次の日の朝。僕が作った朝食を食べた後、隊員たちがテントを撤収している横で僕と隊長は話していた。
「いやぁ良かったです。皆と仲良くなれて」
「……」
「『これからはどれだけ疲れてても絶対ご飯は残しません!』って言われちゃいました。皆ご飯残したことないんですけどね」
「……そうですか」
「それに隊長も良かったですね。皆、隊長想いの良い隊員じゃないですか」
「お願いですから、その話はしないでください!」
顔を真っ赤にした隊長が必死に僕からその顔を背けていた。まあ、もしおんなじ立場だったら僕でも恥ずかしいだろうなぁ。
あの後隊員の皆から謝罪を受けて、僕たちは和解することができた。ただ、どうしても言いたいことがあるっていうんで、隊員たちの話を聞いたんだけど……それがなんと、彼らが僕に不満を持っていたのは隊長が原因だというのだ。
正確には「部隊の隊長より副料理長の方が立場が上」っていうことに納得がいっていなかったらしい。以前までの副料理長はそれなりに歳がいっていたからそんな不満なかったんだけど、新しく副料理長になったのが僕。隊長とほぼ同い年らしいんだけど「ビビリで兵士になれないから料理人になった」っていう噂を聞いて、隊員たちは凄い怒ったそうだ。「そんなビビリなやつが自分たちの隊長より階級が上だなんて!」って。
しかもその不満を察した隊長が僕のことを擁護するから逆効果に。加えてあんまり料理人の職務を意識したことがなかったから「副料理長なんかより隊長の方が上!」って思っていたらしいんだ。
それについては全員本当に反省したみたいで、僕と隊長それぞれに雪に膝をついて頭を下げることになってしまった。僕は慌てて立たせようとしたんだけど、隊長が「私のことはどうでもいいから副料理長に一晩そのまま頭を下げ続けろ!」って煽るから大変だった……
ただ、終わってから「つまり隊長は皆から慕われている素晴らしい隊長なんですね」って言ったら、隊長もやっとそのことを自覚したらしくて。怒りとは別の意味で顔を赤くした隊長は僕も含めて全員をテントに叩き込んでしまった。その後隊員が無理に見張りを交代しなかったら、たぶん隊長は外でずっと顔を冷やしてたんじゃないかな?
そんなわけで、自分が原因で、しかも気恥ずかしい理由だったと知った隊長は頭を抱えてしまったというわけだ。そんな隊長の様子を微笑ましく見ていたら、いつの間にか出発準備が整ったようだ。
「隊長、ほら隊長。準備できたみたいですよ」
「……いや皆が俺のこと慕ってくれてるのは嬉しいんだけど、それ以上に……」
「隊長?」
「! あ、も、申し訳ありません。考え事をしていました」
どうしたんだろう? なんだか照れもそうだけど、隊長、凄い嬉しそう。隊員に慕われてたっていうのがそんなに嬉しかった? でもちょっと違和感が……
「よし、全員いるな。それでは出発!」
おっといけない。ここからは訓練だから。しっかりやらないと、ね。
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その後順調以上のペースで僕たちは行軍することができた。皆しっかり眠れて、体力も戻って、体も温まってるから昨日と比較にならないほど元気だ。昨日進めなかった二時間分もあっという間に通り過ぎて、お昼も越えて、もうすぐ下山というところまでこれた。
「よし、あと1時間で下山! その後は基地へ帰還する! 最後まで気を抜くな!」
それに全員が気合を入れて返事を返す。昨日までと違う一体感に、訓練なのに楽しくなってしまう。全員まだまだ体力があるから、このまま何事もなく下山できるだろう。
その楽観的な考えが、背中に受けた衝撃で一気に吹き飛ばされた。
「!!??」
本当に一瞬何が起こったのか分からなかった。次の一歩を踏み出そうと足を上げた瞬間、後ろから何かに凄く強い力で押された。受け身を取る暇もなく雪の上に倒れこんでしまって、口に少し雪が入ってしまった。とても冷たくて慌てて口から吐き出す。
「ペッ、ペッ! 一体何が……」
そもそも僕は行軍の一番後ろにいたから、誰も後ろから押せるはずがないのに。そんな疑問は顔を上げると同時に氷解して、もっと大きな問題を目の当たりにすることになる。
――もしかして倒れた一瞬で置いて行かれてしまった!?
