沙也加が塾に入会した。英語の担当は俺。塾にある程度慣れてきた所で、とある情報を耳に入れさせる。
「友達紹介したら図書カード5,000円分貰えるんだけど誰か紹介できる人いる?」
といっても謳い文句なので、矯正はさせない。そもそもこれを毎回言うのが凄いめんどくさかった。
「一人、塾にまだ行ってないのなら知ってますけど」
滑らかに俺の耳に台詞を入れる沙也加。思わず耳を疑った。そんなに直ぐに、紹介できる人物が思い当たるものだろうか。経験則から行くと先ず無かった。珍しい。
良かったら連れてきてほしいと俺は言った。体験だけなら無料でできるという話も添えて。沙也加はそれを聞くとなんだか嬉しそうだった。実際、塾に一人で受験生が通うというのは精神的に辛い部分もあるだろう。女の子だし、支え合える友達ならいいだろうと思っていた。
女友達、なら。
翌日沙也加が連れてきたのは背の高い高校生だった。恐らくだが沙也加とは高校が違う。制服で判断できた。
「貴光神和(たかみつ しんわ)です。皇南附属に通ってます」
そのフレーズを聞いて内心焦った。皇南大附属高校は、東京の中でも随一のレベルを誇る高校であった。つまり頭のいい坊ちゃんということだ。
沙也加が紹介したので、縁あって俺が担当することになった。
最初は古城が教室長としてカウンセリングなどをするため、別室で30分ほど話す。
その間に俺は授業準備をする。
準備室には環が既に着席していた。
「皇南だって」
「今来た子ですか?」
そう、と返事をしながら隣に座る。
「あたしより頭良さそう」
因みに環は実は沙也加と同じ高校。2ランクくらい下ではあるが、世間的には充分褒められるレベルではある。
「てか沙也加の彼氏なのかな。まさか連れてくるのが男とは思わなかったよ」
授業準備をいつもより柔軟に進めながら、ぼやく。
「たしかに。沙也加ちゃん、いつもよりなんか緊張してますね」
「話変わるけどお前なんて呼ばれてるか知ってる?」
「え?」
沙也加が環にあだ名をつけている話だ。環は面食らった顔になった。
「たまちゃんだって」
「それあたしの高校時代のあだ名ですよ」
「バレてるんだろ」
どうやら環は弄られキャラになりそうな未来が見えた。小学生とかには人気出そうだけど。
そしていよいよ授業が始まった。古城から渡された授業準備シートのBQの欄には、30%と数字が書かれていた。あくまで可能性だが、神和はBQに取り憑かれているかもしれない。
懐に本を忍び込ませ、表向きの仕事に臨んだ。
いつも通り自己紹介を済ませ、さっさと授業に入った。といっても沙也加の時と同様に体験授業なので、実力を測る所から始める。
時々神和はぼーっとすることがあった。だが、意識を失うというほどでもなく、ただ考えているだけに見えた。結局、本を用意していたものの心配のしすぎだったようだ。何事もなく終わった体験授業は、神和からすれば感触は良かったようだ。
「塾って通ったことないので、なんか新鮮でしたね」
と神和。それにしても塾にも行かずに皇南附属に合格するのは教育業界からすれば化け物じみている。
「結構難しめの問題をチョイスしてたんだけど、その辺はどうだった?
