『雪山の恐怖』がその名でに呼ばれるようになった理由はもちろん、突如出現する「雪山」という共通点を得られたからだ。元凶の姿かたちは分からずとも、季節外れで降る気配もなかった雪が積もった「雪山」さえ見つかれば、知っているものならすぐ『雪山の恐怖』だと気づける。だから『雪山の恐怖』の出現観測は季節的に雪が降っていない箇所に限定された。教会においてその判断を疑う者は誰もいなかった。
決してそれが間違っているというわけではない。なぜなら、雪山というのはカタストロフが絡んでいなくとも非常に危険で、多くの行方不明者・死傷者を出していたからだ(雪山そのものがカタストロフと同一視された時代すらあった)。つまり、雪山全てを調査範囲に含めてしまうと「自然の犠牲者かカタストロフの犠牲者か」という膨大な仕分けする必要がある。とても現実的ではないため、教会はそこまでの調査をしようとはしなかった。
しかし教会の、特に上層部には懸念があった。あまりに分かりやすく出現する雪山と、分かりやすく集団で消える被害者。その割に国や都に大規模な被害が出たことがあるかと言われると、そこまでのものは報告されていない。分かりやすい現象の裏に、慎重で狡猾なカタストロフの影がちらついた。
そしてその懸念は現実のものになってしまう。雪山に立ち入った人間が時間差で行方不明になっていることが判明した。こちらの場合は被害者が一名であることがほとんどだったが、それでも件数は多く、全体の被害者人数は一気に倍へと膨れ上がったのだ。雪山が出た直後にのみ注目していては分からなかった事件に、教会は
しかし、この発見は教会に反撃の手段を与えていた。次に雪山に入った者を徹底的に
だから、教会は気づけなかった。彼らの目が逸らされていることに。『雪山の恐怖』の信奉者は、彼らの見えないところで増えていた──
第三話 フローズン・ラヴァーズ
僕は料理人だ。都の軍の食堂で、兵士の皆に料理を振舞っている。そう自己紹介するとたいていの人が「冗談だろ?」と笑うんだ。
確かに、普通の人が考える料理人と比べると僕の体はかなりガタイが良い。たいていの兵士の人と比べても腕は太いし、身長は見上げるほど高い。「軍にいる」とだけ言えば間違いなくそれなりの地位にいる兵士だと勘違いされるんだ。まあ、それなりの地位にいるのは実は間違ってなくて、副料理長を務めさせてもらってるんだけど。
料理って言うとみんなどうしても力仕事ではない印象があるみたいなんだけど、少なくともとっても体力を使う。多くの食材を繊細に、かつ鮮度が落ちないように急いで調理する必要があって、それを長時間立ちっぱなしでやらないといけない。慣れない人だと一食分やるだけでへとへとになる。
でも僕ほどの腕力は必要ないだろうって? そこは軍の料理人のもう一つの仕事が関係してる。それは補給兵士役ってところだ。
補給兵士っていうのは簡単に言うと、戦いに必要な物資を運ぶ人のこと。物資っていうのは、武器とか鎧とか、まあ色々なんだけど、そこには料理の食材も含まれる。もし「都から少し離れたところで戦いをしないといけない」っていうときは、そこで戦う兵士の皆のために料理を作るのも僕たちの仕事だ。けど、料理人だけが行っても材料がないと料理を提供できないでしょ? だから僕たちは拠点で料理を提供する料理人であると同時に、料理の材料を運ぶ補給兵士でもあるってわけ。
で、そのための料理の材料ってものすごい大量なんだよ。もう分かるよね。材料を運ぶには料理人も沢山物を持てないといけないってこと。だから、僕みたいに力がある料理人は軍ではすごい重宝されるんだ。
といっても僕も最初はそんなこと知らなくて、友達に勧められるままに面接を受けたんだ。仕事内容は大変だけどお給金が凄く良いからダメもとで行ってみたら、なんだかその日に受かっちゃったんだよね……
「これ持てるか?」って、兵士の人が三人がかりで持ってきた木箱を持てたのがやっぱり良かったんだろうなぁ。「あと三つ重ねて一時間くらいは持てると思います」って言ったら、めちゃくちゃムキムキな試験官の目が光ったように見えたんだ……現料理長だったんだけど。思わず震えちゃったよ……
え? そんなに力があるなら兵士の方が向いてるんじゃないかって?
