僕は気づいた時には同性とお付き合いすることを望んでいた。
別に女性と嫌なことがあったわけでもないし、自分が女性になりたいと思ってるわけでもない。ただ、なんとなく、小さいころから情けなかった自分が憧れるのは屈強な男性だったんだけど。それが「そうなりたい」というよりは「一緒の時を過ごしたい」と思うようになっていたのは自分でも不思議だった。
なんか、そういう強い男の人ってみんなを引っ張ったり、凄い力仕事を請け負ったりしていることが多いんだけど、それを見るのが凄い好きだった。しかもだんだんそういう人を「自分が一番そばで支えてあげたい」って思ってることに気づいて「もしかして」って、しっかり考えたんだ。
それで「男性と一緒になりたい」っていう言葉が自分の中に、すとん、と収まって、凄い納得した。
でも、それは同時に僕の長い苦しみの始まりでもあった。
僕の周りには「同性が好き」っていう人は誰もいなくて、少なくともこの都では聞いたことがない。本当にいないのか、それか僕みたいに誰にも言っていないんだろう。その気持ちが僕には良く分かった。
だって、周りの男の人は皆当然のように「どんな女の人が好みか」とか「あの人は凄い綺麗だった」とか話してるんだもの。僕も外見の話だったら普通に話せるけど、そこに下心というか、
女性が嫌いなわけじゃない。自分の中でお付き合いの範囲には入ってないだけ。でも周りは「お前も綺麗な女の人と付き合いたいだろ?」っていう前提で話してくるんだ。もし僕が否定すれば、理解できなかったり、気持ち悪いものを見るようにして離れていくに違いないんだ。
言ったことがないのにどうして分かるんだって? だって一般食堂のお手伝いをしてた時にさんざんそういう話は聞いたもの。首都の方には男の人が女の人のように振舞って接待するバーとかがあるんだって。それを今にも吐きそうな顔をしながら馬鹿にするんだ。「あり得ない」「気持ち悪い」って。
それを聞いてた会話相手の人はまるで「自分には理解があります」って顔して「そんなこと言うなよ」とか言うんだ。それで何を言うかと思えば「確かに女らしくはないやつはそうかもしれないけど、全員がそうじゃないだろう」って。
なんとか必死に料理に集中して乗り切ったけど、本当に辛かった。さっきも言った通り僕は女の人になりたいわけじゃないし、さらに言えば男の人と
皆全然気づかないんだ。自分の目の前で料理をしてる人が、本当はそうかもしれないって。野菜が嫌いとか、肉より魚の方が好きっていうのは認めるくせに、男が男を好きになるのはおかしいって何にも疑問を持たずに言うんだ。更には「言ってくれないから分からない」なんて無理を言う。それを言うことにどれだけの勇気が必要かなんて考えもしないんだ。
「何か昔女性関係で嫌なことがあったに違いない!」「病院行った方がいいんだよそういう人は」「あいつ、俺を見る目がおかしい気がするんだよ。もしかしてソッチ系……? うわ、鳥肌立った」「冗談でも男が好き何ていうなよ、気持ち悪いな」「有名な同性愛者の人ってクールでかっこいいよね!」「この小説に出てくる脇役の男って、いっつも主人公に抱き着こうとして拒否られてるよね。当たり前なのにどうして止めないのかな」「男の人が好きって、
そんな言葉を当たり前に言う人達に誰が打ち明けると思うんだ? その言葉でこっちがどれだけ気力を無くしてると思うんだ? ……その言葉を聞いた自分が自分のことを嫌いになりそうになるって、どうして分からないんだ?
うん、分からないんだ。だって、彼ら自身はそうじゃないから。彼らがそうじゃないなら、彼らは傷つかないから、その考えを変える必要なんてない。
皆が当たり前に言う言葉に「話し合えば分かりあえる」っていうものがある。良くそんな嘘を簡単につけるもんだ。「話されても受け入れられない」ってことをとっくに自分で言ってるくせに。いざ打ち明けられれば「分かり合える」なんて言葉知らない振りして、あっさり人を切り捨てる。
どうしたらいい? 僕は、どうしたら幸せになれる?
