トータルイクリプスサンダーボルト   作:マブラマ

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第38話 A Night in Ostdeutschland

テオドールSide

2002年9月1日

ドイツ民主共和国 首都ベルリン 西部 シュテーグリッツ=ツェーレンドルフ区 RLF隠匿格納庫

 

東ドイツ中にはいくつもの偽装された戦術機の格納庫が存在しており、それらは元はシュタージが使用していた。

幾つかは空爆や革命時の損害、BETA侵攻による影響で潰れ使用不可能だが、RLFと俺の親派はそこを隠れ蓑に密かに活動を行っていた。

俺は愛機の管制ユニットに乗り込むと、機体に火を入れる。

いつもは後ろで待っているだけだが、今日は状況がそれを許さない。

応援要請を送ってきた親派の部隊が戦闘している地域は俺たちの基地の近く。

遭遇した国連軍の部隊に欺瞞が効いている間はいい。

だが、それが消え、今いる俺たちの場所が彼らに探知され、挙句報告された時の損害を考えれば悠長に過ごしてなどいられない。

自分の僚機、親衛隊のような手持ちの衛士と手早くブリーフィングを済ませ、状況の推移を俺が見据える。

「――フリューゲル1よりCP――『迷子』の現在状況、戦力、こうなった発端の説明を」

CPに僅かに説明を躊躇う様子が伺え、俺は早く、と促す。

《――ッ補足した時、明らかに機動から何かを探している模様でした。我々というよりBETA観測の可能性があり――》

俺は思わず舌打ちするが、聞こえていないのか特にCPや周りからの声は無い。 偶然発生した戦闘でここまで慌てる必要がある俺たちの立場に仕方が無いが面倒だとつくづく俺は思う。

《――ですが、ご安心を。今戦っている彼らだけでも十分撃墜でき――》

何を甘いことを言っている――俺は口に出して言いたい衝動を抑え、周りのイメージを崩さないように気を使う。

遭遇した部隊から支援要請が出ているのは今回に至っては余裕がないからだ。

数日前、難民キャンプに押し寄せたはぐれBETAとの遭遇戦で予想以上の被害が出ており、丁度今遭遇した部隊と地域の戦術機は多くが整備中。

「――戦力差だけで見ればそうだろう――しかしだ。通信妨害を行っているとはいえ、時間を掛けすぎれば他の部隊に情報が伝えられる――そのリスクを増やしてしまう」

指導者(マスター)と呼ばれている俺の言葉にウインドウに映る若いCPの士官は、はっとようやく気付いたと言わんばかりに目を剥いている。

《――マスターッ!――第3小隊が突破されました――》

CPから焦り声で矢継ぎ早に言われた言葉にやはりかと俺は目を瞑り、久しぶりに乗る戦術機の感覚を体に馴染ませる。

それに今回乗る機体は実質今回が初搭乗みたいなものだ。

操縦桿を握りながらゆっくり息を吐き出し機体のステータスを即座に確認する。

「――了解した。では、悪いが俺も出させてもらうよ」

《――……くれぐれも無理をなさらぬよう》

「勿論、ここで俺は終われないからね。承知だよ」

その言葉を最後に、俺を乗せた漆黒の機体は曇天の広がる東ドイツの旧市街地へ舞い上がった。

曇天の下、風が機体を揺らす。

俺は、静かに目を細めた。

まだ、終わらない。

この戦いは。

テオドール・エーベルバッハとして。

俺は、戦場へ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴乃Side

イギリス・ロンドン 国連軍施設 ドックエリア

 

霧の朝が明け、基地のドックエリアに重いエンジン音が響き渡った。

私は悠一と並んで、滑走路の端に立っていた。

予定より早く到着した――同胞団艦隊。

空母を基幹とした輸送艦隊が、ゆっくりと港湾施設に接岸していく。

艦橋に掲げられた佐渡島同胞団の旗が、風に翻る。

「あれが……」

悠一が、隣で小さく呟いた。

私は頷き、静かに答えた。

「ええ。私たちの援軍よ」

艦隊の到着は、突然の知らせだった。

ベルリン作戦の準備が進む中、上層部から急な連絡。

同胞団の主力艦隊が、予定を前倒ししてイギリスへ向かったという。

理由は明かされていない。

だが、私には分かる。

ベアトリクスの意向か、あるいはアイリスディーナの調整か。

いずれにせよ、これで私たちの戦力は大幅に強化される。

甲板から、懐かしい顔が降りてきた。 佐竹博文――整備班の主任。

彼は少しやつれた顔をしながらも、笑顔で手を振っていた。

「大倉大尉! 豊臣少尉! 遅くなってすみません!」

その後ろから、木元桃花中尉、浪岡常吉少尉、佐古大和少尉、

そして他のメンバーたち。

皆、無事だった。

私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「皆……よく来てくれたわ」

悠一が、俺らしい笑みを浮かべて言った。

「おう、みんな元気そうで何よりだぜ」

佐竹が、駆け寄ってきて、私に敬礼した。

「艦隊の到着、予定より早くなりました! 同胞団の戦術機も、全機無事です!」

私は頷き、静かに答えた。

「ご苦労様。……これで、私たちは完全に合流したわね」

恭子様のハイドラ大隊も、すでにここにいる。

ムーア中隊、同胞団艦隊、そしてハイドラ。

全ての力が、一つになった。

ベルリンへ。

テオドール・エーベルバッハの根城へ。

私は、悠一の手をそっと握った。

彼も、私の手を握り返す。

「これで、終わりが見えてきたわ」

「ああ」

霧のロンドンに、艦隊の汽笛が低く響いた。

同胞団艦隊の到着。

それは、私たちの戦いの、新たな始まり。

私は、静かに息を吐いた。

行きましょう。

全てを終わらせるために。

佐渡島同胞団の長であり、ムーア中隊の中隊長、大倉鈴乃として。

悠一の傍らで。

この戦いが、私たちの未来を決める。

私は、心の中で誓った。

絶対に、生きて帰る。

皆と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国連軍Side

ドイツ民主共和国 ベルリン市街地

 