残念だけど、逆に僕には兵士が全然向いてない。小さいころから体ががっしりしてたから、お父さんはなんとか僕を兵士にしようと訓練をつけてくれたんだけど……僕はどうしても誰かを攻撃することができなかった。攻撃を受けるのも怖くて、盾越しでも思わず目をつぶってしまう。だから僕は全然強くなれなかった。
お父さんは「男なんだからもっと勇気を持て! 負けっぱなしで悔しくないのか!」って怒ったんだけど、僕はそういう気持ちになれなかった。それよりも攻撃を受けるのが怖くて、痛いのが嫌で、相手に痛い思いをさせるのも戸惑って、やればやるほど体が動かなくなっていったんだ。
結局見かねたお母さんが止めてくれて僕は兵士にならずに済んだ。その代わり、お母さんの手伝いで好きになった料理をもっと頑張って、料理人になることにしたんだ。料理の方が僕には合ってたみたいでどんどん上達できて、近所の食堂の手伝いもできるようになってたから。そこで友人から軍の料理人を勧められたんだ。
でも、お父さんは僕のことを認めてくれてない。「料理人じゃなくて兵士になれ」って今でも言ってる。副料理長になれたって報告したら、逆に怒られた。お母さんはお父さんにすっごい怒ってて「もう無理に顔を見せにこなくていいよ。それよりいい人見つけて幸せになりな」って言ってくれたんだ。
……そう、言ってくれたんだけど。その「いい人」に関して、僕にはとっても大きな悩みがあるんだ……
============================================
「お疲れ様でした」
「お疲れ様です!!」という声を背に、僕は厨房を後にする。今日は夜勤だったから、仕込みのためにずっと食材整理とか鍋を混ぜたりしてて疲れちゃったよ。ま、昼でもあんまり変わんないけどね。
僕は今、軍の敷地内にある寮で寝泊まりしてる。といっても、実は一人暮らし用の部屋は基地の外に借りてるんだけど……年がら年中忙しいから帰る時間ももったいなくて、結局寮の部屋も借りてる状態。厨房で働いてる人はだいたい皆そうしてるって、本当に大変な仕事だよね……
すっかり凝ってしまった肩をグルグル回しながら廊下を歩いていると、まさに今から食堂に行く兵卒*1の人たちとすれ違った。一応軍での階級としては副料理長の僕の方が上だから、向こうはわざわざ立ち止まって敬礼をする。正直に言うと、これ全然慣れない。僕は皆の戦いの力にはなれてると思うけど、直接戦ってるわけじゃないから「そんな敬礼受け取れない」って思っちゃってるところがある。
あともう一つ、これで嫌なことがあって……
「……腰抜けの癖に」
聞こえた声に、ビクッ、と体が反応してしまう。ああ、まさにこれ。どうやら昔僕がお父さんに怒られたことを知ってる人がいるらしくて、その話を言いふらしたようなんだ。で、そんな腰抜けの僕が昇進してることを気に食わない人が悪口を言うんだ。
悪口を言う人は僕より階級が低い兵卒の人たちだから、僕に会ったら敬礼しないといけない。でも気に食わないことが顔にすっごい出てて、さっきみたいにばれない様に小さな声で悪態をつく人もいる。僕には普通に聞こえちゃってるんだけど……正直、本当のことだと思ってるからどう対処すればいいのか分からないんだ。
前副料理長が退役するって決まった時に、本人が後釜に僕を凄い押して決まっちゃったんだけど……やっぱり無理やりにでも断るべきだったかな……
「おや、副料理長。夜勤明けのようだな」
さっさと寮に行こうとしたら、後ろから凛とした声が聞こえた。慌てて振り返りながら敬礼すると、そこには予想通り、軍服を着たとても綺麗な女性が同じくとても綺麗な姿勢でこちらに歩いて来た。
その美貌はとても軍人には思えないけど、目が
女性だと侮ることなかれ、彼女は
首都には結構女性軍人も多いとは聞いてたけど、まさかここまで凄い人がいるとは全然思ってなかった。首都は怖そうなところだ……
「お、おはようございます。将軍。今からお食事ですか?」
「ああそうだ。楽にしたまえ、そこまで固くなるな。ただの世間話に止めただけだ」
笑いながら立っているだけで本当に絵になるなぁこの人は。頭ではそんな能天気なことを考えながら「恐縮です」と敬礼を解いた。
「しかし、実は君に声をかける直前に、妙な雑音も聞こえたような気がするんだ。一体何なのだろうな?」
と、突然雰囲気を一変させた彼女がさっき僕に悪態をついた兵卒の人を睨む。ギロリ、なんて音でも生ぬるい眼光にさらされたその人は「ひっ」と震えて大慌てで食堂と反対側へ走って行ってしまった。
――ああ、この分だとあの人は朝ごはん食べられないなぁ……
それを目でぼーっと追っていた僕に、彼女が「全く」と腕組みをする。
「自分たちの飯を作ってくれている料理人に全く敬意がない。私の部下であれば足腰立たなくなるまで
