前々からちょっと書きたかったので、息抜き期間のこの時期に。
楽しんでいただけると嬉しいです。
特別ってなんだろう。
特別になるとはどういうことだろう? 特別な人とはどんな人間のことだろう?
例えば、特別容姿が整っている。
例えば、特別勉学や運動ができる。
例えば、自分だけの
数え上げればきりがなく、そして数え始めると案外簡単に想像できてしまう。
じゃあ、普通ってなんだろう。
普通であるとはどんなことだろう。普通な人とはどんな人間のことだろう?
この答えはけっこう簡単だ。
だって僕自身がそうなのだから、わからないはずがない。
そう、僕はどこにでもいる普通のやつ。
水瀬
中肉中背の身長166cm。B型。誕生日は9月20日。
趣味は音楽や映画鑑賞、ゲーム。特技は特に無し、突出した得手も不得手も見当たらず。
彼女も生まれてこの方なし。友達はそこそこ。
パッと思い浮かぶプロフィールだけでも、実に平凡。
普通っていうのは、他の人と共通項が多くて、
どうしてこんなことを往来の中で考えているのかって?
その理由も普通。
思春期の男子特有の、ふと自分の存在を定義したくなるってやつだ。
あるいはヘッドホンから流れてくる、君だけが特別だのなんだのという歌詞につられたのかも。
「〜♪」
周囲の人に変な目で見られないよう、小さな声で歌詞を口ずさんだりしながら歩く。
放課後のショッピングモールっていうのは、案外混んでいる。
遊びに来た学生や、デート中らしきカップルなんてのがそこかしこにいる。
僕もその一人で、CDショップに向かって進行中というわけだ。
「ねえ、この服超可愛くない?」
「超ヤバい!」
「フードコート行ってみようか?」
「ちょっと早くなーい?」
「いらっしゃいませー」
音楽を聴いていても、人の声というのは案外入ってくる。
爆音にして周囲をシャットダウンしようなんて、そんなスカした真似をする勇気もない。
だから決まった音楽とまばらな喧騒が入り混じり、ちょっと面白かった。
そのCDショップはいつも使ってる。
どれだけ歩けば着き、どのタイミングでヘッドホンを外すのかもわかってる。
途端に喧騒が大きくなったことを感じながら、僕は店頭に並ぶ華々しいアルバム達を眺めた。
「お、これ良さそう。しかもラスト一枚だ」
しばらく吟味して、気になる一枚を見つけ出す。
明るめな表紙に店員さんのポップがデコレートされたそれに手を伸ばす。
いざ取ろうとしたその瞬間、横から出てきた誰かの手が重なった。
「「あっ」」
女の子の声だった。
びっくりしながら手を引き戻せば、隣にいる誰かさんも同じように引っ込める。
偶然にも手に触れてしまった相手に申し訳なく思いながら、横を見て。
「…………明石?」
「水瀬、なの?」
互いに顔を見て、目を見開く。
金色のメッシュを入れたショートヘアに、愛嬌のある可愛らしい顔立ち。
ここいらではDJ活動で有名な陽葉学園の制服に身を包み、白いヘッドホンを首から下げ。
いかにも「特別」って感じの、その可愛らしい女の子を、僕は知っている。
中学時代、一番仲の良かった友達で、進学を機に交流を無くしてしまったやつ。
そんで、普通な僕にとって色々な意味で……唯一「特別」だった、そんなやつ。
「……久しぶり」
「あ、ええと、うん。久しぶりー……」
「元気そうだな」
「そ、そうだね。水瀬も」
「…………」
「…………」
それきり会話が途絶える。
気まずい。お互いそっぽを向いて、下手っぴな笑いを浮かべるくらいには気まずい。
いかにもな反応をした僕は、なんだか居心地が悪くなって踵を返した。
「じゃあ、僕はこれで」
「えっ、このCDは? 欲しいんじゃないの?」
「お前も欲しいんだろ。ラスイチだし、譲るよ」
「……いいの?」
やや遠慮がちな問いかけ。
ちらりとその表情を見れば、いくらか僕より背の低い彼女は上目遣い気味に見てきた。
その仕草、表情に、記憶の中の明石が重なって、なぜか胸がキュッとなる。
「いいよ。昔もそうだったろ」
「そう、だね。昔も……ね」
あ、やべ。言い方ミスった。
