雪山の恐怖   作:瀧音

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フローズン・テラーⅠ

 深い 深い 海に 落ちるように

 

 白い 白い 雪に 囲まれるように

 

 高い 高い 空を 見上げるように

 

 脆い 脆い 手を 伸ばしたことが

 

 あなたには あるだろうか

 

 

 

 最終話 フローズン・テラー

 

 

 

 人は視界いっぱいの白い雪が太陽の光を反射する光景を見て「一面の銀世界だ」と表現した。

 ならば、太陽が見えない曇天の元に見える雪景色は何と表すのだろうか。

 

 既にその山は季節外れの雪に覆われ、天気が崩れ始めている。

 ただ、風は全く吹いておらず、高原は無音の世界となっていた。

 

 そこに佇む、異形が一人。白い空間の中でただ一つの異色として存在していた。

 

 異形は息をする必要もないのか、体を一切動かすことがない。ただ、顔を少し下げて、立ち尽くす。

 普段、異形の体にある二つの光。顔の赤い目と、体を駆け巡る青い炎は、どこかに行ってしまったかのように消えていた。

 

 ──それらの光が、唐突に戻る。

 

 異形は気づいたのだ。彼の腰に付けた黒い布切れがゆらゆらと揺れ始めたことに。

 

 それは、風が吹き始めた証。

 このエスペリア大陸において、風とは自然界の五大元素の一つと呼ばれる。

 そして、その風を司る精霊が異形の元に近づいていた。

 

 

 空高くから現れたそれは、自由気ままに世界中を吹く『風の子』レスぺだった。

 

 

『久しいな、レスぺ。もうずいぶんと長い間顔を合わせていなかったな』

 

 まるで友に話すかのように異形『雪山の恐怖(フローズン・テラー)』カザードがレスぺに話しかける。カタストロフが彼らの同類以外の生命を友のように扱うというのは、誰が見てもあまりに胡散臭い光景だった。

 

 しかしこの場においては間違っていない。なぜならカザードとレスぺは共にエスペリアの五大元素を(つかさど)り、自然を守るエレメンタルガーディアンだからだ。さらに、生まれたばかりで不安定だったレスぺにカザードが感情の制御を教え導いていた。そこから師弟として始まり、いつしか友と言える関係になっていた──関係()()()のだ。

 

 レスぺは、とても動揺したような、深い悲しみに蝕まれたような表情を見せる。彼の目の前にいるカザードには確かにその面影があったが、レスぺが知る彼の体は凍てつく氷でできてはいなかった。高潮を司るカザードが青い炎を(まと)っていたことなど、一度として見たことがなかった。

 

「やはり、君だったんだね、カザード……君が『雪山の恐怖』として恐れられている、カタストロフの悪魔」

 

 レスぺは苦し気にその言葉を口にする。

 

 彼にとってカザードは、精霊として未熟であった自分を導いてくれた恩師だった。同時にカザードには毎日の起きたこと、新しい発見、嬉しかったこと、悲しかったこと、すべてを共有していたといっても過言ではない友だった。だから、レスぺはその風の噂を聞いた時、嘘だと思いたかった。

 

──たくさんの人間をさらっている『雪山の恐怖』はカザードと名乗った──

 

「なぜだい、カザード。エレメンタルガーディアンとしての心構えを教えてくれたのは、君じゃないか!」

 

 レスぺの激情を表すように風が大きく吹きすさぶ。雪が舞いあげられて一時二人の間を靄で隠した。(もや)越しに見えるカザードの影が、まさに今の自分たちの距離を示しているようで、レスぺの感情は余計に揺れた。その様子はまるで、カザードが感情の制御を教える以前の彼のようであった。

 

「いつかどちらかが消えてしまうまで、それでもきっと長い時間、君とこの世界を守っていけると思っていたのに……どうして、カタストロフなんかに堕ちてしまったんだ!」

 

 その激しい糾弾と悲哀の叫びを聞いてなお、カザードは少し首を振る程度の反応しか見せなかった。

 

『レスぺ。確かに私は君に多くのことを教えただろう。しかし、私自身がこの世界の全てを知っているわけではないのだ』

 

 カザードはまるでまだ彼が師であるかのように語る。

 

『少なくとも、私は知らなかった。普通の生命とは異なる我ら精霊と呼ばれる存在であっても、永遠に同じというわけではないのだと。

 ふとしたきっかけで、姿かたちはもちろん、その考え方さえ変わってしまうということもあるのだ。それを私は身をもって知ることになった』

 