《――RLFか!? いやそれにしたってなぜこんな場所に!?》

F-15Eストライクイーグルを操る俺は、管制ユニットの中で悪態をつきながら、唐突に現れた目の前の敵の動きに集中した。

任務は、最近観測記録に例のない記録が観測された地域へ実地調査に行くだけだった。 部隊の半分は観測を目的にした専用のパッケージを装備しており、最低限の自衛用装備として突撃砲1門は装備している。

だが、まともな装備と言える兵装を保持しているのは中隊内1小隊だけだ。

本来なら、何の手がかりも得れなかった俺たちの中隊は観測報告を終え、やっぱり何もないじゃないかと国連に文句を言って、帰ってゆっくり配給の酒を煽るはずだった。

それが今じゃ――報告しようにも妨害されて、応援も望めない中、どこから現れたかわからない種別バラバラの戦術機が放棄された市街から俺たちを殺すつもりで弾丸をばら撒いてくる。

奇襲で観測装備と防衛装備を揃えていたB小隊が全滅し、自軍は8機――相手は10機と頭数も装備的にも苦戦を強いられていた。

「(――まるで戦術機市だ)」

俺――カーラ3は、明らかに状況に似合わない、我ながら不謹慎な感想を述べた。

目の前に現れる戦術機は基本的に第1世代機と第2世代機の混合部隊――しかも西側東側陣営の機体が混在している。

「(――RLFがどうやって入手したか、何故こんな戦力を持っている……)」

一瞬呆けた自分を叱責し、現実へ、今をどうにかすることに考えを戻す。 余計なことを考えるのは乗り越えてからだ。

《――カーラ3よりカーラリード! 司令部へはまだ繋がらないのか!》

俺はカーラ1へ怒鳴りながら、ようやく1機自分を攻撃してきたMiG-23チボラシュカを墜とす。

さっきから戦域データリンクのローカルは繋がるものの、司令部やCPへはこちらから通信が出来なければ、あちらからの定期通信も音沙汰ない。

一瞬そっちも何かトラブルが起き、既に壊滅しているのか――と最悪の状況が脳裏を過るが、それより目の前の勢力が電子欺瞞をかけているのではないかという疑惑のほうが今は強かった。