こんなに沢山人がいるのに、
その現実が、あまりに重かった。
「副料理長? どうした?」
ハッ、とする。気づけば将軍の前で考え込んでしまっていたようだ。きっと将軍は話し続けていたのだろうけど、僕は何も覚えていなかった。
「どうした、かなり顔色が悪いぞ。体調は万全にしているのか?」
一見すれば軍人の体調管理不足に不機嫌になったかのようだけど、僕にはしっかり案じてくれている気持ちが伝わっていた。
……それが、今は逆に苦しかった。
「すみません、部屋に戻って休みますので。失礼します」
サッと敬礼して上官の許可も得ずに去る僕を、彼女はどんな顔をして見ているのだろうか。最後は目も合わせられなかったから全く分からなかった。
でも、今はどんな表情をしてたとしても見たくはなかった。
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自分の考えで自分を苦しめるようになったのはいつからだろう。
自分が「普通と違う」と気づいてしまった時? でも、それより前から僕は僕だった。別に自覚がないからって好きなものが嫌いになったり、その逆になったりすることはない。
時々無性に苦しくなるようになったのは、もっと昔。お父さんに怒鳴られて、殴られて、失望されてしまったあの時から。料理に没頭してると何でもないのに、ふと気が緩むと影が自分の背中から這い出して来る。
それはお父さんの姿でこう言うんだ。
──お前は決して幸せになれはしない──
それを振り払いたくて、余計に料理に夢中になる。料理のことだけ考える。そしてできた料理を通して他人と接する。そうすれば見えるのは「美味しい」っていう笑顔だけ。何も嫌なことを考えずに済む。自分は幸せなのだと言い聞かせることができるんだ。
でも最近、なかなか影を振り払うことができなくなってきていた。いつでも僕のことを後ろから見ているような気がした。そしてちょっとでも僕が嫌になることを聞くと、苦しさや不安を増長させるんだ。
「すっかり寒くなったよな」
「ほんと、水が冷たくて手がいてーよ」
「こういう時って人肌恋しくなるよな」
「分かるわー。どこかに俺を温めてくれる良い人いねーかなー……」
そんな自分の部下に当たる料理人たちの何気ない会話でも、思わず一瞬手が止まるようになってしまった。
──いけない、気にしちゃいけない、皆が話していることに僕は関係ないんだ
頭を振って、もう一度包丁を握りなおす。「ちゃんと食材に向き合わないと」、そう思って下ごしらえの続きを始めようとしたら料理長が呼んできた。
珍しく今日は僕と料理長が一緒に厨房に立っていた。
「後の休憩時間に、軍団長の部屋に来てもらえるか。ちょいと今後の訓練に関わる話がある」
「は、はい。分かりました」
──軍団長? これまた珍しい方からお呼びがあったものだ。それに僕たち料理人に関係する訓練……なんのことだろう
幸いそのことが気になって、それ以降僕の作業の手が
「来てくれたか」
団長部屋に入室すると、そこには将軍もいた。数日前の会話を思い出して少し体がこわばったけど、表向きは何でもない振りをして敬礼をする。彼女も敬礼を返してくれて「体調は大丈夫か?」と聞いてきた。
「はい、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」
「いや、夜勤明けで疲れていたんだろう。私も挨拶だけにとどめるべきだった」
「恐縮です」
「本当に副料理長を気に入っているんですな、あなたは」
その自然な会話に軍団長はニヤニヤした顔で将軍を揶揄した。良くそんな畏れ多いことができるもんだ……
でも彼女は動じずに澄まし顔で「ああ」と返事をした。
「彼の料理は素晴らしいからな。それもあって、この件は対処すべきだと言った。何か文句が?」
「いえ、もちろん文句なんぞありませんとも! 私も同じように考えていましたからな!」
彼女の恐ろしい眼光にも軍団長は全くひるまず、朗らかに笑い返した。いやぁ、さすが軍団長、
「おほん。将軍殿、軍団長、我々の休憩時間も考慮して頂きたいですな。自分たちの昼食を食いっぱぐれては元も子もありませんぞ」
「おおすまない。そうだな、本題に入るとしよう」
放っておくといつまでも続きそうな会話に料理長が割って入る。それでやっと軍団長は僕たちを呼び出した件について話しだした。
「実は将軍殿から今の若い者たちの料理人への態度についてお話頂いてな」
その言葉で「もしかして」と冷や汗が出始める。
「なんとまあ自分たちが誰のおかげで戦えているのか分かっていないようだと。中には陰口を叩くような輩もいるとか」
「私は覚えがありませんが、副料理長、どうだ?」
「え、えーっと……」
「急に話を振らないでぇ!」と思ったけど、時すでに遅し。なんとかごまかそうと考えるけど、そもそも将軍が既に話していることは分かり切ってるんだから意味ないな、と項垂れた。
「……はい。本人たちは聞こえていると思っていないようですが、私の耳にはたまに……」
「ふむ、そうかそうか。これは由々しき事態だ」
それを聞いた軍団長の顔が凄みを増す……こ、こっちもめちゃくちゃ怖いぃ……
