ほぼ一年ぶりですね。
楽しんでいただけると嬉しいです。
その日、基好みなもは外出していた。
(漫画買えたし、そろそろ帰ろう。お昼は何を食べようかな)
週末で人気の多い街中。
意気揚々と歩く彼を通行人が時折見ては、すぐに逸らす。
向けられる視線を気に留めず、駅前まで来たみなもは……ふと立ち止まった。
「なあなあ、いいじゃん。ちょっとだけだからさ」
「お茶するだけ! ね?」
「あはは〜……」
一人の少女が、男達に絡まれている。
彼らは見るからに垢抜けた大学生といった出で立ちで、柱の前に立つ少女を囲うようにして誘っていた。
(うわぁ……露骨なナンパだ)
対して少女はと見れば、日本人離れした鮮やかな金髪に端正な顔立ちをしていて、服装も華やか。
なるほど、目をつけるのも頷ける。
しかし明らかに困った表情をしており、ナンパを歓迎しているようには見えない。
それでも動かないところを見るに、誰か待っているのだろうか。
(周りはみんな気にしてないし、助けそうもない、か……仕方がない)
みなもは困っていそうな人間を見て見ぬふりができない性質だった。
かつかつと足音を響かせて、少女らの元へ向かう。
他の人間が通り過ぎ、スルーしていた現場に入り込み……そして少女と男達の間に入った。
「え?」
「はぁ?」
突然視界を覆った黒い背中に驚く少女と、虚をつかれた反応を見せる男達。
そんな彼らに、みなもは言った。
「僕の連れに、何か用?」
「いきなりなんだ、お前?」
横槍を入れられ不機嫌そうに男の一人が睨み据える。
「おい、やめとけって……」
しかし、もう一方が肩を引いて諌める。
少し前まで乗り気だった仲間の言葉に、男は不思議そうにする。そして友人の目に浮かぶわずかな怯えに気付いた。
そんな彼の目に映るのは、他ならぬみなもの姿。
耳を覆うように連なる、銀や黒のピアス。
下唇の左端にもリングが光り、耳たぶにチェーンで繋がっている。
長い黒髪はゴムで纏め上げられ、黒を基調としたコーディネイトがワイルドな魅力を見事に引き出す。
何より、その鋭く尖った三白眼が得体の知れない圧を孕んでいた。
「ねえ。質問してるんだけど」
重ねて問いかけ、目を細めれば、男達は見るからに一歩後ずさった。
「もう行こうぜ」
「チッ。んだよ」
程なく、みなもの威容に男達はすごすごと引き下がり、立ち去っていくのだった。
ふっ、と息をつく。
「あ……大丈夫ですか?」
それから後ろにいたはずの少女に振り向くと、彼女は呆気にとられた顔でみなもを見上げる。
しまった、と彼はショルダーポーチから眼鏡を取り出すと付けた。途端に目元が和らいでいくらか恐ろしさが減る。
「すみません。勝手なことしちゃって」
「……ううん! 助けてくれてありがとうございます!」
パッと笑顔を咲かせた少女は勢いよく頭を下げてきた。
その勢いに少し驚きながらも、「それなら良かった」とみなもが言えば彼女は顔を上げる。
(うわ、近くで見ると本当に可愛い。赤い瞳が輝いてるみたいだ)
思わずまじまじと見てしまうと、少女は不思議そうに首をかしげる。
「私の顔、何かついてますか?」
「あ、いえ。なんでもないです。それじゃあこれで」
「あ! 待ってください!」
退散しようとした時、手首を掴まれ慌てて止まる。
少女に向き直ると、みなもから手を離した彼女はポーチの中を慌ただしく探り、パッと表情を明るくした。
「はいこれ! お礼に!」
「え」
そうして差し出されたのは、貝殻だった。
(え、貝殻? なんで? いや別にお礼が欲しくてやったわけじゃないけど、え?)
