1月 撮影より数日前 10:00 太平洋沖『終の海』の一区画
「沖田元帥。指定座標はここで間違いないですね?」
「うむ。あの陸地の先に降ろしてくれ」
「了解。キャンプシップ着陸態勢へ移行」
駆逐古鬼さんに呼び出された私達は指定された座標にアークスの輸送機であるキャンプシップを使って訪れていた。
「中々どうして、手広くやるものじゃないか。提督(アドミラル)っていうのは」
「……」
「てーとく、呼ばれてるよ」
「私のことですか?沖田元帥のことかと」
「お前さんの熱心な部下がこう呼べ、と言っていたんだよ?応えてやるのが甲斐性というものじゃないかい?」
「……?」
「てーとく、電が言い出してるの知ってた?」
「いえ……」
「良いのではないか?提督、福山梓。悪くない響きだろう」
「テートクも調子いいこと言いますネ」
乗り合わせているのは127からてーとく、私。横須賀から沖田元帥と金剛さん。そして南極女帝(アンターティックエンプレス)の5名だ。
この5名で来るようにと『終の海』の駆逐古鬼さんから連絡を受けた次第だ。流石に南極女帝の馬鹿でかい艤装は置いてきてもらった。代わりに小型の収納性に優れているらしい別の艤装を持って来ている。
人の心を簡単に壊しうる怪異の存在、およびその展開の可能性というセンシティブな話題のため、第三者に嗅ぎつけられないようにキャンプシップを使って秘密裏に訪れたのだ。
「さて、着陸と同時にレーダー起動。生体反応有り……駆逐古鬼さんですね。ハッチを開けます。皆さん外へ」
「ステルスで空飛ぶ船で時間通り、指定通りか。宇宙人の技術はすごいね。面子は指定した通りだね?」
「うむ。間違いなくな」
「なんならシップ内を見てもらっても構いません。私以外の操作で勝手に動かないように機能制限もしておきました」
「いや、いい。力加減分からずに精密機械壊すような真似をしたら大目玉だからね。司令官のところへ案内するからついてきな」
そう言って踵を返す駆逐古鬼さん。その後を続いて荒涼とした陸地を歩いていった。
10:30 『終の海』鎮守府
連れられてきた先には簡素な建物があった。ここまでの道程といい、活気というか生気のない場所だった。
「司令官、指定された人員を連れてきたよ」
『通してくれ』
「了解」
そうして屋内で出会ったのは白髪に朱い目ーー深海棲艦と同じーーの黒い軍服の男性と、秘書艦として傍らには戦艦の姫級深海棲艦、戦艦棲姫が控えるというより侍っていた。そして何故か反対側には横須賀第1遊撃隊の赤城さんがいた。
駆逐古鬼さんはやることがあるそうで同席せずどこかへ行ってしまった。
「ご足労頂き、感謝する。俺が『終の海』司令官、流久遠だ」
「久遠様の秘書にして妻の戦艦棲姫よ」
「勝手に婚姻しないでください。久遠君は私の婚約者です」
「こいつらの言う事は聞き流してくれ……」
「相変わらずだな、流君」
「沖田先生も相変わらずですね。赤城の手綱を握っていてください」
「無理というものだな」
「「……」」
「あっはっは!随分と愉快な光景じゃあないか!」
「頭の痛い話ですがいつも通りの光景デス。適当に流してくだサイ」
「えー……」
いきなり濃い光景を見せつけられた、という気分だった。南極女帝に至ってはもう愉しみ始めている。
「私から説明しておこう。彼は流久遠。元海自候補生で私の教え子だった。そして当時将来を誓い合っていたのが艦娘になる前の赤城だったのだ」
「元、ですか。……なる程、人を辞めていますか」
「福山提督は元人間だったから分かるか。その通りだ。今の俺はもう人ではない。深海棲艦のようなモノだ」
「その原因こそが……」
「あぁ。お前達が知りたがっている怪異だ。10年……いや、11年前になるのか」
そして流提督は当時を振り返り始めた。