カーラ1からは依然としてダメだという声しか返ってこない。

《――あぁぁぁぁぁぁぁぁ》

《――――カーラ5ッ!》

いつも隊の皆に話しかけてくる馴染み深いムードメーカーの男の叫びが聞こえ、俺は自機レーダーに映されていた彼のマーカーが消えたことを確認する。

彼の機体を落としたF-5Eトーネードに突撃砲を向けトリガーを引くが、弾は残念ながら当たることなく市街地へ――消える。

《――ッ全機連携は崩すな! C小隊は互いをカバーしながら全速力で離脱!》

《――了解!》

観測装備がメインのC小隊の面々がスモークを巻きながら後退していくのを確認しつつ、カーラ5を仕留めたトーネードを執拗に俺と僚機のカーラ6が共に追う。

他の敵は軒並み抑えられ、相手は4機しか残っていない。

このまま持ちこたえれば応援を望める。

C小隊が回線が回復する場所まで逃げれば即座に来る――そうでなくてもあと20分もすれば不審に思って、大隊から偵察機が出るはずだ。

「ここさえ持ちこたえりゃ……」

遠ざかる観測部隊の姿を目で確認し、攻撃を仕掛けてくる敵に引き金を引く。

倒してしまおう――これくらいなら連携すれば倒せる、と俺に考えが過る。

しかしそんな俺の希望を裏切り僚機のカーラ6が近くで墜とされ、次々に馴染み深い同じ隊の者が操る機体が燃えていく様に唇を噛む。

視界の隅に映る友軍のマーカーは俺を含め3つしかない。

「ッ――3つ、だけ……だと?」

先ほど逃がしたはずのC小隊のマーカーはレーダーから消えている。

もしかして、もう領域外に抜けたか――と俺が思いかけるが、流石に別れた時間からして早すぎた。

ジャミングの影響で見えないだけかと思うようにするが、最悪の想像は頭から離れない。 二日酔いの気だるい重さのようなものが頭と胸の中でゆっくり募る。

「――まさかッ、全滅したのか……?」

反応を見失っている今、考えられる最悪のケースはなんらかの理由で彼らが既に墜されている可能性。

「――くっ……カーラ1! 我々も多少無茶でも撤退すべきだと進言します!」

例えそうでなくても、相手の頭数と各機の推進剤や機体状況を鑑みれば戦うより撤退することも視野に入れてもいいだろう。

流石に部隊長であるカーラ1も同じことを考えたのか張り付かれていたのを振り切ると、俺に機体を寄せる。

《――もうこれ以上ここを抑える理由は無いと俺も判断する。全機撤っ――》

カーラ1の声が不自然な形で聞こえなくなり、機体が爆風で揺れるのを感じながら恐る恐るレーダーとセンサーを俺は確かめる。

気付けば俺ともう一人しかマーカーはない――しかも残っているもう一人はカーラ1でなく、一人奮戦しているカーラ7だ。

目視でも俺をカバーしてくれていた、カバーしていた隊長機が四散し、地上で燃えているのを確認する。

「クソがッ――何が起きて……ッ」

逃がした観測部隊の方向から新たに所属不明機の反応を見つけ、やはり最悪のケースかと絶望のあまり乾いた笑い声が出るのを必死でこらえる。

警告音が遠く聞こえた。

《――最悪だ! カーラ3気を付けろッ――噂の『盾持ち』がいる! やっぱりRLFのクソどもだ!》

カーラ7が憎しみを込めた声で叫ぶのをどこか他人事のように聞きながら長らく戦い続けていたトーネードをなんとか撃墜し、警告音と共に網膜に投影された新手を見据える。 新手――3機のMiG-29ラーストチカは全機DS-3シェルツェンと呼ばれる多目的追加装甲を装備し空中でこちらの様子を見ている。

その後ろ――少し離れた空中には見たこともない、見た目と色合いだけならSu-47ビェールクト、装備で見ればMiG-29系列機に酷似した戦術機1機が盾を構えている。

本能的にも経験的にも俺はその離れたライブラリに登録のない機体を危険だと判断する。 そうでなくてもRLFに鹵獲されたと思われる戦術機、その中でも厄介だと聞いている『盾持ち』がいる現状は最悪だった。

「――カーラ7ッ――離脱しろ!」

《――ッこのタイミングで、どうやって!?》

「――俺が可能な限り引きつける……お前が援軍を呼んでみせろ」

《――無茶苦茶言うぜッ!ったく…――了解、後で泣いて感謝しろ!》

「――早く呼んでこいよ? じゃねぇと皆俺がいただくからな!」

俺が軽口を叩きつつ、カーラ7を追おうとする残敵4機を牽制し、追加装甲を持つ新手4機の動きにも目を配る。

「(賭けにしても分が悪すぎる……)」

自分の腕に自信があるわけじゃない……だが推進剤の残りから考えりゃ確実なのはアイツを行かせることだッ。

カーラ7を追おうとした4機のうち1機のMiG-27アリゲートルが俺に向かってくるのを目論見通りと管制ユニットで一人歯を見せ、俺は左膝部のウエポンラックから素早く短刀を左手のマニピュレーターに握らせる。

すれ違いざまに一閃――アリゲートルの跳躍ユニットへ一撃を叩き込む。

振り返りざま追撃で突撃砲を放ち、放たれた36mmは回避する素振りも見せないアリゲートルに直撃する。

俺が燃えながら落ちていく様子を見限り、レーダーを見てそこで気付く。

「(……おかしい、何故アイツらは攻撃してこない――ッ)」

新手の追加装甲装備の戦術機4機はカーラ7を追うわけでもない、俺に攻撃も仕掛けてこない。

ただ遠くから眺めている――まるで俺たちが出るまでもないと言っているように受け取れ、その通りとはいえ腹立たしく思う。

この戦場で、俺は一人残された。

霧のような絶望が、ゆっくりと俺を包み込む。

だが、まだ終わらない。

生き残るまで。

援軍が来るまで。

俺は、操縦桿を握りしめた。

来いよ、RLFのクソども。

俺が、相手してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《――なんだと!?》

「――ッ!?」

明らかに動揺した声が無線から飛び込んできた。

俺は、すぐにその理由を確認する。 目視でもレーダーでも、カーラ7を追っていた3機が急速に反転し、離れていくのを捉えた。

カーラ7が一度空中で止まると、無防備な背中を向けている3機の戦術機に突撃砲を向け、銃口から光が漏れる。

狙われている3機は左右に機体を揺らし回避しているが、反撃してくるような素振りは無い。

「(――理解できない……ここまでやってきて見逃すだとッ!?)」

俺は、苛立ちと困惑を抑えきれずに歯を食いしばった。

警告音と拡大されたレーダーを見る――今さっきまでこちらを見ていただけの所属不明機は動いていない――変わらず3機の正体不明機は停滞している。

「(――待て、3機だとッ……!?)」

俺がそれに気付いた時、次に見たのはカーラ7にシェルツェンを叩きつけ反応装甲を起爆――カーラ7を叩き落とす黒い戦術機の姿だった。

即座にライブラリを開くが、どの機体にも目の前の機体は該当しない。

「(まさか自分1機で十分だと――そういう腹かよッ)」

次は自分の番だと俺は直感で判断すると、突撃砲を120mmに切り替え、命中力を重視し拡散弾を速射――牽制しながら後退する。

自分だけしかこの場所に友軍はいない。

相手は見たところ手練も手練、おまけに1機の正体不明機――随伴3機と規模は1個小隊。 幸運なことにカーラ7を見逃し、撤退した3機はこちらを振り返り追撃してくる様子はない。

しかし状況は最悪だ――目の前の敵対する全てに殺意を抱く。

120mm拡散弾は掠りもせず空へ消え、撃たれた黒塗りの戦術機はシェルツェンを捨てると、両腕に装備しているモーターブレードを展開する。

それを見て俺は両方の兵装担架に装備していた残弾わずかの方の突撃砲を投棄させ――残った1門を全面に展開し、右手腕に握られた突撃砲を36mmに切り替え同時斉射しながら後退を続ける。

