本棟前
「随分歩くねぇ、迷い猫(ストレイ・キャット)ちゃん?」
「ン?……あぁ、睦月の姐さん」
上下ひっくり返りながら空からすいっと睦月の姐さんが降ってきた。そういえば先程夏菜さんの所に居なかったな、と思いながら返事を返す。
「っつかなンすか、迷い猫って」
「にゃにゃ〜?こういう二つ名欲しいお年頃じゃなかったかにゃ?」
「否定はしないですけど迷い猫って……」
「落ち着かずにあちこち歩き回るさまが迷い猫っぽいからにゃし。それと〜」
「うわっ」
ずいっと顔を逆さまのまま近付けて来る。思わず仰け反ってしまうがそれを許さないように更に距離を詰めて来た。
「江風ちゃんって猫っぽいよねぇ。そういう警戒を解かない相手には簡単に心を許さないところとか、にゃあ」
「……ッ」
圧が一層強くなる。
「ンな真似されたら警戒しますって」
「それ以前の問題でしょー?なにせ君が懐いてるうーちゃんと仲が悪いからねぇ、睦月は。無理に心許したフリして姐さんなんて呼ばなくていいんだよ?」
「……」
彼女の言う通りだった。卯月の姐さんやてーとくが必死に奪い返したこの人がそんな人達に悪辣に接していることに不満があった。
「腹芸したいならもう少し取り繕い方を学んだほうがいいねぇ。それとも君の地元と同じようなことをしたくないから無理してるのかにゃあ?」
「……はぁ。後者ですよ睦月さん」
「意識しちゃってる君は分かってると思うけど、どうしようもなく東条の人間だねぇ」
「地元のこと、どこまで知っているんですか」
「夏菜ちゃんが調べたことは睦月の頭の中にも入ってくるからね。君とその背景の基本情報はちゃーんと知ってるよ?」
「知ってるヒトに東条の人間らしいなって言われるの癪なンですけど……まあ、そうですよ」
身内・地元民と他所の人間、という対立軸で著しく態度が変わる私の地元の気質を受け継いでいる自覚はある。先日指摘されたこともあったのだし。
ただ、衝突も辞さない地元民のようには振る舞わないようにしよう、と心掛けていたので『東条人らしい』という評価はクるものがあった。
「そこはなんとか折り合いつけて行きたいですね。睦月さんこそ何で未だに卯月の姐さんにだる絡みするンです?夏菜さんに近づくだの何だのって言っても、あの人はもうてーとくに首ったけでしょうに」
「にゃはは。私は欲張りさんだからねぇ。夏菜ちゃんの全てがほしいの。他の子とワイワイしててもいいよ?でも、後でそれを全部睦月と共有したい。夏菜ちゃんと他の子にあって睦月にはない関係が酷く妬ましい。血縁関係なんて、特にねぇ?」
「従姉妹だからってだけで!?」
「元から夏菜ちゃんを取りに来たようなものだったから警戒しててね。うーちゃんが130に来るまでの経緯って知ってるかにゃ?」
「いえ。夏菜さんをいざって時に守りたいから艦娘になった、ってだけですね」
元々、人の過去を暴くような趣味はしていないのだ。聞くだけ野暮だと思っていた。
「元々は夏菜ちゃんが基地司令や人の都合で犠牲になる艦娘に心を痛めて、そんな彼女らを自分が守る、支えるんだって思って司令官を志したところから始まるの」
「昔は色々と酷くて、今は落ち着いてきた方、って話でしたね」
「そうにゃしい。そんな夏菜ちゃんにびっくりして反対したのが当時のうーちゃん。べったりだった従姉妹が危険な仕事に、それも大変な決意と共に就こうっていうんだからね」
「……いざって時に艦娘を生かして自身を犠牲にする。自分の命と部下の艦娘の命、どちらかしか選べない時に艦娘を選ぶ。そういうことですね」
「人の過去には興味ない、って態度してるけどちゃんと分析出来てるにゃあ。偉い偉い」
「アンタに褒められても嬉しくないですよ」
「後輩キャラを演じている君より今の君の方が好きだよ?」
