楽しんでいただけると嬉しいです。
ちょっとやる気のある一時間目、若干だるい二時間目。
億劫な三時間目、ついに腹が空き始める四時間目を乗り越えて、ようやく昼休み。
僕達は昼休憩時にだけ解放されている屋上で、いつも飯を食べていた。
「ミナ、今日も自作か?」
「うん。自信作だよ」
「確かに美味そうだな」
「ふっ、中々素晴らしい出来ではないか。どうだ、私の貴重な食料をそれと交換して──」
「カ◯リーメイト飽きたからちょっとくれってよ」
「うん、いいよ」
「せめて最後まで言わせてくれないかなぁ!?」
相変わらず騒がしいなこいつら。まあ嫌いじゃないけど。
目の前でコントをやってる三人を見つつ、僕も弁当を広げて手を合わせる。
「ていうか、光はせめて購買のパンにしろよ。それじゃあ午後腹が減るんじゃない?」
「わかってないな彩音。そんなものを勝ち取りに行く気力が、今の私にあると思うかい?」
「さてはまた徹夜したな」
そういや授業中爆睡してたし。またアニメーション動画の作成にでも励んでいたのだろう。
それでいてテストの点数だけは死に物狂いで高く取るのが、残念なのに好かれる所以の一つだが。
「で、睡眠時間を捧げて作ったものの出来はどうなんだ?」
「当然、完璧な仕上がりさ。私の5万人のファンも見た途端、感激に打ち震えることだろう」
「ミナ、どう翻訳する?」
「ええと、疲れてるし眠いし、あと、ちょっと不安だからまだ見てなかった……?」
「正解!」
「勝手に翻訳にかけるな!」
実際ナルシストのくせに変なとこでチキンだけどね、こいつ。
だが、そこまで言われてやらいでかと思ったのか、茶色い栄養バーを咥えた光はスマホを取り出す。
そして某有名動画配信サイトを立ち上げ、自分の投稿した作品の評価を見ている。
三人で横から画面を覗き込んだ。
「ちょ、暑苦しいな君達」
「おお、すげえいいね押されてんじゃん」
「低評価もついてるけど、雲泥の差だね」
「よかったな光、パンを犠牲にしただけはあるじゃん」
「ふっ、流石は私といったところだな!」
今回はデフォルメされた動物をコンセプトにしたショートアニメーションのようだ。
スマホの中で動く、可愛らしくもコミカルなイッヌやネッコに輝達とほんわかする。
「コメント欄は?」
「いい出来だし、絶賛されてそうじゃない?」
「千条くん、見てみたら?」
「言われずとも」
コメント欄が光の手で開かれる。
予想通りと言うべきか、ほとんどの人が賞賛の言葉を書き込んでいた。
時折心無いコメントも見えるが、光は平然とした顔でスルーする。
いじられるのには反応するのに、こういうのは響かないらしい。芸人魂が発揮されるポイントがわからん。
「あ、この人」
「知ってるのかミナ?」
「うん。この前の千条くんの動画にもコメントくれてた人。ちょっと辛口だけど、千条くんのこと高評価してるんだ」
「その前の動画もさ。ふん、私のファンであれば素直に言えばいいものを」
「むにむにおんりー、ねぇ」
どれだけ唯一さを主張したいのかというユーザーネームだ。
あと文面がこう……あれだ、前にミナに聞いたツンデレってやつっぽい。
でも、光の横顔はまんざらでもなさそうだった。
「あ」
「どうしたの新星くん」
「そういや忘れかけてたけど、昨日何かあったっぽいやつがもう一人いたわ」
輝がこちらに目線を定めてくる。
つられてミナと光も顔ごとこちらに振り向き、僕は三つの視線の集中砲火にあった。
「なんだ、そんなに見つめても僕のモアイ顔は変わらないぞ」
「「ぶふっ」」
「ははっ、それ根に持ってたのかよ」
「まあね」
少しやり返せてスッキリ。
みみっちい? 知ったことか。
「くっ、ふはっ」
「ふっ、ふひ、はははっ」
「めっちゃウケてるじゃん」
「で? 本当は?」
「……誤魔化せなかったか」
「当たり前だろ」
んー、どうするかな。
なんでもない風を装ってシラを切ってもいいけど、そうなるとしつこそうだ。
