雪山と共に現れるカタストロフ*1、通称『雪山の恐怖』の話は教会の中でも有名なものだ。季節関係なく突如山が雪に覆われ、消えるのもまた突然。共通しているのは「山」という一点のみ。北の地方で出現しやすい、ということもなく、少しずつ移動しているわけでもない。地図にピンを投げて刺さった近くの山に出現している、という説明が一番妥当だと言われている。カタストロフは全体の性質として非常に気まぐれであるとされているので、その適当な説明に突っ込むものはブライト教会の中でさえいなかった。
その特性上調査が非常に困難であったが、各地に残るわずかな情報を集めた結果『雪山の恐怖』の被害には三つのパターンがあると判明した。
1つ目は現れた雪山に踏み込んでしまいカタストロフに魅入られるもの。実はこのパターンは一番最近判明したものだ。何故ならどれだけ調査しても
そもそも教会の誰もが雪山に踏み入った者を疑っていたが、長年の研究により編み出してきたカタストロフとその信者をあぶりだす様々な手法に引っかからなかったため、どうにも手出しができなかったのだ*2。しかし今後は「雪山に踏み入った者は全員拘束し教会の所有する牢獄へ拘留すること」という指令が出されたため逃すことはないだろう。むしろ手がかりを得るために早くこのパターンが起きてくれないか、と考える過激派もいた。
ただ、今回話をするのは2つ目のパターン。これは外から雪山に踏み入るのではなく「自分がいる山が突如雪山に変わってしまう」というものだ。こちらは1つ目と異なり被害者が分かりやすく出るため簡単に情報を集めることができた。
何しろこのパターンの場合、被害者は雪と共に行方不明になるのだ──
第二話 フローズン・アニマルズ
ババリア部族*3にはハンター小隊と呼ばれる対魔獣のエキスパート集団がいくつか存在する。小隊に所属するのは腕を認められた優秀なハンターのみである。しかし小隊に所属できないまでも優秀な人材は数多くいる。その者たちは少人数のチームを結成し、経験と実績を重ねることでハンター小隊にスカウトされることを目指すのだ。このように、弱肉強食が掟であるババリア部族ではあるが、他人と協力しないというわけではない。亜人である彼らは各々の特技を生かすことで、時にはブライト王国の軍隊では成し遂げられないような偉業も達成するのだ。
とあるファルコン族*4の青年が率いるチームもその一つだった。彼はウルフ族*5、ウルサス族*6、ワーラット族*7の青年一人ずつを仲間にして、かなり大型の魔獣を討ち取ることに成功していた。それが可能なのは彼らが己らの強みを良く理解していただけでなく、ファルコン族の青年の指示が非常に的確であるからだ。「勝つには腕が良いだけじゃだめだ。
しかし彼はチームの戦績が上がっていくにつれて、元々そうであった以上に傲慢な態度を仲間にとるようになっていた。仲間の鬱憤が溜まっていることに彼は気づいていたが、その態度を改めることはなかった。
だから彼にとっては幸運だったのだ。『雪山のカタストロフ』が現れなければ、彼はどうなっていたことか──
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(以降、それぞれの青年についてはファルコン、ウルフ、ウルサス、ワーラットと一族名で記す)
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眼前の巨獣が力なく倒れるところをファルコンは油断なく見つめていた。三流のハンターであれば気を抜いたところで反撃されるだろうし、二流のハンターであれば慌ててとどめを刺そうとして意識外からくる攻撃に反応できないだろう。一流ハンターを自負する彼はただひたすらにとある報告を待って武器である片手剣を構え続けていた。
既に時間にして十数秒は過ぎたとき、どこからか小石同士を叩く音が鳴り響く。楽し気なリズムはまるで曲の一節のようであったが、それこそがファルコンが待ち望んでいたもの。やっと息をつくことができた彼は、次の瞬間苛立ちをぶちまけていた。
「あ゛ーしんど! おい、ワーラット! お前安全確認するのにどんだけ時間かかってんだ、あ!?」
文句を言うファルコンに、岩陰に隠れていた小さな影──ワーラットがびくっと体を震わせた。恐る恐る岩から顔を出すが、ファルコンににらみつけられると小さく悲鳴を上げて再度隠れてしまう。