「東条人らしく距離感が極端なのは自覚してるので。そういうワンクッション置いて適切な距離感を保ちたいんですよ。姐さん兄さん呼びは『今まで警戒していてすみませんでした。これからは貴方のことを信頼していきます』って示すため。何よりも自分に」
「それで無理して私にまで姐さん呼びしてたんだねぇ」
「そうですよ。はぁ、なけなしの努力を台無しにしてくれて。それで、その後は?」
自分の事を暴かれるというのは中々に不快だな、と実感する。訓練校時代に海と衝突していたのもなけなしの仮面を剥がして柔らかいところを無自覚に刺されたと思っていたからだったな、と思い返す。それが発展して今は心を預けられる相手になっているが。
「夏菜ちゃんがそう志したように、世間の声も自分達の保身のために艦娘を犠牲にすることに批判的になった。でも、どれだけの人が『だからお前が代わりに死ね』って言い張ってるって自覚していたのかにゃあ。
そんな中でうーちゃんは夏菜ちゃんが『じゃあ私が代わりに死ぬ』ってスタンスだと気付いたんだねぇ」
「大切なヒトのそういう判断はキツイでしょうね」
「それで、『いざって時は司令官に護られるのが艦娘だけど、誰が基地司令を護るんだ?』って思ったわけだね。それで艦娘になった」
「姐さんらしい我の突き通し方だ」
「もっとも、当時は特に持て余していた異常適正(イレギュラー)な上に卯月らしくないという違和感。夏菜ちゃんが基地司令してる130への配属願を蹴られて別の所に配属されて、結局持て余されて異動。そうやって1年半は転々としていたの」
「やたら外部に顔が利くのはそういうことか」
「困っている人を放っておけないタイプだからねぇ。自分の立場は何やっても良くならないんだからってそういうことに傾注していたの。それで救われた子たちがあちこちに居るんだよね」
南西迎撃にあたってくれる友軍に127として関わりの薄かった鎮守府がいくつか参加していた。彼らが卯月の姐さんに助けられた人達だったのだろう。以前卯月の姐さんは出張お悩み相談室のようなことをしている、という話を思い出す。
「異常適正、それに伴う扱いの悪さにも負けずに徐々に結果を出していった。その上でまた放り出された時にようやく夏菜ちゃんの耳に入ってね。受け入れたのが3年ぐらい前かにゃあ」
「2人の因縁はそこから……」
「睦月はそれ以前からうーちゃんの情報集めてたし、動機もそこで知っていてねぇ。簡単には130に転属出来ないように小細工したりしてたんだよね」
「!」
「嫉妬深いんだ、って言ったでしょ?そのまま苦労を理由に退役してくれれば言うことなかったんだけどねぇ。それが浸透する前に演習で127の響ちゃんと出会ってしまった」
「響の姐さん?」
「今は情報特化、ってのも事実なんだけど元々情報網が広い子でねぇ。軽く交流しただけでうーちゃんのいう従姉妹が夏菜ちゃんだって分かってしまった。誤算だったにゃあ」
「響の姐さんかぁ」
「で、更にやる気出しての130への転属願い。後押しに響ちゃんや話を聞いた前の127の司令官さんも」
「へぇ……」
「130は睦月型が多い鎮守府。同型艦から異分子として見られやすい。それをどう立ち回るつもりかにゃあ、夏菜ちゃんが嫌がらない程度に鼻をへし折って退役でもいいかなって思ってたんだけど、着任直後に同行していた響ちゃんが動いたにゃしい」
当時も130と交流があり、この展開も予想していたであろう響の姐さんがただ一緒に来るわけがなかったのだ。
「響ちゃんは言ったの。『卯月の力がどんなものか手っ取り早く示そう。だから演習を組みたい。相手は……そうだね、山城、君だ』って。山城ちゃんも驚く反面、堅実に実績積み上げてきた130の戦艦エースだったからね。泣いても知らないと言って受けて立ったの」