 カザードは自身の右手を上げた。かつては海と同じ液状をしていたはずの手を。今では恐ろしく冷たいかたちを見せているその手越しに、カザードはレスぺを見つめた。

 

『君が感情を制御できるようになったように、私の体は冷たく固まってしまった。そういうことだ』

「だとしても、なんでカタストロフに……君に一体何があったって言うんだ」

 

 レスぺは必死にカザードに呼びかけた。カザードが自分のことを今でも友だと思っているのではないかと、まだ説得ができるのではないかとこれまでの返答から一縷(いちる)の希望を見出したのだ。

 

『何があった、か。私も正直に言えば良く分からない』

 

 そしてやはりカザードは真摯に応じようとしてくれているようだった。少なくともレスぺにはそう見えた。

 

『結果だけ言えば、そうだな、レスぺ。私はより君のことを理解できるようになったと言えるのかもしれない』

「僕の、こと?」

『以前の私は海と同化し、海のように全てを受け入れていた。君が荒れた風の塊になっていた時にも、私は君を受け入れることができた。

 しかし、逆に言えば私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。おおらか、と言えるようで、それは感情が薄いとも捉えることができる』

 

 カザードが以前の自分をそう評するのを、レスぺは信じられない気持ちで見つめた。確かにカザードは自分より我を持っていないようにも感じたが、それは長い年月の末にたどり着いた一つの境地だと、レスぺは尊敬していたからだ。

 

『自らのうちから溢れ出る欲求。欲しいと求めてやまないもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私は、もはや以前と同じようにエレメンタルガーディアンを務めることはできなかった』

「だから、自分の責務を投げ出してカタストロフに堕ちたというのか? あれだけ僕に精霊としてあるべき道を語っておきながら、自分は耐えられないと、道を外れたのか!?」

 

 そうだとしたら、あまりに自分勝手で許せないことだった。「理想を人に押し付けて自分は好きなものを追求するというのか」と、レスぺの風が爆発しそうなほど集まり始める。

 

 ──しかし、次のカザードの言葉にその風は霧散してしまった。

 

 

『そう、言われてしまったとしても私は言い訳のしようがない。すまない、レスぺ。私は、私が思う以上に弱い存在だったのだ』

 

 

 あまりに悲し気に、苦し気に謝罪するカザードに、レスぺはそれまでとは違う動揺が襲う。

 

 レスぺは知っていた。カタストロフの悪魔とは、狡猾で、残虐で、全てを破滅に導くためなら何でもする存在だと。しかし、目の前のカタストロフはとてもそんな様子に見えなかった。

 

 彼でなければ演技を疑い絶対に警戒を解かなかったはずだ。しかし、レスぺの目に見えるカザードはあまりに以前のカザードと重なっていて、同じで、それなのにとても弱い存在になってしまったようだった。

 

 その様子に、カザードには助けが必要なのではないかとレスぺは考え始めてしまう。レスぺが気づくであろう山で待っていたのも、彼が助けを求めているからではないかと、彼の擁護へと気持ちが傾き出していた。

 

 ──それでも、と。レスぺはその気持ちをねじ伏せて、戦いの構えを取る。再び彼の周りに風が集まり始めた。

 

「カザード。君がさらった人たちはどこにいる?」

『……』

「色んなところから、嘆きの声が聞こえた。突然人が消えてしまったことに、恐れ震える声が風に乗ってきた。答えるんだ、カザード! 彼らはどこだ!?」

『……すまない。レスぺ。

 

 ──君ともう少し話したいが、お客が来たようだ』

 

 

 

 

 

 爆炎が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 レスぺはその衝撃に思わず顔を守った。あまりに突然すぎる攻撃に、呆然とカザードがいた場所が燃え盛る様子を見るしかなかった。しかし我に返り攻撃が飛んできた方向を振り返ると、そこに居たものに息を呑む。

 

 純白の衣装に身を包み、腰から二対の赤い翼を生やした女性が宙に浮いていた。彼女の頭からは決して消えることのない神聖な赤い炎が燃え盛っている。カザードのいた場所をじっと離さず見つめるその目は鳥類のものを思わせた。レスぺはその姿に()()()()があった。

 

「まさか、ライジングフェニックス……!?」

 

 それは生命を司る神デューラの尖兵にして、セレスチアルの不死鳥。『ライジングフェニックス』タレンだった。

 

 あまりに神々しい姿にレスぺは再び放心してしまったが、彼女がその目と同じくらい鋭い声で警告した。

 

『目を離すな。やつがこの程度で終わるはずがない』

 

 ハッとしてカザードがいた場所に目を戻す。未だにそこは赤い炎が燃え上がっていた。

 