みなもは困惑した。
貝殻などプレゼントされたのは人生で初めてである。しかし少女は満面の笑みであり、いらないとは言いずらい。
「……あ、ありがとう?」
「うん!」
結局、受け取ってしまうのだった。
少女もそれで満足したようで、今度こそ別れを告げると改札を通って電車に乗る。
ドアの近くに寄りかかったみなもは、ぼんやりと流れていく外の景色を眺める。
しばらくして、ふと手を持ち上げると開く。そうすると中に握ったままだった〝お礼〟に目を落とした。
(なんか、不思議な子だったな)
右に左にと傾ければ、貝殻は傷一つなく美しい色をしている。
まるで少女の笑顔を思い起こさせる不思議なお礼に、みなもは少し微笑んだ。
●◯●
「お。これか」
休日。
いつものショッピングモールのCDショップに足を運び、一つのアルバムを手に取る。
明石がお勧めだと話していた曲だ。
最近DJ活動を活発に行っているためか、以前に増して色々なものを教えてくれるようになった。
中でもこれは個人的に気に入ったやつ。
「あ、視聴できるんだ」
パッケージの裏にあったQRコードをスマホで読み取り、ヘッドホンをはめてショートverを流す。
頭に流れ込んでくる軽快なメロディ。
自然と肩が揺れるような旋律が心地良くて、半ば目を閉じ集中する。
三分くらいで、二曲が流れ終わる。
満足してヘッドホンを外した。さすがは明石のチョイス、大当たりだ。
これは買いだなと思いつつ振り向いて──
「…………」
「うわっ」
すぐ真横にあった眼差しに思わず声を上げた。
いつの間にやら隣に人が……ていうか見知らぬ女の子が立っていて、僕の顔を覗き込んでいたのだ。
白のような銀のような、本当に地毛かと疑いたくなる髪色をした子だ。しかも明石とか愛本さんレベルに可愛い。
最近こんな感じの子に遭遇する確率高くない?
「えっと……なんか用すか」
「……宇宙」
「は?」
「あなたから、金色の宇宙が見えた。さっきまで何もなかったのに、活発で、空を舞う流星みたいな」
「え────っと。ごめん、わかんない」
残念ながら独特な言い回しすぎて、普通の僕じゃ理解が難しかった。
あれだろうか、勧誘的な。
正体不明すぎてつい失礼な考えが浮かんでしまう。
「それ」
「え? それって、このアルバム?」
「聞いても、いい?」
「いやまあ、まだ買ってないし。ご自由にどうぞ?」
アルバムを差し出せば、謎の女の子は受け取って僕と同じように視聴する。
シャカシャカと片方が垂れ下がったイヤホンから漏れる、聞いたばかりの音楽。
どうしよう、今のうちに離れてしまおうか。
「……いい曲」
でも、その子が零した笑いに一瞬目を惹かれた。
「……だよな」
「うん。まるで、軽やかに駆けぬける風みたい」
「言い得て妙だな」
いちいち表現が詩的だ。
けれど曲を楽しむ表情はとても純粋で、だんだん恐怖がほどけていく。
なんか印象が意味不明から、ミステリアスに置き換わってきた。
「……ありがとう」
数分後、イヤホンを外して女の子は言った。
アルバムを受け取ると、そこで何かに気がついたようにハッとする。
「あ。その、ごめんなさい。いきなり色々言って」
「うん、まあ今更だな」
「私……人の声とか、感情が、色に見えて」
「え? あー、ね。そういうこと」
そういやなんか聞いたことあるな。感受性が強い人間は、物事が特別な形で感じ取れるとかなんとか。
「なんだっけ? 強感覚?」
「……何か、違う気がする」
「え、そうなの? まあ、それは置いとくとして……君には僕が金色に見えたと」
「正しくは、曲を聴いてる最中。すごく楽しそうな色だった」
「ふうん」
まあ、楽しんでたのは間違いないしな。
「でも聞いた後の一瞬、もっと強くなった」
「え、そうなの?」
こくりと頷く女の子。
「まるでもっと幸せなことを思い浮かべた、みたいで。その理由が知りたくて、思わず話しかけてしまって」
「…………ふうん」
超心当たりあるんだけど。
え待って、クッソ恥ずい。帰ってベッドの上でもんどり打ちたい。
いやしかし、初対面の人の前で表に出すのは憚られるので必死に抑え込むことにする。
「……」
「や、そんな好奇心マックスな目向けられても」