トリガーを引き続ける俺には謎の確信があった。

目の前の機体は隊長機――指揮官機であり、なにか言われたのだろう随伴の3機はまず手出しをしてこない、と。

「(――なら……逃げきれる可能性はある)」

相手は俺を過小評価している。

ならばそれに感謝し、上手く引かせてもらう。

《――君はなかなか手強い》

「――ッ!?」

聞き慣れない男の声――目の前の黒い戦術機からの回線だとすぐ気づく。

「――国連軍相手にッ、何が目的だ貴様ら」

《――目的……や、今回は君たちが偶然都合の悪い時に迷い込んできたのでね》

「――ッそんな理由で」

欧州を守る優秀で貴重な衛士を虐殺したというのか――そう喉まで出てきた言葉を飲み込み追ってくる黒い戦術機に集中する。

《――大義のためだ。それに君たち個人を恨んでいる訳ではない》

謝るくらいなら攻撃をやめろ――俺は内心で毒づきながらそのどこか皮肉交じりの言葉を受け流す。

《――いくつか聞きたいことはあるが、私には扱える時間がなくてね》

「――……そうかいッ! だが、それはお互い様だ!」

俺はヤケクソに、せめて一矢報いてやろうと脚部で目の前の『敵』に蹴りを入れようと試みる。

俺のストライクイーグルが蹴りあげた直後、目の前の黒い機体は大型モーターブレードを展開したままの脚部で受け止め――刃をぶつける。

最初黒い機体の脚部モーターブレードの刃は装甲弾かれ食い込み、金属の甲高い音を立てていた。

それは徐々に歪な音を立てながらゆっくり、しかし確実に食い込んだモーターブレードは俺のストライクイーグルの脚部を切り落としていく。

《――ここで死んでくれ》

冷たい声が異様にゆっくり響いて聞こえる。

肩の力が抜け、操縦桿を握る自分の手が震えるのを俺は自覚する。

脚部が切り離され、四肢を切断されもう成す術を持たぬストライクイーグルの中で俺――若い男性衛士は目前の黒いまるで死神のように見える戦術機の腕部を見て言葉を失う。 手腕のモーターブレードの突起物――大型のブレードベーンが赤く発光している。

何が目の前で起きているのか理解できないそんな俺が次に見たのは管制ユニットをそのブレードベーンが突き破る光景だった。

激しい痛みと薄れゆく意識、暗闇に包まれる視界、俺は目の前の禍々しい機体を管制ユニットの亀裂の隙間から一度だけ睨みつけると――力なく目を閉じた。

この戦場で、俺は終わった。

援軍は、来なかった。

黒い死神が、すべてを終わらせた。

……くそっ。 せめて、一矢報いたかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テオドールSide

ドイツ民主共和国 ベルリン市街地

 

目の前で燃える戦術機――俺が撃墜した機を眺める。

だが、それを見ている俺は罪悪感も何も感じない。

仕方がない、間接的とはいえ貴様らも敵に変わりはないのだと、誰かに語りかける。

《――マスター、他の者は撤収準備完了いたしました》

「――ご苦労だったね――悪いけれど、先に戻っていてくれるかな?」

《――は、いえ、しかし……》

「――5分でいいんだ、少し小休止を入れたい。久しぶりの戦術機動がね」

《――はっ、失礼しました》

3機のラーストチカがゆっくり浮上し、市街地の中へ消えていくのを見届けると、重金属反応を確認しヘルメットの必要性を確認すると、俺は管制ユニットを開き外へ出る。

衛士強化装備のおかげで体に寒気は感じない。

その代わり顔に吹きつける風が異様に寒く感じた。

「悪い――とは言っておく。だが、もう今の俺にいちいち気にしている余裕がないんだ」

燃える戦術機に少しだけ近付き、その管制ユニットから睨みつけていた男の顔を思い浮かべる。 果たして彼には大切な人や守りたいものがあったのだろうか――俺に重ねて考える。

「(自分が殺した相手に、一体何を考えている……俺は――)」

暫く目の前の光景を目に焼き付けるように見ていたが、時間だと振り返った視界の端に小さな花を見つけ、立ち止まる。

今さっき湖で、今の時代珍しい花畑を見ていたのに、たった一輪の花に目を奪われる。

「こんな所で咲いても……どうしようもないだろ」

花は何も答えない。

ただ寒い風に花びらを揺らし小さくそこにあるだけだ。

「(何を花に話しかけている――そんな寂しいやつだったか……いや、そうか)」

俺とどこか似ている――俺は一瞬そう思うがすぐ鼻で笑うと、その花を踏みつけ、花びらを散らす。

「こんな寂しい所にいるより、もう消えてしまったほうが幸せだろうさ」

花に言ったはずのその言葉――しかしその言葉はむしろこの華のように一瞬で何も答えることなく消えることが出来ない俺に向けて言っているようだ。

踏みにじった花を一度だけ見ると俺は早々と愛機へ乗り込むと、その場を去った。

《――エーベルバッハ、その機体……どうだったの?》

合流したズーズィ・ツァプの感想を求める声に、静かに俺は答える。

「――申し分のない、非常に優れたものだと私は思うよ」

《――フン…カタログスペックだけではなかったということね。見てて思ったが、聞いてたより圧巻だったわ。シモーネに乗らせたいわね》

「――動きも武装も悪く無い――でも、まだ馴染まないものだね」

そう俺は小笑しながら言い、機体のステータスを確認し自分の中にある満足感を認める。 黒い戦術機――MiG-35「スーパーファルクラム」 この機体は『本国』から受け取ったソ連製第3世代機の新型機体だ。

