雪山の恐怖   作:瀧音

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フローズン・ラヴァーズⅢ

 あれから数日が過ぎて、あっという間に僕が担当の雪中行軍の日がやってきた。あのダイヤは結局、懐に入れて持っていくことにした。

 

 すごい悩んだ。怪しすぎる人から渡された怪しいダイヤモンド。こういう結晶体には魔法が封じられてることが良くある。僕はあんまり詳しくないけれど、邪悪な魔法が封じ込められてるかもしれないとも思った。それでも捨てようとするとあの言葉が頭をよぎるんだ。

 

──僕を苦しめている本当に欲しいものが手に入る――

 

 誰かに相談した方が良かっただろうか。でも、相談するとなると絶対に「なぜすぐに捨てられないのか」とか「欲しいものってなんだ」ということを聞かれるに違いない。そうすると、僕の心の内を言わないといけなくなる。それは嫌だったし、できるとは思えなかった。

 

 どうにもできないし、一体何が起こるかもわからないけど、一応持っていきたい。そんな言い訳ですらない言い分で、僕は内ポケットにダイヤを入れている。

 

──僕ってこんなに考えなしだったっけ? もしかしたら、僕はもうこのダイヤに魅入られてしまったのかも

──そうでなかったとしたら、僕の心はもうとっくに……

 

 コン、コン、コン

 

 部屋がノックされる音に考えが中断させられた。僕は今、担当の部隊の隊長と訓練前ブリーフィングを行うことになっていた。どうやらその隊長が来たようだ。

 

 慌てて「どうぞ」と言うと「失礼します」という声がしてドアが開く。そこには予想通り担当の隊長が立っていた。

 

 僕ほど背は高くないけど、軍人らしくがっしりした体系の人だ。でも顔は温和な印象を受ける。そういう意味では僕と違ってあんまり軍には居なさそうな人だ。

 

「第三部隊の隊長であります。本日から三日間、よろしくお願いいたします」

「副料理長です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 敬礼し合ってからテーブルを挟んで向かい合って座る。今更だけど、副料理長って部隊長よりも階級が上なんだよね。なんで僕がそんな地位にいるのか……

 

 それは置いといて隊長が持ってきた資料を見ながら訓練内容の確認を行った。

 

 内容は既に知っていたので、あくまで最終確認だ。僕たち料理人も補給兵士として訓練に参加するから、事前に料理人側だけで確認を行っていた。それと、二日目夜からの料理についての確認も、ね。

 

 そんなわけで話自体はすぐ終わり、部隊の集合時間まで少し時間ができてしまった。どうしようか、もうさんざんやったけど荷物の確認でもしようかな、と思った時だった。

 

 目の前に座っていた隊長が突然「副料理長!」と大きな声で僕のことを呼んだ。それに僕が目を白黒させている間に、彼は椅子から立ち上がり、勢いよく頭を下げた。

 

今回は、本当に、自分の部隊の者が申し訳ありませんでした! 全て自分の不徳の致すところであります!

 

 ぽかん、という表現が適切だろう。一体何を言っているのか分からなかった。

 

「自分の部隊の人間が、副料理長に侮蔑の目を向けていること、気づいておりました! しかし、どれだけ自分が説得しようとも奴らは全く聞く耳を持たず、さらには自分のいない場所で陰口すら叩いていると! そのこと知った自分は、情けないことですが『自分だけでは解決できない』と判断して軍団長に今回の特別訓練をさせてほしいと申し上げたのであります!」

 

 そう、確かに彼の部隊が一番、僕を見下していたようなのだ。報告によると、酒が入った場所で僕を貶す発言をさんざん繰り返していたらしい。「今回の訓練で更生しなければ二度と食堂で食べること等許さん」という将軍の声がめちゃくちゃ怖かったのを覚えている。その最後の一線の役割として、僕が直接この部隊を担当することになったのだ。

 

 ところで今の隊長の言葉を聞くと、もしかして……

 

「あの、あなたが今回の訓練を提案してくれたんですか?」

「はっ、そうであります! 自分は、兵卒たちにあなたが馬鹿にされているなど、悔しくて、許せなくて、奴らの根性を叩きなおしたいと軍団長に直談判したのであります!」

 