いや朝言ってたようなことじゃないけど、異性との話題だからなんとなく話しにくい。
輝はすぐに引くが、光がわりと引っ張る。それは普通に面倒くさい。
仕方がない、サラッと軽く話そう。あくまで話題の一つって感じで。
「何日か前に、ショッピングモールでたまたま中学の同級生と再会してさ。また連絡先交換して、話すようになった。そんだけ」
「へえ、偶然だね」
「なるほどな。とすると、よほど親交のある相手だったのかい? 察するにこの学校の生徒ではないのか?」
「まあ、そんなとこ」
へえ、と感心したミナと光。見た限りそこまで大袈裟に捉えてはいない。
こんなもんかと思った矢先、輝が複雑なようななんとも言えない顔をしていることに気がつく。
「彩音」
「何?」
「その同級生ってもしかして、明石さんじゃないのか?」
「そうだけど?」
「ん? その明石とやらに何かあるのか?」
「まさか、悪い人とか……?」
ミナの一言で光の顔が剣呑となる。
「彩音、どうなんだい? もしそういう相手で、私達に遠慮をしているようならばその必要はない。ちゃんと話せ」
「そうだよ。これでも僕達、仲良しでしょ?」
真剣に怒ってる、というのを感じられて少し嬉しくなった。
高校からの付き合いでまだ数ヶ月だが、それでもちゃんと「友達」と思える奴らだ。
まあ、ぶっちゃけ今の状況だと気まずいだけだけど。
「心配しなくても、普通に仲良かったやつだよ。女子だし」
「えっ、女子?」
「ほう! じゃあ何か、朝の話はあながち間違いではなかったのか!」
「変わり身早いなお前ら」
そしてキラキラを目に宿すな、好奇心をフルスロットルにするんじゃない。
ぐいぐいと詰め寄ってくる二人を、輝が後ろから肩を掴んで引き戻してくれる。
「はいはい、そこまでだ二人とも。彩音が困ってるだろ?」
「む、それもそうか。すまない」
「ご、ごめんね水瀬くん」
「んや、まあ変に濁した僕も悪いし」
「けど、俺も気になるな」
弁当箱の上に置いた箸を手に取りながらも、輝はこちらを真剣な目で見てくる。
それはあの頃──僕が明石と疎遠になってしまった時にも似た目の色。
中学時代から、明石以外に唯一僕の親友でいてくれている男の目だった。
「彩音、大丈夫なのか?
「……平気だ。今度は僕から関わることを望んだから」
同じ轍を踏むつもりはない。
今度はちゃんと、明石と向き合っていこうと思っている。
そう意思を込めて見返すと、輝は「そっか」と呟いた。
「? これはどういうことだ?」
「さ、さあ?」
「どういうことでもいいよ。そら、カロ◯ーメイトもらい」
「ああっ、私の貴重な栄養源を!」
「千条くん、僕の卵焼き一つあげようか?」
……ま、のんびりやるさ。
●◯●
「んー、すっきりした」
やっぱり一日頑張った後の風呂は気持ちが良い。
部屋の入り口すぐにある機器でクーラーを付け、リクライニングチェアに体を投げた。
「ふぃー。さて、予習復習も終えたことだし。何か配信サイトで映画でも……」
見ようか、とパソコンに繋いだワイヤレスマウスに手をかける。
そこで、机の上に置いてあったスマホの画面が振動と共に点灯した。
「ん? メッセ?」
輝達の誰かだろうか。
手に取ると、そこに表示されたユーザーネームは「まほ」だった。
なんだかデジャヴを感じながらも、ロックを解除してトークルームを開く。
まほ:こんばんは水瀬。今大丈夫?
こんなとこまで昨日の僕と似てるし。
水瀬彩音:平気。どうかした?
まほ:昨日は水瀬から連絡してくれたしさ、今日は私からしようと思って
十秒ほど経って返ってきた返信に、思わず口元が緩む。
神秘の石像だのなんだのと言われる僕の表情筋、案外簡単に動くじゃないか。
「普通にチョロいな、僕」
自分で言うのもあれだけど、単純すぎるだろう。
水瀬彩音:そっか。
それで、何話す? 昨日の続きで、おすすめの曲レビュー?