少し俺と開発班が改良を加えているが概ね渡された時と性能は変わらない。

MiG-29OVT ファルクラムの制式仕様であり全体的に機体を大きくすることで稼働時間を伸ばし、試験中の新型兵装も装備されている。

最も特徴的なのはモーターブレードに付属する機体名称を意味する大型ブレードベーンだ。 この大型ブレードベーンはMiG-29M2 ヴァーミリオンソードのモノを流用し従来の空力特性を活かす面においても、兵装としての使用も勿論だが、本兵装は前腕部内部に搭載された試験中の「超振動システム」を使用することを前提としている。 本システムは先ほど戦闘に使ったが問題なく機能し、触れる物体を砕くことができた。 ブレードベーンが振動している間、朱色に発光することから機体名称『フルクラムソード』と名付けられている。

所謂、この黒い機体は俺専用機だ。

《――やっぱシモーネには扱えないわね。アンタの盾となる機体に相応しいわ》

「――私もそう思うよ」

思考を会話へ戻し、俺は通信を広域に変更し周辺に控えていた戦術機部隊へつなぐ。

「――君たちには証拠の片付けを頼むよ。絶対に痕跡は残してはいけない」

各それぞれの了承の言葉を聞くと、操縦桿を握る指をゆるめ、シンシンと降り始めた雪に思いを馳せる。

「これでもう……あれから何度目の雪だろうな――カティア」

いつかの笑顔、泣き顔を思い出しながら俺は雪に沈む、かつて自分が守りきれなかった街を眺めつづけた。

この街は、もう俺のものじゃない。

だが、俺はまだ戦う。

カティア、お前がいたこの場所で。

俺は、静かに機体を進めた。

雪が、すべてを覆い隠すように。

俺の罪も、記憶も。

だが、それでも――俺は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キルケSide

2002年9月2日 イギリス・ドーバー基地群 自室

翌日、私は自室のデスクで報告書に目を通していた。

薄暗い部屋に、モニターの青白い光だけが広がる。

手元の書類と画面に映るデータ――先日謎の記録を観測した地点への実地調査と、旧BETA侵攻路の調査に向かい、旧東ドイツ領で信号途絶した国連軍の部隊について。

最初は1個中隊。

その後、確認のため出撃した1分隊――合計14機の戦術機が行方不明。

後に原因究明の調査に向かった国連軍部隊と同行した、自分の指揮下にある中隊からの報告と合わせても、不可解なことばかりだ。

行方不明の戦術機部隊の残骸すら見つからず、完全に彼らは忽然と姿を消した。

戦闘を行った形跡はあるが、それはいつ行ったものなのか判断できないらしく、確かな確証にはならない。

「……これは」

私は静かに息を吐き、報告書のページをめくった。

BETAの反応は一切なし。

敵性反応の記録も、残骸の散乱具合から推測される戦闘の激しさとは一致しない。

まるで、誰かが意図的に痕跡を消したかのように。

テログループ――RLFの影か。

それとも、別の何か。

私の脳裏に、あの廃墟での出会いが蘇る。

テオドール・エーベルバッハ。

リィズドライ。

そして、あの地下で見た狂気の遺産。

「……テオドール」

私は無意識にその名を呟いた。

彼の存在が、この事件に関わっている可能性は高い。

いや、確信に近い。

ベルリン近郊での失踪事件。

RLFの活動が活発化している地域。

全てが、繋がっている。

私はデスクの端末に手を伸ばし、バルク大佐への報告書を作成し始めた。

――即時、ベルリン方面への大規模調査を提案する。

テログループの主力を叩くチャンスだ。

そして、テオドール。 あなたを、止める。

あの日の約束を、果たすために。

私は、静かにキーボードを叩き続けた。

ドーバーの朝は、まだ霧に包まれている。

だが、この霧の向こうに、戦いが待っている。

私は、決意を新たにした。

キルケ・シュタインホフとして。

指揮官として。

この戦いを、終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グレーテルSide

アイルランド・ケリー州 東欧州社会主義同盟本部 会議室

 

ビデオ会議の画面が、複数のウィンドウで埋め尽くされていた。

イギリスにいる西ドイツ陸軍第51戦術機甲大隊「フッケバイン」大隊長のキルケ・シュタインホフ少佐、前任者のバルク大佐はもちろん、西ドイツ陸軍第44戦術機甲大隊“ツェルベルス”所属のイルフリーデ・フォン・フォイルナー少尉、ヘルガローゼ・フォン・ファルケンマイヤー少尉、ルナテレジア・レーベン少尉、ヴィルフリート・フォン・アイヒベルガー少佐、ジークリンデ・フォン・ファーレンホルスト中尉、ゲルハルト・フォン・ララーシュタイン大尉、ブリギッテ・フォン・ヴェスターナッハ中尉。

そして、帝国斯衛軍の斑鳩崇継中佐など、精鋭衛士たちが一堂に会していた。

意見交換会――表向きはそうだが、実質はテオドール・エーベルバッハ率いるテログループの対処と、BETA殲滅の優先順位を巡る議論だ。

ツェルベルスの衛士たちは、当然のようにBETA殲滅を優先すべきだと主張する。

《BETAが人類の最大の脅威である以上、テログループなど後回しでいい》

イルフリーデの声が、画面越しに鋭く響く。

他のツェルベルスメンバーも、同調するように頷いていた。

だが、キルケは静かに異論を唱えた。

《待ってください。テログループを放置すれば、後方支援が崩壊します。役割分担を提案します――BETA前線はツェルベルスに任せ、私たちフッケバインはテログループの掃討を主軸に》