 隊長の握りこぶしにものすごい力が入っているのが良く見えた。それを見て思わず「きっと本当に許せないと思ってくれたんだ」と他人事のように考えてしまった。

 

 でもこれで分かったことがあった。実は「いくら上の立場とは言え、将軍の鶴の一声で我らが軍団長が特別訓練を実施するだろうか?」と疑問に思っていたのだ。きっとその前からこの隊長が軍団長に相談してくれていたんだ。それで、たぶん軍団長が対応を検討しているところに将軍が乗っかって今回の特別訓練が決行されることになった、ということだ。

 

「軍団長は自分の訴えを無下にすることなく、それどころか当初自分が考えていたよりも数倍、いや、数十倍はきつい訓練に改良してくださいました! 本当に感謝しきれません!」

「あ、あぁ、なるほど、そういうこと……」

 

 絶対それ軍団長と将軍が二人で悪乗りして決めたんだ……絶対そうだ……

 

「しかし、そのためにわざわざ副料理長自身にお手を煩わせてしまうこととなってしまいました! 全て、自分の力不足が原因であります! なので、申し訳ありません!」

 

 ここまで、隊長は全く頭を上げてなかった。僕がいいって言うまできっと上げないつもりなんだ。

 

──この人は本当に、僕に、僕なんかのことに真剣に悩んでくれて、怒ってくれて、行動してくれたんだ

 

 そう思ったら何かがこみ上げてきそうだったけど、必死に押さえつけながらなんとか口を開いた。

 

「顔を上げてください」

「いえ、あと十分はこのままで!」

「頭に血が上ってしまいますよ!? いいから顔を上げてください! 上官命令ですよ!?」

 

 思わず上官命令なんていう言葉を使ってしまったけど、それでようやく隊長は顔を上げてくれた。その表情は、悔しさと、申し訳なさと、怒りですごい形相をしていたけど、なぜだか僕は嬉しかった。

 

 今までほとんど話したことがない人にこんなに想ってもらえていることが、本当に本当に嬉しかった。

 

「どうして、ですか?」

「何がでありますか?」

「どうして、僕が馬鹿にされるのが、悔しかったんですか?」

 

 そういうと、彼の目が急にきょろきょろし始めた。さっきまでしっかり目を合わせてくれていたのに、なんだか言うのを恥ずかしがっているようだった。

 

「その、自分は、今回の訓練で()()()()()()()()()()()()()()はとっくに気づいていました」

「それは……嬉しいです。ありがとうございます」

「お礼などっ! ……自分はそれに気づいた時、衝撃を受けたのであります。料理人の方々にはもちろん今までも感謝していました。でも、副料理長ははっきり言って、今までのどの料理人よりも凄いと思っております。料理長よりも、尊敬しております!」

「え、えぇ!?」

 

――そ、そんなに言うほど!? というかそれは本当に思ってても絶対に表で言っちゃだめだよ!? たぶん僕が料理長にぶっとばされる! 

 

「それに、こんなに手間のかかることができるのは、本当に我々のことを想ってくれているからだと、そう気づきました」

 

 思わぬ言葉に冷や汗が噴出していたけど、隊長の言葉にその冷や汗が止まるくらい心臓が跳ねた。

 

「『この人の想いを踏みにじることは許さない』。気づいたら自分は、団長の部屋を訪ねていたのであります」

 

「勝手に心中をお察しするようなことを申し上げてしまい、謝罪致します」と、また隊長は頭を下げていたけど。

 僕はそれに反応できなかった。

 

「……僕の」

「はい」

「……僕の想いは、伝わっていましたか?」

 

 その問いに、隊長は凄い勢いで顔を上げた。

 

「少なくとも、自分には間違いなく伝わっていました。そして、あなたが思うよりあなたに感謝している者は沢山います。だから、これは代表して申し上げます。

 

 副料理長。毎日私たちの料理を作って下さり、本当にありがとうございます!

