楽しんでいただけると嬉しいです。
「君達、心の準備はいいな?」
「ようやくこの時が来たね」
「ちょっと不安だけど、きっと平気だよ、千条くんっ」
「う、うむ。それでは……」
カウンターを挟んだ向こう側で、ひどく緊張した面持ちの光がタブレットの画面にあるボタンを押した。
ファイルがアップロードされる。
ぐるぐるとアイコンが回ること数十秒、ぴこんっという音と共に動画欄の一番上が一つ増える。
無事に終わり、全員がほっと息をついた。
「投稿完了だ」
「お疲れさん。良くやったな」
「お疲れ様! こんなに早く出来上がるなんて凄いよ!」
「ふっ。終わってみれば呆気ないものだったよ」
こいつはまた強がっちゃって。もうコーヒー二杯は飲んでるのに。
でも、やっとか。
僕達が見てる前で新作を投稿したいと言うのでバイナルに集まったけど、緊張の一瞬だった。
数週間に及ぶ光の動画強化プロジェクトに、ついに終止符が打たれたのだ。
「あとはコメントを待つだけだね。みんな、楽しんでくれるかな」
「みなもはファンというより、もはやプロデューサーだな」
「もしくは専任アドバイザー?」
「お、大袈裟だよ。ただ気になっちゃって」
まあ、気持ちはわかる。
実のところ、僕らはまだ新作の内容を知らない。聞いても光が言いたがらなかった。
投稿して大衆に晒された今ならもういいだろう。
「で、どんなの作ったの?」
「むっ。それは……あ、後で自分達で見てくれ」
「いやいや、せっかくならここでお披露目にしようぜ。渾身の出来なんだろ?」
「む、むむむ…」
嫌がってるというより恥ずかしそうな顔で唸る光に、三人で集中砲火を浴びせる。
しばらくすると、ため息をついてタブレットの画面から手をどけた。
「勝手にしてくれ。ただし、文句は受け付けないからな」
「やったね」
「じゃあ、見せてもらうね」
「さてさて、今回はどんなのかな、っと」
輝の指が再生ボタンを押し、動画が始まる。
画面の中に現れたのは、デフォルメされた4匹の猫だった。
小柄で自信ありげな茶猫、やけにキラキラした雰囲気の金猫、優しそうな表情の黒猫に、ぬーんとした青猫。
茶猫がトラブルに遭い、黒猫がアイデアを出して、青猫が突飛な行動で状況を一転させれば、金猫がクールに解決する。
これまでに比べてグッと個性的なキャラクター達が、街を闊歩しながら織りなすドタバタコメディ。
「ははっ、面白いなこれ」
「うん、イキイキしてる。でもこれって……」
「文句は受け付けないと言ったからね」
ややつっけんどんな一言で確定した。
これは多分、僕らだ。各キャラの特徴がどことなく一致してるし、なんかストーリーも覚えがある。
それを知らない人が見ても楽しめるようアレンジしてあった。
勝手に使って怒らないか心配してたんだろうけど、輝達の顔を見る限り問題は何もない。
いや待った。一つある。
「この青い猫、いくらなんでもアグレッシブすぎじゃない?」
「いやあ、こんなもんだろ」
「ね」
「うむ。イメージ通りだ」
解せぬ。
口をへの字にしてると、カランと入り口のベルが鳴ったので接客用に意識を替える。
「いらっしゃいませ……って、明石か」
「こんにちは、彩音」
「こんにちはー!」
「邪魔するわよ」
「失礼します」
本日も揃い踏みのようだ。
明石の後ろから三人が顔を覗かせたら、輝がくるりと椅子を回して渡月さんに向き直った。
「ご機嫌よう、マイレディ。本日も大変麗しく」
「そ、そんな。髪が少々乱れてまして」
「いえいえ。変わりありませんよ」
あー、スイッチ入った。そう満更でもなさそうな渡月さん以外は苦笑いだ。
豹変した輝に気を引かれたのか、動画をリピートしてた光達も顔を上げる。
「新星くん、知り合いの人?」
「あーっ! みなもくんだ!」
「うぇっ!? あ、愛本さん!?」
「えー、なんでなんで!? 水瀬くん達と一緒の学校だったの!?」
「う、うん。言う機会がなかったけど、そうなんだ」
