お待たせしました。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「じゃあって、あんた本当に平気なの?」
「概ね特徴を掴むことはできたよ。参考になりそうな楽曲もいくつか目星はついてる」
なおも疑わしそうな大鳴門さんへ、輝は頷く。
柔和な声音はそのままなのに、凛々しい雰囲気を纏い直したその様子にはどこか説得力があった。
「その上で一つ、確かめておきたいんだけど。明石さん達はどんな曲を作りたいのかな?」
「どんな曲? いや、それはフォトンメイデンをイメージした曲を……」
「もちろん、コンセプトはそうだ。俺が言いたいのは、どこまで
ピン、と親指を立てた輝の言葉に、明石が何かを気づいたようでハッとする。
けれど僕の方はよく理解できてなかった。
「輝、それってどういうこと?」
「つまりはね。フォトンメイデンというテーマをベースに、どう自分達の音楽というものを表現したいのかを聞きたいんだよ」
「明石達のユニット特有の持ち味、ってやつ?」
「持ち味、そうだね。そうとも言える」
正解だったようだ。
同じく首を傾げていた大鳴門さんも、腕の中のぬいぐるみと一緒にハッとする。うん? 目の錯覚かな?
「このオーディションは大手プロダクションの公募。名のあるプロも応募すると思う。実績も個性も持つ彼らに対して、明石さん達はこれからそれを作っていく状態で挑むことになる。どういうことかわかるかい、彩音?」
「えーと……めちゃくちゃ強い軍の教官に訓練初日の新兵が立ち向かうみたいな?」
「悪くない例えだね。最近ミリタリーものでも観た?」
「うん」
嫌味だと思ってた教官と様々な出来事を通じて絆が芽生えていくみたいなやつで、意外と面白かった。
とまあ、それはともかく。
「音楽は一種の自己表現だ。歌詞、曲調、良い曲であればあるほど、作曲したのがどんな人物で、何を伝えたいのかが随所に現れる」
「何を、伝えたいのか……」
「明石さん達は、世に出るならばどんな曲を作りたい? 何を込める? そして、
重ねて投げかけられる質問は、まるで覚悟を問いかけているかのよう。
ユニットという名の未だ真っ新なキャンバスをいかにして彩り、自分達だけの色をつけようとしているのか。
明石達が真剣に考えているのかを知りたがっているようにも思えた。
「これが定まっていないと、正直受かる可能性はゼロだ。並み居る熟達者達を押しのけて、〝我こそは〟と思わせる一曲でなければ、残念ながら無駄になる」
「ちょ、ちょっと。いくらなんでも言い過ぎじゃない!?」
「ううん、むに。新星くんの言う通りだよ」
大鳴門さんを諌め、かぶりを振った明石が答える。
「確かに、私達にはまだ世間で認められてる人達を上回れるほどの武器がない。すごく難しい挑戦になる」
「……」
「でも、やってみたい」
はっきりとした、一言だった。
くっと俯いていた顔を上げた明石の、一点も曇りのない眼差しに、僕は目を奪われる。
「これで納得する曲を作ることができたら、りんくとむにと一緒に、どんなユニットを作っていけばいいのかわかると思うんだ。それを確かめるためにも、ちゃんとした曲を作りたい」
「真秀……」
「だから、新星くん。どうか力を貸してください、お願いします」
「……うん、いい返事だね。勿論お手伝いするよ」
ふと、輝が笑った。
明石の覚悟を受け止め、認めだのだと理解する。
「その……あたしからもお願いするわ。あと、急に大きな声出して悪かったわね」
「気にしてないよ。俺もあえて厳しい言い方をしたから」
そこに何を感じたか、大鳴門さんも素直な態度を見せていた。
「…………」
「彩音?」
「っ、ご、ごめん。ぼーっとしてた」
「水瀬、大丈夫?」
「うん……」
心配そうにする明石から、思わず顔を背ける。
……やば。真剣に音楽と向き合う明石の表情があまりに綺麗で、見惚れてた。
「それに、これを込めたいっていうのはぼんやりと決まってるんだよね」
「おっ、いいね。差し支えなければ聞かせてくれるかな?」
「勿論……一度聞いたら、その人を笑顔にできるような曲。心の中が明るくなるような、そんな曲を作りたい」
「なんというか、明石らしいね。いや、明石達、って言った方がいいのかな」