 

 

――……

 

――そっか。

 

――僕が自己満足だと思ってやってきたことだけど

 

――ちゃんと伝わって、分かってくれる人はいたんだ

 

 

 そこで隊長がはっとして告げた。

 

「申し訳ありません。長々と話してしまったせいで、もう集合時間がすぐであります」

「え? あ、本当ですね、そろそろ行かないと」

 

 気づいたらもう訓練直前の時間になっていた。頭を切り替えないといけない。

 

――……でも、その前に

 

「隊長」

「はっ」

「ありがとうございました。改めて、今日からよろしくお願いします」

 

 僕がそう言いながら手を差し出した。

 隊長はちょっと目を見開いて、それから満面の笑みで僕の手を握った。

 

「こちらこそ、よろしくお願い致します!」

 

 

──何かがキラリ、と輝いた──

 

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 こうして訓練は始まった。予想通り集合場所に来た隊員はほぼ全員、僕のことを好ましい目では見てくれなかった。

 

 普段なら委縮してしまって何もできなくなりそうだけど、隊長の感謝の言葉が嬉しすぎて何にも気にならなかった(ただ隊長は一瞬それはもうすんごい顔を見せてたけど、幸い隊員には気づかれてなかったようだ)。

 

 しかし不満げな隊員たちも訓練が始まると、僕のことなんか気にしてられない。今回の訓練はとにかく歩く。雪山の中を歩いて、歩いて、お昼ご飯も携帯食を食べながら歩いて、体力の限界を超えて歩き続ける。そのうえ、突然敵の襲撃を模した仕掛けが隊員たちを襲うのだ。その仕掛けがあまりに嫌らしいものばかりで「絶対将軍の息がかかってる」と悲しいことに僕は確信してしまった。

 

 今回は夜の雪山は歩かないけど、一番つらい訓練だとやることはある。「目的が違うからな。適度に精神を追いつめて、かつある程度は考える力が残っておらんと意味がない」とは将軍の言だ……将軍の考える「ある程度」だからね。どう見てももう誰も動けそうにないんだけど……

 

 雪の上にそのまま座り込むのはむしろ体温が低くなって余計に体力を奪われるっていうのは隊員たちも知ってるだろうけど、もう誰もそんなこと言ってられない状態だ。現状立ててるのは僕と、隊長が何とかっていうところ。

 

 ……なんか既に隊員たちの僕を見る目が朝と変わってる気がするんだけど。なんでそんな恐ろしいものを見るようなんだろう? 

 

まさか体力もここまですげぇとはな……

 副料理長、今日はここで野営とします。打ち合わせの通り、本日は隊員だけで夕食の準備をしますので、副料理長は休憩して頂いて大丈夫です」

「ありがとうございます。でもテント設営ぐらいは手伝いますよ」

「しかし……」

「確かに料理に関しては手伝えませんが、それ以外の作業については特に禁止されてないでしょ?」

「それは、確かにそうですが……」

「大丈夫、準備だけです。それに少し体を動かしてないと冷えそうですし」

 

 もちろん火を起こせれば冷えは多少マシになるけど、この隊員たちの様子だと火の準備にも時間かかりそうだしね……

 

「……了解しました。

お前たち!! 上官に自分たちの作業をやらせて休んでいるのか!? さっさと野営準備を開始しろ!!

 

 発破をかけられてやっと隊員たちは立ち上がり始めてた。直後に「返事がない!!」って怒鳴られてたけど。

 

 さて、夕飯は食べられるとしても、明日は大丈夫だろうか……

 

 

 

 確かに僕たち料理人が料理を担当するのは当たり前なんだけど、かといっていつでも僕たちが料理をできる場所にいるとは限らない。もっと言えば、僕たち料理人がいるとは限らない。だから軍人として()()()の料理のスキルは必要とされているんだ。そういう調理訓練もしているし、夕ご飯が食べられないという心配は実はしていなかった。

 

 実際、隊員たちは(荷物でつぶれた)パンに合わせるスープを作ることができた。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()の美味しいスープだ。なにやら僕に対抗するためにわざわざ健康にいい野菜を沢山使って「自分たちはお前よりよっぽど考えて料理ができる」ということをアピールしたいらしい。

 

 ……そんなこと考えない方が良かったのに……

 

 隊員たちがしたり顔をしながら美味しい美味しいといって食べている横で、僕は()()()()()()スープをすすった。

 

 

 

 そして次の日の朝早く、昨日の夜と全く同じ献立を食べて僕たちはまた行軍訓練を開始した。二日連続とはいえ、昨日はたっぷりと睡眠をとった隊員たちは今日の訓練も何とかやり遂げられる──はずだった。

