまっ』

 

 

 視線を戻した先に見えたのは、もはや壁のすぐ近くまで突撃してきているレスぺの姿。

 レスぺは今、暴風の中心。それは爆風を至近距離で浴びるのに等しかった。

 

 

 一番外側の氷の壁が一瞬で吹き飛び。

 

 

 積み重なった残りの壁も中央から破壊され。

 

 

 青い炎は強すぎる風にかき消され。

 

 

 がら空きとなったカザードの体に、レスぺは全てを叩きこんだ──

 

============================================

 

 空から暖かい太陽の光が射す。

 

 雪が消えるようになくなっていく。

 

 カザードがこの雪山を領域として維持できなくなった証拠だった。

 

 レスぺはふらふらの体を風に力をもらいながら、何とかその場所に歩いて行った。

 友が倒れる、その場所へと。

 

「カザード……」

 

 カザードの体はほとんど砕け散っていた。レスぺの狂風の力をまともに受けたのだ。当然のことだった。かろうじて頭と首、右肩から右手にかけてまでは繋がっていたが、それ以外の部位はそこら中に散らばっていて、集めてくっつけることもできなさそうだった。そして砕けた部位は既にカザードの体としての力を失っているようで、ただの透明な氷となりばらばらに崩れていってしまっていた。

 

 それを見たレスぺは誇らしいような、悲しいような、複雑な気分に陥った。

 

『……ああ、レスぺ。素晴らしい風だった』

 

 カザードはレスぺが顔を覗き込んだことで彼にやっと気づいたようだった。今にも消えそうな青い炎が力なく顔の表面で燃えている。その声はタレンを甚振(いたぶ)っていた時のような憎悪にまみれたものではなく、とても清々しい気持ちに溢れた爽やかな声だった。改めて、普通のカタストロフとは違う様子を見せる彼に、レスぺは本当にこうするしかなかったのかと後悔の念に(さいな)まれる。

 

『何という顔をしているんだ、お前は。私を止められたのだぞ? もっと喜んでくれないと私が困ってしまう』

「喜べないよ。君を、友をこんな姿にしないと止められなかったなんて、僕は思いたくない」

 

 レスぺが吐き出すように言った言葉に、カザードは笑った。

 

『そうか、そうか。そう思えるなら、きっとお前はこれからもっと成長するな。これまでのどの狂風使いよりも強くなれるだろう。だから、その気持ちを忘れるな』

「なんで君は……本当に何で、カタストロフに堕ちてしまったんだい? いや、なんでカタストロフに堕ちたのに、そんなに前の君と変わらないんだい?」

 

 レスぺは本質に気づく。カタストロフに堕ちることで、以前の性格と全く変わってしまうという話をレスぺは聞いたことがあった。カタストロフはその者の持つ欲望を暴走させ、何よりもそれを優先させるように変えてしまうと。その話は今のカザードに全く当てはまっていなかった。

 

『ふむ、そうでもないとは思うが。以前の私だったら言わないようなことを散々言っていただろう?』

「その自覚があるのだから変わっているとはいえないな。フェニックスには相当怒っていたからあんな言葉が出たのだろう?」

『うーむ……それはそうなのだが』

「何故そんなに怒ってたんだい? 確かに僕も少しムッとしたところはあったけれども」

 

 そうレスぺが問うと、カザードは目を逸らしてしまう。その様子を不思議に思ってレスぺは首を傾げた。

 

『いや、まあ、そうだな。正直に言えば』

「うん」

『……せっかく君と話せていたのにそれを邪魔されたのが、非常に腹立たしくてな』

 

 レスぺがぱちくりと目を(しばた)かせる。

 

「それだけ?」『それだけ、だ』

 

「……」『……』

 

「フフ、フフフ」『……できれば笑わないで欲しい』

 

「ごめん、フフ」『……はぁ、身から出た錆、か』

 

 レスぺはひとしきり笑うと、そういえば、と後ろを振り向く。

 

「そいえばその彼女は、大丈夫なのかい? まだずいぶん青く燃えてるけど」

 

 そこには赤と青が入り混じった炎だまりがごうごうと燃え盛っていた。タレンが体を保てず、転生の準備をしているところだった。

 

『ああ、フェニックスなら大丈夫だろう。どうやらセレスチアルに私の炎は正確に効くわけではなさそうだ。別にそのまま放っておいても害はないし、そのうち消える。そうすれば勝手に回復しているだろう』