「君が来てくれてから作ってくれる料理は、お世辞抜きに素晴らしい。君を失うようなことがあればわが軍にとって大損失だ」
「あ、ありがとうございます」
「それを何も理解していない若い者のために、一つ特別訓練を行おうと思っていてな」
「特別訓練、ですか?」
そうだ、確か要件は今後の訓練のことだったっけ。すっかり忘れてた。
「ああ、簡単に言えば、近くの雪山への
内容はこうだ。
部隊ごとに三日間、雪山で訓練を行う。訓練内容としては雪山にふさわしいもので、ここは僕たちには特に関係がない。
重要なのは一部隊に一人料理人が付いていくということ。そして、二日目の昼までは
一日目の朝から一切僕たちの料理は食べず、自分たちで食材を運び、調理して、食いつないでもらう。
そして二日目の夜に満を持して僕たち料理人の料理を食べてもらい、その本当の価値を体を持って理解してもらおうというのだ。
そこまで聞いて僕は
「それはまた、ずいぶん酷な訓練を思いつきましたね……」
僕の顔には兵卒のみんなへの「ご愁傷様です」という感情がありありと浮かんでいるのだろう。
でも僕以外の三人は全員悪い顔をして笑ってるんだから、ほんと上層部って怖いよね……
「あらかじめ部隊長には行軍の狙いを伝えるようにする。あくまでターゲットは兵卒だからな」
「果たして二日目の夜まで彼らは生きていられるか、見ものですな」
「その程度でくたばる奴ら等、軍には不要だ。倒れたならそのまま雪に埋もれさせてしまえ」
「いいや、途中でのリタイアなど一切許さん。他の者に引きずらせてでも最後まで参加させろ」
ククク、フフフと笑う軍団長たちに、思わず兵卒のみんなの無事を祈ってしまった。
きっと訓練内容も普段の数倍はきついんだろうな……頑張れ。
「すでに君に任せる部隊は決定している。
しかしそうなると僕もちゃんと行軍用の装備を用意しないといけない。今までほぼずっと厨房に缶詰状態だったから、冬用のかさばる装備は基地の外の部屋に置いてしまっていた。だから、仕事が終わるとすぐに外出申請をして、僕は久しぶりに都の街中を歩いていた。
──ここにも雪がちらついているくらいだから、数日後の山は完全に雪深くなってるだろうなぁ。皆生きて帰れるのかなぁ
そんなことを考えながら、寒いしさっさと装備を持って寮に帰ろうとしてた。
「──そこのお前」
──後から考えると、これより前から僕の運命は既に決まっていたんだろう。
でも、何かが変わり始めたと僕が自覚をしたのは、この声に呼び止められてからだった。
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「なんで……すか?」
思わず言葉が途切れてしまった。もうずっと基地に居っぱなしの僕が街中で声を掛けられるなんて思ってなかったのもあるけど……かけてきた相手がどうみても不審者だったからだ。
――いや、確かに今結構寒いけど、黒いマントで体を全部覆い隠して顔もフードで完璧に見えなくしてるなんて、どう見ても身元バレしたくない人じゃないか! むしろ前見えてる!?
しかも、一応かなりの強面だって自覚のある自分に声をかけてくるってところがめちゃくちゃ怪しい。「もしかして軍に恨みがあるような人? それで施設から出てきた僕を関係者だと思ってここまで付けてきたとか!? ちょっとやめて欲しい!」と僕の頭の中はパニック状態だ。
「……」
でも、黒マントの人は僕を呼び止めてから何にも話さず黙っている。まるでフード越しの目で僕のことを観察してるみたいだった。
「……」
「あの、何もないなら僕はもう行きますよ……?」
「……」
これ関わったらいけないやつだと思って踵を返そうとした――その時。
「これをやろう」
「へ? 何を、わっ!」
何かを投げつけられて僕は思わず受け取ってしまう。
――これは……ダイヤモンド?
でも、良く見るダイヤとは何かが違う。凄くきらきらと輝いてて、反対側まで良く見える透明さだ。その上で真ん中には何かが輝いてるのがぼんやりと見える。透明なダイヤなのにそれが何かが分からない。
何かは分からないけど、なぜか僕はそれに目が釘付けになっていた。
――ゆらゆら揺れてる……綺麗だ……
「次にお前が雪山に向かう時に、持っていくと良い
――
「え、なんで雪山のこと……あれ」
そこには既に黒マントの人はいなかった。ダイヤに見とれてた隙に離れてしまったのかとも思ったけど、すぐ近くで声がしたからとても不自然だった。
それにまるで僕が近いうちに雪山に行くことを知ってたみたいだった。
「……そんな馬鹿な」
だって僕がその話を聞いたのは今日だし、聞く限りではまだあの会議室にいた四人しか知らないはずだ。少なくとも基地の外の人間が知っているはずがない。
──でも、それよりも。
「僕を苦しめている、本当に欲しい、もの?」
その言葉が僕の心に深く突き刺さっていた。欲しいと気づいてしまったから苦しめられてて、苦しめられてるんだけどずっとずっと欲しくてやまないもの。
「本当に、手に入れられるの?」
僕は呆然と立ちすくんでしまう。
僕のつぶやきに反応して右手に持ったダイヤが怪しく光ったことには気づかなかった。