「えへへ、そうかな」
彼女達のユニットのイメージにぴったりだ。
ライブもとびきりに楽しくて、びっくり箱みたいに驚かせ、楽しい気持ちにさせてくれる。
うん。最初のオリジナル曲も、きっとそういうのがいい。
「なるほど。じゃあ課題は、クール系のフォトンメイデンとのギャップをどう擦り合わせるかだ」
「できるかな?」
「むしろ、聞いたおかげでより絞り込めたよ。だいたい予想通りだったしね」
「予想通り?」
「うん。この場に来る前に、彼女達のライブ映像は一通り見ておいたから。これまでの選曲からこういう方向だろうなとは考えてた」
「え」
唖然とした声を漏らしたのは、明石か、それとも大鳴門さんか。
「今日は珍しく、よくスマホ見てると思ったら。そんなことしてたんだ」
「当然。相談を受ける身なんだからね」
涼しげな顔で、偉ぶるでもなくこういうの言うよなぁ。
(いろんな意味で凄いわね、こいつ)
(水瀬もだけど、新星くんも昔のままだなぁ)
どこか緊張の高まっていた空気が緩んだところで、一つ輝が咳払いをする。
「よし。明石さんのそのイメージも取り入れて、色々と曲を教えるよ」
「ありがとう!」
「彩音も手伝ってくれるかい?」
「僕も?」
また唐突な指名だった。
輝を紹介したところで、ひとまず仕事は終えたつもりだったのだけど。
「彩音は明石さんと音楽の好みが似通ってるからね。それに、ポップミュージックはお前の方が詳しいだろ?」
「僕が……」
「私と……」
同時に、明石と互いを見る。
確かにそこらへんの趣向は近い、のかな。最初に話し始めたきっかけも音楽だったし。
「水瀬も、手伝ってくれる?」
「まあ、ちょっとでも僕の知識で役に立てるなら」
「よかった。えへへ」
「……それは反則じゃないですかね……」
「?」
柔らかなその笑顔に、また目が潰されて。
そんな僕の耳を、輝の笑い声と大鳴門さんの呆れたようなため息が撫でた。
●◯●
明石達の曲作りが始まり、数日が経過した。
どうやらとても順調なようで、輝や僕の勧めた曲を参考にしつつインスピレーションを形にしているらしい。
〝改めてありがとう〟と連絡が来た時はほっとして、また嬉しくもなった。
さて、どんなものが出来上がるかと楽しみにしていたのだけど。
「え? 愛本さんが同級生をピアノの師匠に?」
『そうなんだ。紆余曲折あって、その子に本格的にメロを作ってもらうことになってさ』
「ほーん……そりゃまた、驚きの展開だね」
電話越しに伝えられた話に、僕はそう答える。
我ながら声こそ平坦なものの、口にした通り結構びっくりしてた。
『ちょうど新星くんにアドバイスをもらった日に音楽室で知り合ったみたいで。今は私の作ったビートに合う感じのを頼んでる』
「そっか。問題はなさそう?」
『全然、むしろすごく助かってる。いきなりなのに手伝ってくれたし。でも……』
「でも?」
『やっぱり、新星くんに悪いかな? って』
「あー。まあ、あいつは〝俺はあくまでアドバイスまでで、あとは明石さん達が決めることだよ〟って言ってたし」
色々と自分達の手でやる方がいいと思ってるのか、輝の方からあれ以上の口出しはする気がないみたいだ。
「あ、でも〝完成したら一度聞かせてね〟とは伝言頼まれた」
『それは勿論! 水瀬も期待しといてよね、渾身の出来のを持ってくから』
「正直、ここ数日ソワソワしっぱなしで気を紛らわせるのにずっと映画見まくってる」
『き、気が早いよ!?』
そりゃ気も逸るさ。
中学の時からずっと音楽をやる事を夢見て、毎日のようにそんな未来を嬉々として語っているのを聞いてたんだ。
楽しみじゃないわけがない。
『ていうか、ちゃんと寝てる?』
「必要最低限は」
『もう! そんなんじゃ心配してこっちが手につかないって!』
「そう? じゃあ、一日に二本に抑えとく」
『そこは一本にしてほしいなぁ……』
「まあ、それくらい僕も楽しみなんだよ。明石は明石らしく、楽しんで作って」
『……うん』
あ、やっぱこういうのって言ったら負担かけるかな。
返事が心なしか弱々しい気がした。
『水瀬』
「ん?」
『その、さ……私達って、どういう友達…………?』
「え」
スマホを持ったまま固まった。
え待って。これどんな意図の質問?