議論が熱を帯びる中、私はタイミングを見計らい、データを共有した。

画面に、新しいウィンドウが開く。

名簿――東ドイツ政府や軍に身を置く主要人物で、RLFと繋がっていると明らかになった者たちのリスト。

さらに、パレスチナ解放戦線や1998年に解散したドイツ赤軍、2001年に解散した日本赤軍、そしてテオドールの駒の一つに過ぎなかった雄武真理教やその武装組織『雄武同盟』。

革マル派や中核派等の日本の極左暴力集団、日本の半グレ組織『羅威刃』、実質的に消滅した『戒炎』、日本を拠点とするマフィア『裏神』、メキシコを拠点とする麻薬カルテルのマッドカルテルまで――すべてに繋がりがあった。

だが、天羽組や京極組、天王寺組、獅子王組等の極道組織は、表向きはテオドールと良好な関係だが、それはフリであり実質的に敵対している。

画面に映る皆の表情が、硬くなった。

キルケの瞳が、鋭く細まる。

バルク大佐は、静かに息を吐いた。

《……これほどのネットワークか》

斑鳩中佐は、無言でリストを睨んでいた。

私は、静かに言葉を添えた。

「テオドール・エーベルバッハは、単なるテロリストではないわ。彼の影は、世界中に広がっている」

議論は、さらに深まった。

BETAとテログループ――二つの脅威を、どう秤にかけるか。

私は、画面越しに皆の顔を見つめた。

この会議が、戦いの転機になる。

テオドールを、止めるために。

グレーテル・イェッケルンとして。

同盟の未来のために。

私は、静かに拳を握りしめた。

ベルリンへ。

すべてを、終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイルランド・ケリー州 東欧州社会主義同盟本部 総書記執務室

 

ビデオ会議が終了し、画面が暗転した後、私は静かに端末を閉じた。

部屋に残るのは、静寂だけ。

私は立ち上がり、執務室の扉をノックした。

「“大尉”、グレーテル・イェッケルンです。会議の報告を」

中から、落ち着いた声が返る。

「……入りなさい」

扉を開けると、アイリスディーナ・ベルンハルト総書記がデスクに座っていた。

彼女の瞳は、いつものように鋭く、しかしどこか疲れを湛えている。

私は一礼し、部屋の中央に立った。

「会議は無事終了しました。西ドイツ軍の精鋭たち――フッケバインとツェルベルスの衛士たちが参加。テオドール・エーベルバッハ率いるテログループの対処について、意見交換を行いました」

アイリスディーナは、静かに頷いた。

「結果は?」

「BETA殲滅を優先する声が強かったですが、キルケ・シュタインホフ少佐が異論を唱え、役割分担を提案。ツェルベルスはBETA前線、フッケバインはテログループ掃討に集中することで合意しました」

私は、共有したデータのことを続けた。

「また、RLFと繋がっている東ドイツ政府・軍の主要人物の名簿を共有しました。内部協力者の存在が、皆の警戒を強めました」

アイリスディーナの表情が、わずかに硬くなった。

「……テオドールか」

彼女の呟きに、私は静かに答えた。

「はい。彼のネットワークは、予想以上に深いようです。ベルリン近郊での国連軍部隊の失踪事件も、RLFの関与が濃厚です」

総書記は、ゆっくりと目を閉じた。

あの廃墟での出来事――テオドールの生存、狂気の遺産。

彼女も、すべてを知っている。

「……キルケは、決意を固めているようね」

「ええ。彼女は、テオドールを止める覚悟です」

アイリスディーナは、静かに息を吐いた。

「私も、同じだ。テオドールは……かつての同志。でも、今は敵」

彼女の声に、わずかな哀しみが混じる。

私は、黙って頭を下げた。

「作戦は、順調に進んでいます。ベルリンへの大規模調査が、近いうちに始まるでしょう」

「……ありがとう、グレーテル」

総書記は、静かに微笑んだ。

それは、珍しい表情だった。

私は、一礼して部屋を後にした。

廊下を歩きながら、思う。

アイリスディーナの心の中には、まだテオドールへの複雑な想いが残っている。

だが、私たちは進む。

同盟のために。

人類のために。

この戦いを、終わらせるために。

グレーテル・イェッケルンとして。

総書記の側近として。

ベルリンの霧が、晴れる日を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイリスディーナSide

アイルランド・ケリー州 東欧州社会主義同盟本部 総書記執務室

 

