東条の戦いの数日後 東京都内の喫茶店「木漏れ日」
CLOSEDと書かれた看板を無視して一人の女が入店する。それを見た喫茶店のマスターが嘆息する。
「営業時間外だぞ濁流」
「人払いってことでさ」
「全く……先日の東条での騒動の顛末でもまとまったか?」
「そゆこと。アンタには参戦こそしてもらったものの後始末の時には帰ってもらっていたからね」
「律儀に俺に説明することでもないだろうに」
「喋って頭をスッキリさせたいからさぁ、付き合って?」
「旦那相手にやってろ。……で、注文は?」
「助かる〜。カフェモカで」
「いつも通り時間外料金は取るからな」
喫茶店のマスターは濁流と中学時代からの付き合いであり、彼女の夫とも付き合いがある。先の戦いでも戦闘要員として参加していた。
「で?母多を滅ぼした後、東条賢三はどうなったんだ?」
「あそこまでの依り代は憑依するモノが滅んだら保たないからねぇ。10分もしないで消滅したみたいだ。その時の会話がーー」
ーー芳佳、ありがとう。
ーー堅ちゃん、どうにかならないの?
ーーならないな……ごほっ!
ーーずっと頑張ってきたのに、こんな仕打ちだなんて。
ーーならば、頼まれてくれないか?
ーー何を?
ーーこの街は多くの人が死に、落ち目を迎えるだろう。だが、俺はそれでもと立ち向かう人々を信じている。裕也に麗華。見守ってやってくれないか。
ーー何を今更!嫌って言っても見守ってあげるんだから。
ーーそうか、ありがーー
「ーーってとこみたいね」
「息子、孫、親友。それぞれにちゃんと託せただけマシな最期だったんだな」
「そうねぇ」
「それでだが」
喫茶店のマスターは出来たカフェモカを濁流の前に置きながら問う。
「街の住民は何人、いや、何割死んだ?」
「あの戦いの中では3割。現在までに追加で1割。狂死しそうなのは……もう1割で合計5割かな。特に年を取るにつれて駄目な傾向があったね」
「最悪想定で8割が犠牲だったな。そう思えばかなりマシか」
「そうだねぇ。梓ちゃん達第一部隊がキッチリ母多と街を結界で切り離してくれたこと、江風ちゃんが中核を綺麗にブチ殺してくれたこと、母多が付与した力の多くを占有していた怪異竜を睦月ちゃんが速攻撃破してくれたこと。全部が噛み合ってこの程度で済んだってとこだね」
『組合』は最悪の予測として、母多の影響を受けにくい狂咲神社に護られていた地区以外の被害は住民全滅まで想定していた。
「傾向としてはそういう感じなんだけどね……」
「悪い知らせか」
「東条本家での戦いに合流してきた元人間の怪異集団。どうもアレ江風ちゃんの元クラスメイト連中だったんだよね」
「……そのことを本人には?」
「黙ってるよ。こんな事知ったら気負っちゃうもの。まあ、実際原因は江風ちゃんなんだけど」
「東条の地での生贄が彼女だった、という話の派生か?」
「そ。力の供給は母多からまずは東条賢三を経由して、家令の斎藤に。そこから目をつけていた素質のある連中をメインに。逆に信仰という母多への供給は江風ちゃんに負の感情をぶつけることで負のエネルギー発生させてやっていた」
「江風が虐められれば虐められるほど母多の力になるということか」
「うん。そしてそういう供給をするやつ程母多の力への適性を、素質を得る」
「江風と直接接する機会の有った同級生が手遅れになるのも当然、ということか。衝動と空気に任せて碌でもないことをしたツケだと言うべきか、流石に同情すべきか?」
「どうせ他人が勝手にくたばっただけだ、でいいんじゃない?とりあえずこの情報は鎮守府の誰にも伝えないままで処理したよ。情報遮断するなら徹底的にやらないとね?あー、五臓六腑に染み渡る〜」
ほう、と大きな息をつきながら濁流が冷酷な発言をする。
「まあ、お前はそういう奴だったな。それで江風や関係者の状態は?」
「まずは東条親子。裕也氏はちゃんと覚悟決めてたからダメージは少ないね。ちゃんと父を看取れて良かったってさ。東条グループを引き継ぐ流れも今のところ順調。各所から付き合い切られたりしてるけど亜贄社長のYMTを筆頭にスポンサーがついてるからまあ後は頑張ってくれ、だねぇ」
「『組合』からは?」
「トーゼン支援かけてるよ。じゃないとアースガイドにあの街完全に接収されちゃうからね!」
「敵対は止めてもそういう競争は続けていくのか」
「つまるところは今後の投資だからねぇ。娘の麗華ちゃんは家の使用人が全滅したこともあってやっぱり意気消沈してる。裕也氏がちゃんと時間をとってケアしていくって方向で話がまとまったね。その上で将来は裕也氏を継いで街を牽引していきたいってさ。江風ちゃんとも連絡を密に取ってるみたいだし、金魚のフンみたいにくっついてた子達も奪い返せたしなんとか前を見れるってトコ?」
「健気なことだな。正直耐えられるか?その立場で、俺達は」
「無理だねぇあっはっは!あ、お代わり」
「分かったよ」