「おーい! おーい!!」
慌てて口に手を当てて大声を出す。もうほとんど下山してるから
――おかしい、標高もそんなに高くない場所でこんな激しい吹雪が吹く!? しかもこんな突然!? 普通こんな強い吹雪が近づいてたら自分たちに迫ってくる風の音が聞こえたはず!
――まさかこれは……自然の吹雪じゃない!?
「おーい!! 誰かー!! 聞こえたら返事をしてくれー!! 」
恐怖をなんとか抑え込んでもう一度大きく声を出す。それでも吹雪の方が酷くて全然響いた気がしない。
――まずい、雪が急速に積もってきてる! このままだと足が動かせなくなる!
「仕方ない。危険だけど歩いてみるしか……」
とにかく一つ前を歩いていた隊員と合流できれば。そう思って数歩歩いた──すると。
「誰だ!?」「!! だ、誰!?」
急に目の前に人が現れて僕はめちゃくちゃ驚いた。きっと現れたんじゃなくて「見えるくらい近づけた」が正しいんだろうけど、それよりこの背格好と何とか聞こえたこの声は……
「隊長!!」「副料理長か!! 無事か!!」
同時に互いを確認できた! 良かった、とにかく誰かと合流できたのは大きい!
あれ、でも、おかしい。隊長は行軍の先頭を歩いていたはずだ。その隊長と数歩歩いただけで合流できた? 嫌な予感がする……
「副料理長、てめぇこんな前まで吹雪ん中歩いて来たのか!? 危険すぎんだろ!?」
な、なんか隊長の言葉遣いが……いや、それは気にしてる場合じゃない!
「ち、違う! 僕はまだ三歩ほどしか歩いてないんだ!!」
「……なんだって?」
「大声で呼んだんだけど、誰にも聞こえてなさそうだったから! とにかく前の隊員と合流しようとしたんだけど! 隊長は!?」
「……俺もだ! 俺も今後ろ振り返ったばっかりだ!」
そんな、それでは、まるで。
「隊員が、皆、消えた……?」
僕がぽつりとつぶやいた。
「もしくは」と隊長が言う。
「俺たちが消えた、のか? とにかく分かってんのは、
──俺たちは遭難したってことだ」
その声は吹雪の中なのにはっきりと聞こえた。
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吹雪は一過性というわけじゃないようで、全く止む様子を見せなかった。必死に二人で隊員たちを呼ぶけれども、やっぱり何も返事はこなかった。「このままここに立ち続けているのはまずい」という意見が一致し、危険ではあるが歩き始めることにした。幸いこの周辺の地図は頭に入っていたので、危険な地形はないはずだ、という判断ができたためだった。
さきほどの行軍の速さの何分の一か分からないくらい遅く、僕たちは歩いていた。 いくら体格の良い僕でも、いつ、どっちの方向から風が吹いてくるかわからないというのは非常にきつい。それに本当に強い風が吹くときには隊長だと踏ん張りきれないことも影響した。だから、僕が後ろで隊長を支えながら、ゆっくりと少しずつ進んでいる状態だった。
──本当に、なんなんだろう、この吹雪は。全然弱まる様子がない。気温も一気に下がっているみたいだ。このままだと二人とも体力が無くなっちゃう!