130の山城さん。現在は129に身を寄せていて、130攻略のために何度か助力してもらった人である。今回も、南西の迎撃に回ってもらっている。
「結果としてはうーちゃんの勝利。初見殺しがうまく刺さった感じだったね」
「そういや『首狩兎(ヴォーパルバニー)』の渾名つけたのも山城さんでしたっけ」
「そうだねぇ、そしてそれが二つ名の切欠。そして運用難ではあるけど使いこなせば130のエース戦艦ですら手玉にとる能力があるって実証したんだよね」
「手っ取り早くて確実、けど正しく彼我の戦力を評価できてないと出来ない提案。響の姐さんらしいや」
「おかげで睦月型の子たちからも卯月っぽくないけどちゃんと迎え入れようって空気が完成しちゃってねぇ。山城ちゃんも次は勝つ!って仲良くなっちゃって。ああやって仲間内ではすぐに溶け込んでいくんだなぁって実感したにゃしい」
「それでやったらと人脈広いのかあの人」
卯月の姐さんはこの決戦が終わって落ち着いたら改めて他所の鎮守府の艦娘を引き抜きたい、と言っていた。おそらく宛がいくらかあるのだろう。
それにこれまでの演習でも敵の手のかかった鎮守府以外では卯月の姐さんのツテで組むことになった鎮守府も多かったのだ。
「130としてはそこからの付き合いでねぇ。まずうーちゃんはショックを受けていたね。もう私と夏菜ちゃんがくっついていたから。私としても、そこまでして過去の女が折れずにやってくると思わなかったにゃあ」
「それであの険悪さに?」
「基本的に私が優位を示すためのマウントだったからね。あの子負けず嫌いだから一々食い下がってきてこっちもムキになって。夏菜ちゃんに止められるまでがワンセットだったにゃあ」
「自分の性格の悪さ自覚してます?」
「してるよぉ?でも私は欲張りさんだからねぇ。夏菜ちゃんの気を引く存在を許容できなかったんだ」
おそらく、時間や切欠などで改善されることのない関係。多くの深海棲艦が人に向ける本能的な敵意と同種だ。
「最初は周囲に止められてたんだけどねぇ。とあるうーちゃんとのやり取りがあってね?」
「?」
「うーちゃんは言ったの。『お前は鎮守府きってのエースだ。だからこそ、お前はいざという時は夏菜姉じゃなくて守るべき人達を選択しなければいけない。エースだからこそ』ってね」
「艦娘のエースが一般に期待される役割ってつまりそういうことですからね」
「うん。それに対して、『私が護るよ。その後発生する風評からも、何もかも。夏菜ちゃんの騎士(ナイト)は睦月がやるから』って言い放ったんだよねぇ」
ちゃんと理解した上でそれを発言するのは容易ではない。
「そっからだねぇ、言ったからには実力見せてみろ、そう言うからには勝ってみせろって模擬戦でやりあうようになったのは。まあ睦月がほとんど勝ってたんだけどにゃあ」
「130攻略時に卯月の姐さんが睦月さんを引き受けたのはそういう背景かぁ」
「あの時はまんまと出し抜かれたねぇ。それで、130の陥落があったわけでしょ?」
「卯月の姐さん、なんで夏菜姉抱えて逃げなかったんだ、って言ってましたよ。奪回するまで」
「私もそうしようと思ったんだけどね?敵が如月ちゃん達の……仲間の遺体を、1箇所に集めるのを見ちゃってね。あぁ、こいつら遺体を集めてなにかやるつもりだって気付いちゃったの」
「それは……」
「だから夏菜ちゃん、最低限各所に連絡入れて、遺体を奪還かなにかするまで逃げられないって覚悟決めちゃったからね。付き合うしかないでしょ?」
「……」
そういう時は実際どうするのが正解と言えるのだろう。
「なんか遺体を工廠に集めてたから燃料集めて急襲して、遺体に燃料ぶちまけて燃やしてね」
「利用できなくする、か」