「……そういえば、これが一番驚いたかな。君が水とは真逆の炎を操ってるなんて」

『凄いだろう。一から勉強したんだ』

 

 今更な感想をレスぺが言うと、カザードは誇らしげに言った。「そういうところは確かに以前と変わっているな」とレスぺは気づいた。謙虚な師匠であったカザードがレスぺに何かを自慢するようなことは一度もなかったのだ。

 

 レスぺが改めてまじまじとカザードの顔で燃えている青い炎を見つめる。それにカザードは『絶対に触れるな』と警告した。

 

『この炎は劇物だ。これに燃やされたものでその影響を受けなかったものはそこのフェニックスくらいだ』

「影響って、そんなにすごいものなのかい? それに彼女にだってまだ影響が出てないだけかも」

『いや、時間の問題ではない。性質の問題なのだ。私も……』

「私も?」

『……いや、すまない。まだ君に言えるほど私も整理できているわけではないのだ』

「……そうかい」

 

 申し訳なさそうにはぐらかしたカザードに、レスぺはそれ以上の追及をしようとはしなかった。カザードが変わってしまった原因はきっとその青い炎なのだとレスぺは直感的に気づいたが、友が言いたくなさそうである以上問うべきではないと思った。その気遣いをカザードも感じ取ったようで『ありがとう』と感謝を述べた。

 

「……君は、このまま、自然に還ってしまうのか?」

 

 それはレスぺが一番聞きたいことで、同時に聞きたくないことだった。もっと色々話していたいのに。まだまだこの楽しい時間を過ごしていたいのに。けれども目の前のカザードの体はもう崩壊を始めていた。

 

 エレメンタルガーディアンは自然から生まれ、自然に還る。そしてまた新しいガーディアンが生まれる。その循環で成り立っていた。レスぺもカザードが姿を現さなくなって一時は「還ってしまった」のだと思っていたが、いつまでも新しいガーディアンが現れないため疑問に思っていたのだ。だから「もしかして」という考えがあったところに風の噂を聞き、居ても立っても居られず普段は来ない雪山を目指したのだ。

 

 それでせっかく会えたというのに、これでお別れと言うのは悲しい。自分の選択の結果をレスぺは強く後悔し始めていた。レスぺの周りを取り巻く風も、酷く悲しげに吹いていた。

 

 しかし、そこにカザード本人がとんでもない爆弾を投下する。

 

『フ、先ほども言っただろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

 ――実は、フェニックスには悪いのだが、この私は本体ではないのだ』

 

――……

 

――……

 

――……

 

「な、なんだって!?」

 

 とんでもないことを言い始めたカザードにレスぺは仰天の声を上げるしかなかった。

 

『良くできた分身だろう? 本体の私は早々見つからないところに隠れている。ここから遠く離れた場所でな。

 それにこれから私は活動を自粛するから、手掛かりはほぼゼロということだ。申し訳ないが、見つけられる可能性はまずないだろう』

 

 カザードが笑いなら話す情報があまりに多く、レスぺは頭が混乱した。目の前で話しているカザードが偽物? 本物は隠れてる? これからは活動を自粛する? 

 

――ナニヲイッテルンダ、コノコオリハ? 

 

『ああ、君と話したことについてはしっかり本体も聞いている。齟齬(そご)が生まれることはない。そのうち私の方から君を私の領域に招待するから、安心して会いに来てくれ』

 

『そういうわけだ。レスぺ』と言いながら差し出すカザードの右手を、混乱しているレスぺは思わず握ってしまう。

 

『本当に久しぶりに君と話せて良かった。また会おう。

 

 ──今度は邪魔の入らないところでゆっくり、な』

 

 

 最後、満足そうに一方的に話したカザードは、黒い氷が薄くなっていき、目の光も消え、最後に青い炎が、ぽっ、と宙に浮かんで消えた。

 

 そのままカザードの体だった氷は細かく崩れていき、レスぺの周りで吹く風に流され、消えていった。

 

 レスぺの手に最後に残った氷も、雪のように高く飛んで、見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、カザード。良く分かったよ」

 

──次会ったら、君は僕の風でかき氷になってもらわないといけないようだ

 

 レスぺは珍しく、それはそれは固い拳骨を作り、心に強く誓ったのだった。

 レスぺの後ろで燃え盛る赤い炎が妙に哀愁を漂わせていたのは、きっと気のせいだろう──

 

(最終話 フローズン・テラー 了)

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