友達って、普通一種類じゃないの? それとも僕が知らないだけで細かい種別的なのがある?
『ご、ごめん! 変な言い方した!』
「あ、お、うん」
『うわめっちゃやらかした……そうじゃないだろ私……そ、そのさ! 水瀬、今回すごい色々助けてくれたじゃん!』
「そう、だな? 協力はしたね?」
一応、最後まで聞いてみるか。じゃなきゃ全然わかりそうにない。
『でも、話を聞くだけじゃなくて、ここまでやってくれる人って中々いないから。なんでこんなに良くしてくれるのか、ちょっと気になって』
「なんでって言われてもな。たまたま友達を手助けできる方法があったから?」
『……仲が良かったら、誰でも?』
「えーと。つまり、明石とは特別付き合いが長いから手を貸したのかって事?」
自分なりに噛み砕いてみると、やや間を置いて『……うん』と言われた。
(じゃなきゃ、ここまで色々されて、楽しみだなんて言って。なんか、なんか……期待しちゃうじゃん)
なるほど。少しだけど理解したので考えてみる。
明石だから手を貸したのか……多分そういう部分は、ある。
「はいかいいえで答えるなら、イエスかな」
『そ、そっか』
あいにくと輝ほど人が出来てないので、より仲の良い相手には多くのことをしてあげたいと思うたちだ。
『ごめん、変な事聞いた』
「別にいいよ。……けどそうだなぁ。明石が相手なら、知り合ったのがつい最近でも同じようにしたと思う」
『っ──』
それくらい、自分の「特別」を追いかける明石には強い魅力がある。
多分友達になってからの長さじゃない。
その輝きがある限り、僕は必ず何かをしてあげたくなってしまうのだろう。
「ってなんか、おかしな言い回しだったか。とにかく、明石は僕にとって大事な友達ってこと」
『……そっか。ありがと』
「うん」
『水瀬ってさ。案外自覚ないよね』
「うん?」
『なんでもない。あ、もうそろそろ切るね。おやすみ』
「ん、おやすみ」
挨拶を交わし、通話終了。
「……自覚?」
スマホを耳から離して、ちょっと首を傾げる。
最後のはよくわからなかったけど、まあいいか。明石が楽しそうでなによりだ。
さてと。
寝る前にもう1本短編映画観るか。
●◯●
それからまたしばらく。
話が持ち上がってから二週間以上が経過し、そろそろではないかと思い始めていた時だった。
明石からついに曲が完成し、オーディションにも応募が完了したとの連絡が。
なのでそのお披露目、ついでにお疲れ様会って事で予定を合わせてバイナルに集まる運びとなった。
「どんな風になったんだろうね」
「彩音、朝からずっとそわそわしてたからな。見てて面白かったよ」
「おかげさまでな」
商店街をゆく足取りが、いつもバイトに向かう時より軽い。
隣の輝を置いてけぼりにしないよう必死に先走る気持ちを抑えつつ、それでもギリギリ早歩きのラインだった。
「今日は俺の後任さんも来てるんだっけ?」
「ああ、実際にメロディを担当した人な。お前に引けを取らないくらいのピアニストだってさ」
「ほほう、それは会うのが楽しみだ」
ちょくちょく単独でバイナルに来る愛本さんや大鳴門さんも太鼓判を押してたので、さぞ実力があるんだろう。
「俺達と同い年の凄腕女性ピアニストねえ」
「気になるのか? 珍しいな」
「んや。まあ、希望的観測ってやつ?」
「あー。女神様ね、女神様」
「ちょーい、そのなおざりなリアクションどうよ」
まあ、明石達が作曲を手伝ってもらった相手が偶然こいつの女神様って可能性はそう高くないでしょ。
もしそうなら、親友が憧れの人に会えて喜ばしいけどね。
ぼちぼち会話をしつつ、バイナルに到着する。
既にあちらは先に着いてるらしい。見慣れた店のドアが、やけに重厚に見えた。