「そういうことにゃしい。ただ、終わる前に私が撃たれちゃって。あぁ、もう駄目だなぁって思ったら夏菜ちゃんが私を抱えて火達磨に突っ込んで自分達ごと燃えようとして……その前に撃ち殺されたって結末にゃしい」
「それで敵は130の面子を夏菜さんと睦月さんしか扱わなかった。扱えなかったのか」
「その点は少しはマシになったかにゃー、って感じだったね。その後は維持システムと防衛システムとしてヒトでないものとして復活させられて、連中の思考汚染もあっただろうけど思ったの。今度こそ、夏菜ちゃんを守り通さなきゃって。うーちゃんに啖呵切った手前それぐらいはねぇ?」
「それで今に至る、と。その上で卯月の姐さんと喧嘩するメリットなくないです?姐さんや親しいメンツの好感度が高い方が非常時に有利だと思いますけど」
「甘えてる所はあるかもにゃあ。これでも動いてくれるだろうって。その上で、昔の関係以上に苛烈にぶつかり合って戦闘経験積ませることで、うーちゃんには二の轍を踏むようなことは避けて欲しいなぁ、ってのもあるかなぁ」
「!」
「ダーカー汚染対策で私は参加出来なかったけど、【若人(アプレンティス)】だったっけ?アレで苦戦して取りこぼしかねないならいずれ来るその上位種、【深遠なる闇】との戦いも厳しいだろうねぇ」
「そう……ですね」
「だからそういう指導兼ねてガンガンぶつかることにしたにゃあ。だからどうか、負けないでね、君も」
「……はぁ。面倒くさい人ですね」
「自覚はあるけど変える気もないかにゃ〜」
「私は頑張りますけどね。私は猫被りだって含めて全部頑張ってやっていきますんで。まあ、アンタには素直にこの感じで行きますけどね。睦月さん」
そう言って去るのだった。不敵な笑みで睦月さんはそれを見送っていた。
広場 ベンチ
そこには暁の姐さん、響の姐さん、それにイやハとヲの姐さんというメンバーが集まっていた。イやハを抱きかかえた暁の姐さんをヲの姐さんがその後ろから抱きすくめるいつものフォメーション。響の姐さんが加わる時は暁の姐さんの横に寄り添うようにしている。今回もそのパターンだ。
「あら、江風。どうしたの?」
「散歩ッス。姐さん達は?」
「静かな夜風を楽しんでいたの。貴方も感じていかない?右、空いているわよ」
そう言って響の姐さんがいる左とは反対側を手でぽん、と示した。
「ンじゃお言葉に甘えて。……あー、なんか久々に座った気がする」
「作戦前に歩き倒して疲れる気だったの?」
「暁。江風はこういう時は一通り歩き回って満足しないと心が休まらないんだよ」
「難儀だな江風!」
「きゅー!」
「うっせ。まあ、その通りですけど」
多くに知られているようだし、その上で情報管制担当の響の姐さんが知らないわけがなかった。
「ねえ江風。いい夜でしょ?風も心地よく通って星も綺麗で、皆の体温もぽかぽかと感じられて」
「そうですね……穏やかな時間、って感じですね」
「私……私やほっぽが目指したのってこういう時間を仲間達と存分に満喫できる海だったのよ」
「ほっぽ……北の姫のことでしたっけ」
「そうよ。『タノシイウミを作る』なんて大きなお題目こそ立ててるけど、実際はこういうささやかなものであればよかったの。それを脅かす脅威は取り払って、遠慮なく味わえるようにしたいよねって話をしていたの」
「それが暁の姐さん達が目指すものですか」
「えぇ。だから、そうねぇ。天龍や卯月が燃えている復讐に共感はするわ。仇が憎いと思うのも事実。だけど、どちらか一方と言われたからこっちを選択したいぐらいに、この理想を追いかけることが私には大事なの。
でも今回は別。指揮者(コマンダー)を倒さなければこんな空間なんて作ることは出来ない。また降りかかる悪意に怯えなければいけない。だから、今日で終わらせるために戦うわ」