そんな風に焦っていた。たぶん隊長も焦っていた。さっきから隊員を呼ぶ声も出なくなって、ただ前だと思う方向に歩くだけになっていた。
それが、まずかった。
「な」「え」
気づいた時には、僕の目の前にあった隊長の背中が無くなっていた。さっきまで支えていたはずの手が宙を掴む。危うくバランスを崩しそうになり、顔が下に向く……そこで、血の気が引いた。
全く気付かなかった。というより、
そこまでの高さではないけど、大人の身長三人分ほどの小さな崖があって、その下に、隊長が、倒れて──
「隊長!! 隊長!!」
慌てて大声で呼びかけると、隊長は小さく身じろぎした。どうやら起き上がれない様子だ。怪我をしてしまったかもしれない。下りられる場所がないかと急いで周りを見渡すと、この崖は横幅も小さいようで、すぐ近くが傾斜になって下りられそうだった。
――だったらなんで丁度僕たちが歩いてる先が崖になってるんだ!
「隊長!! 今すぐ行きます!!」
急いで行きたいけれど、それで僕も滑落してしまったら意味がない。さっきよりも慎重に、慎重に、ゆっくりと先を確認しながら、なんとか僕は隊長のそばまで下りてくることができた。
「隊長、しっかりしてください!」
「あ、ああ、わりぃ、大丈夫だ、けど、足をやられた」
返事があることに安堵するも同時にまずい、と判断する。怪我の程度はわからないけど、移動が完全にできなくなった。ただ、幸いここは崖の影だ。ここなら多少は雪を防げると――
――そこまで考えた僕の目に、信じられないものが映った。
「
ただの崖だとおもっていたのだが、なんとそこにはぽっかりと穴が開いていた。あまりにできすぎた状況で不安しかない……でも選択肢は目の前のそれしかなかった。
「隊長、肩を貸します。何とか立てますか!?」
「クソ、分かった、左を頼む!」
「了解です!」
隊長の左腕を肩に回して、呼吸を合わせてなんとか隊長を立たせることができた。そのまま合図を出しながら歩けば、洞穴に入ることはできそうだ。
頼むから、冬眠中のクマなんていないでほしい……
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小さな崖の洞穴は、やっぱりそんなに大きくはなかった。でも、吹雪をしのぐには十分奥行きがある。幸い動物の類は見当たらなかった。本当に丁度良すぎるのが作為的に感じるけど、気にしてはいられない。
何とか隊長を座らせて、急いで火を起こし始める。幸い荷物には料理のための道具が全部入ってるから、魔法で火を出せる結晶もあった。丁度いい大きさに設定したら、すぐに隊長のそばに戻った。
隊長の怪我の確認をしようとしたけど、すでに隊長自身の手で始めていたようだ。どうやら足首をひねったくらいで済んでいるよう。傍目にはまだ怪我をしているなんてわからないけど、たぶんすぐに赤く腫れてくるはずだ。
「隊長、固定します。ちょっとだけ我慢してくださいね」
「わりぃな、助かる。っ!」
隊長が痛みを我慢してくれている間にささっと包帯で足首を固定する。いつもだったら冷やすけど、今は気温自体が低いから足が冷えすぎるといけない。後は患部に血が流れすぎないように、足の下に荷物を置いて患部を高くする。これ以上の処置はできなさそうだ。
「どうですか? 痛みは酷いですか?」
「いや、そこまでじゃねぇ。助かった」
「いいえ、良かった……」
心底ほっとした。それにやっと吹雪の中から出られたことから力が抜けてしまって、地面に尻もちをついた。でも、すぐに謝罪しないといけないと思い出す。
「……すみません隊長、僕が足元を気にしないで後ろから押してしまったせいで」