 

 

 

 

 ──赤い炎の中心から青い炎が燃え上がる。

 

 

 

 

 

 それだけではない。レスぺが何もしていないのに急に風が吹き荒れ始めた。先ほどまで見晴らしの良かった高原があっという間に白い壁に包まれる。自分たちの体を雪が打ち付けるようになった。それらを成し遂げている力があまりに大きく、禍々しくて、レスぺの体は緊張でこわばった。

 

『神の使いとは、これほどまでに失礼な()()なのだな。伝え聞いてはいたが、実際に目にすると酷く納得がいくものだ』

 

 先ほどまでと同じ声のはずなのに、聴くだけでレスぺの体温が一気に下がっていくようだった。同時に、自分と話していた時には本当に機嫌が良かったのだと気づかされる。

 

『まさか友との語らいに水を差すとは。お前たちに人と同じ機敏を求めることは間違いのようだ』

『カタストロフが何を言う。貴様らが破滅を導く以外をしたことがあるとでも?』

『否定はしないが、私が友に何かをするように見えたのか? お前たちはカタストロフの力を正しく感じ取れるだろうに』

 

 タレンが腕を振るうと、すさまじい密度の火球が目にもとまらぬ早さでカザードがいるであろう青い炎の塊に放たれる。再度体を揺らす爆風が巻き起こる。

 

 しかし、青い炎が見えなくなったのは爆炎の一瞬だけで、揺らぐ様子は全くなかった。

 

『お前たちは言葉一つで人を、生命を堕落させる。言葉を交わすことすら危険で愚かな行為だ』

『その言葉、そのままお前に返そう。お前たちと言葉を交わすのはあまりに無意味で、生むものがなく……ただこちらを苛つかせるだけだ』

 

 青い炎がゆっくりと前に動き始める。赤い炎から完全に抜け出して、カザードがその姿を見せた。彼の体は氷でできているはずなのに、まるでその氷を燃料に青い炎が激しく燃え上がっているように見えた。カザードの背にはいつの間にか三対の氷の塊が浮かんでいて、そこからカタストロフの邪悪な力が発せられていることが良く分かった。

 

 先ほどまでと比べ物にならない赤く鋭い眼光がタレンを睨む。自分に向けられているわけでもないのに、その圧力がレスぺから一瞬息を奪った。しかし睨まれたタレン本人は気にすることなく、裁判官が罪状を読み上げ審判を下すかのように告げた。

 

『貴様は人を攫い、何かを起こそうとしている。人だけの手には余ると判断した。お前はここで私の炎に焼かれて消えるがいい』

『ほう? 貴様は私が人をどこに攫ったのか聞き出さないのか? 私が何をしようとしているか、探り出す必要はないと?』

『私が行うのは貴様を滅することのみ。それ以外のことなど私が気に掛ける必要などない』

『……本当にお前たちは』

 

 カザードがため息をついた気持ちが、なぜだかレスぺにも分かってしまった。正直に言えば、今のタレンの言い分にはレスぺにも思うところがあったのだ。レスぺは攫われた人の居場所とカザードの考えの二つを知りたくてここに来ていた。神の使いがそれらをどうでもいいと切り捨てたのを聞いて、レスぺは思わず「エスペリアに育む命を軽視した行いではないか」と考えてしまう。

 

『これ以上何を話しても本当に無意味のようだ。さっさと貴様には退場してもらう』

『ほざいたな、カタストロフ。消えてなくなるのは貴様のほうだと知れ!』

「──待て、待って、カザード! 君は神の使いと戦うのか!? 本当にそれでいいのか!?」

 

 レスぺは一触即発の空気の中で最後のチャンスだと気づき声を張り上げた。自分より強大な存在に目を向けられるのは本当に恐ろしかったが、レスぺにとってはそれよりもカザードの真意を聞きたい気持ちが上回った。

 

 だが、カザードはタレンに向けたものとは全く違う優しい目でレスぺに微笑んだ()()だった。

 

『すまないな、友よ。少しだけ待っていて欲しい』

 

 

 ──レスぺの周りが完全に氷で覆われた。

 

 

 何の動作もなく、瞬きをする暇もなく引き起こされた現象に、レスぺは驚愕する。慌てて氷の壁に触れるが、ちょっとの隙間もなく、例え風になったとしても出ることが叶わないと気づく。そして、なぜかその氷は全く冷たくなく、むしろ吹雪からレスぺを守ってくれているようだった。

 