「……暁」
「不安そうな顔しないでよ響!別に終わっても居なくなったりしないから。ほっぽと掲げた夢は、ヒトも深海棲艦(フネ)も関係なく大好きな仲間と一緒に優しい時間を過ごせるようにする、ってことだもの。今の127以上にそれを期待できるところなんてないわ」
「それこそ『終の海』も視野に入るのかなって思っていたよ」
「あそこは沈んだ心の子達が最期は安らかに、って場所だもの。これから生きることを、仲間と楽しむことを謳歌するわ!って言うには空気が良くないもの。まあ、親しく出来る深海棲艦と一緒に歩む気があって邪魔をさせないとこがあれば次の候補にしてもいいけどね」
「第二技研がある意味現状の答えですもんね」
「情けないことにね。だから、これからの鎮守府の運営には期待してるわよ?響」
「うん、任せておいて。もっと相応しくしてみせるから」
「それこそ終の海から一緒に楽しもうぜって引き抜きたいよなー!」
「面白いこと言うじゃない、ハ。現状あそこしか選択肢のない子の受け入れ先ってのもやぶさかじゃないのよね」
「きゅ!きゅっ、きゅー!」
「え、メール受信したって?」
「いつの間にンなモン装備してたんだイお前……」
イは肩がけのように首(首で良いのだろうか?)に通した紐に繋がれた端末と感覚をリンクしているらしい。操作は出来ないようなのでやってもらう必要があるようだが。
同種でも小柄なハと同種に比べて小さいどころか可愛くデフォルメされたような姿ですらあるイを抱きかかえて覗き込む暁の姐さん。マスコットぬいぐるみを抱きかかえた少女のような構図だ。それをぬぼっとした顔で満足気にヲの姐さんが抱きすくめている。……ここまで一言も発していないが。
「んー、送り主は保科朱里……朱里じゃないの」
「きゅーっ!」
「そういや最近来なかった、というか来させるわけにもいかなかったですモンね」
「落ち着いたらまた呼ぶとしようかな」
「きゅー!きゅーっ!!」
「落ち着けよイ、ほら姐さん読み上げちゃってよ」
「はいはい。『さっきの宣戦布告見ました!皆さんなら大丈夫だと信じています!思いっきり活躍して皆で帰ってきてください!!』……だそうよ」
「それならやらねーとな!!」
「きゅ〜っ!きゅっきゅきゅ!」
「そうね。離島棲姫のこともちゃんとやらないとね」
「その彼女の艤装島からなにか聞いていたんだよね?江風」
「途切れ途切れでしたけど……陸から来た怪異にやられた、開放して欲しい、ってのと持ち主である姫を外に、自由に、世界を、楽しみを……って最後言ってました。もしかしたらその前の開放して欲しいってのも姫のことを言っていたのかもしれないですね」
「そうね。それに、ほっぽも思うでしょうね。そういう子に楽しい世界を、日常を知って欲しい。居て欲しいって。頑張るわよ!」
「情報管制サポートはお任せあれだよ」
「創造者にだって邪魔はさせないですからね」
「きゅきゅ?」
「あん?」
「江風にも連絡来ていないの、って」
「なんで私に……来てた。友永家から」
「きゅっきゅっきゅ!!」
「そりゃ送ってくるでしょ!ってさ」
「イの気配りには敵わねェな……えっと、『必勝祈願の勝利のVサインです』だぁ?添付画像は……理恵!なんで姐さんと組体操やってんだ姐さんの年考えろ馬鹿!!」
理恵と姐さんの2人でV字をやっている写真が届いていた。
「ったくもう、ちゃんと勝ってくるから安心しろ、無理なポーズさせんな、っと……」
「ふふ、ちゃんと期待に応えないとね?」
「そうっすね……」
「zzz……」
「って寝てたのかよ!?」
「ヲの姐さんはずっと寝てるぜ!」
「騒いでも起きない辺り図太いよね」
「結構重いんだからせめて頭のヤツ外してほしいんだけどね……!」