「は、ははは……」
「君も君だ。立場が上なことをもう少し自覚したまえ。軍にとって規律は絶対、下の者に舐められるな!」
「はいぃっ! 申し訳ありませぇんっ!」
ひぃ怖い! 慌てて頭を下げると、彼女は一旦雰囲気を緩めてくれた。それでもめちゃくちゃ怖いけど。
僕がおびえる様子が面白かったのか、将軍はもう一度笑うと話し始めた。
「本当に君は外見と中身が一致しないな。一見粗暴なように見えて、非常に繊細だ」
「は、はぁ」
「ただ、だからこそ軍の料理人としてふさわしいのだろうな。人のためを想った料理をどんな場所でも作れるというのは才能だ。今後とも存分に腕を振るいたまえ」
「あ、ありがとうございます……?」
「なんでこの将軍は急に僕のことを褒めだしているのだろうか?」……そう普通なら思うでしょ? 実はこれは初めてではない。そして僕はこれが原因でこの御方の対応に困っている。
なんと、将軍は僕のことをとても好いてくれてるようなのだ。
きっかけはたぶん、彼女が初めてこの軍に来た時のことだ。
その時はすっかり忘れてたんだけど、首都からの視察が来るってことで基地の中が慌ただしい雰囲気になっていた。その中で、僕はいつも通り食糧庫から食材の入った箱を三箱重ねて運んでいた。
「食材運びを副料理長がやるのか?」って思った人。副料理長の仕事内容にはしっかり「食糧庫の管理」が含まれてる。だから僕は毎日食糧庫に行くし、ついでに足りない食材を持ってくるということが日課になっているんだ。普通なら複数人で運ぶものも僕なら一人で運べるし、ね。
それでいざ食堂に戻ろうと食糧庫を出た時にばったりあったのが、将軍だった。食糧庫は廊下のどん詰まりにあるから人がいると思わなくてびっくりしちゃったよ。
嫌らしいことに、彼女は「視察前視察だ」とか言ってあえて将軍の証を付けずに施設の中を歩き回っていたというんだ。だから僕も「見ない顔だな?」とは思っても、入館許可証を首から下げてるのを見て「外部の兵卒の人かな?」って勘違いして普通に話しかけちゃったんだ。
そしたら向こうも僕が食材の箱を重ねて持ってることに目を丸くして驚いちゃって。「手伝いましょうか?」って言われたけど、いつもやってるからって断ったんだ。
それで彼女の話を聞いたら「先日別の都から異動してきたばかりなんです。恥ずかしいことに道に迷ってしまいまして……」って言っててね。それを聞いて思わず言っちゃったんだ。
──ああ、そうなんですか。それなら案内しますよ。後、敬語が苦手なら止めて大丈夫ですよ──
それを聞いた彼女がもっと驚いちゃって、僕の顔をまじまじと見ながら理由を聞くから答えたんだ。
「一般の食堂で働いてた時に、料理をしながらお客さんのことを観察するのが癖になってしまって。ちょっと雰囲気と言葉尻に違和感があったので、普段敬語を使われない方なのかな、と思いました」。そう言っちゃったんだよ。
そうしたら彼女、凄い高らかに笑い声上げちゃって、びっくりして危うく箱を落とすところだったよ。「変な人だな」とかめちゃくちゃ失礼なことを思いながら道案内して「また後ほど会おう」って言われて別れたんだ。
その数時間後に「食堂視察」に現れた彼女を見て本当に心臓が止まるかと思ったけど。階級が上の人だろうな、とは思ってたけどまさか将軍とは……しかも「副料理長の料理を食べてみたい」とか言い出すから本当にあの時だけで寿命が五年は縮んだね。ちなみに料理長とか軍団長に「何があったんだお前」って目で見られてさらにもう五年縮んだ。
まあ、一口食べるごとに「
そんなことがあってから、この将軍様はやたらと僕に声をかけてくるようになった。食堂でもそうだし、今みたいに廊下で会えば必ず一言話していく。最初は怖くてガチガチで、それでも回数が重なってくると少し慣れてきたんだけど、その頃にようやく気づいたんだ。
──この方、もしかして僕を本気で好きになっていらっしゃらない?
さっきの話でもそうだったけど、僕は人の観察をするのが通常運転だ。だから緊張がほぐれてくるとその癖もしっかり出てくる。で、なんか彼女の仕草とか、目線とか、言葉とか、色々総合していった結果、なんと「僕のことがめちゃくちゃ好き」という結論に至ってしまったのだ。
というかもう食堂では露骨に僕のことじーっと見てくるし、それで僕の料理をとても幸せそうに食べるし。あまりに好意が分かりやすすぎる……料理を
え、自慢話はもう良いって? いやいや、確かにそう聞こえてしまったかもしれないけど、僕にとっては本当に困ったことなのだ。
もちろん、とんでもなく階級の上の人に見染められてしまっているのを喜んだらいいのか悩む、
僕にはその好意を受け取りたくない理由がある。
僕は、女性とではなく、男性とお付き合いしたいのだ。