まほ:いいね
お、これは昨日みたいに長話になりそうな予感。
前のめりになっていた体を背もたれに預け、僕は両手でスマホを持った。
しばらくの間、部屋の中にタップ音が断続的に響く。
一度連絡を取り合ってしまうと、昨日の妙な緊張感は嘘のように無くなっていた。
ふと気がつくと、画面内の時計は一時間の経過を示していたのだ。
まほ:そういえば今日、すごい子に会ったよ
すごい子?
水瀬彩音:へえ、それってどんな風に?
既読マークがつき、その後しばしの沈黙。
すごい子とやらについて、どう伝えようか迷ったのが十分わかる程の間を置いてから返信が来た。
曰く、今日から陽葉にやってきた転校生。
曰く、明石がかけていた曲を聴いて放送室に突撃してきた。
曰く、弁当が猿に取られると言って走り去っていった。
曰く、島のジャングルの中で研究者の親と一緒に長年生活していた。
その他にもetcetc……スポンスポンスポンと音を立てて列挙される数々の情報。
はて。その転校生とやらは未開の地の民族か何かだろうか。
「明石も大変だな……」
労う旨のメッセージを送ると、やれやれと肩を竦める動物のスタンプが返ってきた。
その後の話によると、どうやら話すうちにDJ活動のことを知ったらしい。
ちょうど良いという事で、校内で有名なユニットのパフォーマンスを見せた結果大絶賛。
現在、DJについて教えてくれとせがまれている状況なのだとか。
「なんだかんだで面倒見が良いの、あいつらしいな」
まほ:なんか、教えてくれるならって貝殻もらった
「……どゆ事?」
やっぱりジャングル住まいの民族の風習的なあれだろうか。日本人っぽいらしいけど。
水瀬彩音:明石はどうしたいんだ?
まほ:うーん、迷ってるかな。いきなりパフォーマンスやりたいって言われても
確か、中学の時に聞いた話だとパフォーマンスにも色々あるんだっけ。
DJ一人で曲を流し、繋いで盛り上げていったり、ボーカルと組んだり、ダンスをやったり。
話に聞いただけなので想像の範疇を出ないが、それでも豊富なバラエティだと思う。
「でも……」
その話をした時、確か明石は。
一緒に思い出したおぼろげな記憶に、僕は画面に指を走らせる。
水瀬彩音:明石、いつかパフォーマンスをやりたいって昔言ってなかったっけ
それを送り、既読がつくと、また先ほどのようにしばらく沈黙が訪れた。
心なしか前回よりも長い時間の末、ぽこんと受信音とともにトークルームが更新される。
まほ:したいよ、今も
やはり。
僕の知る限り、明石は熱心に、そして真剣にDJ活動について組んでいた。
それは人生を通してその心を捧げるといっていいほどで、眩しいばかりの熱意。
いつかうまくいきますようになんて、心の中で密かにかつての僕は祈った。
水瀬彩音:もしその子が真剣にDJ活動に興味があるなら、明石はどうするんだ?
そんな明石が、今も変わってないことをこの前知った。
だからなんてことない、第三者の平凡な考えだけど……これはチャンスのような気がした。
まほ:どうだろう
数分待って、返ってきたのは曖昧な返事。
流石に突っ込みすぎたかと肝が冷えた時、立て続けに「でも」と書かれた。
まほ:もし、あの子が本当にやりたいっていうのなら……教えるかもしれない
どうやら、思っていたよりもその突撃女子は悪印象ではないらしい。
明石が優しい部類の女子であるとしても、それでもちょっと心が動くほどらしい。
「……もしかしたら、その子は明石の「特別」になるのかもな」
ふと、そんな独り言が口から漏れるのだった。
まほ:とりあえず、しばらくは様子見かな
水瀬彩音:初めてすぐ飽きましたって言われても困るしね
まほ:そういうこと
明石はあれで結構慎重さもあるし、そこらへんは大丈夫だろう。
……今更ながら、ちょっと僕馴れ馴れしすぎないか?
奇跡的にまた親交を持つことはできたけど、ちょっと連絡を取り合ったくらいで友達ヅラしてる。
あの時のことを思い返すと、僕こそもっと慎重に、謙虚に接するべきでは?
それが、普通のことでは?
「……輝が言ってたのはこういうことかな?」
だとしたら、やっぱりあいつは凄いな。
読んでいただき、ありがとうございます。