そんなやりとりを見ながらしばらく一緒に休ませてもらった。
屋外喫煙所
「てーとくと卯月の姐さん、こんなとこにいた」
人気のない喫煙所ーー喫煙者が少ないので127でも130でも端っこに追いやられがちであるーーに2人は居た。肩を寄せ合い、てーとくは手にした【仮面(ペルソナ)】の仮面を眺めていて、卯月の姐さんは遠くからでも分かるただただ不味くて臭い煙草もどきを吸って遠くを見ていた。
「……おや?江風さん?」
「こっち来るか?あぁ、煙草は消したほうが良いか」
「そのままでいいッスよ。立ち入るのは私の方だから。……というか、お邪魔しちゃいました?」
「いえ、構いません」
「一緒にぼけっとしていただけだからな」
許可も得たので近づく。相変わらずてーとくの持つ仮面は異様な雰囲気と圧を持っているし、卯月の姐さんの煙草は否応なしに正気に戻させる悪臭だ。
「……2人でいる時はいつもこんな感じでいるンですか?」
「そうですね。皆さんこの仮面を嫌がりますから。たまに眺めていたいんですがそういう時に隣りにいてくれるのは卯月だけです」
「同じく。こんな悪臭に付き合ってくれるのは梓だけだよ」
「異様な空間、じゃごまかせないレベルですしそりゃあそう」
漫画かなにかであればゴゴゴ、というエフェクト音がついているであろう状況である。本人達は寛いでいるだけなのだが。
「何か話していたんですか?」
「いえ、特には」
「……話したいことはあるけどさ」
「卯月?」
「江風も聞いていて良い。……なあ梓。この戦いが終わっても私達の元に居てくれるよな?」
「当然です。事後処理もありますし、結局アークスにアクセスした地球の誰かというのも判明していませんし、人類側のハーバー某という元凶の方の人物らしきものも明らかになっていません。課題はまだまだ山積みですよ」
「そうだよな。けど、そうじゃなくて……」
「地球の事情が落ち着いて、あるいはアークスの事情も終わって、てーとくの元いた世界もなんとかして。その後でもてーとくは私達の元に……ううん、卯月の姐さんの元に帰ってくる?居てくれる?ってことでしょ?」
「……ああ、私が聞きたいのはそういうことだった。今回が、さ。マターボードの示す終わりでもあるから」
「……」
「直接口にする人は居なかったけど、今日のコレを『いつもの延長』って捉えている人は少ないよ。『最終決戦』って言ったほうがしっくりくる。
その先にあるのは?エンディングだ。バラバラな人達が集まって共闘する物語ならそれぞれの道を歩き出したのです、めでたしめでたしってとこさ。でも、私も卯月の姐さんも、っつか誰もそんなの望んでない。これまでがこれからも続いて欲しいって思ってる。
てーとくはどう思っているの?同じように思っていてくれているの?」
『燃え尽き症候群』という概念がある。やることをやりきったと思ったら抜け殻のようになってしまう、精神が灰のように燃え尽きてしまうことを指す。こんな決戦をしたら燃え尽きてしまわないか、と思ってしまうのも無理はない。
そう思う一因は『この世界の【仮面】』だ。マトイさんにダーカーとの戦いに勝利して希望の未来を導き出せたなら満足して消えていきそうな儚い感じがあった。
元々【仮面】の定義するマトイさんの幸せには【仮面】は含まれていないのではないか、というのがてーとくや他のアークスに話を聞いて、実際に当人を見て強く思った印象だった。
「そうですね。私は、全てが終わったらこの心が燃え尽きてしまうのではないか、そこで旅路を終えてしまうのではないかと自分自身思うところがあります。
だからこそ、『今の』私は思うんです。もっと未練が欲しい、理由が欲しい、皆さんと一緒に居たい、卯月と一緒に居たい、その為の原動力になる理由がもっと欲しい、と」