余計に気まずくしてどうするってんだ僕は。普通に考えてわかるだろ。
ちょっとシュンとしたような明石の顔にテンパってた僕は、ついこんなことを口走った。
「あーっと、じゃあ飲み物」
「……え?」
「譲る代わりに、なんか飲み物一本奢ってくれ。今小銭切らしててさ」
僕は何をまくしたててるんだろうか。
これも中学の時とおんなじじゃないか。学習能力ないのか馬鹿。
ほら、明石だってぽかんとしてる。ええはいそうです、僕は間抜けです。
「……ぷっ」
「んぐっ」
「あっ、ごめんごめん。でもおかしくてさ、ふっ、ふふふっ」
緩く握った拳を口元に、明石がくすくすと可笑しそうに笑った。
気恥ずかしさが一瞬で上限を飛び越えそうになる。
でも……その笑い方が、なんだか懐かしい。
「水瀬、全然変わってないね、ふふふっ」
「……背もあんま伸びてないしな」
「中学卒業してまだ数ヶ月じゃん、これからだよ」
「そういうお前も変わってなくない?」
「むっ、私は色々成長してるよ」
「へえ、どこが?」
「トラックメイキングの技術、とか?」
「相変わらず好きなんだな。そういうの」
「うん、勿論」
ニカッと笑う明石。
その笑い方に、昔のように引きつけられてしまう。
「……やっぱり変わってないな」
「変わったって〜!」
あ、口に出てた。
変わってないってのは
……まあ、いっか。
「ほら、買ってきたら?」
「あ、そうだね。ありがたく持っていかせてもらうよ」
アルバムを手に、明石は店に入っていく。
それから2分もしないうちに会計を済ませ、袋を持った彼女は戻ってくる。
「じゃあ、行こっか」
「うん。自販機ってこのモールのどこに……」
「もー、相変わらずだなぁ水谷。どうせならフードコート行こっ」
「え、ちょ」
また手が!
引かれた腕につられて、反射的に足が前へと走り出す。
ひどく懐かしいその感覚は、たった数ヶ月前までは当たり前だった。
当然モール内なので多くの人にすれ違い、驚かれたり、微笑ましそうに見られたりする。
それが恥ずかしくて、でも。
あの頃の「特別」な時間に戻った気がした。
「はいこれ」
「さんきゅ」
何やらゴテゴテした名前がついてそうな飲み物を受け取る。
5時を回ろうかという時刻、フードコートはそれなりに賑わいを見せはじめている。
その一角、二人用の座席を僕は確保した。
「席取りありがとね」
「ん、一緒に行ってもよくわかんなかっただろうし」
「あはは、確かに難しい顔をしてたかも」
どうして女の子は呪文のような商品名をすらすら言えるのだろう。
あれか、男がロボットアニメの機体の名前を暗記しているようなものか。
「あ、その顔くだらないこと考えてるでしょ」
「明石もあれか、魔法使いなのか」
「なにそれ?」
「あー、なんでもない」
変なの、と笑う明石。
自省しつつ、選んできてもらった飲み物を飲んだ。
「あ、これ甘い」
「水瀬、甘いもの好きだったでしょ。今は変わっちゃった?」
「んや、友達に男にしては甘党だなってよく言われる」
「中学の時も言われてたねー」
「それは……」
「良い映画を見ると集中して頭を使うから。だったっけ?」
「その通りだ」
前にちょっと話しただけなんだけど、明石が覚えてたとは。
「今でも冷蔵庫のお菓子の山はあるの?」
「聞いて驚け、つい先日一部を占有地として勝ち取った」
「あはははっ、ついに独立しちゃったんだ!」
見せつけたピースサインは、どうやら滑らなかったみたいだ。
表情が乏しいからそれやるとちょっと不気味、というのが学友達からの評価。
だけど、明石は笑ってくれた。
「明石はどうだ? DJのこと、やってるのか?」
「色々ね。機材の操作練習したり、セトリの作り方勉強したり……ってまあ、今のところ、肝心のパフォーマンスはやれてないんだけとね」
準備期間中ってところかな、と恥ずかしそうに人差し指で頬をかく。
はにかむような笑い方からは、十分楽しんでいることが一目瞭然だ。
「……なんか、よかった」
「へ? よかった?」
「陽葉での学校生活、楽しんでるんだなって。中学の時は……あんな感じだったから」
「……そうだね」