「気にすんな。てめぇのせいじゃねぇよ。俺が確認もしねぇで足踏み出しちまったんだ」
「クソ、意味わかんねぇ吹雪のせいで……」と隊長が忌々し気に外を見やる。やっぱり洞穴の一寸先は白くて何にも見えない。一体いつになったら止むのだろうか。
……ただ、なんだか一息付けたら気になり始めてしまった。
「あの、隊長? そのー、言葉遣いは?」
そこまで言うと、隊長は最初良く分からないという顔をして、しかし段々と青ざめていってしまった。
「あ、いや! 今は緊急事態ですから! 敬語なんてなくても僕は気にしませんし! ただ、その、ちょっと意外だったので。隊長って
慌てて自分が聞きたいことを改めて言うと、隊長の顔色は戻った。「あー」と迷った末に、結局そのまま素で話すことにしたようだ。
「わりぃ、あんまり突然で意味わかんねぇことが起きやがるから、つい、な。驚いたろ?」
「ま、まあ、その、ちょっと驚きました」
「だろ? 俺こんな
「そんな良いとこ育ちじゃねぇのによ」と隊長は笑った。その笑い方はとてもワイルドで、確かに優しい顔の隊長とはイメージが違うかもしれない。でも僕は「自然な感じがして好きだな」と思った。
「それ言ったら副料理長が完全に俺の真逆で驚いたぜ! 初めて食堂で受け渡しされたときは『こいつ敬語似合わねぇな』って思ったけどよ、同僚にも敬語で話してんの聞いちまって『こいつ素で敬語なのかよ!』って!」
「は、はは、僕も良く言われます」
まさかこんな共通点があったとは。なんだかおかしくなってしばらく二人で笑ってしまった。不思議と隊長の素の姿が僕にはとても安心できて、外の吹雪の酷さも気にならなくなっていた。
「あー笑った笑った。おい、いつまで地べたに座ってやがる。毛布があんだろ? それ使えや」
「ふふ、そうですね。準備します」
そう言って、僕は改めて荷物を探って毛布を取り出そうとする。その間に隊長は一番外側に着てた鎧を外して楽な格好になっていた。
「隊長のも出しますよ。中に入ってますか?」
「あ? 俺の毛布ならリュックの外に括りつけて……」
そこまで言って隊長は気づいたようだ。僕も気づいてしまった。隊長の足の下に置いたリュックの
「クソ、たぶんさっき崖から落ちた時にほどけて飛んで行っちまったな」
「あーなるほど、その可能性が高いですね」
「魔法防水のやつでたけぇんだけどな……ん、まぁしょうがねぇ。幸い副料理長のやつがあんなら大丈夫だろ」
それを聞いて、僕も同意の言葉を返す。
「そうですね。僕の毛布一枚あれば……一枚……あれ、ば……」
――僕の毛布が一枚あれば、二人で温まれる
――毛布が一枚だけでも、十分足りる
――
――毛布に!! 二人で!! 入る!?
たぶん、急に吹雪に襲われた時以上のパニックだった。
――あ、あ、あ、ちょ、ちょっと待って? ちょっと待って!?
――毛布が一枚しかないの? それを二人で使おうってことだよね!? 二人で一緒に
――え!? 嘘!? 急にそんなことある!? 今までお、お、お、男の人と一緒の布団に入ったこと何かない!! いや女の人ともないけど!!
――でも緊急事態だから!! しょうがないよね!! だってこのままだと冷えちゃうもんね!! 体を温めるためだもんね!!
――……体を温める……だって……!?
――顔が、顔が熱い! 落ち着け僕! そんな初心なところ見せちゃいけない! いやそもそも隊長に初心なところって意味わかんないよね普通は! じゃあ大丈夫か! 大丈夫じゃないです!!(沸騰)
「……副料理長」
「は、はひ!?」
――だ、ダメだ、隊長の顔もまともに見られない! というか返事噛んだ! やばいって! 様子がおかしいってバレちゃうって!