「梓……」
「それじゃもーっと、地球を、皆を、卯月の姐さんを大好きにならなきゃね?ねぇ、卯月の姐さん?」
「あ、あぁ……。そうだな、抜けられなくしてやるから覚悟しろっぴょん!!」
不安そうな顔を振り切った卯月の姐さんがてーとくに抱きつく。吸い殻はしれっと煙草缶というのだったか、それに吸い込まれていた。
「まだまだ見せたい場所がたくさんあるんだ!食わせたいものがたくさんあるんだ!一緒に体験したいことが、たくさん……!だから、ずっと、ずっと一緒だからな、梓!」
「はい、楽しみにしていますよ、卯月」
これ以上は野暮だろう。そんな2人を置いて私は立ち去った。周囲を見て回るのもこんなところでいいだろう。海達の元に戻ろう。
艤装島
「ハッハッハ!傀儡共の展開は完了した!横須賀だろうが何だろうが引き潰してくれる!ハハハハハ!!」
「そうですわ指揮者様!あの浮浪者(アウトロー)共の悲鳴が今に聞こえるようですわ!アハハハハ!」
「……煩いな」
創造者は盛り上がる指揮者とそれに媚をへつらう深海棲艦から離れ、隅に座り込んでいる離島棲姫に目を向けた。すると珍しく向こうから話しかけて来た。
「ねえ、創造者」
「……どうした、珍しいな」
「三日前の!アレは何!?あの時だけ久しぶりに、3年ぶりに声が聞こえて……でも苦しそうで……お前は何か知っているんでしょう!?」
「……話したところで意味はない」
「そうやって見下して!いっつも、お前は……!」
「……それももうすぐ終わる」
「は?」
「……この後の決戦、恐らく敗北するのは指揮者だ。彼らは我々の想定を確実に超えてくる。それに対応できない指揮者はここまでになるだろう」
「お前は?」
「……見届けてからここを去る。その後もここに居座るつもりもない」
「な……」
「……そしてお前の艤装である島が何も言わない原因。アレも彼らは排除しにかかるだろう。だからすぐ終わる。それだけだ」
「どういうこと……?」
「……」
話すことは話した、と創造者は外に出て怪異を見やる。そこでふと気が付いた。
「……そういえば離島棲姫はコレがやってきてから島の外部を見ることも叶わなかったのだったな。つまりコレも見たことがないのか」
創造者は見慣れていたので離島棲姫も同様という前提で話をしていた。だが、それで訂正しに戻るような性格もしていなかった。
「……昔に比べ、随分と縮んだことだ。それに、タチバナアオイに付けられた傷も癒えていないか。いや、癒せないのか?癒す必要もないと思っているのか?」
3日前に江風が『シンフォニックブレイク』を叩き込んだ場所にはその痕がくっきりと残っていた。
「……治癒に、維持にリソースを割けばその分外部を欺く霧も薄くなるからこそか。ならばそこに滅ぼしうる戦力がかかって来れば、どうなるのだろうな」
それは緩やかな敗北宣言に他ならないと思いながら、どうにかする意思も存在しないのだろうか、では何のためにコレは存在するのだろうか。創造者は思考する。それに反論するように先日聞いた言葉が脳裏に浮かぶ。
――本来意味を持って生まれても、その意味がどうしようもねぇほど受け入れられないふざけた理由ってこともある。
――自分で定めたものの為に使うモンだ。力も、知識も、技能も、紡ぎあげてきたものも。
「……タチバナアオイ」
――見せてやる。突き付けてやる。だから、首を洗って待ってやがれ創造者。
「……自分で定めるとはどうやるのだ?それはどのように違うのだ?お前はそれを見せてくれるのか?」
未知を突きつけに来る彼女に思いを馳せていた。
創造者は致命的に言葉足らずですが、言葉がまともに必要な状況に遭遇ないし状況であると理解する場がなかったのでこのザマです。