先ほどの音はワーラットが仲間に安全を知らせるための合図だった。
「ご、ごめん、ここちょっと小高い岩山だから、死角も多いし、念入りに確認してて」
「念入りに確認すんのは当たり前だろ! その時間がな・げ・えって言ってんだよ! 分かってんのか? 頭使って話してんのか?」
時間がかかった理由を慌てて伝えるも、帰ってきた人格否定の悪態にワーラットは顔を伏せた。こうなるとファルコンは過去の非まで掘り出してきてしつこく
「は? 今なんてった? 聞こえないんだよそんな小さい小さい声じゃあよお! 声が小さいって言えば前にもお前」
「そこまでだファルコン」
巨獣を共に囲んでいたウルサスがファルコンに近づいた。彼の目はファルコンのあんまりな言い分に険しくなっていた。
「そんなに遅くもなかっただろう。それにせっかく狩りに成功したんだ。まずはそのことを喜んでもいいんじゃないか?」
「何言ってんだお前? いつから俺にそんなでかい口聞けるようになったんだ?」
しかしファルコンは全く聞き入れず、ただ矛先をウルサスに変えただけだった。ファルコン族特有の鋭い目をウルサスに向けて、さらには剣先さえ向けて喚き散らした。
「だいたいお前もだよウルサスよお! 『岩投げの向き修正しろ』っつったのに全然見当違いに投げやがって! あれが決まってたらもっとらく~ぅに倒せてんだ! 俺が疲れてんのはてめえのせいだよ! どう責任取ってくれんだ!?」
「疲れているくらいなら大丈夫だろう! それに投げる直前に言われてどうやって方向を修正しろと言うんだ! 不可能なことに文句を言われても困る!」
「不可能? なんだよ、じゃあそう言わねーと分かんねーだろ!? 『俺は岩投げもまともにできないへっぽこウルサスでーす』って言わねーと、なあ!?」
「なっ、き、貴様!」
「おい、いい加減にしろ」
二人がぶつかり合う寸前に言葉で割って入ったのは、既に巨獣に近づいて解体を始めようとしていたウルフだった。二人の方を全く見ず気だるげに諫める様子は、言い合いなどとてもどうでもよさそうだった。
「いつまでごちゃごちゃでかい声で話してんだ。ここだってずっと安全じゃないんだぞ。さっさと解体作業に入れ」
「はあ!? ウルフ、なんでてめえが命令してんだ!? 大体、話すんならこっち見て──」
「ファルコン」
「……ちっ!」
自分でもこれ以上時間を無駄にできないと気づいたのか、ファルコンは舌打ちを一つしてやっと黙った。それでもファルコンの中にあったのは三人全員が冷たい目をして自分を見てくることへの苛立ちだった。
──なんでそんな目で見てきやがる! 俺の方がてめえらよりよっぽどすげえんだぞ!
──この巨獣を狩れたのだって、俺が作戦決めて、最後だって俺がとどめ刺したんだ!
──向けんのはそんなうざってえ目じゃねぇだろ! もっと、もっと……
「……クソッ」
ファルコンは再度悪態をつくと渋々解体作業に移ろうとした。「後で絶対に文句言ってやる」。そう心に決めて落ち着くために空を見上げて──
「は?」
そうして彼は驚愕に目を限界まで見開くことになった。
──こんな雲、さっきまであったか?
先ほどまで存在すらしなかったはずの分厚い黒雲に思考が止まる。そして異変は彼の思考の回復を待たずに突風という形で襲い掛かった。
「さ、さみい!」
今まで生きてきて一度も経験したことのない寒さがファルコンを襲う。戦闘で温まっていた体が一瞬にして冷やされていく。その感覚に彼は肉体・精神の両方で震え上がった。
「な、なん、ぺっ! なんだ、ぺっ! くそ、口に変なのが……!」
自分の口に入ってくるものが何かも分からず慌てて吐き出そうとするが、口を塞がない限り
彼が
「なんなんだよ、なんなんだよこれ……なんでこんな暗いんだよ……なんで何にも見えねえんだよ……なんでこんな、寒いんだ……」
気づけば自分の周りは白色以外に見えるものはなく、近くにあったはずの巨獣の死骸でさえ分からなくなっていた。それどころか仲間たちの姿も全く確認できない。その事実に彼は血の気が引いた。
「おい、おいっ! ワーラット、ウルサス! ウルフの野郎! 聞こえてんなら返事しやがれ!」
慌てて呼びかけるも声は白い闇に吸い込まれるだけで何も返ってはこない。さっきの位置関係なら十分聞こえる声量を出したのに、まるで風がかき消してしまったかのようだった。
──どうする、どうする!? どうしたらいいんだよこんなの!? だいたい何が起きてんだ!?