「とりあえず、そこに毛布をしけ」
「はい!!」
「その上に座れ」
「はい!」
「よし、俺も座る」
「はい」
「それで二人で毛布に包まる」
「……はい」
「これで完成だ」
「……」
――無理、もう、無理
「……」
隊長の顔も真っ赤なことに、僕は全く気付かった。
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「吹雪、止まねぇな」
「そうですね」
あれから1時間以上経っていた。それだけ時間が経てば、さすがに落ち着いて会話できるようになっていた。でも内側はまずい。心臓はずっとドキドキしっぱなしだ。隊長にこの鼓動がばれてないか不安で余計に早くなっていくようだ。
「本当にいきなりきやがった。自然な感じじゃねぇな」
「僕もそう思いました。でも、こんな吹雪を起こす魔法なんて、聞いたことないですよ」
「詳しいのか?」
「い、いえ。ただ軍でも聞いたことはないので、そんな魔法あるのかな、とは思います」
「ああ、確かにな……いや、なんか俺は聞いた気がすんだけどな……」
「え、軍で、ですか?」
「いやたぶん、聞いた、とは違う気がすんだけど……ま、今思い出せてもどうしようもねぇだろ。俺、動けねぇし」
「足は大丈夫ですか?」
「ま、いてぇにはいてぇけど、そんなじゃねぇよ」
「良かったです」
「……」「……」
「吹雪、止まねぇな」
「そうですね。でも」
「ん?」
「隊長が一緒にいてくれてるから、寒くはないです」
「……そうかよ」
僕と隊長の手が、重なった──
「ん?」「へ?」
その途端、僕たちに異変が起こる。
「隊長、なんか光ってますよ!?」「副料理長、てめぇなんで光ってやがる!?」
「え!?」「はぁ!?」
お互いに同時に疑問をぶつけて、お互いに驚いてしまった。
――なんか僕たちの体光ってる!? いや、体が光ってるんじゃなくて、光源があるのか? 一体何が……
「これは……」
僕が上着から取り出したのは、突然押し付けられたダイヤモンド。そのダイヤが急に光を放っていた。そのダイヤの中心で光源となっているのは――
「青い、炎」
初めて見た時には分からなかった。きっと小さかったから良く見えなかったんだろう。今は大きな青い炎がダイヤの外に飛び出しそうなくらい燃え
――綺麗。焚火に使ってる赤い炎とは全然違う。不思議と視線を外すことができない
「嘘、だろ?」
そしてもう一つ驚愕したことが、隊長も全く同じダイヤを持っていたことだ。やっぱり、青い炎が中心で凄く燃えている。隊長も同じものを持ってたなんて……
「……なぁ」
「え、あ、はい」
「お前、これが何か知ってんのか?」
「え!? いや、その……分からないです」
突然聞かれた質問に何て答えようかと思ったけど……正直な感想を答えるしかできなかった。
「そうか。俺もだ」
――え
「なんか良く分かんねぇやつにいきなり渡された」
――えぇ!?
「隊長もですか!?」
「ああ、やっぱりてめぇもか」
「なんか、フード被っためっちゃ怪しい人に!?」
「そいつそいつ。渡すだけ渡して消えやがっただろ?」
「そうです! それです!」
――じゃあ、隊長も同じ人に会って、同じものをもらってたのか! でも、なんで……?
「それで、何て言われた?」
「え、あっ」
「こいつ渡されたとき、あいつ変なこと言ってやがっただろ? なんて言ってた?」
その質問に、どこか浮いていた心が沈んでいく。それは、ずっと考えないようにしてたことだ。絶対誰にも言えないと思ってたことだ。
「……『お前を苦しめている本当に欲しいものが手に入る』って、そう、言われました」
でも、僕の口は気づいたら動いてた。その内容に隊長は怪訝そうに眉をひそめた。
「苦しめてんのに欲しいもの? なんだそりゃ?」
「僕は、僕にとっては……本当に、欲しいものなんです」
「ふーん……もしかして、手に入らねぇのか?」
それがあまりに的を射ていて、心臓が跳ねる。
