超絶久しぶりに更新です。
他の作品が落ち着いたので、夏期休暇中にこちらも進めます。
楽しんでいただけると嬉しいです。
ありふれた一日が、ふとしたきっかけで色鮮やかなものになる。
恋愛映画とかでよく見る、ありきたりな展開。
僕も何度か、そういう経験がある。
例えば輝と出会った時とか、初めて明石と話した時とか。
けれど、もしかしたら──今日が一番そういう日かもしれない。
「パスタセット、上がりました」
「オッケー……ふふっ」
「? 愛莉さん、どうしました?」
「ううん。今日、調子良さげだなって」
ニコニコと微笑む愛莉さんに、はてと首を傾げる。
確かに、普段より早く料理は仕上がっているような気がするけれども。
「あの子がいるからかな?」
「……もしかして明石のこと言ってます?」
「へえ〜、明石ちゃんって言うんだー。そっかぁ」
ふふふ、と楽しげに笑いながら、彼女は料理が乗ったトレイを手に離れていった。
妙に上機嫌だな。そんなに今の僕はいつもと違うのか?
「…………」
調理器具を片付けながら、ふと視線を投げる。
窓際の席に、明石が座っている。
愛本さんと名乗った友達とはどうやら相性がいいようで、語らう姿は楽しげだ。
それが、なんだか中学時代の彼女と重なる気がして。
「……確かに、ちょっと違うかも」
普段から雰囲気の良い店内が、より一層華やかになったような気がした。
とはいえ、今はバイト中。火なども使うのだから、気を引き締めておかなくては。
「ぜんっぜんっ! いい感じじゃなぁぁあああいっ!!」
そう思った矢先のこと、店内中に響き渡る絶叫に心臓が飛び跳ねた。
同時に、シンクの中で洗っていたフライパンの持ち手がズルリと手中から抜ける。
裏側を洗っていたもう一方の手に直撃し、僕はまたしても悶絶した。
「〜〜〜っ!」
いっっったい!? スポンジ挟んでなかったらヤバかったぞこれ!?
幸いにも、僕の手が犠牲になったことで騒音は極小のものだったけど……!
「い、いったい、誰だ……?」
僕の手を恐怖のサンドイッチにしてくれた元凶を探す。
妙に聞き覚えのある声だったような気がしたが、果たして犯人は……
しばらく見渡し、やがて店内のお客さん達の視線を集める方向があることに気付く。
そちらに視線を向ければ……明石達と、そのすぐ隣にいたツインテール娘だった。
ああ、さっきのはツインテール娘の声か。けど、いい感じってなんだ……?
「もしかして、むにちゃん……?」
「っ……!」
僕の疑問に答えるように、愛本さんが恐る恐るといった様子で話しかけた。
背を向けたまま、肩を小さく跳ねさせたツインテール娘。
「むにちゃんだよね……?」
立ち上がった愛本さんに覗き込まれて、やや緩慢な動きで振り向く。
やってしまったという言葉が直筆された表情は、完全に犯人だと確信させる。
またそれは、愛本さんにも何かしらの確信を与えるもののようだった。
「やっぱり! むにちゃんだ〜!」
「わわっ」
「久しぶり〜! 感動の再会だよ〜!」
バックハグ、からの頬ずり。
ややアメリカンな感情表現に、ツインテール娘……むにちゃんとやらはたじたじだった。
どうやらあの二人、昔馴染みか何かのようだ。
「おっ」
そんなことを考えていると、柳人さんが何やら得心のいった声を上げる。
ふとそちらに振り向けば、彼は一つのアルバムを棚から取り出し、レコードを機会に置いた。
針が落とされ、有名な曲が流れ始める。
ややセンチメンタルな気持ちにさせる序奏は、件の二人の劇的な再会を彩るようで──
「そういう気遣い、いらないから」
「あっ、はい……」
当の本人に拒否られていた。
こういう茶目っ気があるんだよな、柳人さん。
その後、愛本さんの手から逃れられなかったむにちゃんは彼女達の席に移動した。
「んふふ〜♪」
「…………」
隣にはニコニコする愛本さん。そして対面には仏頂面の明石。
なんとも気まずそうな顔をしており、逃げ出したいと雰囲気が言っている。
「彩音くん、オーダー入ったわよ」
「うす」
事の成り行きを見守っていたいけれど、仕事中だ。