 

 

 

 異変は顕著だった。昼頃から行軍がどんどん遅くなっていった。主に隊員たちの歩く速度が遅くなっていって、どれだけ隊長が怒鳴っても隊員たちに応える元気がなかった。息が切れ、体温は低下し、目が虚ろになっていく隊員たち。とうとう倒れ、起き上がれなくなってしまった者が出てしまった。

 

 隊長と僕はやむを得ないと、本来の目的地から二時間も手前の場所にテントを設営することにした。

 

 手早くテントを設置して隊員たちをその中に収容すると、僕は料理の準備を始めた。彼らの体力を回復させる料理を作ってあげなくては。

 

 

 

 それから数十分後……

 

 

 

 そこには僕の作ったスープを掻っ込む隊員たちの姿があった。美味しい美味しいと涙を流しながら食べている。大の大人の男が泣くなんて、とお父さんなら言うんだろうけど、僕はそんなこと一切思わない。それより皆がご飯を食べて元気になってる姿が見られて安心した。

 

 一先ずお腹に食べ物を入れられた僕たちは、そのまま焚火を囲んで反省会を行うことになった。

 

「さあ、副料理長の料理を食べてどう思った? 言ってみろ」

 

 隊長がまず一人の隊員に聞くと「凄い肉が多くて美味しかった」と答えた。周りの隊員は安直な答えだと思ったのか少し笑ってたけど、隊長が睨むと笑い声は一瞬で消えた。体長がため息をつきながら僕に説明をお願いしてくる。

 

「お肉は体を作るもとなんです。特にこんな無茶な運動をずっとしてると体の中はめちゃくちゃに壊れています。それを直すためのお肉はたくさん食べないと体力は回復しないんですよ」

 

 それを聞いて皆が昨日の夜自分たちで作ったスープの中身を思い出していたようだった。その中で肉と言えるものは出汁のための塩漬け肉だけだった。あんな切れ端では体がもたないのだと皆気づいたようだ。

 

「他には? お前はどうだ?」

 

 隊長が別の隊員に聞くと、今度は「食べてから体がずっと温かい気がする」と答えた。

 

「それはスパイスのおかげですね。これを使った料理は体を芯から温めてくれて、しかも長く続きます。冬の寒い時期の食堂の料理には毎日入れるようにしてますよ」

「このスパイスは、副料理長が軍に来た初めの冬に提案してくださったものだ。軍団長は『手足が冷えにこのスパイスを使った飲み物が良く効く』と愛飲していらっしゃる」

 

 隊長がそう言うと皆が驚いた顔をして僕を見た。そ、それは言わなくていいんじゃないかなと思うけど……

 僕が照れていると「それでは昨日のスープにもこれを入れれば……」という声が聞こえた。

 

「もちろん効果はあったと思いますけど、そもそも体を直すもとが無い状態だとあまり意味はなかったと思います。スパイスは体力回復の解決にはなりませんからね」

 

「それともう一つ」と僕は続けた。

 

「昨日のスープに入ってた野菜、ほとんどが夏野菜だったんですが……よく見つけてきましたね」

 

 それを聞いた一人の隊員が「市場でたまたま冬の夏野菜セールをやっていた」と話してくれた。冬に夏のものを食べることは普通できないから、つい買っちゃったのか。非常に残念だけど……

 

「夏野菜は、結構体を冷やす作用があるものが多いんです」

 

 隊員全員が、ピタリ、と止まっちゃった。隊長も「なるほど、それで」と頷いていた。

 

「どうりで。昨晩やたらと冷えると思いました」

「少なくとも冬野菜のスープならもっと素直に温まったと思うんですけど、完全に逆効果になってしまいましたね」

 

 今日隊員たちの士気・体力がやたらと低かったのは、寒くてしっかり眠れなかったからだ。

 

「あと、スープの味付けが薄いのもまずいです。寒いとはいえ汗は沢山かいたんだから塩分はもっととらないといけません。一般の人と健康のための食事の内容は全然違うんですから。とりすぎはもちろん良くありませんが、激しい運動の後はちゃんと塩をなめましょう」

 

 そう言うと全員項垂れながら「はい」と答えてくれた。「スープに関してはこんなところかな」と思っていると、立ち直りの早かった一人が手を上げて「主食が米であることも重要ですか?」と聞いてきた。