パニックに陥りながらふと足元を見ると、自分の周りを飛び回っている
「白い……塊?」
──白い塊……そういえば前、なんか族長が言ってたような……
『ババリアの領地ではめったに見ることがないが、雪という雨のように空から降るものがある。それは雨とは違い
ファルコンは一族の族長が話していた中に、まさにこの白い塊について話していたことがあったと思い出す。たまたま耳に入っただけだったが、覚えていたのはその後の話が印象的だったからだ。
『そしてババリアの領地で見る可能性の1つは「雪山の恐怖」というものだ。聞いたことはないか? 突然チームや小隊が全員行方不明になる事件を。目撃者によれば小隊が山に向かった後に突然雪が吹き荒れ、その後何もなかったかのように元の山が姿を現したそうだ。しかし、その後どれだけ捜しても山に入った小隊が見つかることはなかった、と。これは他の領地でも起こる現象のようでカタストロフの悪魔が原因らしい。同じように雪山に入った者たちは誰一人として見つかっていないのだとか。
何も予兆がない、というから備えることは難しいが……あまり山には長居しない方が良いだろう』
──まさか、まさかまさかまさか、これが『雪山の恐怖』!? 嘘だろ!?
思い出せた。思い出せてしまった。「雪山の恐怖に遭遇したら行方不明になる」という最悪の内容を。自分と仲間たちの運命が既に決まってしまったという内容を。
その場で呆然と立ち尽くすファルコンの耳に、初めて吹雪以外の音が入る。
「っ!! な、なんだ? 何の音だ?」
ザッ、ザッ、ザッ、と一定の感覚で鳴る音にファルコンは「足音だ」と気づいた。なぜかは分からないがこの荒れ狂う吹雪の中でその足音だけが妙にはっきりと聞こえてくる。
──誰だ!? ワーラット? ウルサス? ウルフ?
──とにかく誰でもいい! 合流さえできればまだ……
まだ、何だったのかは考えることができなかった。
彼の目の前に現れたのはその誰でもなく、人の形をした氷だったのだから。
「あ、あ、あ、ああああ、カタストロフの、悪魔……!!」
人のようなのは形だけで、構成するのは恐ろしいほど低温の氷。青白い輝きがその不気味さを引き立たせる。この吹雪を支配しているのが誰なのかを、その悠然とした立ち姿が証明していた。どの要素をとっても普通ではない。カタストロフの悪魔に違いなかった。
ファルコンは見た瞬間に確信した。間違いなく
しかしここに来てようやく彼が自慢してきた頭脳が動き始める。
──いや、待て。足音がしたということは実体がある……?
確かに目の前の異形は訳の分からないものだが
──そうだ、この異常はこいつが引き起こしたのは間違いない。それならこいつさえ倒せれば……
「……攻撃が当たるなら倒せる……倒せるのなら、ここから脱出できる! 」
自らを鼓舞するために、彼はわざと大声で叫んだ!
右も左も前も後ろも分からない状況ではあれど、
そう、強く強く信じるため、内から声を張り上げた!
「おい、カタストロフの野郎!」
ファルコンは右手に持った己の愛武器を突き付ける!
先ほどまで揺れ動いていた目は真っすぐに斬るべき対象を見据え、冷え切っていたはずの体はいつでも動けるように熱くなっていた!
「さんざん怖がらせてくれやがって! この俺様がお前の辛気臭いおとぎ話を終わりにしてやんよ!」
そう宣言した直後、彼は吹雪の中とは思えないスピードで飛び出した!
なんという幸運か、吹雪がまさにそのタイミングで追い風となり、彼を視認できないほどのスピードへと押し上げた!
「くらえ!」 ──まずは一撃! その後は相手の防御を見極めて二手目を決める!
何よりも、彼の頭は冷静に次の行動を計算し始めていた!
一撃で決められなくていい、勝利までの道筋を作り出して、確実に獲物を仕留める!
それが彼のやり方だった!
「あああああああああああああああああああ!!」
そして、鋭い刃が『雪山のカタストロフ』を真っ二つに──!
ジュッ
──……
──……なんの……音だ?
──腕振り切ったんだからカタストロフの野郎を切ってる、よな?