「なんと。では彼女が例の貝殻の?」
光の質問に頷くみなも。
僕も驚いた。まさかここも知り合いだったとは。
でもよく考えてみれば、貝殻をプレゼントする人なんてそう何人もいないよな。
「じゃあ……」
「もしかして……」
「? 何よ」
「どうした君達、私の顔など見て」
ここまで来たら、と視線を注がれる光と大鳴門さん。
本人達は皆目見当もつかなそうに首を傾げる。それを見て流石に四回もな、という雰囲気になった。わりと当たってるんだけど。
「まあ、いいや。いつもの席空いてる?」
「大丈夫だよ」
「ありがと」
予想外の顔合わせもそこそこに、お決まりの席へと向かう四人。
輝達に一言断ると、お冷を用意して追いかける。
「どうぞ」
「どうも。注文もいいか?」
「もちろん」
「じゃあじゃあ!」
矢継ぎ早にされる注文も、もはや慣れっこ。大体同じもの頼んでくれるしね。
「よし、っと。他には?」
「一旦平気かな」
「ありがとう、水瀬くん!」
「仕事だからね。というか今日は、いつにも増してテンション高い?」
なんだかウキウキしてるというか。良いことでもあったみたいだ。
「ふふん、やっぱり分かっちゃうかしら。今日のむにちゃんは一段と凄かったんだから」
「はい! とても可愛らしかったですよ」
「お客さんも盛り上がってたねー!」
「そうでしょそうでしょ」
「えーと、解説お願い」
「ほら、前に話してたむにが歌う新曲。今日がお披露目だったんだ」
「あれか」
まだ陽葉の掲示板に上がってないので見れてなかった。
天狗になろうかというくらいの大鳴門さんからして、新曲は無事成功を収めたみたい。
「どんな曲?」
「いやー。自分で作っといてなんだけど、説明するのはちょっとな……」
「何よ、最高だったじゃない」
「ふうん? じゃあ、後で感想送るよ」
「お手柔らかにお願いします」
そんなに。
大鳴門さんの性格の傾向から思うに、おそらくは……別の意味でちょっと楽しみかもしれない。
「ユニットのロゴも決めないとね。せっかく名前も付けたんだし」
「あれ、ついに確定したの?」
「うん! すっごく良い名前なんだよー!」
すっごく良いときたか。
満場一致らしきことはそれぞれの表情からわかるけど、そうなると気になる点が一つ。
渡月さんが参入してからのフルネームは確か、DJmash&りんくwithVJ Onlyプラス渡月麗だったよな。
明石に、人差し指と親指を近づけたり離したりしてジェスチャーする。
すると、指の間をかなり短くされた。
「へえ、そっか。ちなみに教えてくれたりは?」
「勿論! ハッピーアーー」
「ストップ。外ではやらないって約束しただろ」
「あ、ごめん真秀ちゃん。つい」
こほんと咳払いを一つ。
席に座り直した愛本さんが人差し指を立てると、明石達もそれに倣う。
そして彼女達は、せーので指先で円を描いた。
「「「「
「……うん。ぴったりだね」
ハッピーアラウンド。頭の中で復唱する。
巡る喜び。ステージから客席に駆け回る楽しさ。そんな印象を抱かせてくれる。
四人が織りなす音の輪は、これからもっと広がっていくんだろう。名前という形が与えられて、より楽しみになった気がした。
「で、そのユニット名をロゴにしようってこと」
「うん! ねえねえむにちゃん、どれくらいで出来るの? 明日? 明後日ー?」
「そんなすぐなわけないでしょ。こういうのは、何回もリテイクして決めてくもんなんだから」
「むには拘るなあ。気持ちはわかるけどね」
「現代まで残る数々の名曲も、数ヶ月や数年をかけて作られたものがありますしね」
実際、ロゴとか看板を作ることで生計を立てる人だっているんだから立派な仕事の一つだ。
言うなれば映画のポスターと同じ。人がそれを見て最初に意識する顔であり看板。慎重にもなるよね。
「えー、じゃあしばらくお預けかー」
「楽しみにしてなさい、とびきりのを作ってあげるんだから」