グレーテルが部屋を去った後、私は静かに端末を操作した。

南沙諸島――新万寿台議事堂。

ベアトリクス・ブレーメの執務室へ、暗号化された直通回線を繋ぐ。

数回の信号の後、繋がった。

画面に、彼女の姿が映る。

黒い軍服に身を包み、長い髪を後ろに束ねた、変わらぬ冷徹な美しさ。

だが、その瞳には、深い疲労が滲んでいる。

《……アイリスディーナ》

ベアトリクスの声は、低く、静かだった。

「ベアトリクス……急な連絡、ごめんなさい」

私は、静かに頭を下げた。

彼女は、わずかに眉を寄せた。

《何かあったのね》

「ええ……全部、話すわ」

私は、深く息を吸い、言葉を続けた。

テオドールの生存。

旧シュタージ本部地下での出会い。

アクスマンの狂気の遺産――クローンたちの存在。

リィズドライ、そして失敗作たちの戦い。

そして、ベルリン近郊での国連軍部隊の失踪事件。

RLFのネットワークの深さ。

全てを、包み隠さず。

ベアトリクスは、黙って聞き続けた。

表情は、変わらない。

だが、瞳の奥に、わずかな揺らぎが見えた。

《……テオドール・エーベルバッハが、生きていたのね》

彼女の呟きに、私は静かに頷いた。

「ええ。そして、彼は……変わっていない。いや、変わってしまった」

ベアトリクスは、ゆっくりと目を閉じた。

《……私のせいかしら》

「違うわ。テオドールは、自分の道を選んだ」

私は、静かに答えた。

「でも、私たちは……止める必要がある」

ベアトリクスは、静かに目を開けた。

《……ええ。わかるわ》

彼女の声に、決意が宿る。

《南沙諸島から、支援を送る。あなたの作戦に、全面的に協力するわ》

「ありがとう、ベアトリクス」

私は、静かに微笑んだ。

「これで、終わりが見えてきたわね」

《……そうね》

ベアトリクスは、わずかに唇を緩めた。

それは、珍しい表情だった。

通信が切れた後、私は窓の外を見つめた。

アイルランドの空は、曇っている。

だが、この向こうに、ベルリンが待っている。

テオドール。

お前を、止める。

かつての同志として。

アイリスディーナ・ベルンハルトとして。

私は、静かに拳を握りしめた。

この戦いを、終わらせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベアトリクスSide

2002年9月3日 南沙諸島 第3平壌市・新万寿台議事堂前広場

 

朝の陽光が、南沙諸島の人工島を強く照らしていた。

広大な広場には、北朝鮮臨時政府の国民、兵士、将校たちが整列し、私の姿を見上げている。

数万の視線が、一斉に私に注がれる。

私は壇上に立ち、マイクを握った。

白い軍服の襟を正し、静かに息を吸う。

アイリスディーナからの報告――テオドール・エーベルバッハの生存、RLFの深まる影、ベルリンでの動き。

すべてを胸に秘め、私は口を開いた。

「同志諸君」

私の声が、広場全体に響き渡る。

スピーカーが、静寂を破る。

「我々は、ここ南沙諸島に、新たな祖国を築いた。 BETAの脅威に屈せず、帝国主義の圧力に屈せず、革命の炎を灯し続けた」

兵士たちの瞳が、輝く。

将校たちは、静かに敬礼の姿勢を保つ。

国民たちは、息を潜めて聞き入る。

「だが、今、新たな敵が現れた。 テログループ――RLF。 彼らは、人類の敵BETAを利用し、平和を乱そうとしている」

広場に、ざわめきが広がる。

私は、声を強めた。

「テオドール・エーベルバッハ。 かつての同志は、今、道を誤った。 彼の影は、欧州全土に広がり、難民を扇動し、混乱を招いている」

私は、一瞬、目を閉じた。

テオドール・エーベルバッハ。

貴様は、どこまで堕ちるつもりだ。

「我々は、それを許さない。 東欧州社会主義同盟は、一致団結して、この脅威を叩き潰す。 BETAを殲滅し、テログループを根絶する。 それが、我々の使命だ」

兵士たちが、拳を掲げた。

「総帥万歳!」

「革命万歳!」

声が、広場を埋め尽くす。

私は、静かに手を上げ、制した。

「同志諸君。我々は、強くなった。重慶ハイヴへの水爆投下で、BETAに一撃を与えた。今、再び。ベルリンへ。 彼を止めるために。人類の未来のために」

拍手が、雷鳴のように轟いた。

私は、壇上から皆を見下ろした。

北朝鮮の同志たち。

私の兵士たち。

皆、決意に満ちている。

アイリスディーナ。

あなたの作戦に、全面的に協力するわ。

南沙諸島から、援軍を送る。

ベアトリクス・ブレーメとして。

総帥として。

この戦いを、終わらせるために。

私は、静かに敬礼した。

広場に、歓声が響き渡る。

南沙諸島の空の下で、新たな決戦の幕が開く。

エーベルバッハ……必ず貴様を、止めてみせる。

革命の名の下に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南沙諸島 第3平壌市・新万寿台議事堂 地下ドック施設

潮の香りと、重油の匂いが混じり合う巨大な地下ドック。

ここは、かつての第二次世界大戦の遺産を眠らせていた場所。

そして今――その遺産が、蘇る時が来た。

私は、白い軍服のまま、ドックの縁に立っていた。

眼下に広がるのは、転覆したままの巨体。

全長251メートル、基準排水量42,900トン。

38cm連装砲塔4基、15cm連装砲塔6基。 「孤独の女王」――ティルピッツ。

1936年起工、1939年進水、1941年就役。

姉妹艦ビスマルクを上回る排水量と武装で、ドイツ海軍の誇りだったはずの戦艦。

だが、ビスマルクの喪失、外洋出撃の機会を失い、ノルウェーフィヨルドに隠れるだけの“現存艦隊”となった。 X艇の攻撃、タングステン作戦、パラヴェーン作戦、そして最後のカテキズム作戦――トールボーイの直撃で横転、着底。

