D4DJ〜Uniquee Mix!!〜   作:熊0803

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今回と次回、前後編でお送りします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


Fifteenth Unique

 

 

 

 

 

 雨音が、その場のほとんどを支配していた。

 

 

 

 

 

 ざあざあ、ざあざあと。

 

 強く、時々、我に返るよう弱く見慣れない室内に存在する他の音をかき消し、自分で埋め尽くしている。

 エアコンの駆動音も、洗面所から届く洗濯機の回転音も。微かな床の軋みさえ。

 

 その全てを覆って、包んで……だというのに。

 

 

 

 

 

 ズキズキと痛むように激しいこの心臓の鼓動と、目の前の彼女の息遣いだけは、どうして隠してくれないのだろう? 

 

 

 

 

 

 薄暗い、無人のリビング。

 

 まるでここだけが切り離されたような空間の中で、ソファに寝そべる明石の存在だけを強く感じる。

 窓の外で降り頻る、分厚い無色透明のカーテンがそう思わせるのだろうか? 

 

 覆い被さるような姿勢でいる自分との間には、精一杯伸ばした両腕ぶんの距離しかない。

 

 

 

 僕は、彼女の青空色の瞳から目を離せないでいた。

 

 いつだって溌剌なはずのそれには、驚きと、少しの怯えとが浮かび、潤んでいる。それだけでも意識を捉えてやまないのに、か細い吐息や、甘い匂いや、視界の端で震えた指先が、さらに思考の歯車を堰き止めていた。

 

 彼女は今、僕と同じ疑問を抱いているのだろうか? 

 

 

 

 代わりに何か胸を満たすのは、戸惑いのような、怯えのような。或いはもっと強く激しい何か。

 

 自分のことなのにわからない。僕は今、何を考えて──。

 

 

 

「いろ、ね……?」

「っ」

 

 

 

 はっと、元から開きっぱなしでいた目をさらに大きくした。熱に浮かされた意識がほんの少しまともになる。

 

 すると途端に、あり得ない現実を改めて認識した。借り物のYシャツの下で、シャワーを浴びたことでの上気とは別の汗が滲んでくる。

 

 

 

 ようやく脳裏に浮かぶのは、至極ありきたりで、きっと一番最初に考えなければならなかったこと。

 

 どうして、こんなことになっているんだろう? 

 

 こんなことをするつもりなんて、全然なかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 なぜ僕は、明石の家で、明石とこんなふうに見つめ合っているんだっけ────? 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「……わーお。すっごいな」

 

 

 

 ざあざあ、と反響する雨音に呆れとも感心ともつかない言葉が漏れる。

 

 大粒の雫が地面に打ち付けられ、飛び跳ねては色の変わったローファーのつま先をさらに濡らした。

 

 それはじっとりとした五月後半特有の空気を伴っていて、梅雨を色濃く匂わせる。

 

 

 

 まさかここまでの夕立に見舞われるとは。

 朝の天気予報じゃ降らないはずだったんだけど。降水確率30%って言っても油断ならないな。

 しかもこういう日に限って傘持ってないんだよ。

 

「水も滴る、ってレベルじゃないでしょ。これ」

 

 つむじから靴下までぐっしょり。濡れ鼠だ。

 

 近くにあった公園の東屋に逃げ込んだはいいけど、手遅れ感しかない。自然乾燥でどうにかなる段階余裕で超えてる。

 

 いや、この湿気じゃそもそも乾かないな。おのれ梅雨め。

 

「うっ、っくしゅ。さぶっ」

 

 外気と肌に張り付く服の冷たさの落差がヤバいので、仕方なしにバッグをベンチに下ろしてジャケットごとパーカーを脱いだ。

 

 おお、開放感がすごい。

 重りみたいになってたフードが無くなったことで、首の後ろがすっと軽くなった。

 絞ってみると蛇口を捻ったみたいに出てくる出てくる。

 