「この際だからグッズとかも作ってみたいよな」
「わあ、いいですね。シャツとか、ストラップとか!」
「それはいくら課金すればいいですか」
「こいつ、まーた真顔でなんか言ってるわよ」
しまった欲望が。
自分の口に蓋をしてると、笑顔だった渡月さんがふいに悩ましげな息を落とした。
「でも、まずは今度の期末テストですよね。無事乗り越えないと心置きなくユニットの活動も出来ませんし……」
「うー、勉強難しいよー……」
「溶けるな溶けるな。今日も対策やるんだろ?」
「補習で夏休みが潰れる、とかやめてよね」
夏休みね。
例の約束のこと、細かく詰めないと。集合時間とか、どう回るのかとか。
そんなことを考えてたら、愛本さんを励ましてた明石がちらっとこっちを見た。
「「っ」」
目が合ったのは一瞬だけ。すぐにどちらからともなく逸らす。
照れを紛らわすために、頬を掻いてみたりした。
「むにさん、今日も数学を教えてくださいませんか?」
「いいわよ。ほらりんくも、手伝ってあげるから」
「はぁーい……」
みんなパソコンやタブレットを取り出し始めた。
キリがいいタイミングだし、僕も退散しよう。
「って、あれ?」
「どうしたの、むにちゃん?」
「あ、いや、なんでもないわよ」
「サウザーライトさんが動画をアップしました、だって」
「ちょっとりんく、覗かないでよ」
聞き覚えのありすぎる名前が出てきた。
ひょっとしなくてもそれは、さっき投稿したばかりのアレじゃなかろうか。
「むにのファンの? クリエイターだったのか」
「まあ、そうね」
「通知までつけてるってことは、よく見てるんだな」
「そこまでじゃないわよ。たまによ、たまに」
「いや……」
「? 何か言った?」
「何でもない」
ほぼ毎回コメントしてるのに、とか暴露したら流石に恨まれそうなので。
「まあ、悪くはないけど。むにちゃんとそこそこいい勝負してるってくらい」
「つまり面白いってことだな」
「勝手に変換しないで!」
大鳴門さんの下す評価としてはそこそこ高い方だと僕も思う。
とはいえ、それ以上余計なことを口走ってもアレなのでカウンターの方へ戻ることにする。
「おかえり。楽しい時間は過ごせたか?」
「ん、まあね。ここからは忙しいけど」
「お土産はたっぷりみたいだな」
「特に愛本さんの分がね」
「あはは。ここでもそうなんだ」
男子高校生もかくやというずらりと並んだ品数に、みなもが笑う。
「まさかみなもの仲良しがあの子とはね」
「サプライズみたいになっちゃったね。僕こそびっくりしたよ、世間って狭いね」
「行動範囲を考えれば、あながち可能性は低くはなかっただろう」
まあ確かに。同じ街である以上はそんな偶然も不思議じゃない。
そう言った光は、僕のいない間に頼んだらしき3杯目のコーヒーをすまし顔で嗜んで……いや、ちょっとニヤけてる。
「どうした?」
「ん? なんのことだ?」
「なんていうかこう、隠しきれてない感じだけど」
喜びたいのに堪えてるみたいな。
ちらりと輝へ目配せすれば、親指で明石達の方を示してくる。
意味を考えて……合点がいった。
さてはさっきの会話、聞こえてたんだな。今日はまだ客入りが少ないし、明石達はデフォルトでボリューム高めだ。
近くに自分のファンがいたことが嬉しかったけど、光のことだから表に出さまいとしてるってとこかな。
「別に隠すことないのに」
「クリエイターってのは往々にして、自分の作品と自分の両方を褒められるのが嬉しいタイプと、恥ずかしいから隠しておきたいタイプに分かれるんだってさ」
「輝? 何故今さっきの話をするんだい? 私はただ世間話の一つとして……」
「まあまあ、千条くん。分かってるから」
つまるところ、面と向かうのは勇気がいるから秘めておきたいわけね。
なんとも、優れたクリエイターというのはみんなこだわりの強い性格をしているようだ。
読んでいただき、ありがとうございます。
次回からは夏休み編です。