「11年前、深海棲艦の存在が認知される少し前から太平洋沖の漁船が連続して行方不明になる事件が発生した。当初は新技術のエーテルレーダーの類の不具合かと思われていた。
その中で俺を含めた研修中の候補生を載せた自衛隊の船が演習航海に出た。……丁度この辺りを目指してな」
当時はこの陸地も存在していなかったという。
「そこで俺達は……いや、人類は初めて認識した。海に人を襲う敵性存在が出現したことを。陸へ通信を行うのがやっとで搭乗者は俺を含めて全員死亡したがな」
それを受けた陸の人々が改めて行方不明になった漁船のことを調べ、同様に襲われたと判断した。
この中に教官であった当時の沖田元帥、私達が戦った裏勢力のまとめ役であった東雲、両者とも親友であった本庄という3名がいた。個性豊かで仲の良い名物3教官、という感じだったそうだ。
「俺は船を沈められて溺れて死んだ。その感覚は今でも覚えている。……そして、再び意識が覚醒した時。俺は巨大な化け物の前に居た。この姿でな」
「それがかの大怪異、ですか」
「あぁ。奴は言った。自らの目覚めに丁度居合わせた存在を支配下に置いた。それを操る指揮官が欲しかったからお前という廃材を再利用したのだ、と」
「その支配下に置かれたのが私達というわけよ」
忌々しそうに戦艦棲姫さんが言う。生まれたばかりで意識も使命も不明瞭だったところを無理やり弄られたのだそうだ。
「俺達に意思はあるが上位存在だった奴の指令に逆らうことは出来なかった。そうして、各地に出現し始めた野良深海棲艦と奴の支配下の中で人類を攻撃する俺達の深海棲艦勢力、2つの敵性存在が人類に出現したことになる」
「同時期に横須賀を始めとして呉や佐世保といった旧海軍関連地域に鎮守府コアが出現したのだ」
「私や赤城はこの時に艦娘に変身出来るようになった、というわけデス」
「艦娘という存在も曖昧だったようでな。人類が最初に邂逅した艦娘は鎮守府コアが最初に反応した吹雪君ではなく、艦娘として洋上に生まれた榛名君だった」
「榛名……結婚し退役したという方ですね」
「うむ。当時は海自や異能者、術師といった存在が海に繰り出し深海棲艦への反攻作戦を行っていたがこちらの攻撃はどれも通らず惨敗していてな。
その中で特に奮戦して各武器の属性による相性と純粋な格闘戦なら通じることを発見したのが濁流君だ。それでも味方が壊滅し、濁流君も万事休すといったところで駆け付けたのが榛名君だったのだ」
今では艦娘関係者に共有されている『非艦娘の兵器群は特に近代兵器であるほど深海棲艦に効果が非常に薄く、純粋な格闘戦であれば通るが砲撃をしてくる海上の相手にそれは現実的ではない』という基礎知識。これを叩き出したのが濁流さんだったのだそうだ。
そしてそれを成せてしまうーー砲撃を掻い潜り、多少受けてもものともせず肉薄し首をへし折って殺せるーーてーとくが異常であり宇宙人でありながら127の基地司令官に任命された理由でもある。
「陸では発見された艦娘を沖田先生達が臨時の司令官として纏めていく一方で、俺達も大怪異の元で奴の支配下になった深海棲艦を取り纏めていた」
「大怪異の目的は?」
「明確な着地点はなかった。ただ、世界に自分という脅威を、恐怖を広げていき支配したい。だから手駒に俺達を、対象にそういった感情を持てる人間を据えたわけだ」
「大怪異の正体は分かっているのかい?人への怨嗟の集合体とか遥か昔に人類側に駆逐されたモノが時間をかけて復活したとかさ」
「なかった。奴もまた生まれたばかりの存在だった」
「ただ本能の赴くままにということですね」
「ああ」
「あの存在について公に出せない理由でもある。文字通り再発防止策がないのだからな」
「迂闊に公表しても人々の恐怖が第二第三の大怪異を生み出しちまうのか。冗談じゃねェ」
そうして始まった人類と深海棲艦及び大怪異の深海棲艦勢力の戦いから1年が経過した。