愛莉さんから受け取った伝票に目を通し、冷蔵庫の方へと向かう。
「彩音くん」
必要な食品を取り出していると、柳人さんが隣に来た。
「ん、何か追加の注文っすか?」
「いやいや。これ」
冷蔵庫から視線を移せば、柳人さんは片手にトレイを持っている。
紅茶のカップが三つ乗っており、それを僕へと差し出してきた。
「あそこのお嬢さん達に持っていってあげて。サービスだから」
「……突然どうして?」
「あの子のおかげで、今日の彩音くんは絶好調で店もよく回っているからね」
パチン、とウィンクする彼に、見抜かれていることへの気恥ずかしさを感じた。
「……あざっす」
「うん。料理は僕がやるから」
とはいえ、厚意は素直に受け取っておくに限る。
手の中の食品とトレイを交換し、若干熱くなった頬を誤魔化すように早足で厨房を出た。
和やか、とは一概に言えない雰囲気でいる三人組に近づいていく。
雨音で外の喧騒が薄れて、やけに自分の靴音が大きく聞こえた。
それは彼女達にも同じだったのか、あと二メートルというところで愛本さんがこっちに気がつく。
「あれ、真秀ちゃんのお友達さん」
「えっ、水瀬?」
「よっす。これ、サービスな」
言いながらトレイを強調すれば、明石と愛本さんは少し驚きつつもお礼を言ってきた。
彼女と、何やらパッドを手に集中しているむにちゃんの前にカップやシロップを置く。
空になったグラスを回収し、柳人さんは絶妙なタイミングを選んだのだなと気がついた。
「で、なんで明石はしかめっ面してたわけ?」
「あっ、あれはなんていうかっ、その……!」
「真秀ちゃんが描いたフライヤーがダメ出しされちゃってね。今、むにちゃんに描いてもらってるところなの」
「り、りんく!」
「フライヤーって……ああ、宣伝広告みたいなものだっけ。そんなにだったの?」
明石を見ると、恥ずかしそうにした彼女はそっぽを向いた。
両手で抱えたパッドを胸に押し付けて、僕に見せまいとしているようだ。
「……み、水瀬には見せたくない」
「なんで」
「なんでも!」
「別に、ちょっと明石の絵のセンスがアレなことくらい知ってるぞ?」
「んなっ……!」
実際、中学時代に美術の授業で互いの似顔絵を描いた時はなぁ。
中々におどろおどろしいキャンパス上の自分を思い返していると、やや赤い顔をした明石がこちらを睨んできた。
「……水瀬の意地悪」
「ごめん。でも、変に意地張らなくてもいいのに」
「だって……」
(水瀬にあんまり変だって、思われたくないし……)
だって、なんだろう。
続きが気になっていると、不意に明石がこちらを見上げた。
いわゆる上目遣いのポーズになって、綺麗な青い瞳にどきりとする。
「……本当に幻滅しない?」
「しないしない」
「笑わない?」
「ごめん、それはちょっと自信ないかも」
「むぅ……」
「分かった、なるべく笑わないようにするよ」
「……それなら」
ようやく納得した明石が、固く握っていた両手から脱力する。
パッドを操作して立ち上げ、その後一回僕の顔を見てきた。
「…………これ、なんだけど」
少し躊躇しがちに、画面を見せてくれる。
表示された画面に目を向け、そこにあるフライヤーを見れば……。
「…………ブフッ」
「っ! やっぱり笑った!」
「い、いや、ごめ、プフっ……ちょ、ツボに入っちゃって……くふっ」
「もぉ〜……だから見せたくなかったのにぃ〜……」
恥じ入るように、明石はパッドで顔を隠す。
画面いっぱいに映し出された、近所にあったら怖い張り紙のような絵にまた吹き出した。
や、やばい。中学の時からあんまり変わってないのが妙にジワジワ効いてくる……!
「水瀬の馬鹿ぁ……」
「ごめんって……ふはっ」
「反省してないだろ!」
「ねえねえ。真秀ちゃんと水瀬くん、すごく仲良いんだね」
明石とじゃれ合いのような会話をしていた時だ。
差し込まれた愛本さんの言葉に振り向くと、彼女は僕と明石を交互に見る。
「まあ、輝ってやつを除けば一番の友達だった、かな」
「……私も、男子の中では断トツに話してたけど」
「ふ〜ん。あっ! もしかして、付き合ってたとか!」
ガンッ!!