「苦しいってのは良く分かんねぇけど、手に入らねぇからムカつくってことなんだろ? そんなの無理やり手に入れりゃあいいじゃねぇか。なんだったら俺も手伝って」
「無理なんです」
思わず答えを遮った。
「なんで?」
「……」
言えるわけがない。今まで誰にも言えなかったことなのに。いくら僕の料理に込めた気持ちが伝わったからと言って、こっちのことが受け入れられるかは別問題なんだ。
「……」
「ごめんなさい。言えないです」。その一言ですら、喉がひっついてしまったかのように出せなかった。吹雪の音が大きく聞こえて、自分がそのまま飲み込まれていまいそうだった。
「……俺はな」
――気を使わせてしまった。申し訳ない。
「俺がこれをもらった時には、こう言われた」
――『お前が幸せにしたい者を本当の意味で幸せにしてやれる』――
「なぁ、お前さ」
急に隊長が僕の目をのぞき込んで──
「俺が本当に幸せにしてやりたいやつってお前なんだけどよ。どう思う?」
吹雪の音が、消えた。
何も考えられない空間に、心臓の鼓動だけが鳴り響いて、沸騰した血を全身に駆け巡らせる。さっきまで雪に埋もれて冷たくなっていた心が、太陽に照らされたショックで空まで飛びあがってしまったようだ。目は、もう、隊長のことしか映していない。視界が真っ暗になりそうなのに、隊長だけがはっきりとそこにいた。
「俺はお前が副料理長に就く前から、ずっとお前のこと応援してた」
隊長の声が反響して聞こえる。
「見た目はいかついやつなのにに、こんなに美味くて、こんなに他人を想いやれる料理を出せるお前が、すげぇ輝いて見えてた。どんだけ苦しい訓練の後でも、どんだけ辛い戦いの後でも、お前のいる食堂に行ってお前の料理を食う。それだけで『俺は幸せだな』って思えたんだ」
言葉の意味は分かるのに、分かってはいけないと思ってしまう。
「お前が馬鹿にされてるって気づいた時は、頭に血が上ってどうにかなっちまいそうだった。軍団長に言ったのだって、俺自身が解決しようとしたら、自分の部下であるあいつらでさえ
分かってしまったら、夢が覚めてしまうんじゃないだろうかと、そんな恐怖が襲い掛かってくる。
「気づいたら、俺がお前を幸せにできねぇかなって、ずっとそんなことを考えてた」
言って欲しいのに、言ってほしくない。相反する気持ちで頭がどうにかなりそうだ。
「でも、それは迷惑だろうって諦めようとしてたんだ」
――背筋に悪寒が走る――
「あの女将軍が視察に来て、お前のこと気に入ってるの見て『ああ、そういえば俺は男だった』って急に思い出したんだ。お前と同じ、男だってな」
それは、僕の絶望に通じる言葉だ。
「将軍がお前のことじっと見つめてて、お前も
その当たり前が、僕をずっと苦しめていた。
「『俺がお前を幸せにする』って、プロポーズかよ? 男の俺が、男のお前に? そんなことお前に言ったら、優しいお前は気にして変に抱え込んじまいそうだって。忘れようとしてた」
そんな、僕のすぐそばに、こんなところに居たなんて。
「でも、昨日の夜、幸せそうなお前を見て俺もすげぇ嬉しくなって。『やっぱり俺が』なんて気持ちがでかくなっちまって。
……だから、お前がおんなじダイヤ持ってんの見て、思わず言っちまったんだ。
わりぃ、やっぱ迷惑だよな。忘れてくれ」
そうして隊長が僕から離れて──
「僕の!」
気づいたら、大声で叫んでた。
「僕の、僕の話を、聞いてほしい」
それで、全部話してしまった。
──男の人とお付き合いしたいって思ってたこと──
──でも、幼少期の経験から自分に全く自信が持てなかったこと──
──加えて、男が男を好きになるのはおかしいって話を沢山聞いてしまったこと──
──料理を通せばそんな話は聞こえなくなるって気づいたこと──
──それでも、将軍に好意を寄せられてから自分の気持ちが大きな悩みになってしまったこと──
──周りの話に敏感になって、まるで「自分は幸せになれない」って言われているような気分になっていたこと──
──心も体も重くて、もうどうすれば良いか分からなかったこと──