 もう一度、東屋の外に目をやる。

 

「しばらく待つかぁ」

 

 こんなのにもう一度飛び込んでくのは普通にごめんだ。雨が止むか、あるいはせめて、帰れるくらいに弱まるまで。

 

 スマホは……結構充電残ってる。これならしばらくは時間を潰せるだろう。

 

 ベンチに腰を落ち着け、今日はバッグに突っ込みっぱなしだったので無事だったヘッドホンを取り出すと接続して耳に嵌めた。

 

 

 

 滅入った気分を上げるために、ある音声ファイルを再生する。

 一秒にも満たないラグを挟み、楽しげなイントロがヘッドホンから流れてきた。

 

 走り出しは軽やかに。

 階段を駆け上がっていくみたいに華やかな旋律が、鬱屈とした気分を払拭してくれる。

 

 

 

(なんに)も、予定はないけど〜♪ 何だか、ワクワクするの♪』

 

 

 

 始まる曲の名前は、『Make My Style』。

 

 いつかのオーデション用に作った曲が、リメイクを経て明石達のオリジナル曲となったもの。近頃のお気に入りだ。

 

「お、輝達だ」

 

 いつもの四人のグループにいくつか連絡が入ってる。

 

 

 

 輝:お前ら、雨大丈夫か? 

 光:どうにかな。コンビニの側だったのが幸いした

 みなも:一応、傘持ってたから平気だよ。輝くんこそ大丈夫? 

 輝:俺も念のため、折り畳み入れてたからな。つっても、これだと穴空きそうな勢いだが

 

 

 

 うわ、僕以外みんな無事じゃん。ちょっと悔しい。

 

 彩音は? という最新のメッセージに、絶賛雨宿り中と書き込んで返信しといた。南無やら気をつけてやら、すぐに反応される。

 

 

 

 なんか、どことなく疎外感を覚えた。

 きっと、ほとんどが音楽で打ち消された、センチメンタルな気分の欠片から発したものだろう。

 

 ヘッドホンからの歌声だけが、繋がりみたいなのを感じさせてくれた。

 

「……明石はどうしてるかな」

 

 輝達と同じく、無事に帰れただろうか。

 それとも僕みたいに困って、どこかで雨の終わりを待ってるのかな。

 

「…………()()()も、こうして降ってたっけ」

 

 

 

 ちょうど、今日と同じくらい激しかった。

 

 

 

 教室の引き戸を開けたその先で、曇天を背景に明石は強張った顔をしていた。

 

 

 

 周りには二人のクラスメイトがいて、彼女達の顔つきもどこか気まずそう。

 

 

 

 それを見つめる僕は空虚な気持ちを有り余らせ、どうしたらいいのかわからないまま──。

 

 

 

「──彩音?」

 

 

 

 曲が、止まった。 

 

 ファイルに収録された音声が終了し、雨音が戻ってくる。

 いつしか昔の記憶に飛んでいた意識も一緒に戻ってくると、目の前には明石がいた。

 

 

 その姿があまりにあの日と重なっていて、現実とわかるまでに少し時間がかかった。

 

「……え? 明石? なんでここに?」

「いや、彩音こそこんなところでどうし……って、うわっ! ずぶ濡れじゃん!?」

「あ、うん。前に見た映画のパッケージ再現しようと思って」

「そういう冗談はいいから! タオルとか持ってないの?」

「あったら良かったんだけどね」

「そっか。分かった」

 

 明石が東屋に入ってくる。

 

 傘を閉じて柱に立てかけた彼女は、徐にバッグを開けると中を探った。

 そうして取り出したタオルを、差し出してくる。

 

「これ、よければ使って」

「いいの? 助かるよ」

 

 せっかくだ、ありがたく使わせてもらおう。

 

 受け取って髪を拭いたら、すごい勢いで水を吸った。我ながら吸水性抜群の毛髪だな。

 