『なるほど、ここはお前の領域。どこから氷を出そうと自在だということだな。だが良かったのか? 私にそれを見せてしまって。不意をつけなくなってしまうぞ?』

『一丁前に煽りの言葉など吐くな──逆効果だ』

 

 それが、最後のやり取りだった。

 

============================================

 

 先手を打ったのはカザードだった。

 

 彼が前に出した右手から氷の(つぶて)が飛ぶ。先ほどのタレンの炎に負けず劣らずの速さだ。一直線に狙ってくるそれを彼女は華麗に舞って避けた。カザードも一つだけで止めはしない。そのまま右手の周りに礫が大量に出現させると、連続でタレンを狙った。

 

 それらをタレンは避けながら、舞の途中で大きく腕を振るう。腕から放たれた炎の弾は礫を撃ち落し、隙を狙ってさらに弾を射出することでカザードに反撃した。

 

 しかしカザードの前には先ほどレスぺの周りに出したものと同じ氷の壁が現れる。赤い炎は壁を割ることに成功したが、カザードの元までは届かず消えてしまった。しかも氷の壁が割れたのはカザードの偽装だった。破片となった氷が突如タレンへ向けて一気に放たれたのだ。それは先ほどの一点集中の攻撃ではなく面の範囲攻撃だった。

 

 タレンはそれに対して慌てず両手を前に突き出すと、彼女の体から爆炎が発生し、氷の破片は全て溶けることになった。

 

 ここまではどちらも攻撃が通らず、しかし領域を支配しているカザードが若干(じゃっかん)優勢だった。

 

『それなりにはやるようだ。ではこれはどうだ?』

 

 カザードがやはり右手を突き出すと、先ほどと同じように連続した礫がタレンを襲う。タレンはそれに向けて炎の弾を打ち出して──急に身を翻した。なんと、氷の礫が炎の弾を突き抜けて先ほどまで彼女がいた場所を穿(うが)っていた。氷越しに戦いを見守っていたレスぺには一体何が変わったのか全く分からなかった。

 

『目はいいのだな。良くぞ油断しなかったものだ』

『貴様、やはりその炎は尋常なものではないな』

 

 タレンは一瞬で気づいたのだ。先ほど放たれた氷の礫には、カザードを(おお)う青い炎と同じものが(まと)わりついていたことを。タレンは瞬時にその危険性を察知し、自身の赤い炎で撃ち落せないと判断したのだ。

 

『私の生命(いのち)の炎でも瞬時に焼き尽くせない炎……恐らく人間の負の感情でできているな』

 

 そして同時に彼女は青い炎の正体に当たりをつけていた。人間のあらゆる負の感情――妬み、怒り、悲しみ、苦しみ、狂気によって構成された青い光だろうと。概念によって作られた青い炎であるからこそ自身の神聖な炎にすら対抗しているのだと彼女は考えていた。

 

『その炎を燃やすためにどれだけの人を騙し、(にえ)にした。多くの嘆きを集めなければ我が炎が勝てぬ道理はない』

『さて、な。お前はそんなことを気にしなくて良いのだろう?』

『──やはり貴様は危険だ。ここで塵も残さず消し去ってくれる』

 

 タレンは急速にその赤い輝きを増幅させ腕に集め始めた。どうやら一気に勝負を決めようとしているようだ。

 

 カザードはすぐさま大量の礫を作り出しタレンに向けて発射するが、彼女の速さは先ほどとは段違いだった。もはや残像しか見えないほどのスピードで、体一つ分あるかという礫の狭い隙間を潜り抜けながら、タレンはあっという間にカザードに迫る。

 

 その手に輝く赤い炎でできた剣がカザードの体に届けば、いかに青い炎に守られているとはいえきっとただでは済まないだろう。思わずレスぺはカザードの名前を叫んで氷の壁を叩いた。

 

 

 

 

 

 ──氷の槍が、突き刺さった。

 

 

 

 

 

『な、に……っ!?』

 

 その槍はタレンの真下から飛び出して、彼女の腹を貫いた。雪の中に隠してあったのだ。驚愕と激痛に、タレンの顔が歪む。レスぺもあまりに突然のことに驚くしかなかった。

 

 その二人とは対照的に、カザードはタレンを侮蔑の目で見ていた。

 

『どうした? 先ほど自身で言っていたではないか。私は自分の領域では()()()()()()()()()()()()と。雪の中は範囲外だとでも思っていたのか? それとも、その速さには対応できないとでも勘違いしていたのか? 