──……
──なんか右腕が妙に軽い気がする
──あれ? おかしいな
──なんで
──なんで、俺の剣に、
「ぁ」
ファルコンは理解してしまった。
「ぁあ」
彼が優秀だとさんざん自慢してきた頭脳は直ぐに正解を導き出した。
「ああぁぁあぁあ」
彼の剣はカタストロフに当たった瞬間──
「あああぁああああああぁあああああ」
──その表面で踊る青い炎で一瞬にして溶かされたのだということを。
呆然と溶けた剣を見つめることしかできないファルコンにカタストロフはゆっくりと手を伸ばした。それが見えながらも、彼は頭で考える以外の何もすることはできなかった。
──終わった
──これで俺も終わりか
──死ぬなんて怖くねえとか思ってたけど
──これは、怖がっても、誰にも馬鹿にされねえよな?
──俺をどうやって殺すんだろうな
──炎で丸焼き? 剣が溶けんだからチリも残らねえか
──それとも放置して氷漬けか? どっちにしても苦しそうだな
──ああ、手を伸ばしてくるってことは炎か
──……
──……あいつら……
──あいつら、逃げられてたりするかな
──こんなことだったら、あいつらに……
「頭下げておくんだったなあ」
──……
──……
──……
──……?
──……あれ?
──俺、死んで、ない?
──でも俺、カタストロフの野郎に抱き着かれてて
──めっちゃ炎燃えてるけど、全然熱くない……?
──あれ? 熱くないけど、なんで
──なんで
──なんで、なんでなんで
──涙が、止まらない?
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
それは、炎で焼かれるよりも悲痛な叫びだった。
あのプライドが高いファルコン族の青年が。
仲間を否定し喚いてばかりいて、誰が見ても醜かった彼が。
ただただ、天に向かって泣き叫び続けていた。
彼は何回も叫ぶ。息が切れても、息が吸えれば再び叫びだす。
どれだけ叫んでも叫び足りないかのように。
叫べば叫ぶほどに彼の目からは涙があふれだす。
カタストロフの肩に落ちた涙はそこから新たな青い炎を燃え上がらせた。
聞くものの胸をかき乱す長い叫びが終わると、彼はカタストロフに自ら抱き着く。
そしてカタストロフの肩でまた、涙をあふれさせた。
「分かってた! 分かってたんだよ! 俺、頭良いからさ!」
「チームが上手くいかない原因は、全部俺のせいなんだ!」
「チームの和を乱してるのは俺! 他の奴に指摘してることも元をたどれば原因は全部俺!」
「俺が悪いんだ、俺のせいだ、俺が酷いクソ野郎なんだよ!」
それは、彼自身こそが罪人だと認める罪の告白だった。
「でも、でも、でも」
「怖かったんだ、怖くて、怖くて、怖くて!」
「あいつら、みんなすげえ才能持ってて」
「俺なんかよりよっぽどすごいことできるやつばっかで」
「ワーラットはすげえ複雑な信号あっという間に覚えちまうし!」
「ウルサスは俺が絶対持ち上げられないような岩簡単に持てちまうし!」
「ウルフは俺が忘れちまう致命的なことを絶対に忠告できるやつだ!」
「俺は、ちょっとだけ頭が回るだけで、それしかなくて」
「皆は、俺がチームに誘った時よりも、どんどん才能伸ばしてて」
「……置いていかれるんじゃないかって」
「俺のことなんて置いて、もっと強いチームのとこに行っちまうんじゃないかって」
「実際、他のチームのやつらにめちゃくちゃスカウトされてて」
「いつか『このチームから出ていく』って言われるんじゃないかって思ったら」
「急に怖くなった! 息ができなくなった!」
「俺が、俺が楽しく狩りができてるのは」
「お前たちと一緒にやってるからだって、やっと気づいたんだ!」
「でもそう思ったら、それに気づいちまったら」
「逆にどうにかしてお前らのことを押さえつけないとなんて馬鹿な事考えて」
「『俺がリーダーなんだから、お前らは俺の下じゃないと動けないんだ』なんて」
「気づいたらクソなことばっかり口から出るようになってた!」
「それで自己嫌悪して機嫌悪くなってさらにクソなこと言うんだから最高にクソだよな!」
「ワーラットの気配り上手も! ウルサスの誠実さも! ウルフの冷静さも!」
「本当に羨ましかったんだ! 羨ましくて、大好きだった!」
「俺には感情的っていうクソなところしかないから余計に!」
「俺が悪いんだ! 俺が酷いやつなんだ!」
「あいつらを大事にしてやれない俺にチームを組む資格なんてないんだ!」
「すまねえ! すまねえ! 俺がリーダーなんてやってて本当にすまねえ!」
「こんなやつ、生きてる方がおかしいんだ!」
「この、馬鹿野郎が!!」