「ふう。本当にありがと。洗って返すね」

「いいよこれくらい。えっと……傘は持ってないんだよね」

「うん。でも無理やり家まで突っ走る気にもなれなくてさ」

「ここからだと遠いの?」

「それなりかな。一応聞くんだけど、明石は予備の傘とか持ってたりしない?」

「ごめん、今は持ってない。あったら貸せたんだけど」

 

 残念。もし借りられたら、お返しにまた店でコーヒーでも奢ろうと思ったんだけど。

 

「そうだ、家族に持ってきてもらうとかは?」

「親は仕事だし、兄貴も今日は夕方まで大学だと思う。つまり、ここにいるのが一番無難なわけでして」

「なるほどね。でも、こんな中で濡れたまま待ってたら風邪引いちゃわない……?」

「まあ、そうなるかも」

 

 別に体が強いわけでもないし。その確率は高そうだ。

 そうなると目下の課題は明日の授業のことだな。

 今から輝あたりにノートを取っといてもらうよう頼んでおこうかと考えてたら、明石が心配そうな顔をしていた。

 

「まあ、なんとかなるよ。明石は気にしないで」

「そんなの、するに決まってるじゃん」

「じゃ、明石の傘に入れてってもらおうかな? なんて……」

 

 ほんの軽い、冗談のつもりだった。

 

 こう言えば明石が「流石にそれはね」とか、そう返事をするものだと思っていたから。

 

「……別に、それでもいいけど」

「え? マジ?」

 

 だからこそ。少し驚いた後にそう言った彼女にぽかんとしてしまった。

 

「な、なんで驚いてんの。彩音が言ったんじゃん」

「や、言ったけど……それだと、明石が遠回りになっちゃうから申し訳ないよ」

「じゃあ、うちまで来てもらって傘を貸すっていうのはどう? 今思いついたんだけどさ。ここからすぐだし、多分、彩音の家に行くよりも早いと思うんだけど」

「あ、その手があったか。でもいいの?」

「うん、予備のビニール傘があったはずだから。逆に、うちに寄り道することにはなっちゃうけど」

「それは全然構わないよ」

 

 ふむ。

 確かにそれなら、明石は普通に自分の家へ帰るだけだな。

 

「彩音さえよければだけど……うちに来る?」

「えっーと……」

 

 これって結局、明石家までは傘に入れてもらうことには変わりないよな。

 

 相合傘、と呼ぶとやけにラブコメチックだけど。

 

 本当にそんな大それたことやっていいの? ていうか、できるの僕? 最近ようやく、名前呼びされても変なリアクションしないようになってきたレベルなのに。

 

 

 

 いや、でもこのまま雨が収まるまで待ってたら本当に体調崩しそうだ。

 

 それに、明石の好意を無碍にもしづらかった。

 こちらを見る表情には決して余裕があるわけではなくて、結構勇気を出してくれてる……気がする。

 

 こうして僕が悩めば悩むほど体は冷えていくし、明石を待たせ続けるわけで……。

 

「……じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらおうかな」

「うん。よかった」

 

 そんなこんなで、明石にお世話になることにした。

 

 荷物をまとめ、15分も座ってなかったベンチを立つ。

 

 前を見ると、ひと足先に東屋から出ていった明石が広げた傘の下でこちらに振り向いた。

 

「えっと、どうぞ」

「お邪魔します」

 

 やや大きな一歩で傘の中に入った。

 

 途端、ボツボツボツッ! と傘が雨を弾く強い音に思わず肩が跳ねる。

 

「行こっか」

「傘、僕が持つよ。ちょっと背高いし」

「ありがと」

 

 狭い空間の中、手渡された傘の柄をしっかり握る。

 

 その時一瞬目が合い、湧き出した恥ずかしさからどちらからともわからず視線を外して。

 

 

 

 僕達は、公園を後にした。

 

 

 





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