 本当に傲慢で、哀れな鳥だ』

『くっ、黙れ、……がぁ!?』

 

 言い返そうとしたタレンを、槍がまとっていた青い炎が襲う。しかしタレンはすぐさま槍を抜き去り、何とかカザードから距離を取り直していた。

 

『なるほど、さすがにライジングフェニックスの異名で呼ばれるだけのことはある。腹に穴を開けられて良くそこまで動けるものだ。だが』

 

 カザードが嘲る。

 

『私の炎で傷の治りも遅くなっているようだ。ならば今のうちに攻めさせてもらおう』

『くっ、おのれ……!!』

 

 カザードの言う通りであった。タレンの傷の周りには不死鳥の力の源である赤い炎が燃え回復を試みているようだったが、さらに内側で燃える青い炎がそれを許してはいなかった。時間をかければ青い炎を燃やし尽くし傷も治せるだろうが、もちろんカザードがその治療を許すはずもなかった。

 

 先ほどとは逆に今度はカザードが両手を前に突き出す。するとカザードの周りから氷で作られた剣、槍、斧などあらゆる武器がタレンを襲った。しかも襲撃は前からだけでなく、全方位から彼女を串刺しにしようとしていた。雪から、空中から、あらゆる場所から突然氷の武器が現れるその中にいて一秒でも生き延びられる者は果たしてどれだけいるだろうか。

 

 しかしタレンは何とか舞の動きをすることで避け続けていた。必死に飛んでくる武器の隙間に入り込んで、自分の位置を固定しないように、時には急激に向きを変えることで九死に一生を得ている。それでもどうしても掠ってしまう攻撃があり、当然その攻撃には青い炎が付与されているため、だんだんと全身が傷と青い炎に覆われていった。

 

『ずいぶん頑張るな。いつまで持つか、見ものだな』

 

 カザードの攻撃が緩む様子は、全くなかった。

 

============================================

 

「このままだと、フェニックスが負ける……」

 

 レスぺは氷の壁の中でタレンが傷ついていく様子を見ることしかできなかった。

 

 レスぺは酷く悩んでいた。タレンが負けてしまうということは、デューラの陣営が負けてしまうということ。それはカタストロフを勢いづかせ、世界を破滅に導くきっかけにしてしまうかもしれない。それは絶対に許してはいけなかった。

 

 それでも、とカザードの方を見てしまう。彼は決して昔の彼と全く違うという訳ではないのだと、最初の会話でレスぺは気づかされた。その姿は変わってしまっても、自分を気遣ってくれるその想いはまさに今自分を閉じ込めている氷の壁から感じ取ることができていた。これは自分を閉じ込めるためのものではなく、万が一にも流れ弾が当たらないようにするための守りなのだ。

 

──どうすれば、良い。カザードのことを信じたい。けれども、エスペリアの自然を守るガーディアンとして、神の使いの危機を見過ごすわけにはいかない……! 

 

 レスぺがこの壁から出る方法は、実はとっくに思いついていた。けれども、そのためには「ここから出る」という強い想いが必要だった。しかし「自分は外に出て一体何をしたいのか」が定まらず、今のレスぺにとてもそこまでの強い想いを抱くことはできなかった。

 

『ぐああああああああ!』

「!!」

 

 レスぺが悩んでいる間にも戦況は悪くなっていく。タレンの腕を剣が切りつけ、その痛みに絶叫を上げていた。その様子を見てカザードの目がより赤く光った気がした。

 

『ふん、痛いか? それは何よりだ。お前が苦しんでいる姿が見られるというなら、この時間も多少は有意義になりそうだ!!』

『ぐ、あああ、おのれ、おのれ!!』

 

 

「……やめてくれ……」

 

 

 その言葉を聞いて「()()」と思った。

 

 

『さあ、次はどうしてやろうか! 反対の腕を切り落とそうか? 足を槌で砕いてやろうか? それともその顔を串刺しにしてやろうか!?』

『あああああああああ!!』

『いいぞ、もっと苦しめ! 私の邪魔をしたことを激痛の中で後悔するがいい!!』

 

 

「……違う、君は、君は!!」

 

 急にレスぺの想いは形を成していった。エレメンタルガーディアンであることとカザードの友であることの二つの立場の想いが一つに重なっていく。

 

神の使い? 聖なる炎? くだらない! そんなものが知った口を聞くことがこんなに不愉快だとは思わなかった!!

 

 貴様は(なぶ)って、細切れにして、その死体を永遠に氷漬けにしてやろう!!

 

 

 そして、彼は叫ぶのだ。

 

 

──君は、そんなことをするやつじゃないだろう!!──

 

 

 氷の壁の中を、風が吹き始めた。

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