──そんな時に、このダイヤをもらって、
──隊長が自分のことを想ってこの訓練を提案してくれたと知った時、本当に嬉しかったこと──
──隊長が近くにいると、心臓が痛くなるほど止まらないこと──
気づいたら、僕は隊長にしがみついて泣いていた。いつからそうしてたかなんて覚えてない。でも、初めてだった。初めて自分の心の内を、全部誰かに話した。お父さんには絶対言えないし、家の中でも誰かに聞かれるんじゃないかと思って、お母さんにも言えなかった。それが今、吹雪がうるさい、誰の目のないこの場所なら、隊長しかいないこの場所なら言うことができた。
「そうか、そうか、そうだったんだな」
隊長の手が優しく僕の背を撫ぜた。
「俺も馬鹿だな。お前が満更でもないなんて、何見て言ってんだって話だな。きっと俺も『諦めねぇと』って思って、無理やりそう思い込もうとしてたんだな」
僕の肩を、僕のとは違う雫が濡らした。
「なぁ、こんな馬鹿な俺なんだけどよ――
お前が幸せになるための、お前のものってやつになってもいいか?」
それに言葉で答えようとしても、嗚咽しかでなくて、体が自由に動かなくて。
隊長を抱きしめる力を強くすることで答えるしか、僕にはできなかった。
「……ありがとうな」
答えが伝わって、隊長の手が僕の頭を撫でてくれて。
僕はそれが、ただ、ただ、幸せだった。
============================================
「ありがとう。肩、貸してくれて」
「いいんだよこれくらい。これからいくらでも貸してやんよ」
「ふふ、ありがとう」
「あー、お前、敬語なしで話すと破壊力やべぇな。絶対表でそれやんなよ」
「破壊力!? 破壊力ってなんの!?」
「言わねぇ」
「えー……まあお母さん以外に敬語使わない人いないけど」
「俺を除いて?」
「それは、もちろん」
なんだか腑に落ちないけど、隊長が照れた顔を見せてくれたからとりあえずは良しとする。
「……客か?」
「え? なっ!」
――びっくりした! 焚火を挟んで反対側に誰かが座ってる! 誰!? っていうか顔が氷でできてる!?
――いや、違う、マントを着てるから一瞬分からなかったけど、手も、足も、きっと見えてないところも全部氷なんだ。どう見ても人間じゃない!!
「てめぇだな? このダイヤを渡した野郎は」
隊長の言葉に僕はやっと気づいた。そうだ、この黒いマントはダイヤの人が着てたものと一緒だ。
『どうやらそれはしっかり効力を発揮できたようだな』
口が無いように見えるけど、その人(?)の声が聞こえた。男の人の声みたいだけど、なんだか反響してるみたいにつかみどころがない。
「わざわざこんな舞台をセッティングしてくれるなんて、とか俺らは感謝すりゃいいのか? なぁ、カタストロフさんよお!」
「え!?」
――え!? この人カタストロフ!? つまり悪魔!? 嘘!?
「どう見ても悪魔だろ、こいつ。天使に見えるか?」
「ま、まあ確かに……」
『別に感謝は必要ない。私が好きにやったことだからな』
隊長の煽りの言葉にも全く動じず答えたその人……じゃなくて悪魔。さりげなく悪魔ってところは認めちゃうんだ……
「ハッ! 悪魔が好意で人と人をくっつけんのか? いつからそんな慈善事業始めやがったんだ?」
「ちょ、ちょっと隊長。そんな言わなくても」
「お前分かってねぇのか? 悪魔っていやぁ人間に勝手に契約取り付けて、いざ望みが叶ったら対価として大事なものを取っていくような連中だぞ! 気ぃ抜けるわけがねぇ!」
――え、まさか、この悪魔が僕たちの前に出てきたのって、その契約料を回収しに!?
『案ずるな。私はお前たちと契約を結んだ覚えはなく、お前たちが紡いだ縁はお前たちのものだ。大事にするといい』
その言葉に僕も隊長も、ぽかんとしてしまった。悪魔が「縁を大事にすると良い」なんて言う……?
『ただ、一つだけやってもらいたいことがある』
そう指を一本立てて言われたことに体がこわばる。一体何をやらされるんだろう?