」
「そうですね。問題の話の内容は面白かったので、楽しく解けましたよ」
その日の授業を終え、古城に報告をしていた。環も隣にいた。
「今日来た子はどうだったんです?」
「BQが取り憑いていたのか?」
と古城。俺は首を横に振って否定した。
「長考癖があるくらいで、特に問題はなかったかな」
「そうか。それはそうとて、貴光君の入会は決まったから。明後日の授業もよろしく〜」
また俺の仕事が増えた。環は口元を隠しながらこちらを生暖かいめでみてくる。
翌週、神和の英語の授業が本格的に始まった。
時間は沙也加の後の時間帯で、二人はすれ違い様に挨拶を交わしていた。沙也加は照れている様子で、神和は何食わぬ顔。この光景を見たところで、二人の関係性は大体わかってきた。
問題はここからであった。今日出す問題は、難関大学の過去問の抜粋であった。特に選択肢問題の選択肢の数がえげつなく、解答者の判断を鈍らせるものが多い。挙げ句の果てに超長文。俺も大問1つ毎に細かく解説を入れることにした。
やはり神童。正解率も高い。特に頻出度の低い、珍しい単語も知っていたのが何よりの驚きだ。
「圧巻だね」
思わず心の声が漏れた。
「そんなことないですよー。歴史や国語と比べたらまだまだです」
遠慮気味に言っているが、確かに歴史科目や国語の点数がえげつないのを俺は知っていた。古城から聞いた話ではあるが、神和は高校のテストでもその文系科目は100点を連発しているらしい。更に言えば国語に関しては、
「100点以外取ったことないんだっけ?」
「実はそうなんですよね。小学校の頃のテストなんて簡単だからまだ、まぐれかと思うじゃないですか。って思ってたら中学の時も100点しか取ったことなくて、そのまま高校でもって感じです」
どうやら話は本当のようだった。さらりとえげつない発言をする彼のことは、最早講師として恐ろしくなってきた。
その後も休憩がてら話を聞いたが、漢字も本当に一回も間違えたことがないらしい。なんなら、授業中に学校の先生が間違えた漢字をよく指摘しているとか。ここまで聞くと神和は塾講師からすれば逆にやりづらい生徒なのだが、どこか憎めないところもある奴だった。
世間話もひと段落したところで、問題の続きを進めさせた。
そして、警戒していた選択肢問題のところで事態は急変した。
俺がいつものように時計を見て、授業の残り時間を計算していた時だった。ふと振り向くと神和は気絶していたのだった。
隠しポケットから本を取り出して、ベルトとして腰に巻きつけた。
パーテーション越しに環に合図をする。すると、その上からOKを指で示す返事が返ってきた。
「変身」
問題用紙の世界へと飛び込んでいった。
中で待っていたのは、いつものような人型の怪人ではなく、球体のウイルスのような怪人-セレクション-だった。緑色で周りに苔のようなものが生えた相手は、なんだか理科の教科書に出てくる微生物のようだ。
神和の姿は見当たらなかった。普段ならこの世界に意識を失ったまま幽閉されているのだが。辺りを見渡したが、どこにもいない。寧ろ気付いたことは四面楚歌の状況にあることだった。
俺はなりふり構わず、先ず一匹のセレクションに殴りかかった。攻撃により相手は消滅したが、そんなものでは足りないくらいにまだ相手の数が多い。
ジリジリと焦る隙に、セレクションが次々とアグニスに体当たりをしてくる。徐々にダメージを受けていく。
反撃しなければ。
解決策を探そうとすると、都合良くベルトの横にセットされていたバックマークが輝き出した。これはROKのブックマーク、沙也加の体から排出されたものだ。
まさか。そのまさかであった。俺はACEのブックマークを抜き、ROKのブックマークを挿し込んだ。
『Rewrite the new page ROK ロックオンコンバット』
ROKの文字の形のエネルギーが出現し、アグニスの新たな鎧となった。胸にはOのマークが施され、両肩には二つのKが肩アーマーとして出現した。
そして俺の手には、Rの形の銃と小文字のK(k)の形の銃と二丁拳銃が装備された。これなら大量のセレクションにも対抗することができる。早速引き金を引き、銃弾を放った。
一匹、また一匹と相手を倒していく。慣れてくると、引き金を次々と引き銃弾を乱射した。なるほど、この形態は選択肢問題に出てくる敵に対して有効なようだ。
相手がかなり減ってきたところで、必殺技を放った。
『エピソードピリオド』
Rとkの銃を合体させ、銃身の長いライフルに変形させた。とどめの引き金を引き、極太のビーム-レールガンオブキリング-を放った。
紫色の閃光が走り、一瞬で大量のセレクションを見事消し去った。
戦いを終えた俺が戻ると、また事件が起きていたのだった。
なんと授業を受けていた筈の神和がいなかったのだ。