 

 実は今回の夕飯の主食は米にしていた。もちろん理由がある。

 

「パンは特に何も調理せずに食べられるので重宝されるんですけど、意外とかさばります。荷物が満杯で十分な量が入らないこともあります。

 米は炊くために水が必要ですが、逆に水が確保できるなら持ち運びの効率が良いです。これはその時々の状況にもよるので、どっちがいいかは想定に合わせて選びましょう」

 

 そこまで言って、僕は改めて隊員たちを見まわした。誰も僕のことを嫌な目で見てはいなかった。

 

「料理は、つい『美味しければ良い』って思いがちなんですけど、実際にはその時その時に適したものを食べる必要があります。適当なものを食べていると、僕たちみたいな体が資本な仕事ではあっという間に体力不足に陥いります。それで肝心な時に戦えませんでした、ではいけませんよね。

 いつでも自分が最高の状態で動けるようにするには、まず食事を良いものにしないといけない。そのことを少しでも知っておいてくれると嬉しいです」

 

 こんなところだと思う。なんとなく最後は自分が言いたいことを言っちゃったけど、それは正しく伝わったようで、皆真剣な目をして返事をしてくれた。わかってくれて本当に良かった。わかってくれなかったら、たぶん将軍にものすごい目にあわされると思う……

 

 そんなことを考えながら隊長に「自分からは以上です。途中からずっと話してしまってすみません」と言った、んだけど……なんか隊長、すごい不満げな顔をしてこっちを見てくる。

 

――え、何!!? なにかまずかっただろうか!?

 

「それで終わらせられると、私は怒りますよ、副料理長。あなたがやっていることはそれだけではないでしょう?」

 

 「え?」と言う顔を皆がする。言われて僕は気づいたけど、それも言わないといけないかな……? 僕が迷っていると、その様子をみた隊長が深いため息をついた。えぇ……

 

「ほら、皆にスープのお代わりを渡してください」

「え、はい、わかりました……」

 

「あれ? 僕って上官じゃなかったっけ?」と思いつつも、まだまだ残ってるスープをとりわけるために一人の隊員から器を受け取る。

 

「良く考えたらこれだけの食材、全部副料理長一人で運んでたんだよな……すげぇ……」って声をしり目に、器にスープを盛り付けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()その隊員に器を渡した。そして次の隊員は、器にスープを盛り付けて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()器を返した。さらに次の隊員は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()器を返す。次の隊員は……あれ? 器は? 

 

 器が来ないので隊員の方を見ると、皆なぜか戸惑った顔をしてこちらを見てくる。

 

「そりゃ戸惑いますよ。『何で人によって味付け変えてんだ?』って皆思ってるんですよ」

 

 隊長の言葉に隊員全員が頷いた。

 ……そうだよね。今まで軍にいた料理人もそんなことしなかったみたいだし。でも、もう言うしかないか。

 

「人によって味の好みは違うんだから、その人が好きな味付けで渡してあげたいんです、僕は」

 

 と言うと、再度隊員が固まった。今度は「信じられない」って顔で僕を凝視している。

 

「もう分かっていると思うが、この人はお前らの好みの味付けを一人ひとり把握しきってるぞ。もちろんこの部隊だけの話じゃなくて、軍にいる人全員の、な」

「正直、僕は料理人としてこれが当たり前だと思ってます。いくらこっちが美味しいと思ったもの出しても、食べる人が美味しいと思ってくれないと意味ないですよ。だから皆それぞれどんな味付けが好みなのか、食堂での様子を見て把握してるんです」

「この人は自然に、軍全体のことを考えた料理じゃなくて、お前ら一人ひとりのことを考えた料理を作ってくださってるんだ。それがどれだけ凄いことで、どれだけ俺たちのことを考えてくださってるか、分からない奴はいるか?

 

 隊員が全員青ざめた顔して首を横に振りまくってるんだけど……ま、まあ、僕の自己満足だから、あんまり言及しないで欲しいんだけどな。

 そう思って隊長に軽く顔を横に振って見せたんだけど、なんでかさっきよりもっと深いため息をつかれてしまった。なんで? 

 

この人は全く……

 それで? お前らは副料理長に何か言うべきことがあるんじゃないか?」

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