「私達は大怪異麾下の深海棲艦と交戦し、一部の深海棲艦は質も状況も違うことを認識しましタ。そしてそんな彼女らを率いているのが流提督だとも」
「他にも俺のように利用された元人間はいたが、相性なのか分からんが反骨の意思を保てていたのは俺達だけだった」
「その中で流提督一派を殺さずに戦いを終結させようと積極的だったのが吹雪と赤城デシタ。流提督の元恋人である赤城、そして流提督の実妹である吹雪、その友人である深雪」
「い、妹!?」
驚愕であると同時に色々と納得する。吹雪さんがバミューダで対峙した際に言っていた兄とは流提督のことだったのだ。
「その後俺達を支配しているのが大怪異と沖田先生達が気付いて首切り戦術、つまり大怪異を討伐して根本を終わらせようとしたんだ」
「他の深海棲艦の出現にも大怪異が関わっているのではないか、討伐すれば深海棲艦という厄災も終わるのではないかという淡い期待もあったことは否めん」
「普通に攻撃したところで大怪異には効果が薄かったが濁流が帰属する『組合』の出せる最大支援を行ったんだ」
「敵が大怪異ならこちらも大怪異の力を支援に投入すればいい。乱暴だが事実、効果的だった」
「なんだい、その『組合』とやらも怪異を飼っているのかい」
「いや、共存だよ」
「知っているのかい?迷い猫(ストレイ・キャット)」
『組合』宗家滞在中にそれらについては聞いていた。
「『組合』はそもそも大昔、安倍晴明の時代に京都を安倍晴明一派に追われて関東へ落ち延びたヒトと怪異の共生組織だったンだ。
そして落ち延びた先、今の東京の北部。そこでそれよりずっと前、神話の時代に日本神話に出てくる神様相手に負けて同様にそこに落ち延びてじっとしていた大怪異と出会ったンだ」
その正体は胴体だけでも幅2m以上、その上で蛇のように長い体躯と鋼のように硬く真珠のように眩しい鱗に覆われた、龍だった。立派な角と髭もあった。
本人(本怪異?)は親しんでもらいたいがために『儂は東(あずま)の蛇、ただの蛇の爺さんじゃ』とのたまい、それに懐いている濁流さんも蛇のじっさまと呼んでいるが……実際に顔を合わせた私としてはどう見ても龍だろう、と叫びたかった。
「彼女の感性は置いておきまショウ。どうしてもノイズになりマス」
「そうだな。その東の蛇とやらはその当時から現代に至るまで共生する人々を支えるエネルギー源及び敵対者から秘匿する結界の維持を行っていた。それでもなお有り余る力を有していた。
その力を一時的に自身の巫女としていた濁流を経由して放出、攻略作戦に参加した人類側の強化と大怪異の纏っていた瘴気の類を吹き飛ばしてな。
そうしてガラ空きになった大怪異を『組合』構成員達の呪術的支援の上で吹雪が討ち取った。とはいえ、人類側も指揮を取っていた本庄先生が犠牲になるなど被害は大きかった」
「マザーシップの動力を転用したフォトンキャノンで【巨躯(エルダー)】を弱体化させたようなものですね。そこからの流れも理解しました。アークスは似たようなことをして来ましたから」
それによる惑星シオンの弱体化と付け入ったルーサー、それを込みで戦略をかけた惑星シオン。そのやりとりのことだろう。
「うむ、その認識で相違ない。そして大怪異の討伐を果たしたが問題が残ってな。福山君は想像がつくだろう?」
「えぇ。言ってしまえば死骸。精神汚染や環境汚染を引き起こすものであればなおさらです。そうでなくとも巨大なエネルギーの塊として残るでしょう」
「その通りだ。核を撃ち抜き魂を殺した上で残りの体躯を構成していたエネルギーが残留した。これが変質して新たな怪異になるかもしれないし別の何かが吸収して事を起こす可能性もある。
だから俺達が管理することにした。この『終の海』はあの大怪異が死んだ場所を中心に構成されているし、このハリボテの鎮守府はその亡骸が大地になったものの上にある」
「道理で荒涼としてたワケか。死の上にいるンじゃそうなるよね」