明るかった明石の笑顔が、段々と暗いものになってしまった。
きっと僕も似たような顔だろう。
今でも時々思う。
中学の時、僕はどうして
あの頃、もっと上手くできていたら、大人だったら。
もしかしたら、今も明石と……
「……水瀬はどうなの?」
「普通だよ。勉強して、バイトして、友達と遊んで。明石みたいに、何か特別打ち込んでるわけじゃないけど」
「あはは。水瀬らしいや」
さっきまでより、少しだけ落ち着いた風に笑う明石。
一息つくようにストローを咥え、みるみるうちに中身が目減りしていく。
「でも、そっか」
「明石?」
「たった数ヶ月だけどさ。互いに知らないこと、たくさん増えてたよね」
「……そうだな」
でも、それは高校生になってからだけじゃない。
あの頃も僕は、僕達は、多分互いのことを知り尽くしてはいなかった。
それは感情とか心とか想いとか、多くが不明瞭なもの。
本人でないと知り得ない、特別なもの。
自分以外の誰かを完全に知ることはできない。
普通に考えて、そんなのできっこない。
完全に、完璧に理解しようなんてのは、誰もがすぐに諦める。
「……なあ、明石」
「ん? なに?」
でも。
「僕、高校入学の時に携帯変えて、アドレスとか番号とか変えたんだけどさ」
「あー、そういえば私もそうだ。トークアプリの方もアップデートで一回消えちゃってさ」
いや、だからこそ。
「だから、その」
「……?」
怖気付く。
その言葉を形にすることが何故か恐ろしくて、とんでもない難行のように思えてしまう。
そんな風にビビる臆病な自分を、なんとか押しのけて。
「今日再会したのも何かの縁ってことで。もう一回、交換しないか?」
「え……」
もう一度知りたいって、そう思うことも普通なはずだ。
「あ、嫌ならもちろん断ってくれていいぞ。中学時代の付き合いとかリセットしたいっていうやつもいるし」
「い、嫌じゃないっ!」
うわびっくりした!
叩きつけるように勢いよくテーブルに置かれたプラスチックカップに肩が跳ねる。
それに、何より驚いたのは明石の必死なような、ちょっと怒ったような顔だった。
「嫌じゃないに決まってるじゃん!」
「ちょ、明石声がでかい……」
これ、結構本気で怒ってるな。
前はどうやって宥めてたっけ……
「それとも何? 水瀬は私のこと、そんな風に思ってたの?」
む、それは聞き捨てならない。
「それこそ違うに決まってるって。僕から言い出したんだぞ?」
「じゃあ、どう思ってるのさ」
どうって聞かれても……
流石に正直には言えないし、誤魔化すしかない。
「とにかく、僕はできればまた明石と話したい。そう思ってる」
「む、なんだかはぐらかされた気がするけど……まあいいよ。はい」
「ん、さんきゅ」
互いに情報を伝え合いながら、携帯を操作する。
数分後、僕の携帯には明石の新しい連絡先が追加されていた。
「ん、できた」
「私も」
そこで次に何を言おうか迷ってしまった。
画面の中にある文字列を見つめているのが妙に恥ずかしくなって、視線を上げる。
すると、不思議と同じようにしていた明石と目線がかち合って、今度は心臓が跳ねた。
「じゃあ……また、よろしく」
「う、うん、よろしく」
……なんだ、このやり取り。
「じゃっ。じゃあ私、そろそろ行こうかな〜、なんてっ」
「え、あ、おう」
「ま、またね!」
ああ、という返事は待つことなく、席を立った彼女は足早に去っていった。
そのままフードコートから出ていく……かと思ったら、直前で立ち止まる。
不思議に思っていると、明石はこっちに振り返った。
「……今度、連絡するね」
「あ、うん」
それしか言えなかった。
妙に赤い明石の顔をぼけっと見ているうちに、彼女は行ってしまう。
後ろ姿を目で追って、見えなくなったところでようやく緊張が途切れた。
「ふぅ……なんで変に緊張してるんだ僕は」
こんなのは久しぶりだ。
妙な気疲れを感じながらも、携帯の中にあるものを見つめて。
「……また、特別になるのかな」
そんな独り言が、周りのざわめきにかき消された。
読んでいただき、ありがとうございます。
作者は真秀ちゃんが推しです。