随分お久しぶりでございます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「で? 結局その大鳴門さんの試みはどうなったんだい?」
「そこそこ上手くいったみたいだよ。ただ望むほどじゃなかったらしくて、目下第二案を検討中だってさ」
「めげないね。そこが彼女の良いところでもあるんだろうけど」
「だね」
あの自己肯定感の高さは見習いたいところある。滅多なことじゃへこたれなさそうだし。
僕は案外、落ち込むっていうよりかは自分の中でいつの間にか消化されてっちゃってることが結構あるから。
「それに比べて、こっちは……」
「苦戦中、だね」
「ぐぬ。し、仕方ないだろう。良いアイデアというのはそう簡単に湧いてこないものだよ」
「や、その姿勢でカッコつけられても」
「あはは……」
溶けたアイスみたいに机へ突っ伏した光に三者三様のリアクションを取る。
とある一言から始まった光マンネリ脱出計画もまた、あまり目立った成果は挙げられてない。
あれでもない、これでもないと顔を突き合わせて議論してるんだけど、ドンピシャなのが見つからないらしい。
既に光自身で思いついたけど没にしたアイデアと被った、なんてこともザラだ。
このままだといずれ光はスライムとなってしまうだろう。
「そろそろ本腰入れて試験勉強もしなきゃだし、ここらでケジメつけたいね」
「任侠もの観たか?」
「もし解決できないなら、光の小指を……」
「恐ろしいことを言うんじゃない!」
「あの、それなら一つ提案があるんだけど」
む、みなもが挙手した。
冗談で出していた小指を人差し指に変えて差すと、メガネの位置を直して語り出す。
「実は、色々やってるうちに気づいたことがあるんだ」
「気づいたこと? それは一体なんだい?」
「うん。単刀直入に言うとね……」
身を乗り出した光が、これでもかと耳を澄ます。僕と輝もこの状況を打開する一手になるかと期待して。
「特色が、ないんじゃないかなって」
「「「特色?」」」
特色ときたか。言うなれば個性、光には有り余ってる気がするけども。
「なんて表現すれば良いのかな。ここだけは変わらない根幹の部分がもっと必要っていうか」
「……ふむ。続けてくれ」
真剣な表情に変わった。クリエイターの時の顔だ。
みなもは頷き、一つずつ提案の内容をつまびらかにしていった。
「千条くんの動画は確かにクオリティが高いよ。絵のタッチや構図、話の起承転結も上手く噛み合ってる。でも、共通点がないんだ」
「あー、確かに。いつも内容とか世界観違うもんな」
シリーズものの映画とかだとかなり重視されるところだ。
馴染みのキャラクター、お決まりの展開、外すことのできないコンセプト。アイコンと言ってもいい。
むしろ多種多様で面白みに繋がっていると思うんだけど、なるほど。
「どの作品でも必ず出てくる要素ってやつだな。作者の手癖とも言う」
「そう、そこだよ。ありがとう新星くん。足りないところがあるとすれば、僕はそれだと思う」
「つまり一言で表すなら……もっと個性出しても良いんじゃない? って感じだね」
一旦取りまとめると、ぐっと満足げな顔でサムズアップしてきた。ダブルサムズアップで返しとこう。
さて、みなもの提案を受けた光はと言えば……納得と苦虫を噛み潰したのを足して割ったような表情だった。
「ご、ごめん。言いすぎたかな?」
「……いや。腑に落ちた。これ以上ないほどにね」
ふう、と重々しくため息を一つ。
それから天井を仰ぎ見て、自嘲気味に笑った。
「今まで私は、安定した質を維持することで視聴者を楽しませることに尽力していた。しかしそれに拘るあまり、クリエイターとしての自主性を進歩させることを怠っていたんだな」
「基本を大事にしすぎてつい安住する。どんな趣味だって一度は経験するさ」
「新星くん、なんだか説得力あるね」
「昔ちょっと、な」
そういえば中3の頃、スランプ気味になってたことあったっけ。
なんでもできる爽やか王子様。周囲や自意識で固まったそのイメージに囚われて、どんな曲も譜面通りにしか弾けない時期があった。
今じゃそこから脱して、華麗かつ優雅に観客を魅了する壇上の覇者なわけだが。
「いろんなジャンルを試してみて、更に自分の嗜好も突き抜けさせたらもっと面白くなるかも、ってね」
「それ、僕が言ったやつじゃん」
「インパクトあったからな」
「あー、水瀬くん言いそう」
「ふっ、目に浮かぶようだな」
「そんなに?」
なんか恥ずかしい。自分が映画を見る時の心情みたいなのを話しただけなんだけど。
選り好みしない主義の僕だが、やっぱり拘りみたいなのはある。
登場人物が特別になりたいと思ってる、もしくは特別になる才能がある作品が、特に好きだ。
「ともあれ、実に良いアドバイスだった。考えてみるよ。三人とも感謝する、特にみなもにはな」
「そんな、頭なんか下げないでよ」
「まあまあ、受け取っとけよ」
「珍しい光の素直なありがとうなんだから、存分に貸しにしときなって」
「ええい、君たちなぁ!」
うがーっといつものリアクションを見せる光に、僕らは笑いを上げた。
●◯●
近頃は夜も暑くなってきて寝苦しい。風呂上がりに熱が冷めるのも、時間がかかって仕方がない。
比例して、かかってくる時間が決まってきた明石との電話も通話時間が延びつつあった。
「そんなわけで、光の悩みはいい方向に向かいそうだよ」
『なら良かった。最近の彩音、バイト中もちょっとぼーっとしてる時あったから』
「幸い、指はまだ切ってないね」