アークスでいう【若人(アプレンティス)】の力の多くが封印されている区画が荒涼とした砂漠であるのと同じことなのだろう。
「忌々しいが奴の残滓だけで『終の海』一派の生存と維持が10年経った今でも出来る程だ」
「ダークファルスと比べても遜色ない規模ですね」
「そして奴が死んだことで奴の支配から抜け出せてな。深海棲艦が発生したばかりの時期な上で生まれたばかりの深海棲艦は人類を襲う本能も消失した。
だが今更人類に隷属したいとも思わない。だから、そういう異常者(イレギュラー)を、その後自然発生した奴も含めこの海域で保護して生活させている。『終の海』とはここで穏やかに終わるための海という意味を込めている」
「活気のある『タノシイウミ』とはコンセプトが逆なのですね」
「『北の姫』か」
『終の海』サイドもタの姐さん達が所属していた『北の姫』勢力は認知していたらしい。
「彼女らには期待していた。ここは行き場がない、あるいは生きていくのが苦しいと思っている深海棲艦が主に身を寄せる場だ。手を取り合って幸せを、という空気はどうにもな」
「行き場のない者達を受け入れているだけ立派だよ流君」
「沖田先生……だといいのですが。……む、時間か」
「時間?」
「生きていくのが苦しいという深海棲艦を受け入れているという話はしたな。その中には当然死んで楽になりたいというものもいる。戦えという本能、それ以上の戦いへの恐怖、行き場のないという事実による絶望。耐えきれるものではない」
「だから終わらせてあげるのよ。久遠提督、今日は3人よ」
「あぁ……悪いが少し席を外す。必ず見届けると決めているからな」
(あぁ)
吹雪さんが擦り切れた理由の一端を見た気がした。心なく生きるのが辛いというヒト達を殺せず、自分ぐらいはそんなヒト達を目に焼き付けておかねばという決意。
大好きな家族がこれを続けているのを見るのは辛いだろう。彼を慕っているらしい赤城さんも表情が暗い。
そもそも、この海域が辛気臭いのだ。負の感情を餌に、より負の感情を生産しようとしていた存在の残骸の場だから当然とも言える。『北の姫』がここに合流せず独立勢力を築こうとしていたことにも納得がいく。
「流提督、同席してもいいですか?」
「構わないが……気の良いものではないぞ」
「承知の上ですよ」
「その間私達は怪異について詰めておこうじゃないか」
「秘書艦として請け負うわ」
「江風さんは自由にしてください」
「分かったよ、てーとく」
10分後 少し離れた所
陸地の端に面する浅瀬の海がその場所だった。1箇所に3隻の深海棲艦ーー駆逐艦2に軽巡1が悲壮な空気で佇んでいる。少し離れたところに戦艦級の深海棲艦が砲を構えていた。彼女が介錯人ということだろう。
「提督」
「あぁ。……確認するが、お前達はいいんだな、ここで終わって」
「「……」」
頷く3隻。だが、私は違和感を覚えていた。
「始めてくれ」
「了解。せめて安らかにーー」
「ちょっと待ったー!!」
「「ッ!?」」
この違和感を見過ごすわけには行かない。そう思って軽巡の元へ駆け出して、その肩を掴んだ。
「お前死にたくないだろ。付き合いで死ぬ気か?」
「ッ、艦娘……?」
「敵じゃねェよ、だったらここに居ないっての。それよりお前だ。『死にたい』は嘘だろ?」
「……うぅ、でも、でも!こんな辛いのは嫌!他に何が……何も……!」
「『死ぬしかない』は大体はそうでもないってのが相場でな。『他の何か』探し、手伝うよ。だから消去法で死ぬンじゃねェ」
「江風、本当か?」
「私のこういう時の勘は嫌な話だけど的中率かなり高いンですよね」
「……そうか。江風に、艦娘に諭されていたお前。今回死ぬのは止めておけ。他は……変わらないか?」
((頷く))
「だ、そうだ」
「本当に死ぬ気の奴を止める理由は持ってないので。私も見届けます。後ついでに……」