「あ。また、ごめんなさい」
「いいけど……ごめん、ちょっと教えられない」
「それは、残念です」
しゅんとする女の子。
なんで謝ってるのかよくわかんないけど、落ち込み様がすごいので思わず口にしてしまった。
「あー。それじゃあ、僕はこの辺で」
「……はい」
どうやら本当にそれだけが気にかかっていたようで、何事もなくその場を後にレジへ向かう。
「お待たせ咲姫……って、どうしたの?」
「衣舞紀さん。ううん、なんでもないです」
「そう? じゃあいきましょうか」
ひとまず、アルバム買って今日は帰ろう。
●◯●
『──ってことがあってさ』
「へえ」
夜の8時頃、部屋に響く自分の相槌。
スマホに表示されているのは明石の名前。ここ最近、ちょくちょくこうして話していた。
「じゃあ、愛本さんはその〝ちょっと怖いけどメガネつけると優しそうだった人〟に助けられたわけだ」
『そうそう。結構しつこい相手だったみたいでさー。助かったって言ってたよ』
「今どきそんなテンプレがあるとはな」
『私もまさか、遊ぶのに待ち合わせしたらそんなことになってたなんてビックリだったよ』
何はともあれ、愛本さんが無事でよかったと言うべきか。明石も気が気じゃなかっただろう。
「そういえば、あの子……むにちゃん? も、一緒にDJ活動やるようになったって言ってたっけ」
『うん、VJとしてね。演出とか担当してくれてる』
「へえ。なかなかチームっぽくなってきたんだな」
『うん。DJmash&りんくwithVJ Only、って感じでね』
シンプルに長い。
まんますぎたが、活動を続けていくならそのうちユニット名も決まってくだろう……決まってくよね?
そういやむに、おんりーって組み合わせどっかで聞いたような……気のせいか。
「個性派揃いのメンバーだし、人気が出てくことを願うよ」
『ありがと。とりあえずしばらくはパフォーマンスの練習と場慣れかなー。改善点は多いし』
「明石は努力家だし、あまり根を詰めすぎないようにな」
そこまで言って、ぐっと詰まる。
ちょっと恥ずかしいが、思い切って電話の向こう側に言葉を続けた。
「その、
『……水瀬』
「あ、いや宣伝とかじゃなくって。他意はないというか、言ったまんまというかさ」
『う、うん。じゃあ、またお店に行くね』
少したどたどしいが、嫌がる様子は声から見受けられない。
あー、ビビった。
今のって普通に友達相手に言っても平気なセリフだったよね? キモくなってなかった?
「な、何か目標とか立ててるのか?」
『そう、だね』
ちょっとおかしくなった空気を変えるためにも質問すると、少し無音になった後に答えてくれる。
『オリジナル曲を作る、かな』
「おお、それはまた大きく出たな」
『これまでは既存の曲だったり、リミックスしたやつをやってたりしてた。でもこれからのことを考えると、成長のためにも必要かなって』
僕は率直に感心した。
素人考えでも、作曲というのが非常に難しい作業であることはわかる。
メロディにリズム、果ては歌詞まで全て自分で考え、組み合わせて、一つの形にするのだから。
しかも、たとえ完成までこぎつけたとしてもお客さんに受けるとは限らない。
既に世の中に評価されているものを使うのとオリジナルの曲を披露するのとじゃ、プレッシャーのレベルが違うはずだ。
それなのに挑戦しようとする明石には、きっと人一倍の勇気がある。
「凄いよ明石。心の底からそう思う」
『そ、そうかな? えへへ』
「うん、いいと思う。成功したら間違いなく一皮剥けるんじゃないかな」
『だよね! だから、やってみたいんだ』
明るく弾むその声。
〝やってみたい〟──その言葉を使うときの明石は、いつだって特別に輝いてる。
だから応援したくなるんだ。
「楽しみにしてるよ。明石が愛本さん達と一緒に作る、新しい世界を」
『うん! その時は水瀬にも聞いてほしい!』
「もちろん」
それから少し話をして、今日の通話は終了した。
そういえば、と考える。
今まで、明石の話では聞いてたけど実際のパフォーマンスは見たことなかった。
確か陽葉のホームページに今ホットなユニットのアーカイブとか出てたから、探してみよう。
読んでいただき、ありがとうございます。