『その二つのダイヤ』
「え、これ、ですか?」
『そう、それを二人で持って、叩き合わせて欲しい。軽くで良い』
「えっと、隊長?」
「……それだけやったら、てめぇは消えるんだろうな?」
『もちろん、吹雪も収めて隊員たちと合流させてやろう』
その言葉に隊長は悪態をつく。さすがに今のは僕にも分かった。「隊員を酷い目に合わせたくなければ」ってやつだ。
「しょうがねぇ、さっさとやるぞ」
「う、うん」
なんだか結婚式でやる初めての共同作業みたいだ、なんて馬鹿なことを考えながら僕たちはダイヤを叩き合わせた。
けどカチッぐらいの音が鳴ると思ってたダイヤがパキーンッなんて音を立てて割れるとは思わないでしょ!? しかもその音にびっくりしてる間に、ダイヤの中にあった青い炎が、僕たちの体に移ってる!?
「わ、わわわわ隊長! 燃えてる燃えてる!!」
「クソがぁ!! だましやがったなこの、この!!」
慌てて消そうにも触った手からどんどん燃え広がって、あっという間に僕たちは青い炎に包まれた。
包まれた、んだけど……
「隊長……」
「……ああ……なんにも、熱くねぇな」
熱くない。今も手が炎に包まれてるのは見えてるけど、何にも感じない。むしろ焚火の方が熱いくらいだ。
……。
……。
……。
……
……
僕が呆然としながら悪魔を見る。隊長もさっきまでの警戒心は全くなく、悪魔をどんな目で見たらいいか困っているようだった。
『それで、大丈夫だ。すぐ吹雪は止ませるし、隊員たちをこちらに誘導しよう』
悪魔が満足そうに頷くのを見ると、僕はなんだか
この悪魔を……
「……言ってくれりゃあ、そこまで警戒しなかったのに」
と、隊長がぼやいたけど、
『言ったが、信じてくれなかっただろう?』
というカザードさんの言葉に俯くしかないようだった。
『すまない、困らせる気はなかった。
そう言うと、彼は立ち上がって外に向かっていった。
「っ、待って!」
少し惚けてしまったけど、急いでその後を追う。まだちゃんとお礼を言えてないことに気づいたから。
洞穴の外はまだ雪が荒れ狂っていたけど、
『来てくれることを、楽しみに待っている』
……まるで、雪が溶けてなくなるように、カザードさんの姿が見えなくなった。
それと同時に、急に風が収まり始める。吹雪が止んで空が見え始めると、恐らくさっきまで頭上にあった黒雲が霧散して消えていくのが分かった。
「行っちまったのか、あいつ」
隊長も隣に並んでた。
「うん、お礼、言えなかった」
「俺はもっと文句言ってやりたかったぜ。やり方が
確かに。悪魔がセッティングする
けど。
「ちょっと、ロマンチックではあったと思うよ」
「なんだお前、こういうのに憧れてたのか?」
「全然。むしろ体験してもう二度と同じ目にはあいたくないって思った」
「ああ良かった。俺もだ」
「良かったって?」
「だってお前が好きだって言ったら、俺はもう一度付き合わないといけなくなるだろ?」
その言葉がおかしくて、思わず吹き出してしまった。
「なんだ、笑うな」
「ごめん、ごめん。なんだか──嬉しくて」
「そうか――俺もだ」
遠くから隊員たちが大きく手を振って駆けてくる様子が見えた。それに僕たちは一緒に手を振り返す。
「なぁ」「うん?」
「絶対あいつにもう一度会って、お前の料理を食わせてやろうぜ」
その言葉に僕は大きくうなずいた。
「うん! 感動して涙が出るくらい美味しい料理を食べてもらうんだ!」
──あれ、でもカザードさんって口あるのかな? ──
──知るか。無いんだったらアイツの頭にあっついスープをかけてやれ──
──それで味が分かるんだったらやるけど──
──……お前、意外と料理のことになると過激なんだな──
(第三話 フローズン・ラヴァーズ 了)