大きな音がした。多分、明石が膝を机の裏にぶつけたものだろう。
かくいう僕も、危うくひっくり返しそうになったトレイを慌てて引き戻すのに苦労した。
「ちょ、な、何よ。何なのよ」
突然机が震え、むにちゃんが狼狽えた様子で僕らを見る。
けれど、僕も明石もその質問に答えられるような余裕はなかった。
「あれ? 二人とも大丈夫?」
「………………なんでもない」
「…………りんく。水瀬とは友達だって言ったろ?」
「え〜? でも……」
「い、い、な?」
身を乗り出した明石が、ドスの効いた声で詰め寄る。
自分の口を両手で塞いだ愛本さんは、無言で首を縦に振るのだった。
「じゃあ、僕はこのあたりで」
「……うん」
うまく目を合わせられず、逃げるようにしてその場を後にした。
……顔、あっつ。
厨房に戻ってから、僕は自分の中にあるごちゃごちゃとしたものを押し込めるように仕事に没頭した。
心の全てをバイト用のスイッチに切り替えて、黙々と調理や細々とした作業に熱中する。
そうしているうちに、どんどん時間は過ぎて。
ふと気がついて時計を見ると、数時間が経過していた。
「彩音くん、お会計行ってくれるかな」
「わかりました」
ちょうど手が空いていたところだったので、指示に従いレジに直行する。
そして、伝票を渡してもらおうとお客さんを見て……
「……明石」
「水瀬。お会計、お願いできる?」
「……勿論」
やや苦笑気味の彼女から、そっと伝票の挟まれたプレートを受け取った。
それから、ふと二人の後ろに隠れるようにしている女の子に気がつく。
「あれ。そっちも一緒か?」
「……私は後でいいわよ」
「分かった。えっと、1220円になります」
「わっ、本当に紅茶はサービスなんだ」
「そりゃ勿論」
ミックスジュースとオレンジジュースの代金だけを受け取り、レジに通す。
レシートを明石に渡したところで、妙な沈黙が生まれた。
「…………えっと。ご馳走様でした」
「……こちらこそ、ありがとうございます」
「うん」
……まずい。さっきのがまだ尾を引いている。
愛本さん、不思議そうな顔してるけど八割くらい君が原因だからね。
どうしたものかと迷っていると「それじゃ」と小さく呟いた明石が踵を返してしまった。
やばっ。いや、何がやばいのかわかんないけど、このまま別れたら変なことになる!
「明石!」
思わず、名前を呼んでしまった。
扉に手をかけていた彼女と、一緒にいた愛本さんがこちらに振り向く。
目線を受けて、何を言えばいいのかと遅ればせながら悩んだ。
とりあえず、何か適当なことを……!
「……こ、珈琲」
「…………珈琲?」
「最近、練習してて……店長にも、その、少し上手くなったって言われて、だから…………」
言葉はたどたどしく、態度はしどろもどろ。
なんとも情けなくて、羞恥心がこみ上げてくる。
だけど、それならいっそのこと最後まで言った方が、まだ男らしいのではないだろうか。
「…………また、来てくれたら。一杯、奢るよ」
「…………!」
ああくそ、僕の馬鹿。せめて顔を見て言えよ。
こんなんじゃ、明石も気まずくて二度とこの店には……
「……分かった」
「えっ……」
驚いて、顔を上げる。
すると、ちょっと頬を赤くしたまま視線を横にずらして、明石は小さな声で呟いた。
「また、来るから」
「っ……あ、ああ。またのご来店を、お待ちしてます」
「何それ。ちょっとかしこまった感じ」
「いいだろ、別に」
ぷっと吹き出して、彼女はその笑顔のまま店を出て行くのだった。
愛本さんもこちらに手を振って、その後を追いかける。
……また来るから、か。
「珈琲、練習しないとな」
「…………ねえ。会計待ってるんだけど」
「あっ、ごめん」
やや不機嫌そうなむにちゃんの声に、僕は慌てて伝票を受け取った。
呼んでいただき、ありがとうございます。
感想などいただければ幸いです。