泣き腫らしている軽巡を抱きすくめながら駆逐艦2隻の最期を見届けた。嫌だなぁ、と素直に思った。これを続けていたら心が壊れてしまいそうだ。
「弔いをしておくわ。提督、付き合ってくれてありがとう」
「苦労をかけるな。……江風、お前はそいつをどうするつもりだ」
「……了解。とりあえずさっきの鎮守府でいいんでしたっけ?建物に連れていきますよ」
軽巡をあやして泣き止ませてから、私達はてーとく達の下に戻った。
『終の海』 鎮守府
「戻ったよてーとく。準備は?」
「温めただけですが、こちらに」
「ありがとう。食べな、お前さん」
「これは……?」
「お握りと卵焼き。つまるところメシだメシ。あぁ、温めたから火傷には気を付けてゆっくり食えよ」
恐る恐る、といった様子でお握りを口にする軽巡。それはしっかりと味を染み込ませた高菜のお握りだ。
「こちら温かいお茶と。卵焼きの方もどうぞ。フォークを持ってきて正解でしたね」
「おう、これをこうして、だ」
タの姐さんがセレクトしたお茶に瑞鳳自信作のーーまだまだ腕を上げているーー卵焼き。キャンプシップに搭載している簡易調理機能も合わさって現場でも『温かくて美味しい』食事を味わえるようにしていた今日の私の昼食だ。
ちなみに艦娘母艦白峰にはしっかりとしたキッチンが備え付けられている為、遠征先で作り立ての料理を味わうことも可能である。
「あ……」
軽巡から涙が零れる。希望もなく疲れ切った心に初めての『温かい食事』というのは劇物である。絶望という深い闇を一瞬でも切り裂くポテンシャルがある。
「ゆっくりでいいからさ、死にたくないって気持ちに向き合ってみようよ。付き合うからさ」
「うぅ、あぁ……!」
こういうヒトを見捨てたくない。あの時手を差し伸べれば良かったと後悔したくない。それが私の根っこだ。
「へぇ、心変わりしちまうようなモノなのかい、食事ってのは」
「南極女帝さん、貴方も食べますか?私の分を持ってきますが」
「自分等の食い扶持はいいのかい?人類は食わないとやっていけないだろう?」
「いざとなればキャンプシップで鎮守府に戻ってあちらで食べれば良いですからね」
「へえ、それじゃあ貰おうか」
「それに乗るとしようか。流くんもたまには食べなさい。私の昼食を出そう」
「戦艦棲姫も食べると良いデス」
「……お言葉に甘えさせてもらいます、沖田先生」
「食事、久しぶりね」
数十分後 『終の海』鎮守府
「ご馳走様でした、沖田先生」
「もっと食に力を入れるといい。ここは地理的に鬱屈としてしまうから必要だろう」
「そうかもしれませんね」
「先程の話を纏めましょう。江風さんも聞いてください」
「うん」
『終の海』の大怪異は、神話に出てくるような強大な神に等しい存在だった。それだけの力が海の底ないしそれより深き所に溜まり、自我を得た結果だ。
規模としてはバミューダの大怪異の最盛期と同様またはそれ以上であり、本来はバミューダの怪異に対して濁流さんや現地の術師がアメリカでやっていたように、力という肉を削げるだけ削いでからコアとなる魂を滅ぼすのだという。
私達がバミューダ海域で対峙した際は削げるだけ削がれた状態でなおかつ眷属となった指揮者(コマンダー)らに力を与え、防衛のために霧を超広範囲に広げていたため本体の耐久がさほど回復していなかったからこそ討ち滅ぼす事が出来て、現在はバミューダ海域に後遺症のようなものはない。
一方で『終の海』の大怪異は力を削ぐ暇もなく生成したてで未熟だった魂を無理矢理ピンポイントで破壊したため、その力の殆どがこの海域を支えるエネルギー源として残ったのだ。惑星リリーパに封印された【若人】同様に。
そして新たな問題として、個体としては小さいものの見ただけで発狂死しかねない様々な怪異が跋扈している人類文明以前の遺跡が南極大陸に存在していることが南極女帝の調査によって発覚した。