もうその心配はなさそうだ。帰る頃には何か思いついたような顔つきをしてた。
アイデアの糸口にならないかと、お気に入りリストの映画を無限リピートすることもないので睡眠時間も戻る。
「明石の方は? 大鳴門さん進展あった?」
『あ、それそれ。聞いてよ、あいつ自分が歌う曲作るとか言い出したんだ』
「本当に? じゃあ、ユニットの新曲が増えるんだ?」
『このままだとね。やる気満々だから、とりあえず音組んでるところだよ』
「ふうん。凄いね」
『彩音ー? 声が嬉しそうだぞー?』
しまった、恨みがましげなお言葉を頂いてしまった。
曲作りともなると明石の負担が相当大きいことは、フォトンメイデンのオーディションの件でわかってる。
でも彼女達のいちファンとしてはテンション上がるところもあって、完全に二心だった。
「僕に何かできたら、また言って。輝とかに力を借りるから」
『ありがと。でも前回ので多少はノウハウが分かったから、やれそうだよ』
「なら良かった。こうなると目下の課題はテストをどう乗り切るかだけになったなあ」
『うっ、あんまり思い出したくなかったのに。彩音は自信あるの?』
「英語と歴史はぼちぼち」
『それ、なんか理由わかっちゃう気がする。私はもう駄目かもしんない……』
「バイナルでも勉強してるもんな」
学業とパフォーマンスの両立は中々に大変なようで、ああじゃないこうじゃないと愛本さん達と顔を突き合わせてる。
たまーに分かる問題があったりすると、ぽろっと口に出しちゃって捕まることも何回か。
大抵暇なタイミングを狙ってくれるので、仕事的にはそう迷惑じゃないから全然良いんだけどね。
『数学は? 昔は散々だったよね』
「ははっ。知らない言葉ですね」
『あー、今も苦手なんだ? ってまあ、人のこと言えないんだけど』
「まあ、なんとかなるよ。気兼ねなく夏休み出かけたいし」
『もう予定決まってるの?』
「それなりにね」
行動力の高いメンツばかりなので、カレンダーには既にいくつか印が入ってる。
マスター達にもシフトの相談はしてあるし、テストという関門さえ突破できれば心躍る毎日の幕開けだ。
「明石の方は?」
『りんく達とね。流石に南の島に行こうっていうのは断ったよ』
「さては愛本さんでしょ、それ」
『正解。行けてせいぜいプールか海ってことで落ち着いた』
さすが島育ち、フットワークが異次元の軽さ。
突飛な発言に可笑しくなって……ふと、意識する。
ここまで十何分も会話してきて、夏休みという単語まで出したのに。まだお互い避けているということを。
や、分かってる。別に口に出したらおしまいみたいな禁句じゃない。
話題にしたいとも思ってる。他に語れることが無いわけじゃないけど、今一番話したいのは間違いなくそのことだ。
ただ、何ソレ? とか、嫌だ、とか反応されるのが怖い。友達ならなんてことない誘いのはずなのに。
ついついあっちから言ってくれないかなーとかずるいことも考えながら、僕はまた逃げの一手を使ってしまうんだ。
「夏休みまで丁度三週間か。長いし、短いよね」
『うちの学校も同じくらいだよ。だから……』
花火大会までも、丁度、あと一ヶ月半。
どうしても、脳裏をちらついてしまう。
それで明石の「だから」に答えあぐねると、何故か向こうも黙ってしまった。
「…………だから、頑張らないとね」
『…………うん』
言葉が氷の糸を渡ってるみたいだ。
一転した空気があまりにも部屋に充満するものだから、意味深なことを考えそうだった。
「海と言えば、バーベキューも連想するよ。熱い日差しの中で肉焼いてさ」
『あー、それもいいかもね。りんく、普段から凄い食べるし』
「良い食べっぷりが見られそうだなあ」
もしパスしてくれたなら、とか。待っててくれてるなら、とか。都合のいい解釈をしてしまう。
だって、特別な女の子が、普通の僕にそんなことを望んでくれるのなら、それはどんなに……。
「ところで明石は、屋台の食べ物とか好き?」
『……え?』
は? え、あれ? 何言った僕?
我に返って、だんだん理解するにつればしっと自分の口を手で塞いだ。
やっっっばい。考えすぎて思っくそ口に出した!
『す、好きっ! 好きだよっ、わたあめとか焼きそばとかっ!』
「へぁっ? あっ、そう? りんご飴とかは?」
『もちろんっ! あっ、それとお好み焼きも!』
「奇遇だね。僕も焼きそば好きなんだ。目玉焼き乗ったやつ。いいよね」
『いいよな、うんっ!』
一拍。また静かになる。
たった数秒でまくしたてた会話を反芻して、噛み砕いて、吟味して。
やっと、確信しながら。
「……あの、明石さん」
『……どうしたの、彩音』
ああもう、いいや。
ここまできたら、言っちゃえと。自分の心を蹴飛ばした。
「よければ、夏祭り。花火、やるやつ。一緒に行かない?」
『…………行く!』
「あ、そ。わかった。じゃ、予定に入れとくね」
『私もそうする。あの、もう遅いから。今度また色々決めよ』
「賛成。そしたら、おやすみ」
『おやすみっ』
ぴっと、通話が終わった。
音が聞こえなくなってしばらく、ずるりと手の中から消えるスマホ。
目の前の壁を見つめて、背もたれに頽れる。
「……ん、ぐぉおおお…………っ」
うめき声をあげる。顔を覆うのが間に合ってよかった。
ま、じか。マッジか。ほんとに? 夢じゃないよね?
いやでもスマホそこに転がってるし、心臓バクバクしてるし。ちゃんと、約束したんだ。
「や、いやいや。これもう、超頑張るしかないでしょ。期末テスト」
ひとまず、勉強に対するモチベーションは爆上がりした。
読んでいただき、ありがとうございます。