「ふぅ……よし」
「覚悟は完了?」
「準備オッケー。いこうか」
ベルの音と共に入店する。
近くにいた愛莉さんが振り向いて、僕達だと気付き柔和に微笑んだ。
「二人ともいらっしゃい」
「うす、愛莉さん」
「こんにちは天野さん」
「あの子達、いつもの席にいるわよ」
わざわざ知らせてくれた事にお礼を言って、明石達の元へ向かった。
あと少し、あと少しで。
どんどん大きくなる自分の鼓動に背中を押されながら、やっとテーブルが見えてきた。
「あっ、来たよ! おーい!」
真っ先に気づいたのは愛本さん。
立ち上がって元気よく手を振る彼女に、テーブルについていた他の面々もこちらに振り向く。
明石と大鳴門さん。それに一人、初めて見る女の子。
片手を挙げ、彼女達に挨拶をしようとして──ドサッ、と音が響いた。
「……?」
すぐ近くからの音に振り向く。
そしたら、何故か輝が鞄を床に取り落としたまま固まっていた。
「おい、平気か?」
「──」
「輝? おーい?」
眼前で手を振ってみる。
反応なし、電源が落ちてるようだ。仕方ないので鞄を拾う。
「ほらこれ。落として──」
差し出した鞄は受け取られなかった。
ほんの一瞬前に再起動した輝が僕の横をスタスタと通り過ぎていってしまったのだ。
驚いて元見ていた方を向けば、一直線にテーブルへ行った輝はそこで立ち止まる。
「に、新星くん?」
「ちょ、ちょっとあんた、どうしたのよ?」
「? ??」
明石達も困惑する中で、じっとある人物を見つめている。
まだ名も知らない、お淑やかな印象を受ける長い髪の女の子は、自分に向けられる目線に不思議そうな顔をした。
「あの、何か……?」
「──っ!!」
女の子が声を発した瞬間、雷に打たれたみたいに震える背中。
鞄を拾った位置に立ったままの僕は、何がどうしたのかと親友の様子を伺い──。
「──ああ、女神様。ようやく出逢えた」
……………………はい?
次の瞬間、輝はとんでもない行動に出た。
仰け反らせていた背筋をしゃんと正したかと思えば、女の子に向かいその場で跪いたのだ。
僕は唖然と、明石達はぎょっと。
そして何より、女の子が両手で口を隠して驚きを露わにする。
「え? え、え?」
「──名前を。貴女の名前をお聞かせ願えますか、レディ」
(((レディ!!?)))
「わ、私ですか?」
「他に誰がいましょう。どうか、この俺に教えてはくださいませんか」
「えと……と、
「渡月、麗……素晴らしい。月のように麗しい貴女に、これほどぴったりな名前もない」
「うるっ!?」
噛み締めるように反芻し、輝は顔を綻ばせた。
甘いマスクから繰り出される、歯の浮くようなセリフは女の子──渡月さんの頬を赤く染めさせる。
「失礼。突然で色々と驚かせてしまいましたね。申し遅れました、新星輝と申します」
「新星さん……えっ、あの〝壇上の貴公子〟の!?」
「お恥ずかしながら、そのようにも呼ばれております。しかし幼少の折、とあるジュニアコンクールで聴いた貴女の壮麗な演奏に比べればまだまだというところでして」
そこで、さっと胸に添えていた左手がブレザーの内ポケットへと伸ばされる。
「そして、いつか貴女と言葉を交わす機会が巡ってきたなら、どうしても叶えたいと望んでいる事がありました」
いっそ流麗な動きで引き抜かれ、渡月さんへ輝が差し出したものは──真っ白な一枚の色紙。
「どうか、サインを一筆いただけますか?」
これでもかと言葉を積み重ねた上で繰り出された、その一言。
これまでの付き合いで一番に生き生きとしている親友を、誰もが呆然と見ていて。
「……あ」
輝がバグった──っ!!?
読んでいただき、ありがとうございます。