『終の海』の大怪異が海底より深いどこからか現れた可能性を裏付けるように、南極の遺跡は何千メートルと深く潜れるようだということが判明している。
そして、深海棲艦ーーもしかすると艦娘の魂もだがーーがどこから生まれたかと言うとそういった海底より深きところである可能性があると言う話だ。それこそ潜水艦の類が海底を調べてもそういうものは見つかっていない。
「生物の想い、感情、魂、死。そういうものは大部分が溶けていく中で溶け切らないものが微量に存在する。こと負のモノは特にだ。
それが幾重にも重なり塵も積もれば山となる。そうして怪異が古来より何処ともなく生まれてきたのだ、というのが濁流君の持論だ」
「だからこそ古戦場や災害後の類は怪異が生まれやすいので、術師などがひっそりと処理をしてきたとのことデス」
「地上に存在したものはいずれ流れ海に還る。そうして術師も手が出せない領域に積もったものが『終の海』の大怪異であり、南極女帝さんの主張する『深海棲艦を生み出したモノ』である可能性がある。纏めるとこうなりますね」
ある意味、地球の歴史そのものが厄災として形を成していると言えるのかもしれない。
「このことは人々に伝えるには時期尚早だな。せめてそれらしきモノの正確な所在が判明せねばな」
「『終の海』でも調査をより深く進めていこう」
「そして私達第127鎮守府としては」
「戦力として出てきたやつをぶっ潰していく、だね」
「えぇ」
「南極遺跡の管理は私が続けておこう。下手に刺激して有象無象共が地上へ大挙したら共倒れだからね」
「南極にも人類の基地があるはずだが、気付かれないのかね?」
「間近に近づかなければ姿を表さないステルス仕様みたいでね。南極で活動している人類は気付いていないようだよ」
「ならばひとまず安心というところか。福山君。この事実を共有する人員は選んでくれ」
「了解です。勝手に嗅ぎつけた連中は如何しましょうか」
「放っておきなよ。勝手に狂って死ぬだけさ。それこそ、お仲間を巻き込ませるんじゃないよ」
「そうしましょう」
途方も無い話だが、現状把握できただけでも大きく前進と言えるだろう。
「それと話は変わるが、人類の温かい飯というのは中々悪くない。情報提供の対価としてウチに今後も都合してくれないかい?人間の食事ペースは1日3食だったか?それで頼むよ」
「いや、お前南極近辺まで毎回運べってのかよ。それも毎食!?」
「アークス技術のポータルを鎮守府とそちらの拠点で設置すれば不可能ではないですが……」
「いや、出来るのか……」
呆れたように流提督が呟く。私も同意見だ。
「そうすると仲介役、ないしウチへの駐在員が欲しい。そこの軽巡、そういう仕事をしてみないかい?」
「!?」
「悪い話じゃないだろう?戦わずに済み、127じゃない人類と積極的に関わらずに済む。とりあえずの人生に丁度いいんじゃないかい?」
「……うん」
「無理しなくていいよ?」
「やって、みる」
「そういうことだ!これからよろしく頼むよ、127鎮守府、いや協力者(パートナー)?」
「都合の良い奴だよホント」
軽巡の今後を考える必要もあったから渡りに船だが南極女帝にペースを握られるのは癪に触る。
「私達に成し得なかったことが次々と」
「赤城。こっちにも顔を出さない吹雪にも伝えておけ。案外、風向きは変わってきたかもしれないとな」
「……えぇ」
それでも消えない赤城さんの顔の影が気になったが、それ以外は纏まっていったのだった。
1月下旬 第127鎮守府
「……ってわけで、世界の謎に迫っていく方針ではあるけどくれぐれも首を突っ込まないでね。狂って死んじゃうかもしれないから」
「分かった、気を付けよう。それでも情報の一端を掴んで暴走する人はいるだろうから、巻き込まれないように注意する。いいね、ともちゃん」
「は、はい!江風ちゃんも無理しないでくださいね?」
「程々にやるよ」
それでもいつか、狂わずに乗り越えてやる。