1,000人以上の乗員が、艦内に閉じ込められ犠牲となった。

戦後、転覆したまま放置されていたこの巨艦を――私が、拾った。

革命の勝利後、東欧州社会主義同盟の力で、サルベージを開始したのは2001年のこと。

BETA大戦の混乱の中、誰も目を向けない北海の底から、秘密裏に引き揚げ、南沙諸島のこの地下ドックへ運び込んだ。

修理、改装。

旧来の主砲は残しつつ、対BETA用にレーザー兵器を追加搭載。

艦体は強化装甲で覆い、推進機関は核融合炉に換装。

そして、艦載機は戦術機に置き換えられた。

今、ティルピッツは、蘇った。

「総帥、準備は完了です」

側近の将校が、敬礼しながら報告した。

私は、静かに頷いた。

「よし……起動せよ」

ドックの照明が、一斉に明るくなる。

巨体が、ゆっくりと動き始めた。

艦底から、核融合炉の低く重い唸りが響く。

転覆していた艦体は、すでに正位置に戻され、塗装も新たに施されている。

黒と灰色の迷彩――同盟の象徴。

主砲塔が、ゆっくりと回転を始める。

「ティルピッツ……あなたも、戦う時が来たわね」

私は、静かに呟いた。

孤独の女王は、もう孤独ではない。

ベアトリクス・ブレーメの艦として。

東欧州社会主義同盟の切り札として。

BETAを焼き払い、テログループを潰すために。

ティルピッツは、サルベージされた。

新たな戦いのために。

私は、艦橋へ向かって歩き始めた。

この巨艦を、俺の手で動かす。

革命の名の下に。

人類の未来のために。

ティルピッツは、再び海へ出る。

今度こそ、女王として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南沙諸島 第3平壌市・地下ドック施設 ティルピッツ甲板上

潮の香りと、重油の匂いが混じり合う巨大なドック。

ティルピッツの甲板に立ち、私はゆっくりと周囲を見回した。

巨艦の鋼鉄の肌が、照明に照らされて鈍く輝く。

サルベージと改装が完了したこの艦は、すでに私のものだ。

だが、まだ過去の痕跡が残っている。

東ドイツ人民海軍の将校が、敬礼しながら近づいてきた。

彼は甲板の一角を指さし、慎重に言葉を選ぶように言った。

「ブレーメ総帥、甲板にハーケンクロイツの跡が残っていますが、これはどうなさいますか?」

私は、その場所に視線を移した。 塗装の下に、かすかに浮かび上がる忌まわしい紋章の輪郭。

ナチスドイツの遺産。

この艦が建造された時代の、汚れた印。

私は、静かに息を吐いた。

「全部消しなさい。忌まわしき紋章は必要ない」

将校は、即座に敬礼した。

「了解しました! 直ちに作業員を手配します!」

私は、頷き、甲板の端へ歩いた。

ティルピッツ―――お前は、もう過去の亡霊ではない。

東欧州社会主義同盟の艦として。

私の艦として。

革命の象徴として。

ナチスの痕跡など、必要ない。

全て、消し去る。

BETAを焼き払い、テログループを潰すために。

この艦は、新たな時代を切り開く。

私は、静かに艦橋を見上げた。

ティルピッツ。

お前も、共に戦う。―――孤独の女王は、もう孤独ではない。

ベアトリクス・ブレーメとして。

総帥として。

この海を、支配するために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悠一Side

2002年9月4日

国連大西洋方面第1軍ドーバー基地群 78番格納庫 俺が見上げる先には、ご丁寧に手入れし整備仕立ての94フルアーマー、94サブレッグ、94ブルG――そして新たに配備された94ヘッドがガントリーに固定され、その横にはツェルベルスの衛士達が乗るEF-2000タイフーンも佇んでいる。

94ヘッドは不知火(頭部、両腕)ラーストチカ(胴体)撃震(両脚)を組み合わしたニコイチ機体だ。

「おいおい、これニコイチか? 誰が乗るんだよ……」

俺は思わず呟いた。

格納庫の空気は、油と金属の匂いが混じり、整備兵たちの声が遠くに響いている。

鈴乃が、隣で静かに説明した。

「……94ヘッドは、試験的に配備された機体よ。西ドイツ軍の技術協力で、部品の互換性を活かしたもの」

恭子が、少し離れたところで腕を組んで見上げていた。

「見た目はごちゃごちゃだけど、性能は悪くないらしいわね。頭部と腕は不知火の精密射撃向き、胴体はラーストチカの耐久性、脚部は撃震の機動性……バランスは取れているはずよ」

佐竹が、整備台から顔を出して笑った。

「やあ、豊臣少尉! これ、俺たちが徹夜で調整したんですよ。乗ってみりゃあ分かるけど、クセは強いけど化け物級のポテンシャルだよ」

その時、佐古大和が、突然大声で叫んだ。

「自分が乗ります!」

浪岡常吉が、穏やかに微笑みながら続けた。

「バランスがとてもいい機体ですね」

木元桃花が、悪戯っぽく笑って言った。

「じゃあ、私も」

鈴乃が、静かに視線を三人に向けた。

「佐古少尉、浪岡少尉、木元中尉の3人か。――なら貴様等が乗れ。サンダーボルト作戦での戦力の要の一つとなる」

佐古が、目を輝かせて敬礼した。

「了解です、大尉! 任せてください!」

浪岡が、静かに頷く。

「光栄です」

桃花が、にこっと笑った。

「ふふ、楽しみね」

俺は、苦笑いしながら機体を見上げた。

ニコイチの94ヘッド。 ――――この異形の機体が、佐古たち三人で運用されるのか。

鈴乃が、俺に視線を向けた。

「……悠一、あなたは94フルアーマーでいいわね」

「ああ、もちろん」

恭子が、静かに微笑んだ。

「これで、準備は整ったわね」

格納庫のライトが、機体たちを照らす。

94ヘッドの頭部――不知火のセンサーが、まるで俺たちを見据えているように感じた。

サンダーボルト作戦。

ベルリンへ。

テオドールへ。

この機体たちが、俺たちの切り札になる。

俺は、静かに拳を握りしめた。

来いよ――――どんな戦いだろうと、俺たちは勝つ。

皆と共に。

ドーバーの格納庫で、戦いの火蓋が、切って落とされようとしていた。

 

 

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