新たな一杯を準備しつつ話を続ける。
「ファレグ様の手引きでトドメに乱入した友永芳佳氏は宣言通りにあの地でしっかりと見守っていくし東条家の後見もやるそうだ。もう色々と精力的に活動してる。やー、すごいバイタリティだよびっくり」
「女傑、って奴だな。それと様付けは嫌がられていなかったか?」
「でもファレグ様は『組合』と私のご先祖様の救世主なんだよ?敬意も持ちたいってマジで」
「お前が様付け嫌がってる連中と同じ話だからなそれ」
「ぐう」
「……友永芳佳氏は大丈夫のようだが、件の江風は?……試作品のブレンドだ。料金はいらん」
「おー、いい香りねぇ!……江風ちゃんねぇ」
新たな一杯に歓声を上げつつ濁流は遠い目をした。
「今まで自覚しなかった心へのそれは大きな大きなダメージを自覚しちゃったからね。ちょいと重症さ」
「しょうがない話だが……そこまで酷いか」
「まず一人じゃ寝られないぐらい消耗してる。突然ボロ泣きし始めちゃったりもしてるね。だから薬の投与も始めたよ。海風ちゃんが江風ちゃんと添い寝できるぞやったーとか言ってたけど魘され具合がガチすぎて喜べなくなったって言ってたね」
「あれだけ戦えても、心の痛みは別か」
「珍しい話じゃないけどね。幸い今のあの子の周りには理解者で親身になれるヒトがいっぱいいる。あの子自身が築き上げてきた絆だ。だからもっと酷くはならない、と思っているよ」
「それは救いだな。いや、勝ち得た物、か」
「そうだねぇ。更に救いなのはあの子の両親が徹頭徹尾マトモだったことだ。江風ちゃんが生贄にされた影響もあって本能的にキツく当たろうとしたことはたくさんあったんだって。それでも頑張って堪えて見守ってきたって話だよ」
「羨ましい程だな」
「江風ちゃんの実家といえば、あの家に迎え入れられた死神ちゃん。あの子の職場環境改善しといてよかったよ。カスの無能が今も頭だったら大量の死霊を捌ききれなかったからね!」
「あの量の死人はそうだろうな」
「いい仕事した後のブレンドコーヒーは沁みるねぇ」
「……お前その後始末上がりか」
「ソダヨー!ネギラエー!」
「片言になるな。お疲れ」
濁流はツテを利用して江風が出会った死神こと朱音の職場改善ーー端的に言えば上司の首を挿げ替えるーーを行っていた。それもあり、この騒動も乗り切ることができていた。
「江風ちゃん自身の変化では、あそーとさんに続いて狂咲の魂も常駐で憑依したね」
「艦娘江風の魂も含めて3人も憑いているのか。大所帯だな」
「そのおかげで精神面を酷使する系のブースト能力が使いやすくなったみたいだね。艦娘としての知覚やセンスは江風の魂が、戦術の拡張や出力の部分はあそーとさんが、対怪異特攻とゾーンの負荷の軽減は狂咲。バックアップは万全だねぇ」
「それぞれがそれぞれだから普段かかっている負荷も馬鹿にはならなさそうだな」
「江風ちゃんがメンタルぶっ壊れた一因は確実にそれだよね」
「生贄として依り代の適性があったから崩壊はしないが……といったところか」
「怪我の功名だよね」
艦娘の魂が完全に融合せずに語り掛けてくるだけでもイレギュラーな所に、負荷の軽い憑依の仕方をしたとはいえ世界を創造した神に強大な怪異を長年封じてきた守り神となっていた人間の強固な魂。常人には一時的でもとても耐えられるものではなく、特殊な経緯を経てきた江風だからこそ可能だったと言える。それでも精神的な限界を迎えたところにもう一押しをする要因としては十分だった。
「まあ、それでも江風ちゃんとしてはずっと潰れてはいられないんだよね」
「江風というか127鎮守府の面子の最終目標、福山提督の未来か」
「うん。この世界線でハッピーエンドを迎えてから梓ちゃんが本来居るべき世界線でも同じようにハッピーエンドを迎えて、その上でこの世界に帰還して鎮守府司令官を続けてもらう。そのサポートのために頑張っているからね」
「宇宙規模で世界を2つも救う。壮大な話だな」
「それでもやる価値はあると思うから江風ちゃんに術やゾーンを仕込んだのよね。今はオラクル宇宙側で大きな動きはないけど、動きが出たらどうなることやら」
「その福山提督の本来居るべき世界線、については何か分かっているのか?」
「鎮守府に滞在しているライル君とコハルちゃん。あの子たちが情報を握ってるみたい。指示されていた情報開示のための前提条件がこの東条の戦いだったらしくて、江風ちゃんが落ち着いたら開示するってさ」
「それもまた負担になりそうだがな」
「それでも、江風ちゃんの存在が重要らしいんだ。……推測だけど、その世界線とやらに江風ちゃんが関わらないとあの子たちが望む未来は掴めないようだね」
「難儀な話だ。……『主人公として』、江風をどう見る」
「今のところ頑張っていると思うよ。これから『一人ぼっちの英雄』をやるのか『仲間と共に救い救われをするヒト』をやるのか。それに尽きるね」
そう話しながら二人は虚空を見上げるのだった。